別に…避けてた訳じゃない。
だから、そう言われてしまうのは心外だ。
だが…まあ、専科の違うに顔を合わせなくなっていた事は事実だったから、その件に関しては古代の八つ当たりじみた文句も、一通り言わせれば大人しくなるだろう…と甘んじて聞いておく島である。
…で、やっと古代の本題。
「は…?」
戦闘士官を目指している者は、基本的に自分の専門外には殆ど興味が無い。
極論言えば、その興味は「敵を倒す事」それだけに限られる。
「だから…何聞いてたんだよ、お前は」
大砲撃ちなら、攻撃面を中心にした艦の性能。
戦闘機乗りなら勿論、機の性能。
後はせいぜい、整備員の腕の良し悪し。
「いや…だから、本気…か?」
自分の邪魔をしてくれさえしなければ、その乗務する艦が何処に行ってしまおうと、それを誰が操艦(うご)かしていようと、誰が指揮していようと…あまり。
「冗談言ってどうする」
だから、今。
古代が操艦の資格も取るから協力、要するに教えろ…と言ってきた事に、島もそれが本気かどうかをしっかり訊き返した訳である。
「…って、待て。
俺だって、まだ持ってないっ」
「だけど、航法専科だよな?」
俺より詳しいよな…と言われて、詳しくない…とは嘘でも言えない辺り、正直な島だ。
とっさに、航法の教官捕まえて訊け…と返せなかった程度には慌ててもいたが。
「…という訳で、早速教えろ」
言うなり古代は、島を遠慮無くシム棟の方角に引き摺っていた。
教わる側が何故、偉そうなんだ…という事を突っ付く心の余裕を島に与えなかった。
この際、古代の作戦勝ちである。
◇
◇
◇
◇
「お。
再戦する気になったか?」
何だか偉そう…な奴は、ここにも居た。
「…誰が?」
正直、煩いのに出くわした…と思っている南部である。
まあ…もっとも、ここは飛行科の領域。
少しばかり広めの室内(へや)の中、小型戦闘機のシミュレータが整然と並べられていた。
たまに専科を外れた授業でも無い限り、砲術にはあまり用が無いはずの所。
加藤がそういう風に思って、口にするのも無理とは言えない。
「言ったでしょ。
ついてけません…って」
期待しているらしいその横をすり抜けて、空いている一つに座を占めた。
「え〜?
再戦しよーぜ」
ヒトの顔さえ見れば「再戦、再戦」と騒ぐ加藤に、改めて。
餌をくれと親鳥にねだるヒナみたいだ…と、詰まらない事を思った南部だった。
「くっそ〜、相変わらず成績(スコア)良いな〜」
何故かやった当人よりも先に、記録(レコード)を引っ手繰(たく)って確認している加藤から、南部が黙って取り返す。
「充分、ついてってるだろ」
機体の動きに、目が。
今、加藤の言ったのはその意味で。
「単独(ソロ)で曲技飛行(アクロバット)出来る程度には、自信有りますよ。
俺も」
だが、南部が随分と以前(まえ)から断っているのは、その意味では無く。
「でも、編隊(フォーメーション)組んで空中戦(ドッグファイト)出来るまでの自信は無いんです」
僚機と敵機が交錯する状態で、最後まで飛んでいられるまでの自信は。
そもそも、戦闘機を「戦う為の道具」としてでは無く、戦闘が可能なまでに性能を追及した「出来の良い飛行機」という認識しか無い。
所詮、その操作がゲーム…遊びや趣味の延長線上にしか無いと、自分で承知しているから。
だから、自分は…戦闘機乗りにはきっとなれない。
「慣れだろ、そんなの」
「嫌です」
だって…約束した、生き残ると。
その条件で、訓練学校(ここ)まで来た。
「一機や二機、撃墜(おと)したところで死んで終わるくらいなら。
俺は…もう少し頑丈な艦内(ところ)から、それ以上を撃破(つぶ)すを選びます」
◇
◇
◇
◇
憶える気の有って、結果も付いてくるような奴なら、教え甲斐は有るというものだ。
