「おい、足下…っ」
注意を促す言葉も、ほんの少し遅かった。
階段一段分も無い…と言うより、むしろ「何で、わざわざそれに躓くんだよ」というほどの。
全く、何にも無い床に躓いたも同然。
…とは言え、相原も運動神経の全く無い訳では無いから手も突いて、顔から思いっきり転ぶ事は避けられたが。
「…っ痛〜」
躓いた爪先や、打ち付けた膝の痛い事には変わりが無い。
廊下にいつまでも転がっているのも、みっともない話。
痛いなあ…と思うのと、恥ずかしいなあ…と思うのと半分半分。
頻繁にころころとすっ転ぶ自分にいい加減呆れるのが、それ以上。
「大丈夫ですか?」
半身起こしたところで、目の前の手のひらに気付いた。
「え、あ…うん」
もし、その目が嘲笑(わら)っていたのなら、きっと…見なかった振りをしてとっとと立ち上がっていただろう。
しかし、そうでなく至極普通に差し出されていたものだから、つい。
「…おい」
違う方向から、似たような声がそれぞれに。
「だ〜から、俺が注意しようとしたのに〜」
注意した…ときっちり過去形になっていないのが、問題アリ。
「間に合わなかったら、意味無いって」
手のひら同士、軽く叩(はた)きながらそう答えて。
気付けば、さっきの誰かは別の誰かに呼ばれたらしくて、もう…離れていた。
「先に、勝手に転んだのはお前だろーが」
首に巻き付いてきた腕を解(ほど)いている間に、完全に角の向こうに。
「ほら、教室戻るぞ?」
「あ、うん」
お礼言いそびれちゃったなあ…と思ったが、それも仕方無く。
◇
◇
◇
◇
ここのところの話題は、この先…つまり専科をどうするか…が大きい。
教室に行こうが、寮に戻ろうが、寄ると触るとその話題ばかり。
「相原は、俺と一緒で飛行科だよな」
「勝手に決めないっ」
飛行科に進むものだ…と思い込みで決定されているのは、ここにも居た。
「何度も言ってるけど、設計身長に届いてないから無理だってば」
「何だよ。
お前まだ、160超えてない訳?」
「放っといてくれる?」
これは、言い訳。
設計上のパイロットの身長想定がどうだろうと、実は関係無い。
ただ、砲術科とか飛行科とか「アクティブな方向」には向いてないだろう…と、自分自身を判断したその結論だ。
既に取得(も)っている資格からすれば、航法か通信観測なんだよなあ…とも思いつつ、そのどちらともまだ決められないでいて。
しかし、友人もなかなかにしつこく諦めない。
「って、今何センチだよ?」
「…59」
あんまり言いたくない事なので、渋々。
しかし、あからさまな嘘を吐く事も出来ないで、ものすごく正直な数字をぼそ…っと。
「じゃあ、大丈夫だろ。
後1センチくらい、9月までにゃ伸びるって」
「伸びない。
絶っ対伸びないっ」
言われたくない事をはっきり言われて相原は、ぶんぶん…と思いっきり首を横に振った。
「伸びるって。
この半年くらいで10センチ伸びた奴が、何言ってるんだよ」
「あ〜っ、もうっっ!
飛行機乗り(パイロット)は、やだってば〜っ!」
この場を逃げ出したいのは、山々。
なのに、どうしてまだ授業が始まらないんだよ〜…と本気で現在時刻を恨んだ相原である。
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Last Update:20080719
Tatsuki Mima