もしもし:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    走る車と同じ速度で、色とりどりの街灯りが後方(うしろ)に飛んでいく。 ハンドルを握っている俺には、それを綺麗だ…と眺めている暇は無い。
    …いや、あまり綺麗だと思った事が無いかも知れない。 その復興の素早さに、人間の逞しさを思いはするけれども。
    詰まらない。
    地球に、地上に居るというのに…俺は。 頭上に霞みながら瞬く星より、艦橋の窓に瞬かない星の海を眺める事の方を望んでいる。

    生まれたのは地球(ここ)、育ったのも地上(ここ)。 仕方無く地下に追いやられた事もあったけれども、これから暮らしていくべき場所も地上(ここ)だと分かっているのに。
    それでも俺は、暗紺の宇宙の方を余程恋しがっている。
    …何故だろう?
    たった1度、1年の航海の間、景色に変化が無くてどうの…とあれほど飽き飽きしたような事を愚痴てもいたくせに。 復興を見せ始めたその景色を、綺麗だ…と思いもしないなんて。

    何処かで何かが囁く、お前の居場所は地上(そこ)には無いだろう?…と。

    そうしてそれに、そうじゃない…と答えられない俺が居た。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    ただいま…と、暗がりに向かって呟くように。 誰も居ない部屋に返事が返ってくるはずが無い…と痛いほど承知しながら、習い性として。
    そうして、余計に疲れを感じる。 あまり楽しくも無い仕事の疲労の、その上に。
    真っ暗な部屋の片隅で、自分はここに居るんだ…と電話のボタンが一つ光っていた。 明滅していないそれは、誰からの何の伝言も…間違い電話さえ無かった事の証明。
    敢えて押して、確かめてみるまでも無く。

    …電話くらいしてこいよ。

    唇はそう動いても、声に聞こえなかった言葉は…彼女に向かって。 それから、ついでのように友人の顔も思い出したりもして。
    誰でも良い、声が聞きたい。
    それなら、俺の方から掛けてしまえ。 島も…雪も、俺からの電話を取ってくれるはずだろう? そんな自嘲気味な自問に、でも…と気弱に言い訳をする俺が居た。

    でも…居るかどうか分からないじゃないか。 それに…何を話せば良い?

        ◇     ◇     ◇     ◇

    白々しい灯りの色に部屋は明るくなるが、寒々しくこの目に映る。 いや…寒々しいのは、照明の責任じゃないんだろう。 外から戻ってきた俺を迎えてくれる誰かも居なければ、主たる俺さえ繰り返す航海にろくに帰ってこないのでは。
    そうして一つ、軽い溜息を吐く。

    寂しいよ、人恋しいよ…と素直な泣き言を口にしてしまう、その代わりに。

    そう言えば、こうやって1人で居る事はいつ以来だろう。
    艦を動かすに1人では無理だから、航海の間は必ず誰かと顔突き合わせている訳だ。 あの永かったはじめての航海も、そうだった。 その前…火星でも島と一緒だったし、訓練学校の寮でなら煩いと思うほど。
    ああ…そうか。
    地下都市に、兄さんの還るのをただ待っていたあの頃以来だったんだ。
    いきなり降り掛かった「独り」を抱え込んでしまって、それを手離す方法が分からなくて。 どうして良いのかも分からなくて、黙り込んでいた頃。

    …何だ。 俺は、あの頃から全然変わっちゃいない。
    焦がれそうなほど寂しいと感じているくせに、居て欲しい誰かに「傍に居てくれ」とも言えないで、ただ黙りこくっていたあの頃と。 少しも。

    不意に、自嘲が口を突いて出た。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    ベルが鳴る。
    同じリズムで、この心臓が打つ。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …もしもし?古代君?

    一呼吸の間を置いて、受話器の向こうに本当に居るのかを訊ねるような声に。
    きっと君は、知らないだろう? 呼出音に続くたったそれだけの言葉にも俺が、どれだけ安堵させられているか…なんて。
    ああ…独りじゃないんだ、と思わせてくれる事が一体どれだけ。

    お帰りなさい。 ごめんなさいね、迎えに行けなくて。
    良いよ…別に、雪だって忙しいんだしさ。
    でも、明日は休みが取れたの。 ねえ…逢える?
    …うん。

    どうでも良さそうな、気乗りしていないような俺の短い返答。 案の定、それに突っ掛かってくる君。
    違うんだ。 ただ、君の…声に聞き惚れてしまっていただけ。 だけど、そんな言い訳もぼそぼそ…として彼女に聞こえなければ、意味が無い。

    …もうっ。

    苦笑の交じった声が、ほんの少しの無言の後を追い掛けてきた。

    …ごめん。
    怒ってないわよ、もう。

    くすくす…と笑う声に、その笑う君の顔が見たい…と思った。 逢いたい…と思った。
    逢えないかな…と思わず口走りそうになったのを、精一杯に押し留める。 女の子に「これから出て来い」と言うには、少しばかりおそい時刻。 女の子の自宅に押し掛けるにも、そろそろ非常識だと思われる時刻。
    今、逢いたい。 そんな想いの中で、明日の予定を決めていくのは…ちょっと辛い。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    じゃあ…また、明日ね。

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Last Update:20070723
Tatsuki Mima