…え?
乗艦勤務…って、誰が?
僕…ですか?
いや…あの、だって…僕、まだ学生なんですけど。
…ああ、まあ…冥王星の事は知ってます。
卒業とか、訓練とか…言ってられるような状況じゃないって事は、良く分かってるんですけど…。
良いんですか?ホントに、僕で?
…はあ。
…で、僕は何をすれば良いんですか?
通信?
通信なら専科ですから、まあ…それなりには自信も無くは…。
はい?通信部門の統括…?
え、え〜っ?
誰がっ?
僕がっ!?
いや…その、不服なんじゃなくて…良いんですか?僕なんかで?
…あの、本気で言ってます…?
…は?
乗艦…勤務、ですか?
訓練、じゃなくて。
ふーん…もう、俺らの期を引っ張り出さなきゃならないまで、人員薄くなっちゃってるんですねえ…。
え?いや…何でも無いです、こちらの独り言です。
気にしないで下さい。
…で、俺…じゃなくて、自分は何をすれば良いんです?
戦闘部門の補佐…って、砲術の事しか分かりませんが。
戦術だの…そういう事までは、無理ですよ?
場数、踏んでる訳じゃ無いんですから。
…ああ、それで構わないんですね?
なら…拝命(う)けます。
◇
◇
◇
◇
「…何か見憶え有るけどな、その顔」
出航の直前、乗り組みそのまま準備に掛かった慌しさの中での、自己紹介に。
自分の名前の次に、南部が言ったのは…そんな言葉で。
「期が一緒なんだから、じゃないの?」
そう…当り障りの無い返答をしながら、僕の方は見憶えないんだけどなあ…などと、相原は思っていた。
「でも、相原って名前には憶えが無いんだよな」
「…そりゃ、そうだろうね…」
続いた言葉に、相原は少しばかり自嘲気味に返したが。
それにも、ちゃんと理由は有って。
顔は知らなくとも、相原の方では南部…という名前には憶えが有ったから。
訓練学校という所は、良くも悪くも成績(スコア)の全部知れてしまう所で。
日々のそれぞれの訓練まで、事細かに…全部。
その為にどうしても、ひどく秀でている者は名だけはとんでもなく知れてしまうから。
「シムで、オールラウンドにトップ突っ走ってた人とは違うから。
僕は」
そんな相原の言葉に、南部が思わず苦笑した。
「シムだけ良くても、他はどうだか。
他人(ひと)より『慣れてただけ』だからな、俺は」
そこまで言って、今度ははっきりと笑って。
「…って、成績(ランク)上位者全員憶えてる訳?」
「…全部じゃないよ」
そこまでの記憶力は、相原だって無い。
常に上位に居て、何度も見るから…自然に憶えただけの事でしかない。
「…向こうの3人は?」
乗務を命ぜられた時から、艦長以下束ねとなる幹部乗員…何故か、自分も入ってしまっていた訳だが…の姓くらいは疾(と)うに知れていて。
その中に、同期なのは全部で5人。
相原自身と、南部を除いてしまえば、残るは3人。
「名前は…知ってる」
…何だかからかわれてしまっているようで、不機嫌そうに相原は答えた。
ものすごく忙しく…火星まで来てしまって。
傷んだ後部外板の修理の為に、初めて…息吐く暇を貰えたような気がする。
「あ…通信室、もっときちんと見とかなきゃ」
出航までがあんまり慌しくて、管理しなきゃならない通信室さえ、その場所をちら…っと見て来た程度。
ぱっと見た感じでは、特に変わったものでは無さそうだったが、いざ使う段になってから計器の配置に途惑うようでは、話にならない。
そう思って歩いていた廊下で、出来れば…あんまり出逢いたくなかった相手とばったり。
「…何してんの?」
火星の雪景色に、艦外ではまだ…少しばかりはしゃいでいるはずで。
そんな景色が懐かしいと思わなくは無いけれど、記憶の中では…見飽きてたりもするから、早々に見切ってくる事も出来た相原だ。
作業中の工作班以外はまだ、もう…地球では見られない風景に浮かれていると思っていたから。
