5 法王(THE HIEROPHANT)

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V 法王(THE HIEROPHANT)
正位置の意味:承認・援助・共同作業・宗教・寛容

        ◇     ◇     ◇     ◇

    独り暮らしで、同居するものは犬猫さえ居ない。 有難く、平穏な日々が続いているから、変化の殆ど無い仕事内容。 あまり変わり映えのしない、毎日。
    話題として、自分の身の周りを話そうとしても、そうは変わった事が無く。 だからこそ、友人や知人にあった事を話題にしてしまう事が、どうしても多くて。
    この前に、こんな風に逢ってからでは。 その事が、一番大きな出来事だったと思うから。
    …おめでたい話なんだし、悪くは無いよね。きっと。

「良いですわね、可愛いでしょうね。きっと…」

    …あれ?

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…南部って、さあ…。 結婚しない訳?」
    唐突な問いに、危うく吹き出すところだった。 いや…吹き出すのは免れたけれども、飲み込み損ねて、思いっきり咳き込んだ。
    酒は、気管で味わうもんじゃない…と、心底思い知ったところで。
「あのねえ…結婚ってのは、相手が要るもんなんですよ?相原君?」
「居ないの?相手?」
    普通、はっきりとは訊きにくいだろう事も、あっさりと言ってのけてくれる。
「居ませんよ…そこまで考えるような相手は。 まあ…候補だけなら、常時1人は居たりしますけどね」
    前々から、たまに舞い込んできていた見合いの話も、ここの所頻々。 古代が結婚してしまった辺りから、どうにも逃げる理由の作りようが無いくらいに。
    「候補」というのは、その相手の事。 特に、お断りを入れるまでも無く。 ごくごく普通に、仕事に取り紛れて連絡しないで居るうちに、あちらから断られるのがパターンだが。
「俺より…決まったお相手の居る、君はどうなのよ?」
    合縁奇縁。
    司令長官の孫娘…なんて、本人の意思と出来はさておいて、色んな意味で狙ってる連中も居ただろうに。 特に、がつがつとした出世欲も無い相原が、よりによって引き当てるなんて、ある意味皮肉。
「帰還(もど)って来てからだって、そろそろ2年でしょ?」
    一般的な「お付き合い」では無かったにしても、その直前の航海中の1年間だって、知らない同士、何も意識していなかった訳じゃない。 十二分に意識し合ってた事なんて、嫌と言うほど見て知っている。
「えーと…それ、なんだけど…さあ…」
    話の矛先を自分に向けられて、ちょっとうろうろ。 視線を天井に逃がして、言い淀んで。 それからやっと、思い切ったらしく。
「この前、勢いで…プロポーズしちゃったような…気がする」

「良いですわね、可愛いでしょうね。きっと…」
    …あれ?
    晶子さんって、子供好きだったっけ? そんな話を聴いた事なんて、無いんだけどなあ…。 いや…別に、嫌いだって話も聴いた事無いんだけど。
「僕もまだ逢ってないんですよね、ガラス越しにしか」
    …って言うより、島さんが見せてくれないんだよ。 幾ら僕たちでも…南部もまだ還って来てないし、赤ん坊をネタにふざけたりしないってば。 ねえ?

