「…砲術?」
「何か、問題でも?」
素直な驚きを口にして、真顔でそういう返答をされるとリアクションに困る。
「いや…お前は飛行科だと思い込んでたもんだから」
勝手な言い分だが、山本がそう思い込んでいたのにも理由は有る。
飛行機が好きで、空を飛ぶ事に強く憧れて。
他はどうでも、飛行(フライト)シミュレーションだけは好成績を叩き出してきた身には、同じように高い成績を残してきた南部が飛行科以外を希望していたとは考えた事も無かったからだ。
いささか、視野狭窄ではあるが。
「あ、それ無いです」
山本の言い訳に、手のひらをひらひら…と振ってみせながら。
「俺、飛行機嫌いだから」
南部はものすごくあっさり、しかもきっぱり。
「お前…飛行科志望の人間(おれ)に、それ…言い切るか?」
夕方、あまり早くも無い時刻。
1年は疾(と)うに今日の時間割(シラバス)終えて戻ってきていたが、2人はついさっきそれぞれに戻ってきたばかり。上級生は、まだ戻って来ていない。
「それで良く、滑空機(グライダー)取得(も)ってるな」
「好きで取得(と)った訳じゃないし」
1年は1年同士で何かしら話しているが、こっちの話に関わってはこない。
逆に、2人も向こうの話には関わらない。
どちらも別に、こそこそ…と内緒話している訳では無いので、お互い聞こえていない訳じゃないのだが。
特に話し掛けてこない、問い掛けてこない限りは答えない…が寮での不文律。
◇
◇
◇
◇
「…ってか、砲術ねえ」
ぼそ…っと、呟く。
てっきり飛行科だ…と思っていたのだから、これが砲術じゃなくて航法でも通信観測でも、その意外さには何ら変わりは無いのだが。
「お前って…そんなに砲術の成績、飛び抜けて良かったか?」
これが、疑問。
南部…と言えば、どれもこれもトップクラス突っ走ってる印象しか…変な言い方をすれば、そのどれかに突出していたような記憶が無いのだ。
「シムだけは、ね」
山本がその事を言い訳するように説明してみれば、そんな返答。
「筆記も実技も、全部引っ包(くる)めたら砲術になるんですよ。
やっぱり」
そう言って南部は、小さく肩をすくめてみせて。
言われてみれば、記憶に有るのはシムの成績ばかりだったような気も。
「…そうだったか〜?」
合いの手を返しながら…思い出そうとしてみたが、徒労に終わった。
同室だからちょっとばかり名前が目に付きやすいが結局は他人、どうしても自分の成績ほどには真剣には見やしない。
「そう」
「でも、大差は無いだろう?」
「まあ…確かに、大差付くほど他も酷かないですが…」
返ってきた言葉の最後が結構曖昧で、あれ?
何をどう突っ込んでも茶化しても、何かしらあっさりと返してくるのが南部だ。
これほど言い淀む事なんて、殆ど記憶に無い。
「だったら、逆に何でもいけるんじゃないのか?」
「さあ…」
また、曖昧。
「お前…ホントは、訓練学校(ここ)での成績関係無いだろ?」
「え〜と…」
「ホントは、入学前(さいしょ)っから専科決めてただろっ?」
追及に掛かって自然、山本の声が少し跳ね上がる。
それに驚いたか、1年たちがそっちの話を止めてしまって振り返ったが、そんな事知った事では無い。
「いや…だって、やっぱ『南部(うち)』だから戦艦かなあ…と思って」
「それを言うなら、戦闘機だって山程造ってるだろうがっ」
話が全く聞こえてなかった訳でも無いが、自分たちも別に会話していたのだ。
何も、しっかり聞き耳を立てていた訳じゃない。
途中途切れたいきなりの展開に、1年たちは目を丸くしていた。
「うわ〜、何か…逆」
「…俺ら、珍しいもん見てるかも」
…そういう意味で。
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Last Update:20080719
Tatsuki Mima