走る車と同じ速度で、色とりどりの街灯りが後方(うしろ)に飛んでいく。
ハンドルを握っている俺には、それを綺麗だ…と眺めている暇は無い。
…いや、あまり綺麗だと思った事が無いかも知れない。
その復興の素早さに、人間の逞しさを思いはするけれども。
詰まらない。
地球に、地上に居るというのに…俺は。
頭上に霞みながら瞬く星より、艦橋の窓に瞬かない星の海を眺める事の方を望んでいる。
生まれたのは地球(ここ)、育ったのも地上(ここ)。
仕方無く地下に追いやられた事もあったけれども、これから暮らしていくべき場所も地上(ここ)だと分かっているのに。
それでも俺は、暗紺の宇宙の方を余程恋しがっている。
…何故だろう?
たった1度、1年の航海の間、景色に変化が無くてどうの…とあれほど飽き飽きしたような事を愚痴てもいたくせに。
復興を見せ始めたその景色を、綺麗だ…と思いもしないなんて。
何処かで何かが囁く、お前の居場所は地上(そこ)には無いだろう?…と。
そうしてそれに、そうじゃない…と答えられない俺が居た。
◇
◇
◇
◇
ただいま…と、暗がりに向かって呟くように。
誰も居ない部屋に返事が返ってくるはずが無い…と痛いほど承知しながら、習い性として。
そうして、余計に疲れを感じる。
あまり楽しくも無い仕事の疲労の、その上に。
真っ暗な部屋の片隅で、自分はここに居るんだ…と電話のボタンが一つ光っていた。
明滅していないそれは、誰からの何の伝言も…間違い電話さえ無かった事の証明。
敢えて押して、確かめてみるまでも無く。
…電話くらいしてこいよ。
唇はそう動いても、声に聞こえなかった言葉は…彼女に向かって。
それから、ついでのように友人の顔も思い出したりもして。
誰でも良い、声が聞きたい。
それなら、俺の方から掛けてしまえ。
島も…雪も、俺からの電話を取ってくれるはずだろう?
そんな自嘲気味な自問に、でも…と気弱に言い訳をする俺が居た。
でも…居るかどうか分からないじゃないか。
それに…何を話せば良い?
◇
◇
◇
◇
白々しい灯りの色に部屋は明るくなるが、寒々しくこの目に映る。
いや…寒々しいのは、照明の責任じゃないんだろう。
外から戻ってきた俺を迎えてくれる誰かも居なければ、主たる俺さえ繰り返す航海にろくに帰ってこないのでは。
そうして一つ、軽い溜息を吐く。
寂しいよ、人恋しいよ…と素直な泣き言を口にしてしまう、その代わりに。
そう言えば、こうやって1人で居る事はいつ以来だろう。
艦を動かすに1人では無理だから、航海の間は必ず誰かと顔突き合わせている訳だ。
あの永かったはじめての航海も、そうだった。
その前…火星でも島と一緒だったし、訓練学校の寮でなら煩いと思うほど。
ああ…そうか。
地下都市に、兄さんの還るのをただ待っていたあの頃以来だったんだ。
いきなり降り掛かった「独り」を抱え込んでしまって、それを手離す方法が分からなくて。
どうして良いのかも分からなくて、黙り込んでいた頃。
…何だ。
俺は、あの頃から全然変わっちゃいない。
焦がれそうなほど寂しいと感じているくせに、居て欲しい誰かに「傍に居てくれ」とも言えないで、ただ黙りこくっていたあの頃と。
少しも。
不意に、自嘲が口を突いて出た。
◇
◇
◇
◇
ベルが鳴る。
同じリズムで、この心臓が打つ。
◇
◇
◇
◇
…もしもし?古代君?
一呼吸の間を置いて、受話器の向こうに本当に居るのかを訊ねるような声に。
きっと君は、知らないだろう?
呼出音に続くたったそれだけの言葉にも俺が、どれだけ安堵させられているか…なんて。
ああ…独りじゃないんだ、と思わせてくれる事が一体どれだけ。
お帰りなさい。
ごめんなさいね、迎えに行けなくて。
良いよ…別に、雪だって忙しいんだしさ。
でも、明日は休みが取れたの。
ねえ…逢える?
…うん。
どうでも良さそうな、気乗りしていないような俺の短い返答。
案の定、それに突っ掛かってくる君。
違うんだ。
ただ、君の…声に聞き惚れてしまっていただけ。
だけど、そんな言い訳もぼそぼそ…として彼女に聞こえなければ、意味が無い。
…もうっ。
苦笑の交じった声が、ほんの少しの無言の後を追い掛けてきた。
…ごめん。
怒ってないわよ、もう。
くすくす…と笑う声に、その笑う君の顔が見たい…と思った。
逢いたい…と思った。
逢えないかな…と思わず口走りそうになったのを、精一杯に押し留める。
女の子に「これから出て来い」と言うには、少しばかりおそい時刻。
女の子の自宅に押し掛けるにも、そろそろ非常識だと思われる時刻。
今、逢いたい。
そんな想いの中で、明日の予定を決めていくのは…ちょっと辛い。
◇
◇
◇
◇
じゃあ…また、明日ね。
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Last Update:20070723
Tatsuki Mima