「…何よ?その『気がする』ってのは?」
    曖昧さに問われても、その曖昧さまでが本当だから返答に困る。
「だから…そのまんま、だよ」
    こんな年齢で、それなりの長期間付き合っていて、結婚を全然意識していないなんて言わない。 むしろ、結構真剣に考えている方…かも知れない。
「僕としては、その意味で言ったつもりは無いんだけどさあ…」
    そうとも取れなくは無い言葉を、聞かされた相手がそう取ってしまえばそれは…やっぱり。
「…不用意に、中途半端な事を言っちゃった訳ですね?」
「…駄目押ししないでよ。 分かってるんだから、僕だって」
    呆れた溜息を軽く吐く南部に、それ以上の深さと長さで相原も。
「結局、何を言ったんですよ?」
「…可愛いだろうなあ…って」
「…何が?」
「いや…だから、えーと…晶子さんの子供なら、可愛いだろうなあ…って」
    現在「お付き合い」している相手が居て、子供…の話題を振られて。 その「父親」として、付き合っている相手を思い浮かべない女性も、滅多に居ないだろう。
「まあ…取り敢えず、きっちり挨拶に行けば?」
言った相手が、お付き合いしている相手なら、尚更の事。
「…やっぱり〜?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    つい…にしろ、うっかり…にしろ。 面白ければそれで良い…といった感の有る南部に、話して聞かせてしまった以上は。 近々、それをすっかり広められてしまう事なんて、承知の上…だった訳で。
    …だからと言って、その翌日に早速。 用など無いはずの司令本部内で南部を見掛けてしまっては、心中穏やかでは居られない。
「え〜?そりゃ、勿論。 吹聴して廻ろうか…と」
    何しに来たんだよ…と、ある意味分かり切った事を問うてみれば。 案の定、そういう返答があっさりと、腹立たしいくらいにこやかな笑顔と共に戻って来て。
「何処まで、広めたのっ!?」
「やだなあ、相原君。 まだ、たった2人にしか言ってませんってば」
この際、何人に伝えたか…ではなく、誰に伝えたのか…が大問題だったりする。
「司令本部(ここ)に来る前に、太田の官舎(ところ)と。 ここでは、サーシャだけですよ。まだ」
    …その、サーシャが一番の問題だ。 サーシャが知ったらその日のうちに、2人の父親の両方と、叔父と、その配偶者にまでは確実に。
「太田は、島さんくらいしか話さないから良いけどっ!」
自分が聞かされた時には、別経路で既に広まっている事を分かっているから、島が広める事はまず無い。
「サーシャは、何とか口止めしてよねっ!?」
    いつまでも…なんて言わない、せめて…言わなければならない人に、きちんと自分の口から伝えてしまうまで。
「あー、はいはい。 何とかしましょ、2、3日の事ならね」
    アテになるのか、ならないのか。 いつも以上にけらけらと笑いながら言ってくれる南部に、多少不安を感じないではなかったが。
「絶対、だからねっ!?」
とにかく、重ねて念を押して。

    人の出入りが激しいから、開けっ放したままにしてある戸口で。 騒々しさに紛れてろくに聞こえもしないノックを、わざとらしく3回。
    その音には誰も気付かなかったが、出入り口の長身の影に気付かないはずなんてなくて。
「何?南部さん? 何か、用なの?」
自分の席から寄って来たサーシャが、意外そうに素っ気無く問うのも仕方の無い事。
    ここ数年、パトロール艇艇長を続けている南部には航行管理部に用が有っても、至極一般的な事務を扱っている総務には、殆ど何も用が無いはずだし。 そもそも南部が、サーシャに直接話す事からして殆ど無い。
「面白い話有るんですけど、聴きたいですか? もっとも、教えてあげられるのは何日か後の事ですが」
    戸口に肩を預けて、傾(かし)いだままの上半身。 身長差に見下ろしながら、くすくすと笑っていて。
「…何か、企んでるでしょ?南部さん?」
「勿論ですとも、お嬢さん。 君に話しちゃうと、あっという間に広まっちゃいますからねえ」
そう言って今度は、けらけらと笑ってみせるから。
「ホントに、面白い話?」
「それは、もう。 取り敢えず、相原君に何か言われたら『誰にも言ってないけど、まだ言っちゃ駄目?』とか、上手く急(せ)かして下さいな。 出来るでしょ?」
「相原さん絡みな訳ね」
    名前が出たから、それにはあっさり気付いたが。 そこまで言ってから、別の事にも気が付いた。
「あーっ! 私の名前で、相原さん相手に遊んだわねっ!?」
「何を、今更。 当然でしょう」
    全く、悪びれるという事を知らない南部だった。
※「3」以降

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Last Update:20040818
Tatsuki Mima