それは…出現(で)ても仕方無いかも、と思ってしまう辺りは古代も、その理由も思考の過程も相原とそう大差無い。
通信技官の相原が実戦に「銃を抜いた記憶」が有るなら、戦闘士官の古代にはそれ以上。
前線に立たされた回数の多い分だけ、流れていく血も人の死も否応無く多く見てきているから。
幸いだか、生憎だか。
古代も今までそういうものにお目に掛かった事は無いが、別段恐ろしいなどとは思わない。
今まで倒した連中に大挙して出てこられて、恨み言でも言われれば…迷惑だろうなあ、とは思うけれども。
雪とて、実戦を体験してきた身だ。
ましてや、看護師。
流血や死に、ただ無責任にきゃあきゃあ…と騒いでしまうような神経は持ち合わせていない。
いや…むしろ、そんな非常時ほど「職業意識」にすう…っと冷静になっていくんだろう。
だが、しかし。
相手が幽霊という事になると、そういう事を飛び越えた場所に存在するもの。
前後無く取り乱すほど恐ろしいものでは無いと思うが、何と無く…薄気味悪いのも事実。
◇
◇
◇
◇
「何と無く…怖い」
そう言われて、はあ?…と思いっきり驚いた風に。
「何が、だよ?
え…?
雪って、そうだったっけ?」
そして、思いっきりすっとぼけた事を言う。
まあ…それも、仕方が無い。
スタートから、既に同じ艦の中。
良くも悪くも身近過ぎる位置から、お互いを見てきた。
単なる同僚として、慕わしい相手として、それから…婚約者として。
その間に、色んな話もした。
子供の頃の事、学生の頃。
夢見ていた事、裏切られた事。
嬉しかった出来事、悲しかった出来事。
雑談として面白おかしく、時に…真面目に。
そんな今までの積み重ねの中に、お互いというものの「像」を頭の中に作り上げてきた。
だが、しかし。
古代の知っている範囲内で、森雪という女性の中に「幽霊を怖がる」という要素は無かったはずだから。
良く言えば、強い女性だと思われていたという事。
だが、女性に対して「強い」という形容詞は、可愛らしくない…にも直結しかねない部分も有って。
「…何が、って何よ?
私に『怖いもの』なんて無い…って、思ってた訳?」
微妙に低くなった声に、古代が。
あ、ヤバい…と思ったのは、経験上に当然。
そう感じたままにわずか…に身を引いたが、雪の踏み込んでくるのはそれ以上。
途端に、ぐ…っと近付く雪の顔。
「いや…だって、さ。
雪とこういう怪談(はなし)した事なかったし…」
「唇」の寄ってくるのは…状況によっては大歓迎だが、こういう如何にも「怒った瞳」が寄ってくるのは、本っ当に有難くない。
そう思ってしまうのも、やっぱり今までの経験上。
次に来るのは、涙か手のひらか…知れたものじゃない。
そして…どちらも、大いに苦手だ。
「そりゃあ、ね?
今まで、こんな話した事無かったかも知れませんけどっ」
現在(いま)古代に、何が一番怖い…と訊いたなら。
雪…だと、きっと即答するんだろう。
「司令本部よ?
私の職場なのよ?
怖い…だとか思っても、当然じゃないのっ?」
…ほ〜ら、怖い。
「それは…まあ、そうだけど…」
一体「誰」だか知らないが、何で…見た事も逢った事も無い幽霊の為に、俺が怒られなきゃならないんだよ。
そんな正論は、この際言う暇など与えてもらえそうには無かった。
だから…別に、現在(いま)口に言ってみるほど怖くは無い。
きゃあきゃあ…と騒がしく悲鳴を上げながらも、指の隙間からでもホラー映画はしっかり観てみたりするし。
現実と虚構には、一体どれだけの差が。
それでも、どうにも取り乱してしまうような事は…自分でも在り得ない気のする雪である。
しかし、対しているのは婚約者の古代だ。
例え嘘でも「大丈夫だよ、俺が居るだろ」くらいの事は言って欲しいと思う。
雪だって…その程度には、恋する「お年頃のお嬢さん」なのだから。
…そう、そんな言葉が嘘だなんて、最初っから百も承知。
どうせ…数日後には、雪が何と言おうが予定通りに出航。
航海を、宇宙を捨てられるはずの無い古代なのだと分かっているのだから。
◇
◇
◇
◇
…取り敢えず。
古代とは、今後絶っ対に。
ホラー映画も観に行ってやらない、遊園地に絶叫マシンにも乗らない…怖がっている振りに、抱き付いてみたりなんて、絶対に…と心に固く誓った雪だった。
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Last Update:20060830
Tatsuki Mima