そういう意味でなら、古代を見てやるのもまあ…それなりに面白い。
基礎過程の間に、数回は航法のシムもこなしているから、その点でも全くの素人だとも言えず。
「…え?」
そんな合間に、今教えている艦だけじゃなくて、小型機の方も取るつもりだ…と古代から聞かされて。
素直に、もう一度驚かされた島だった。
「何だよ?」
友人の呆れたらしい様子に、古代がむ…っとしてみせる。
「いや…普通、砲術で取る奴居ないだろう?」
その表情に少しばかり慌てたように、島が言い訳を返した。
「小型艇なら、ともかく…」
科を問わず取得必須なのは、四輪(くるま)。
それ以外で、科を問わず取得する人数の多いのは…恐らく、小型艇。
名こそ「艇」だが、艦艇のうちでは無い。
操作の方法からあれやこれや、軽飛行機や小型機に近い。
分類してみれば、航空機の一種に入れられる。
艦外作業は、身一つで無い限りは作業艇の出るのが、通常。
その為に、殆ど…と言っても良いような割合がそれを取得(と)る。
「普通じゃなくて、悪かったな」
古代が、もう一つ拗ねたらしいが。
物心付いた時から見て、乗ってもいる普通車だって。
いざ運転しようとすると車両感覚が掴めなくて,擦ってみたりぶつけてみたりするのだ。
大型艦ともなれば、その巨大さを認識出来るようになるには慣れ…と言うより、ある種「才能」が必要で。
二輪の免許は誰でも取得(も)てても、レーサーにまでなれるのはほんの一握り。
飛行機…小型艇の操艇が出来るから、戦闘機が乗りこなせるとは限らない。
「…お前、死ぬ気か?」
ふ…と、島が思った事をそのまま口にした。
大型艦の方はともかく戦闘機での操作ミスは即、死に繋がる。
専科を卒業(で)た者でも、高確率でそうなってしまうのが…戦闘機の怖さ。
「誰が死ぬかっ」
だが…古代は仏頂面で、一言にそれを否定した。
◇
◇
◇
◇
「…大体、俺だけじゃないからな」
不機嫌そうに、それまでのやり取りを忘れたようにシムを突付いていた古代が。
やっと思い出したように、ぼそ…っと。
「砲術(うち)の南部ってのもやっぱり、小型機と中・小型艦取るつもりらしいし」
科の違う加藤のところにまでは聞こえていなかったらしいが、同じ砲術の中ではそれなりに知れてもいたらしい。
…それに触発されたって事か?
そう思いつつ島が、内心に留(とど)めておいたのは…さっきから未だに古代が拗ねているらしいから。
これ以上、不機嫌にさせる事も無いだろう…との判断。
「いや…南部の場合は、お前とは違うだろう?
確か…入学(これ)以前に、船舶とか滑空機(グライダー)を取得(も)ってたはずだぞ?」
艦艇の操作は、船舶に近い。
動力を持たず、気流に任せない限り下降していくだけ…でも、一応は「飛行機」だ。
これまでに何も無い古代よりは、感覚として南部に一日の長が有る。
手を止めて、一呼吸二呼吸。
シムの座席から、無言で島を見上げていた古代がようやく口を開く。
「…何で、航法のお前が砲術の奴の事知ってるんだ?」
頭痛がする。
「…お前、な…」
入学から1年半の、基礎過程は何だったんだ。
しかも、それから半年ばかりしか…まだ経っていないというのに。
基礎過程時のクラス、30人。
それをどれだけ憶えているのか訊いてみようか…と、一瞬思った島だったが。
古代自身と、島と。
それだけしか憶えていない…と至極あっさり言われてしまいそうな気がして、辛うじて問うのを思い止まった。
代わりに一つ、深くて大きな溜息。
「何だよっ」
それがまた、古代のご不興を買ったようだが。
そんな事にまで、島も責任は取れない。
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Last Update:20060830
Tatsuki Mima