Day-to-day:02 / お手伝い

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    あれから身長も延びたから、まだ踏み台が必要ながらその高さはもっと低くて済むようになって。 指の長くなった分だけ器用にもなったし、随分と手際も良くなって。
「ほら、テーブルに運んで。パパ」
「はいはい」
    従って、このお宅の場合。 きっちり家事をこなしているのは年齢一ケタのお嬢さんの方であって、その父親の方こそお手伝いしているだけだ。
「『はい』は、1回」
「…はい、済みません」

    相変わらず、パワーバランス逆転状態の南部さんのお宅である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    子供1人を含む3人分の食器なんて、重ねてしまえば1度に運べてしまう事も。 だから、子供の小さい手で1枚や2枚の皿を運んでもらっても、実は…かなり邪魔なだけ。
    だからと言って、自分から手伝おうとしている事を否定しても仕方が無い。 協調性と自立心を潰す事にもなるし、何より…そのその自信と自尊心を傷付ける事になるから。
    それに…ほら。
「…はい、有難うございます」
たった一言。 こうやって礼を言うだけで、ものすごく嬉しそうな顔も見られるのだから。

    やっぱり、女の子が最初に真似てみよう…と思う大人は、母親になるようだ。 勿論、男の子の場合なら父親を真似てみようとするんだろう。
    テレサの後をついて廻って、自分がやる、やってみる…とスカートの裾を引っ張っては自己主張を。 その度、はるかにも無理では無いだろう範囲で、少しばかりの仕事を任せてみて。
「何を笑っているんです?島さん?」
    声に顔を上げてみれば、そこにテレサが立っていて。 その後ろの方にはるかが、ものすごーく…そろりそろりと慎重に、やっぱりこっちに向かって。
「いや…次郎だけだったから。 妹が居れば、こういうのも見てたかな…と思って」
    こういう光景…母親の後をくっ付いて廻る、小さな女の子の姿を。
「はーいっ、持ってきた〜」
    真剣な顔をして一生懸命、ゆっくり…と運んできていたものは盆と、その上のカップ。 見れば、カップの中身は半分以下。 中身は、盆の上にも散らかって。
「…最初から、半分しか入れなかったんですけど」
    こっそりとそう言って、テレサがくすくす…と苦笑(わら)った。

    ぽんぽん…と、頭に軽く手を置かれて。
「今度は、もう少し溢(こぼ)さないように」
「はーいっ」
礼を言われた後の島の「注文」にも、はるかはにこにこと良いお返事。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    古代さんちの場合。 雪の朝が早くて帰りは遅い…為に、その両親と顔を合わせている時間の方がよっぽど長い子供たちである。
    なので、弥生の場合は真似る対象は母親よりも祖母になるし、飛鳥の場合なら祖父だ。

    あら?…と思った。 気付いた…と言った方が、もっと正しいかも知れない。
    ここのお嬢さんも、何処かのお嬢さんと同じく。 手伝う、自分でやる…と煩いので、危険の無い限りは言う通りにさせてみる雪だ。
    今回のお手伝いは、洗濯物を畳む事。 くたくた、へろへろの仕上がりに、後でこっそり畳み直しておこう…と雪が思っているのは、弥生には内緒。
「ねえ、弥生。 今…どうやって畳んだの?」
    直線的に折り畳んでいけば良いハンカチやタオルは終わってしまって、残されたそれ以外は襟が有ったり袖が有ったり。 畳み上げるにも、それなりの技術の要るようなものばかり。
「え〜? 何か、変?」
    怒られた時のような表情(かお)で、見上げてくるから。
「ち…がうわよ、変じゃないの」
慌てて手を降ってみせて、その問いを否定する。
「ただ、どうやったのかな〜って思ったのよ」
    笑って問うてくる雪の様子に、これは…自分が何か褒められそうなすごい事をしたんじゃないかと、弥生はぱあっと嬉しそうな顔してみせて。
「あのねえっ」
さっき畳み終わったのを横に置いておいて、次を引っ掴んで実演してみせる。
「こうやって…こう、でしょ?」
    前ボタンの一番上だけを止めて、合わせを真っ直ぐにするようにしながら引っ繰り返して。 袖を肩口からではなく肩の途中から胴ごと折り返して、整えて。 裾の方から襟に向かって、くるくる…と2回。
「あ…きれた」
    弥生には聞こえないように、口の中だけで呟いた。 これってママの畳み方じゃない、いつの間に…。

    褒めてもらえる…と如何にも期待していそうな、見上げてくる顔に。
「すごいわ、弥生。 綺麗に畳めるのねえ」
…と、盛大に褒めちぎってやる。 全く思わなかった事でも無いから、その感心した笑顔は嘘じゃない。
    予定通りに褒められて、弥生はものすごく嬉しそうに笑ってみせた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「え〜っと、これなら直せるかも」
    とりあえず裏を開けてみてから、サーシャが呟くように言った。
「直るの?サーシャ?」
    後ろから、物珍しそうに覗き込んでいるのはスターシャだ。
    ここまでの数年に、それなりに物が壊れたりはしたが、その都度引っ張ってこられて修理させられたのは、製造メーカーの修理技術員では無く…真田である。 サーシャが修理しようというのは勿論、守がやっているところでさえ見た事が無くて。
    だから、大いに疑心暗鬼。 多分にスターシャは、壊れたものを直せるのは真田にしか出来ない…と思い込んでいるフシさえ。
「多分ね。 お義父さま見てたんだから、大丈夫だってば」
    サーシャの言った事は、本当。 伊達に、イカルスに真田を見ながら育った訳では無かった。
    工具は玩具代わりだったし、工学書は絵本の代わりだった。 真田や山崎を筆頭に周り中が技術屋ばかり、そうじゃないのは観測要員と学生くらい。
    そんな環境で育ってしまった為に、家電くらいなら多少時間が掛かっても、理解出来て修理出来て当たり前…という程度には。

「…余計な改造するなよ」
    まあ…そうした所で、真田を引っ張ってきて直させるだけだが。 地球の裏側での用件を済ませて戻ってき次第、半強制的に。
    どっちにしても何にもしやしない守が、2人に背を向けたまま…で新聞から目も離さずに。 好き勝手、言いたい事はそのまま言い放ってくれる。
「しないわよっ。 お義父さまじゃ有るまいしっ」
    それは決して、その義娘に言えるセリフでは無い。

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Last Update:20070729
Tatsuki Mima