艦外(そと)の眺められないような廊下で、他人(ひと)と逢うとは思っていなかった。
「何…って、兵装見て廻ってんだけど」
南部の方こそ、相原を見て…かなり意外そうで。
「実際も見てないで、艦橋(うえ)からあれこれ言ってるだけじゃ仕方無いだろ?」
あっさり…と、そう言ってのけながら。
「…って、何?」
瞬(まばた)きもろくにしないで、じ…っとこっちを見ている相原の視線に気付いて、そう問うてきた。
「え?あ…いや、ちょっと…意外だったから」
「…は?」
苦手かな…と。
同じ艦橋(ところ)に居るんだし、ましてや…隣だ。
わざわざ嫌いたくも無かったし、喧嘩するつもりも無かったけれど…どうも、苦手そうだな…と。
それが、出航前のあの会話での印象だったから。
ついでに、艦内全部見てみようか…なんて。
何となく…2人で、連れ立って。
艦外(そと)の景色に、皆惑わされてるのか…と思っていたのに。
意外に…同じように、あちこちをうろうろとしている人間の多いのに、苦笑しながら。
「皆…同じだね」
誰も彼も、自分や…南部だけじゃなく。
相原には、それが…ちょっとばかり可笑(おか)しくて。
「そりゃ…俺らの年齢だと、戦艦の内部構造なんて実際には知らない奴ばっかりだから」
「あ…それなんだけど、ね?」
確かに、この艦の殆どは同年代…つまり、直前までは学生の身分だったものが相当数を占めていて。
これまでに、乗艦の経験の在るものなんて…ほんの一握り。
「何で、僕らが乗ってんのか不思議なんだよね」
本来ならまだ、3年目の途中。
卒業までには、まだ1年半も残していて。
「別に…不思議でも何でも無いよ、俺らの『上』が居ないだけ…だから」
「え…?」
「卒業したばっかりの12期も、まだ半年有るはずの13期も。
とっくに…死んでるからだよ、冥王星と…その前で」
…相原も南部も、14期生で。
要するに…たった1、2年の差が、今ここに居るかどうかを分けていて。
「…死ななきゃ良いんだよ、俺たちは。
幸い、勝てる望みは有りそうだからな。この艦」
歩きながら。
黙ってしまった相原の頭を、ぽんぽん…と軽く叩(はた)きながら、南部はそう言った。
◇
◇
◇
◇
冥王星の基地は潰してしまって、その残存艦隊までも叩いてしまって。
これで…もうこれ以上、地球に遊星爆弾の降る事は無い…となって、何だかひどく…気抜けして。
けれども、もう既に1ヶ月が近い。
1年の期限の中で、1ヵ月も費やして…まだ太陽系の端に居て。
後方展望室に、ついつい…太陽の姿を目で探してしまいながら。
「まだ、どれが太陽なのか、はっきり分かるし…」
…しかし、殆ど手間も掛からず見付けてしまえるような、この距離。
全恒星の中では、特別大きくも明るくも無い太陽(ほし)でも、現在の位置からではまだ『一番近い距離に在る』恒星(ほし)に間違いは無く。
「ま、ここから先は島さんたちが何とかするでしょ。
小惑星帯も抜けたから、そろそろワープもするでしょうし」
「…あれ、何か気持ち悪くて、嫌」
火星までのテストの時の感覚を思い出して、とても素直な感想を。
「…何か、喋り方変わってない?南部?」
ふ…と、思い付いた事をそのまま問うてみた。
「最初はもっと、乱暴…でも無いけど、そんなに丁寧な話し方して無かったよね?」
「ああ…あれは、ねえ」
相原の指摘に、南部はくすくす…として笑って。
「止めたんですよ。
元々、俺はこういう喋りな人ですから、こっちの方が楽ですもん」
「普通…逆なんじゃないの?」
「訓練学校に入学(はい)って、ね。
言われたんですよ、言葉遣いがちょっと…変わってるって」
南部の言葉遣いが「変」だという訳では、決して無いのだが。
15、6歳の男性の喋り方としては…確かに、丁寧な部分が少しばかり浮いて感じられるのは、実際で。
「ですけどねえ?
