毎朝恒例なのが、時弥の大暴れ…である。
最早ご近所さんも驚かず、ただ苦笑するばかり。
「僕も〜っ!」
…と、じたばた。
隙有らば玄関から飛び出しかねない様子なのを、しっかり捕まえておいて。
「いってらっしゃい」
微笑って、旦那さまと長男を送り出す晶子だ。
ドアが閉まってもまだ、廊下に漏れ聞こえてくる声。
「…いい加減、諦めないかな〜。普通」
苦笑(わら)えば良いのか、呆れてしまえば良いのか。
それとも、もうそろそろ腹を立てても構わないのか…どうにも中途半端な表情で。
相原が、外廊下に呟いてみるのも…これまた毎朝の恒例。
気付いた時には両親とも、仕事に毎朝居なくなるのが当たり前だった。
それでも、兄の壱弥はずっと一緒に居た。
だが、この年の春からその壱弥が通園し始めた。
つまり、時弥はたった1人置いていかれる事になった…という事で。
だから、自分も連れて行け…と大暴れしている訳だ。
「僕だけ〜っ」
但し「大暴れ」なのは、2人の見えなくなるまで。
その後は、ただの「大泣き」だ。
まあ…どちらでも、喧(やかま)しい事には少しも変わりないが。
「美弥も居るでしょう?」
1人じゃなくて、妹も。
しかし、自分も居るだろう…とは言わない晶子だ。
産休が明ければ仕事に戻って、毎朝居なくなってしまうのだから。
「嫌い〜」
おとーさんも、おにーちゃんも。
おかーさんも、美弥も、おばーちゃんも。
僕以外は、皆。
泣くのに疲れた後も、まだぐずぐずと。
「嫌い」を次々と繰り返し並べ立てる次男を、宥めすかす為にお休みしているようなものだわ…と溜息と苦笑交じりに思う、この頃である。
◇
◇
◇
◇
まだ年末とも言えない頃、クリスマスプレゼントに悩むにだって早過ぎる。
「大変だったのよ、探すのに」
…そりゃ、大変だっただろう。
だって、まだ…随分と先の話だ。
広告もまだ見ない、店頭にカタログだってまだ見掛けない。
こんな時期に、実物を見付けてきた根性と努力に、素直に敬服するばかりだ。
「…お義母さん…」
だが、しかし。
「次は、鞄を選ばなくちゃ」
「あの…ですねっ」
「弥生は、赤とピンクが好きなのよねえ」
突っ走り始めたら最後、娘婿の話を聞いてくれるような義母では無かった。
「あたしの?
ねえ、パパ。
これ、あたしの?」
真新しくて綺麗な机にはしゃぐ弥生は可愛らしくて、その点では義母に感謝はするが。
「…何処に置けって?」
弥生の入学までにはまだ、半年近くも有るというのに。
リビングに、どうでも雑然と置かれた机…とそれ以外のあれこれに、どうやら…しばらく生活の邪魔をされるだろう事は、確実だ。
それらを設置すべき「弥生の部屋」は、まだ存在しないのだから。
「今から『大掃除』やれ…ってか?」
そうして古代は、一つ溜息を吐いた。
◇
◇
◇
◇
「絵梨さんの時、大量の『お届け物』有りましたよ。
こっちも」
古代の話に苦笑しながら、南部が言った。
絵梨には、祖父母が「3組」存在する訳だ。
そのどれも健在、うち1組に至っては金銭的な余裕は有り過ぎるほど。
その「大量」の想像も、簡単に付こうというものだ。
「…って、どうしたんだ。それ?」
「絵梨さんが、殆ど送り返しましたが。
こんなに必要無いわよ…って」
…普通の新入学児童に、それだけの分別は無い。
つまり古代は、話す相手を間違ったという事だ。
そんなに広い家じゃなかった、だから自分だけの部屋…なんて無かった。
もっとも、10も離れた兄だ。
それぞれの学校から帰ってくる時間さえ違って、そして…すぐに訓練学校の寮に居なくなって。
だから、自分の為に新しく買われたものなんて無かった。
机や本棚なんて傷くらい付いても、10年くらいで使い物にならなくなるような事は無かったから。
「だから…そういう経験無いんだよなあ、俺」
…で、独り言(ご)ちるだけにしておけば良かったのだが、つい。
「俺も、そういう経験は無いですねえ。
気付いた時には、部屋から何もかも揃ってましたもん」
だから…どうして、南部に話を振る自分が間抜けていると気付かないのだろう。
今更だが、こいつとは全然話が合いそうに無い…と古代は、面白く無さそうな表情(かお)をそのままに晒しながら。
「どーせ、お前なんか『ものの置き場に困った』事なんて無いんだろ?」
「ものの置き場所…ですか?
そういう事も、無くはないですよ」
答える南部が笑っているのは、質問の内容より相対している古代の表情の所為だったりする。
「12の誕生日の事なんですけどね」
こいつにも、そんな事くらいはあるのか…とちょっと思い直した、のだが。
「親父さまに、車戴いちゃいまして」
「…おいっ」
普通は小学生に車をくれてやらないし、戴く事も無い。
やっぱり…こいつは、こいつだ。
「もう、その時って地下都市(した)でしたからねえ。
簡単に、車庫(ガレージ)増設(ふ)やせなくて」
「一生、言ってろっ!」
◇
◇
◇
◇
4月と3月。
生まれ落ちたにほぼ1年の差が有っても、通園や通学での「学年」としては同じになる、島さんちのはるかと古代さんちの弥生だ。
「早過ぎないか?
幾ら何でも」
島の素直な感想に、その通りだよ…とこれまた素直に思う古代である。
もう随分の以前から両親の居ない古代にとっては、雪の両親はそれと同等。
あれこれと気遣ってくれる事はものすごく有難いし、それ以上に嬉しい事。
だが、その間に雪を挟む関係である以上、こういった場合に何も強い事が言えないのも古代だ。
「良いよなあ、お前は」
古代と島では、夫婦とその親との関係は真逆になる。
古代に両親が居ないように、テレサにも。
「…そうでも無い」
古代も随分と実感のこもった口調で言ったが、答えた島の方もまた…随分と。
古代とテレサの位置が、真逆のようで少し違っていたのは、その賛成があったかどうか。
婚約、結婚、入籍…と正しく手順の踏めた古代と雪に対して、駆け落ち紛いにいきなり…を選んだ島とテレサだ。
無邪気に行き来する次郎を介して、ようやく…聞いていない振りをしながら互いの状況を知っていた程度。
はるかの生まれるまでの数年、直接には全く関わってこなかった時間が有って。
そうして…だからこそ?
まるで、その反動のように。
「はるかの物で、俺やテレサの買ったものなんて殆ど無いからな」
息子しかしなかった夫婦は、孫娘のものを選んでみるのがとても楽しいらしくて。
認めて…もしくは諦めてしまえば、テレサという「義理の娘」の世話を焼くのも、また同様に。
「実際の両親(おや)にも、なかなか…言えないぞ?」
そう言って島は、苦笑して。
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Last Update:20070729
Tatsuki Mima