急ハンドルに、車体が振られる。
車内(なか)の人間は、それ以上。
直前、センターライン側から車体を寄せられて、管制はわずかに路肩側に逃げる事を選ぶ。
突然、進行前方に斜めに突っ込んできた車にどうにも避けようが無く、管制は急停止する事を選んだ。
「…この至近距離で衝突しないんだから、管制も大したもんだよな」
管制が働いていれば、走行中の車の直前に出る…なんて事がそもそも出来ない。
切ったままの状態で、わざわざ「事故を起こそう」とした守に言えるセリフでは無いような気がする。
「のんびりしてると、事故処理車来るんじゃないんですか?
その…管制のおかげで」
だから、それには突っ込まないままドアを蹴るようにして、南部は助手席から降りる。
「参謀が『いきなりやってくれた』おかげで、相原君…事故情報止め損ねたようですよ」
まだ、繋がっている携帯を指し示しながら。
「仕方無え奴だな。
ヒトの行動くらい読んどけよ…ったく」
実弟にも娘にも友人にもろくに読めない守の言動を、その場に居ない相原に読め…と言う方が無理だろう。
南部だって、相手が走行中の車だ。
こういう止め方をするしか無いだろう…とは思っていたが、管制の生きている「地上」で仕掛けるとは思っていなかった。
「事故が起きた」情報は止められなかったが、その後の細工…処理車の到着を引き伸ばしている事は、相原から連絡が有った。
だが、街を殆ど外れたようなここでも10分稼げれば良い方だろう。
「確保しますよ?」
だから…時間が惜しいから、それにもやっぱり突っ込まないで。
◇
◇
◇
◇
サーシャの「感覚」が信用出来るなら。
一月近くを付け狙った挙句、よりによって司令本部の敷地内で実行に出た相手だ。
多少の反撃は想像していたし、覚悟もしていた。
「…だから。
民間人の銃所持ってどうか…と思うんだよな、以前(まえ)っから」
「既に引っ手繰った後に、言うセリフじゃないと思いますが」
慣れない手付きで、あたふた…と銃口を向けられるのも、想像のうち。
銃を固定出来ずに照準の定まらない…なんて、それを扱い慣れている2人にしてみれば「中(あた)るかも知れない」なんて不安の抱きようも無かった。
あっさり取り上げられた銃は、守から南部に手渡されて。
身を…というよりは、自分の「自尊心を護るもの」を奪われてしまった事を、客観的に視界に見る。
さあ…どうするか?
保身の意識が、取り敢えずの逃走を選ぶ。
但し、足に…位置的な逃走にではなく、言葉に…自身の正当性を主張する事に。
だから、さっきあたふたと銃を引っ張り出した、運転席からそのまま…降りる事も忘れたように座ったまま。
「な…にが、悪い?」
…そうだ、何も悪い事などしていない。
「地球人じゃ…『人間』じゃないじゃないか」
本来、熱帯でしか育たない植物を生かすのに温室が必要なように。
地球でない惑星(ほし)の環境くらい、実験室の中に作ってやろう。
本来の環境ではない地上に「地球人に紛れて」暮らすより、余程生き良いはずだろう?
「人間」じゃないなら、ただの「動物」だ。
喰らう為に育てられている家畜と同じ、実験に消耗していくマウスやラットと変わらない。
「人間」が「動物」の生殺与奪を握って、当然だ。
何が悪い。
…そうだとも。
ただ殺すんじゃない、無為に死んでいく訳じゃない。
「人間」の為になって死んでいくんだ、むしろ…誇ってもらいたいくらいだ。
この地球上、頂点に立っているのは「人間」だ。
全ては、その下に在る。
動物も植物もその全てを人間が好きに扱って、何処に何の不都合が有る?