そこまでの15年掛けて身に付いたもんなんで、2年や3年では修正効かないんですよね」
そう言って、南部はけらけら…と笑って。
…そう言や、これほどにははっきりと笑わなかったなあ…と、今更。
慣れない口調に、多少でも気を使ってしまえば。
表情も表しにくくなるのかも…なんて事を、相原は考えながら南部を見ていた。
「ホントに、全っ然変わんなかったの?
その…喋り方」
「変わって…。
ああ…1つだけ有りますよ、以前(まえ)と変わったところが」
人差し指を立てて、1つだけ…をひどく強調しておいてから。
「それまでは、自分の事を『僕』って言ってましたから。俺」
…そう、南部はまた笑って。
「僕、今でも『僕』だけど?」
何だか…また、からかわれているような気がして。
ほんの少しだけ不機嫌そうに、相原がそれに返せば。
「君の場合は良いんじゃないんですか?
可愛くて」
「あ…のねっ?
『可愛い』って言われて、嬉しがるような年齢(とし)じゃないのっ!」
これは…絶対、からかわれてる…と思ったから。
返そうとした相原の、腕での反撃は…あっさりと南部にはかわされてしまって。
当たらなかった口惜しさに、相原は。
手摺りの上に両肘を突くようにして、今更…また窓の外を。
「あ…思い出しちゃいました」
無言の後で、いきなり降って来た声に、肘を突いたままの状態で、顔だけを声のした方に。
似たような身長も姿勢の差で、南部は相原を見下ろす格好になっていて。
「何を?」
「前に、言ったでしょ?
その顔に、見憶え有るって」
そう言えば…最初に、そんな事も言われたっけ。
そう思いつつ、何で…こんなに楽しそうなんだろう…とも考えながら、相原はそのまま南部を見上げていた。
「階段に躓(つまづ)いて、転び掛けた事有るでしょ?
1年の時」
「…って、え…っ?」
…転び掛けた記憶が有るも無いも。
一時期、身長の伸びるのに骨…膝関節の成長が追い着かなくて、転びまくってた…のが実際。
相原としてみれば、思いっきり忘れたい話を今更持ち出されて、大いに慌てた。
「よりによって…そんな時の事、思い出さないでよっ!」
それを今、ちょっと見下ろすようにしていて…思い出したという事だ。
「俺が『拾った』時には、あんなに小さくて可愛かったのに…伸びちゃいましたねえ?」
「だ〜か〜ら〜っ!思い出さなくて良いって…っ!」
…って、あれ?
「拾った」?
転び掛けたり、転んだり。
それはあまりに「日常茶飯事」で、いちいち全部を憶えてはいなかったが。
それでも流石に、そんな時に手を貸してくれたりした人とは、多少なりともやり取りが有って…顔くらいは憶えていて。
「…僕、本当に南部に見憶え無いんだけど…?」
それなのに…本当に、南部の顔には全然記憶が無くて。
「え〜?相原君って、薄情者」
茶化したような南部の言葉に、相原は何も言い返せないで。
◇
◇
◇
◇
「…最初の年?」
それから、随分と後になってから。
何かの話の時に、訓練学校の頃の話題になって。
「座学が一緒だったけど、眼鏡掛けてなかったぞ?南部は」
…と、島が言った。
「南部〜っ。
分かってて、言わなかったね〜?」
「殆ど使わないだけで、その頃から眼鏡持ってましたもん。俺」
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Tatsuki Mima