V 法王(THE HIEROPHANT)
正位置の意味:承認・援助・共同作業・宗教・寛容
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独り暮らしで、同居するものは犬猫さえ居ない。
有難く、平穏な日々が続いているから、変化の殆ど無い仕事内容。
あまり変わり映えのしない、毎日。
話題として、自分の身の周りを話そうとしても、そうは変わった事が無く。
だからこそ、友人や知人にあった事を話題にしてしまう事が、どうしても多くて。
この前に、こんな風に逢ってからでは。
その事が、一番大きな出来事だったと思うから。
…おめでたい話なんだし、悪くは無いよね。きっと。
「良いですわね、可愛いでしょうね。きっと…」
…あれ?
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「…南部って、さあ…。
結婚しない訳?」
唐突な問いに、危うく吹き出すところだった。
いや…吹き出すのは免れたけれども、飲み込み損ねて、思いっきり咳き込んだ。
酒は、気管で味わうもんじゃない…と、心底思い知ったところで。
「あのねえ…結婚ってのは、相手が要るもんなんですよ?相原君?」
「居ないの?相手?」
普通、はっきりとは訊きにくいだろう事も、あっさりと言ってのけてくれる。
「居ませんよ…そこまで考えるような相手は。
まあ…候補だけなら、常時1人は居たりしますけどね」
前々から、たまに舞い込んできていた見合いの話も、ここの所頻々。
古代が結婚してしまった辺りから、どうにも逃げる理由の作りようが無いくらいに。
「候補」というのは、その相手の事。
特に、お断りを入れるまでも無く。
ごくごく普通に、仕事に取り紛れて連絡しないで居るうちに、あちらから断られるのがパターンだが。
「俺より…決まったお相手の居る、君はどうなのよ?」
合縁奇縁。
司令長官の孫娘…なんて、本人の意思と出来はさておいて、色んな意味で狙ってる連中も居ただろうに。
特に、がつがつとした出世欲も無い相原が、よりによって引き当てるなんて、ある意味皮肉。
「帰還(もど)って来てからだって、そろそろ2年でしょ?」
一般的な「お付き合い」では無かったにしても、その直前の航海中の1年間だって、知らない同士、何も意識していなかった訳じゃない。
十二分に意識し合ってた事なんて、嫌と言うほど見て知っている。
「えーと…それ、なんだけど…さあ…」
話の矛先を自分に向けられて、ちょっとうろうろ。
視線を天井に逃がして、言い淀んで。
それからやっと、思い切ったらしく。
「この前、勢いで…プロポーズしちゃったような…気がする」
「良いですわね、可愛いでしょうね。きっと…」
…あれ?
晶子さんって、子供好きだったっけ?
そんな話を聴いた事なんて、無いんだけどなあ…。
いや…別に、嫌いだって話も聴いた事無いんだけど。
「僕もまだ逢ってないんですよね、ガラス越しにしか」
…って言うより、島さんが見せてくれないんだよ。
幾ら僕たちでも…南部もまだ還って来てないし、赤ん坊をネタにふざけたりしないってば。
ねえ?
