Anniversary/Deja vu

NovelTop | 第三艦橋Top

    ぱたぱたぱた…と走ってきて、その速度を殺す事無く…体当たり。
「痛い〜」
いきなり泣かずに、ちょっと…顔をしかめつつも笑ってそう言ってるようなら、実際には殆ど…もしかしたら全く痛みを感じていない。
    痛みを感じてそうと訴えているのでは無く、ものにぶつかったら痛いもんだ…という「知識」で、そう言っているだけだからだ。 そういう意味では、そうとプログラミングされたロボットに近い。
「…前を見て、走る」
    何度言っているか分からない注意をまた口にしながら、その両肩を押さえて「廻れ、右」、くるり…とその方向を変えてやる。 目の前から邪魔ものが消えたので、はるかはまた…ぱたぱたと走っていく。
    やれやれ…と苦笑しながら島は、そんな小さな後ろ姿を見送って。

「やっぱり…小さい子供って、面白いよね」
    随分と以前(まえ)には、同じように小さかった弟が。 現在(いま)は殆ど並ぶような身長をして、そこで苦笑していた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    走るも喋るも幼さに拙(つたな)くて、そのたどたどしさがこっちの眼には可愛らしく映る。
「俺も、あれくらいの時はああだった?」
それでも、自分では自分が良く分からないし、そんな頃を憶えてはいないから。
「え…いや、多分。 そうだったと思うけど…」
    それなのに、返ってきたのは…ちょっと困った表情と、そんなひどく曖昧な答えで。
「何、それ?」
「…憶えてないんだよ、あんまり」
再び返ってきた言葉も、やっぱり意外で。
    自分がはるかくらいだった頃には、兄さんは現在(今)の俺くらいの年齢(とし)だったはずで。 だから、どうして…と重ねて訊ねようとして、不意に思い出す。
    俺は自宅(いえ)から高校(がっこう)に通ってるけど、兄さんは寮生活だったんだよな…と、今更。 そう言えば、自分の幼い記憶の中に殆ど兄さんは居なかったかな…と、これも今更。

「じゃあ、何を憶えてる?」
    思い直したように、改めての問いに…またちょっと困る。
    その前後…生まれる前だとか、学校に通うようになってから…なら、もっと憶えている事もあるのだが。 現在(いま)のはるかと同じような頃…は、本当に憶えていないから。
「…泣いて、笑った事は憶えてるかな」
「…って、何? 俺が?」
「他に、誰が泣くんだ?」
    次郎の話をしているのに、自分が泣いた話をしてどうするんだ…と言ってみれば。 それもそうか…と、2人して苦笑して。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    寮生活に入って、最初の休暇。
    あまり「帰りたい」と強くも思わなかったけれども、殆ど空になってしまう寮に残っても面白くなさそうだったし。 何しろ…近いから、戻らないとそれはそれであれこれと言われそうで。
    だから、帰ってきた。
    家の様子も部屋の中も、出た時のまま、憶えているそのままで。 だけど、見知らぬ箱が1つ2つ隅の方に有ったりもして、微妙に居室ではなく物置の扱い。
    まあ…それも仕方無いか…と、あっさりと寝た1日目。

    3日目には、既に…飽きた。 ここまでの2日間、座学も実技も何にも無い、ひどくゆっくりと流れる時間の長さを持て余して。 ほんの数ヶ月前までは、こんな時間も当たり前だったはずなのに。
「行ってらっしゃい」
    買い物に出るという母親を、気を付けて…と玄関に見送りながら。 その実、早めに切り上げて寮に戻ろうかな…なんて事も考えていた。
    リビングに戻れば、ソファの影から遠巻きに見ていた。
    留守にしていた数ヶ月に、元々大して相手もしてやらなかった弟は、自分の顔を見忘れていたようで。 少しばかり逃げ腰、だから…こっちも特に近寄らない、話し掛けもしないで。

    もう、何もかもを泣く事で伝える頃は過ぎていたから、安心していたのに。

    見ていなかったから、何が理由だったのか…は良く分からない。 ただ、急に火の点いたように泣き出して。
    同じ所に居て、見ていなかったから怪我でもさせました…じゃ、何を言われるか分からない。 真っ先には、そんな…多分に利己的な事を思って。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「抱き上げたら、勝手に泣き止んで笑った」
「…詰まんない事、憶えてるんだね」
    言葉通り、本当に詰まらなさそうな表情(かお)をして、そう言うから。
「憶えてるよ。 その時、初めて…弟も可愛いかな、と思ったから」
つい…言わなくても良かったかも知れない事を、正直に。
「え…?ちょ…っと待ってよ。それって、いつ?」
「だから…次郎が3歳になる、少し前」
「え〜?そこまで俺の事、ホントにそう思った事無かった訳〜?」
「…無い」
    どうしようか…と思いながらも、何となく…これも正直に。
    もっと、正直に言ったなら。 その時まで、本当に…抱き上げるどころか触れた事さえ無かった。 そんな事が無かったら、もしかしたら…いつまでも。
    流石に、そうとまでは言わなかったけれども。

    ひどい…だの、信じられない…だの。 ここしばらくにはお目に掛からなかったしつこさで、次郎に思いっきりまとわり付かれているところへ。
「何の話なんですか?」
テレサが、走り飽きたらしいはるかの手を引いて。
    それまでのやり取りを全く知らなくて、滅多に無い賑やかさにむしろ微笑いながら問うてくるから。
「内緒」
こちらもやっぱり苦笑(わら)いながら、そうと答えて。

「…まさかと思うけど、はるかの事は可愛いと思ってるよね?」
    自分の事は諦めたか、しかし…まだ張り付いたまま次郎の問うてくるのにも。
「それも、内緒」
同じく苦笑しながら、分かり切った事をまた曖昧に誤魔化して。

<< My dear | One-sided >>

| <前頁
Last Update:20051007
Tatsuki Mima