Anniversary/Reversal

NovelTop | 第三艦橋Top

    仕事をしていれば…特に乗艦勤務中では、目覚めた瞬間から行動する事を要求もされるから、それが既に癖付いてもいるが。 帰還して休暇中だと思うと、思考(あたま)からそんな事がすっかり抜け落ちてしまう。
    つまり…1度や2度起こされたくらいでは、目が覚めない。 その後も、すぐには頭が働かない。
「いい加減にしなさいよっ、パパっ! もう、3度目よっ!?」
    仏の顔も、三度まで。
    最初は枕元に大人しく声を掛けて、2度目はそれを繰り返しながら肩を少しばかり強く揺さ振って。 そして3度目は…言葉よりも先に、いきなり全体重。
「…絵梨さん。 君…また、体重増えたでしょ?」
    布団越し、そうで無くたってうつ伏せていて背中の上なんか見えやしない。 息苦しさに、素直な感想を疑問形で返せば。
「女性に、年齢と体重の話はするもんじゃないわよっ!」
    やっぱり布団越しに、枕か何かの直撃を頭に喰らった。

「『女性』っていうのは、も少し年齢(とし)取った人の事を言うと思うんですけどねえ」
    南部の呟くように言うのも、ごもっとも。 さっきは、ベッドの上に飛び乗って体重で叩き起こして。 今はその後ろからリビングまで追い立てている絵梨は、まだやっと5歳でしかないのだから。
「それはパパ…って言うか、男の主観でしょ」
    だが、如何にもそれらしい…のは身長などの見た目だけ。 呆れたような、薄い溜息も吐きながら。
「女は、ね。 自分が『女だと思ってる』間は、じゅーぶんに女なのよ」
片手は腰に、もう一方の人差し指を小器用に左右に振りながら、そんなセリフを。
    とてもじゃないが、言動は5歳児のそれじゃない。
「…とに。 君に言葉教えたのって、誰ですよ?」
「甘いわね、パパ。 この情報化のご時世、親兄弟以外からだってボキャブラリーは増やせるのよ?」
    ああ言えばこう返す絵梨を見下ろしながら、親子だな…とも思いつつ。 でも、そんなところなんか似なくて良い…とも、かなり本気で思う南部だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    トースターで焼くだけ、レンジで温めるだけ…の朝食なら何とか。 椅子を引っ張り廻して踏み台代わりにして、絵梨にも用意する事が出来る。
    最初は食事の用意の最中で、2度目はその用意が整ってから。 だから、絵梨が1人侘しく行儀良く食べ終わってから…の3度目で、ようやく起きてきた南部に朝食を取る時間の猶予は与えられなかった。
「パパの分はテーブルの上にあるから、帰ったらちゃんと食べるのよ?」
「はいはい」
    はっきり言えば、1人でしっかり通園出来る絵梨である。 ただ、誰か「大人」がそれに付き添う事…が規則なので「仕方無く」ついて来させてやっているだけだ。 あくまでも、当人としてはそういう感覚で。
    身長差に、多少無理に傾いた姿勢で手を繋ぐより、ただ並んで歩いている方がお互いに楽だ。 だから、その通りに。
「終わったら、食器はちゃんとシンクに運んでよ?」
「…分かってますってば」
    見た目とセリフが大いに逆転してるのだが、それには最早当たり前の事で、今更…腹も立たない。
「そんなに信用有りませんかねえ、俺って」
「そんなもの、パパに有る訳無いじゃない」
ただ…ちょっと訊ねてみた事に、きっぱりと言い切られて苦笑するだけ。
    まあ…もっとも。 自分で自身を「ものを片付ける」という観念の薄い事は承知もしているから、仕方ないかも…とは既に諦めの範疇。 その分、ものを「使う」だとか「散らかす」という観念もかなり欠落しているから、結果的に誰もあまり困らないで済むだけの事だ。

    歩いていくくらいだから、子供の足でもそんなに遠い距離じゃない。
「あ、後ね? 病院は、あたしが帰ってから一緒に行くの。 抜け駆けしないでよ?」
目的地の見え始めた路上で、絵梨が思い出したように。
    実際は、それが何より一番言いたくて。 でも、最後に言っておかないと忘れるんじゃないか…と、余計な事を考えたりして、今頃やっと。
「え〜? この後、行こうと思ってたのに…駄目なんですか?」
    しっかりと釘を刺されて、その不満をそのまま。
「行ったってもう大部屋なんだから、2人っきりにはなれないでしょ。 『夫婦の会話』はママの退院まで諦めて、あたしと『親子』で行くの。 分かった?」
    意味分かって言ってるんだろうか…では有るが、完全に的外れた事を言っているとも言い切れない。 あんまりきっぱりと言い放たれて、勢いに押し切られるように頷いて。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「ねえっ、パパっ?」
    たった今、預けてきて別れたばかりの声に振り返れば。 出入りのたびに閉ざす、子供の力ではなかなか開けられない門扉に中途半端によじ登って、精一杯に身を乗り出した絵梨が居て。
「…何してるんですよ? 君は…。 落ちたら、怪我しますよ?」
    口にはそうも言いながら、それほどには間抜けてもいないだろう…と思うから。 特に慌てもしないで、歩いてそこまで後戻り。
「…ねえ? あたし『も』パパの娘よね?」
    南部が目の前まで来るのを待ってから、ほんの少しだけ低い声でそう。 わざとなのか、偶然か。 言外にしたのは、あたしは…絵梨は、南部とは血縁が無いけれども。
    …今更疎むくらいならば、既に母親となっている女性なんて最初から選ばない。
「当たり前、でしょ?」
    改めてもう一度、門扉(そこ)から下りなさいよ…と促して。 大人しくそれに従って、絵梨が地面まで降り立つのを待ってから。

「君がやだ…ってんなら、考えますけどね」
    そう高くも無い門扉の上に肘を置いて、苦笑(わら)って…少しばかり見下ろして。

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Last Update:20051007
Tatsuki Mima