「…何よ?その『気がする』ってのは?」
曖昧さに問われても、その曖昧さまでが本当だから返答に困る。
「だから…そのまんま、だよ」
こんな年齢で、それなりの長期間付き合っていて、結婚を全然意識していないなんて言わない。
むしろ、結構真剣に考えている方…かも知れない。
「僕としては、その意味で言ったつもりは無いんだけどさあ…」
そうとも取れなくは無い言葉を、聞かされた相手がそう取ってしまえばそれは…やっぱり。
「…不用意に、中途半端な事を言っちゃった訳ですね?」
「…駄目押ししないでよ。
分かってるんだから、僕だって」
呆れた溜息を軽く吐く南部に、それ以上の深さと長さで相原も。
「結局、何を言ったんですよ?」
「…可愛いだろうなあ…って」
「…何が?」
「いや…だから、えーと…晶子さんの子供なら、可愛いだろうなあ…って」
現在「お付き合い」している相手が居て、子供…の話題を振られて。
その「父親」として、付き合っている相手を思い浮かべない女性も、滅多に居ないだろう。
「まあ…取り敢えず、きっちり挨拶に行けば?」
言った相手が、お付き合いしている相手なら、尚更の事。
「…やっぱり〜?」
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つい…にしろ、うっかり…にしろ。
面白ければそれで良い…といった感の有る南部に、話して聞かせてしまった以上は。
近々、それをすっかり広められてしまう事なんて、承知の上…だった訳で。
…だからと言って、その翌日に早速。
用など無いはずの司令本部内で南部を見掛けてしまっては、心中穏やかでは居られない。
「え〜?そりゃ、勿論。
吹聴して廻ろうか…と」
何しに来たんだよ…と、ある意味分かり切った事を問うてみれば。
案の定、そういう返答があっさりと、腹立たしいくらいにこやかな笑顔と共に戻って来て。
「何処まで、広めたのっ!?」
「やだなあ、相原君。
まだ、たった2人にしか言ってませんってば」
この際、何人に伝えたか…ではなく、誰に伝えたのか…が大問題だったりする。
「司令本部(ここ)に来る前に、太田の官舎(ところ)と。
ここでは、サーシャだけですよ。まだ」
…その、サーシャが一番の問題だ。
サーシャが知ったらその日のうちに、2人の父親の両方と、叔父と、その配偶者にまでは確実に。
「太田は、島さんくらいしか話さないから良いけどっ!」
自分が聞かされた時には、別経路で既に広まっている事を分かっているから、島が広める事はまず無い。
「サーシャは、何とか口止めしてよねっ!?」
いつまでも…なんて言わない、せめて…言わなければならない人に、きちんと自分の口から伝えてしまうまで。
「あー、はいはい。
何とかしましょ、2、3日の事ならね」
アテになるのか、ならないのか。
いつも以上にけらけらと笑いながら言ってくれる南部に、多少不安を感じないではなかったが。
「絶対、だからねっ!?」
とにかく、重ねて念を押して。
人の出入りが激しいから、開けっ放したままにしてある戸口で。
騒々しさに紛れてろくに聞こえもしないノックを、わざとらしく3回。
その音には誰も気付かなかったが、出入り口の長身の影に気付かないはずなんてなくて。
「何?南部さん?
何か、用なの?」
自分の席から寄って来たサーシャが、意外そうに素っ気無く問うのも仕方の無い事。
ここ数年、パトロール艇艇長を続けている南部には航行管理部に用が有っても、至極一般的な事務を扱っている総務には、殆ど何も用が無いはずだし。
そもそも南部が、サーシャに直接話す事からして殆ど無い。
「面白い話有るんですけど、聴きたいですか?
もっとも、教えてあげられるのは何日か後の事ですが」
戸口に肩を預けて、傾(かし)いだままの上半身。
身長差に見下ろしながら、くすくすと笑っていて。
「…何か、企んでるでしょ?南部さん?」
「勿論ですとも、お嬢さん。
君に話しちゃうと、あっという間に広まっちゃいますからねえ」
そう言って今度は、けらけらと笑ってみせるから。
「ホントに、面白い話?」
「それは、もう。
取り敢えず、相原君に何か言われたら『誰にも言ってないけど、まだ言っちゃ駄目?』とか、上手く急(せ)かして下さいな。
出来るでしょ?」
「相原さん絡みな訳ね」
名前が出たから、それにはあっさり気付いたが。
そこまで言ってから、別の事にも気が付いた。
「あーっ!
私の名前で、相原さん相手に遊んだわねっ!?」
「何を、今更。
当然でしょう」
全く、悪びれるという事を知らない南部だった。
※「3」以降
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Last Update:20040818
Tatsuki Mima