「…ふざけてんなよ?」
言いたい事のまだ言い終わらないうち、焦点の合わないほどの目前に…銃口。
こういう状況でも、身に付いた癖は変わらない。
手にした直後に一旦カートリッジを抜いてみて、その残量をしっかり確認していた南部である。
「残量、充分です」
だから、守が無言で目の前に右手を出してきた時にあっさりそう付け加えながら、最前奪い取った銃を手渡した。
「『人間』じゃないじゃないか」
我が娘の事を…ある意味、全く正しい事を言っているかも知れないが…そう言われてしまった守に対して「銃を向けるな、撃つな」と正論を諭す方が、無理だろう。
…と言うより、ここで下手に止めればその銃口が「こちらを向く」と判断した南部だ。
「…ふざけてんなよ?」
銃を持つ事には、否応無く慣れている。
実際、構えて撃たねばならなかった事も、数知れず。
「他の誰に通用する言い分でも、俺に通ると思うなよ?」
元々の持ち主に突き付ける銃口が、不安定に揺れるような事は…今更無い。
「『軍人』に取っちゃ『人間』なんざ、ただの『標的』だ。
敵に廻れば…だけどな、それだけだ」
お前は…自ら勝手に、俺の敵側に廻ったんだ。
その通告。
「俺の『言い分』は言ってやった」
真っ直ぐに、微動だにせずこちらに向けられる銃口が、どれだけ…怖いものかも良く分かっている。
「俺(ひと)を『自分の言い分』で分からせようとしたんだ、他人の言い分も納得出来て…死ねるよな?」
その引鉄を引くという事の、とんでもない…「意味」の重さも。
◇
◇
◇
◇
「その程度にしといて下さいな。
生きてる人間は歩いてくれますけど、死人は単に重い『荷物』ですよ?」
言いたい事を言って、多少は気も晴れただろう…と踏んで、口を挟む。
片付けるのが面倒です…と、撃つを止める理由が相手の生死を問題にしていない辺り、南部の思考回路も戦闘要員のそれだ。
「重けりゃ、その辺に捨てとけ」
「…そういう訳にもいかないでしょ?
事故処理車、あと3、4分で到着(つ)きそうですよ?」
南部はそう言って、耳に構えている携帯を指差した。
「要は…この未来(さき)、こういう事やらかしてくれなきゃ良いんですよね?」
明らかに、私情だが怒りを含んで向けられる銃口は、確かに脅威だ。
「IDカード、出して下さいな。
出してくれなきゃ、探すだけですけど」
だが…こういう状況下に、無駄ににこやかな表情(かお)と暢気で丁寧な言葉遣いも…それ以上に怖い。
「どーも」
素直に差し出されたカードを受け取って、その表を確認する。
「…どうする気だ?」
「照会するか、控える以外にどうしろって言うんですよ?」
まだ、しっかりとそちらに銃を構えたままの守の胸から、いつかのようにペンを抜き取って。
そしてまた、いつかと同じように長い記号番号を左手の甲に書いていく。
「話を聞いてるに、医学者か生物学者…ってところですよね?」
充分に繰り返し見返して、写し間違ってない事を確認した後で。
やっぱり…無駄に微笑いつつ、そう問いながらIDカードを返す。
つられたように…思わず頷く事で肯定するのを、見た。
「だとすると…必要(い)るのは、検査機器と試薬の類、それから…解析機器…ですかねえ?」
多分、まだ相原と繋がっている携帯を抱えたままで、中途半端な高さを仰ぐようにして2つ、3つ…と指を折る。
「まあ…その辺りは真田さんか佐渡先生に訊けば、分かるでしょ」
「…だから、何なんだ。一体…」
1人納得してるらしい南部に、守が問う。
会話の為に視線は多少外したが、銃口はそのままで。
「研究に必要なものが、全く手に入らなくなれば学者なんてやってられませんよねえ?」
問うてきた守に…では無く、それから銃口を未だに突き付けられている男の方に、南部は極めてにこやかに返した。
過去の犯罪に対して、移動や物品の所持・販売に規制が掛かる事は、確かにある。
「軍と科学局から手を廻せば、その両方を無視して販売(う)るような所もなかなか無いでしょ」
それを警察機構を介さずに、全く「個人的」にやってしまえば良い…とあっさりと言ってのける。
「次に似たような事やってしまえば、生活必需品…食料品に至るまで全ての『経済から弾かれる』と思ってて下さいな」
資本主義の社会で、経済活動…つまり売買から完全に疎外されれば、生存から危うくなる。
金銭だけがどれだけ手元に有っても、使う事が出来なければ何の価値も無い。
「そんな事…」
そんな事、出来る訳が無い。
現参謀職とどれだけ近しいか知らないが、たかが一介の…この目の前でやたら愛想良く微笑っているだけの若い男に。
「出来なくは無いんですよ、俺」
そう言い掛けた言葉は、一際にっこりと微笑ってみせながら南部が勝手に引き取った。
「間接的に…ですが、俺は『南部』を動かせますから」
…実は。
「『人間』じゃない」という言葉にものすごく、もしかしたら…守以上に怒りを覚えていた南部だったりして。
◇
◇
◇
◇
…こいつを敵に廻すのだけは、止めとこう。
守が心底そう思ったのは、この際…余談ではある。
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Last Update:20060417
Tatsuki Mima