南部が帰還(もど)ってきて、仕事中の相原を邪魔してみたりする。
ちっとも有難くないが、これは…いつもの事である。
「…って、何処に?
中央司令室、ですか?」
中央司令室…とは、相原の直接の仕事場…だ。
「訊くに事欠いて、何でよりによって中央司令室(そこ)なんだよっ」
特にどうと思っていなくとも、幽霊というものが「人外の存在」なのは間違い無い。
どうせ見えもしないならどうでも良さそうな気もするが、同じ司令室(へや)の中…というのはやっぱり気分的にはご遠慮したい。
「違うんですか?」
「違うってば」
ふーん…と、何だか納得したらしい様子の南部に。
やはり、古代や相原と同じように怖がっている…とかそういった様子は見られない。
だが、いつものように笑って、茶化して、流してしまわない…事に相原も気付くべきだった。
「なら、『あれ』とは別口なんですね」
「…はい?」
「あれ」って何なんだよ…と、相原の思いっきりな突っ込みが入ったのは当然の事である。
「何と無く…なら分かるんですよ、俺」
見えやしませんけどねえ…と、南部は今更笑う。
「…って、中央司令室に居るって事?」
笑い事じゃないだろう…と思いつつ、相原がさっきの会話に引っ掛かる部分を問うてみる。
「居ますよ。
多分…2、3人くらいは」
無駄に真面目な表情(かお)して答える南部に、訊かなきゃ良かった…と内心の相原。
何の事は無い、自分の職場が「幽霊屋敷」だという事を、改めて言葉に実感させられただけである。
「でも、こういう事なら。
俺よか太田君に訊いた方が、も少しはっきり分かると思いますよ?」
「…もしもし?」
2度目ともなると、もう突っ込む気も起きなかった。
◇
◇
◇
◇
勤務中で無い限りは、まず間違い無く連絡の付くのが太田だ。
ただ、その時間はバラバラなので「来い」と言ったとして、すぐに出てこられるとも限らないのだが。
なので、日付変わって。
「え?
ああ…うん、そうだな。
見ようと思えば」
意識してなければ…という注釈付きながら、こちらもまたあっさりと肯定である。
居たかどうかを意識していなかった、学生の頃は置いといても。
最初の航海から、優に数年以上の付き合いだ。
そのうちの相当の部分は、同じ艦内にほぼ四六時中も顔を突き合わせていた…というのに。
「聞いてないっ!」
…いや、別に。
好んで、聞かされたいような話題でも無いのだが。
「そりゃ、そうですよ」
「だって…なあ?」
それぞれに、そんな事を言って顔を見合わせてみる。
「訓練学校にも、ヤマトの艦内(なか)にも居るには居たからな〜」
「ここに何人、向こうに何人…って説明されたいですか?」
知らぬが仏、という言葉もある。
正に、その通り。
「…うっわ〜、聞きたくないな〜」
自分の日常となっていた場所が、どういう状況だったのか…なんて。
心霊的なものが嫌い、幽霊が怖い…という人間なら聞いていられない話だったかも知れない。
「ま、この地球上。
人間(ひと)の死んでない場所なんて、きっと無いですけどねえ」
祖たるアウストラロピテクスの出現から300万年、歴史としてものの記録に残るようになってからでも既に数千年。
陸上だけに留まらず、海にも空にも行動範囲を広げた人間が…確かに、生きていなかった場所なんて無いかも知れない。
その間に、幾度も繰り返した戦争に。
また、どれだけの人数がいきなり生を失ったか知れないから。
「それは…分かってるけどね」
言った南部も、答えた相原の方も、少しばかりを苦笑してみせながら。
人間(ひと)の生死を軽く見て…のそんなやり取りじゃなく、十二分に分かり過ぎているからこそ…もう苦笑(わら)ってしまうしかないだけ。
だって…自分たちが「あちら側」に居ないのは、偶然の重なっただけ。
その事も、分かり過ぎるほど分かっていたから。
◇
◇
◇
◇
「…どうでも良いけどさあ…」
只今、司令本部はこういう騒ぎの最中である。
別に聞きたくは無いので、相原は訊かない。
問われないので、南部と太田も特に言わない。
この場合は、良いだろう。
「他人様(ほか)に、あんまり言わない方が良いと思うんだけど」
だが、怖いもの見たさ聞きたさ…に言い方は悪いが、女性陣は「はしゃぎ切っている」状態。
現在(いま)に、分かる人間、見える人間が居る…なんて言ってしまうのは、火に油を注ぐだけの事だから。
「言わないって、わざわざ」
太田の方からは、そういう極めて常識的な返答を。
「え〜と…既に言っちゃってるんですが、お嬢さんに」
だが、しかし。
南部の方からは、そんな答えが戻ってきたりして。
「…馬鹿?」
「いや…だって、訊かれたんですもん。
だから、つい」
苦笑しているところを見れば、余計な事言った…とは思っているようだが。
「…サーシャだと『見たいっ』とか、また言ったんじゃないのか?」
見た事の無いものは「見てみたい」、した事の無いものは「やってみたい」。
サーシャの常套文句のこれは、単純な子供の好奇心じゃなくて、もしかしなくとも「育ての親」の影響最大なんじゃないか…と気付いたこの頃である。
「ええ…もう、即座に言われましたとも」
ほら、案の定だ。
「…僕、知らないからね?
南部1人で、サーシャの相手してよ?」
「俺も、巻き込むなよ?」
友人2人に、即座に見捨てられた南部だった。
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Last Update:20060830
Tatsuki Mima