幽霊の事情:04 / 古代と雪の場合

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    それは…出現(で)ても仕方無いかも、と思ってしまう辺りは古代も、その理由も思考の過程も相原とそう大差無い。
    通信技官の相原が実戦に「銃を抜いた記憶」が有るなら、戦闘士官の古代にはそれ以上。 前線に立たされた回数の多い分だけ、流れていく血も人の死も否応無く多く見てきているから。
    幸いだか、生憎だか。
    古代も今までそういうものにお目に掛かった事は無いが、別段恐ろしいなどとは思わない。 今まで倒した連中に大挙して出てこられて、恨み言でも言われれば…迷惑だろうなあ、とは思うけれども。

    雪とて、実戦を体験してきた身だ。 ましてや、看護師。 流血や死に、ただ無責任にきゃあきゃあ…と騒いでしまうような神経は持ち合わせていない。
    いや…むしろ、そんな非常時ほど「職業意識」にすう…っと冷静になっていくんだろう。
    だが、しかし。 相手が幽霊という事になると、そういう事を飛び越えた場所に存在するもの。 前後無く取り乱すほど恐ろしいものでは無いと思うが、何と無く…薄気味悪いのも事実。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「何と無く…怖い」
    そう言われて、はあ?…と思いっきり驚いた風に。
「何が、だよ? え…? 雪って、そうだったっけ?」
そして、思いっきりすっとぼけた事を言う。
    まあ…それも、仕方が無い。
    スタートから、既に同じ艦の中。 良くも悪くも身近過ぎる位置から、お互いを見てきた。 単なる同僚として、慕わしい相手として、それから…婚約者として。
    その間に、色んな話もした。 子供の頃の事、学生の頃。 夢見ていた事、裏切られた事。 嬉しかった出来事、悲しかった出来事。 雑談として面白おかしく、時に…真面目に。
    そんな今までの積み重ねの中に、お互いというものの「像」を頭の中に作り上げてきた。
    だが、しかし。 古代の知っている範囲内で、森雪という女性の中に「幽霊を怖がる」という要素は無かったはずだから。

    良く言えば、強い女性だと思われていたという事。 だが、女性に対して「強い」という形容詞は、可愛らしくない…にも直結しかねない部分も有って。
「…何が、って何よ? 私に『怖いもの』なんて無い…って、思ってた訳?」
    微妙に低くなった声に、古代が。 あ、ヤバい…と思ったのは、経験上に当然。 そう感じたままにわずか…に身を引いたが、雪の踏み込んでくるのはそれ以上。
    途端に、ぐ…っと近付く雪の顔。
「いや…だって、さ。 雪とこういう怪談(はなし)した事なかったし…」
    「唇」の寄ってくるのは…状況によっては大歓迎だが、こういう如何にも「怒った瞳」が寄ってくるのは、本っ当に有難くない。
    そう思ってしまうのも、やっぱり今までの経験上。 次に来るのは、涙か手のひらか…知れたものじゃない。 そして…どちらも、大いに苦手だ。
「そりゃあ、ね? 今まで、こんな話した事無かったかも知れませんけどっ」
    現在(いま)古代に、何が一番怖い…と訊いたなら。 雪…だと、きっと即答するんだろう。
「司令本部よ? 私の職場なのよ? 怖い…だとか思っても、当然じゃないのっ?」
…ほ〜ら、怖い。
「それは…まあ、そうだけど…」
    一体「誰」だか知らないが、何で…見た事も逢った事も無い幽霊の為に、俺が怒られなきゃならないんだよ。 そんな正論は、この際言う暇など与えてもらえそうには無かった。

    だから…別に、現在(いま)口に言ってみるほど怖くは無い。
    きゃあきゃあ…と騒がしく悲鳴を上げながらも、指の隙間からでもホラー映画はしっかり観てみたりするし。 現実と虚構には、一体どれだけの差が。 それでも、どうにも取り乱してしまうような事は…自分でも在り得ない気のする雪である。
    しかし、対しているのは婚約者の古代だ。 例え嘘でも「大丈夫だよ、俺が居るだろ」くらいの事は言って欲しいと思う。
    雪だって…その程度には、恋する「お年頃のお嬢さん」なのだから。

    …そう、そんな言葉が嘘だなんて、最初っから百も承知。
    どうせ…数日後には、雪が何と言おうが予定通りに出航。 航海を、宇宙を捨てられるはずの無い古代なのだと分かっているのだから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …取り敢えず。 古代とは、今後絶っ対に。
    ホラー映画も観に行ってやらない、遊園地に絶叫マシンにも乗らない…怖がっている振りに、抱き付いてみたりなんて、絶対に…と心に固く誓った雪だった。

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Last Update:20060830
Tatsuki Mima