11 力(STRENGTH)

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XI 力(STRENGTH)
正位置の意味:力・権力・勇気・理性

        ◇     ◇     ◇     ◇

    指折り、日を数えてみる。 窓の外、大きく暗く…ガミラスがこちらを見下ろしていた。
「いいえ…お姉さま。 女王ならば尚更、お姉さまはイスカンダル(ここ)に残らねば…」
    この惑星(ほし)の上に、たった2人きりしか居ない。 それがイスカンダルに…私たちの目の前に、突き付けられた「滅亡」という名の運命。
「もう…国民(たみ)は居ない惑星(くに)よ? 私の不在も、何の問題も引き起こさないわ」
    そんな運命も善しとして受け容れながら、他者には滅亡を諾々としては認めるな…と諭そうとする。 これが…私のわがまま以外の、一体…何物だと言うの?
「ええ…この惑星(ほし)には、お姉さま…女王が居ずとも構わないかも知れません。 でも、ガミラスが…デスラーが居ます」
    だから私は、自らを遣うつもりでいた。
「あの方は、お姉さまをご存知です。 もしも…通信が重なれば、お姉さまの…女王の長い不在を…私では隠し果(おお)せません」
けれどもサーシャはそう言って、笑って…1人で出立(で)ていった。
    数えていたのは、それからの日数。 そろそろ…二月、辿り着いたはず…の頃。
    それと悟られたくは無いから、通信はしないと最初から2人で決めていた。 約さなくとも…ガミラスのように通信の中継を持たないでは、何万光年と離れた距離に会話など適うはずも無かった。
    逆に言えば、ガミラスの周波数に擬(ぎ)せれば通信も適うという事だが、それは元より思案の外だった。
「…私は、間違っているかも知れないわね。でも…貴方はきっと…もっと間違っているのよ…」
    あちらが見下ろすのならば、こちらは見上げていよう。

    しばらく振りに、ホットラインを繋いだような気がする。
「そちらの方々なのですよ? それでも、回収にはいらっしゃらないと?」
    人間に対して「回収」などと言う言葉を使いたくなど無かったが、迎えに…などと言っては尚更来ないだろう…と考えたから、仕方無く。 それに、もう動けない艦も1つ在ったから。
「動かない…使えないものなど、私には不要なのでね」
    貴方には壊れた艦も、怪我をした兵も「使えない」…それだけの理由で切り捨ててしまうのですね。 そう…と笑いながら、言ってしまえるのですね?
「…3人ばかりはまだ、生きていらっしゃいますわ」
「君が拾ったものだ、君の好きにすれば良い。 不要ならば、捨ててくれても一向に構わないよ?」
また…そう言って、笑う。
「…そう。承知しましたわ、私の好きに扱わせて戴きます」
    それだけを言って私は、こちらから通信を終わらせた。 いつまで話しても、私の望むような答えは返って来ないのだろう…と思ったから。
    それに…もうこれ以上、あの自信に満ちた寒々しい笑みを見ていたくなどなかったから。

    死者全員の埋葬を終えた…と、私の背の半分ほどしかないロボットたちがこちらを見上げながら、作られた抑揚の無い音声(こえ)で報告してきた。
「そう…では、案内なさい」
    ガミラスに生まれて、このイスカンダルに眠る事が…彼らの望んでいた事なのかどうか分からない。 私が彼らを送り届ける事は可能だが、そうした時…あの人は彼らをどう扱うのだろう?
    空に、相変わらずガミラスが見下ろしている。
    …見えますね?貴方がたの故郷が…。 遠くは無いわ、いつか…必ず帰して差し上げます。 だから…今は、イスカンダル(ここ)にお眠りなさい…。
    死者ばかりの惑星(ほし)に、また新しい墓標だけが増えて。 まだ生きている私は、そうとだけ話し掛けた。
    …約してはみたけれど、本当に帰してあげられるのかしら? 振り返った王宮に、ひどく死に近しい所で生命を闘っている…3人も、また。
    いいえ…必ず、帰さねば。 それぞれの生まれた惑星(ほし)に、懐かしいだろう故郷に。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    ガミラスの通信の中に、私は「ヤマト」という名の艦の発進を知った。
    ああ…サーシャ。 貴女は無事に地球まで辿り着いて、確かに…伝えてくれたのですね。

    一番重篤だった1人が、息を引き取った。 人の死ぬ事は哀しい…とは感じる。 だが、正直…その傷の酷さから助からないだろうとも思っていたから、私の感情はそのまま通り過ぎてしまった。
    そして、たった今。 また…1人が亡くなった。
    あれからまた、2つ増えた墓標。 それぞれに今しばらくを詫びて、私は王宮に戻ろうと歩を進める。
    あと…1人。 ガミラスの青い肌を持たない、あと…1人。
    あの方は…何処を故郷とする人なのだろう? …いいえ、艦の進んできた方角から…きっと。 地球に生まれた人なのだろう…と、最初から考えてもいた。
    本当に、その通り地球の方だったなら…どうすれば良い? 生きても…このまま亡くなってしまっても、あの距離を私は…帰して差し上げられるのかしら?

    サーシャは…まだ、戻らない。
    …どうしたの? 今、何処に居るの?何をしているの?
    ヤマト…は、銀河系を出たわ。 この期間にあの距離を移動出来た…という事は、貴女は確かに地球に辿り着いたはずよ? 何故、還って来ないの?
    私は…どれだけの時間を、他人(ひと)と話していないのだろう。 2人きりだった頃、静かだ…とは感じていた。 けれども、寂しいとは思った事は無かった。
    現在(いま)は1人、私はそれを…寂しい事だと感じている。
    だから…還って来て、早く。

    私は…言葉を忘れてしまいそうだわ…。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「どうして…イスカンダルの周囲(まわり)に、電波妨害をなさるのですか?」
「…抗議かね?スターシャ?」
「そうですとも」
    続く言葉を聞きながら私は、ああ…貴方から望むような言葉を聴く事はきっと無いのでしょうね…と。 そんな事を、漠然と考えていた。
「…私は…ヤマトが自分の力でイスカンダルに来る限り、地球の放射能を解消する装置を渡します」
「…どうぞ? このデスラーが生きている限り、ヤマトは貴女の惑星(ところ)へなど遣(や)りはしませんよ」
    そうして彼は、私との通信を一方的に終わらせた。 置き去りに残された私にも、もう…重ねて告げる事など無かった。

    …デスラー、私は…貴方の死など望まないわ。 でも…それ以上に、地球人の滅亡を望まない。 それは…どうにも、並び立たない事でしか無いの?
    横をすり抜けていく事は許されなくて、真正面から衝突し合って…どちらかが滅びねばならないの?

    私は…誰の破滅を見たいなどと思ってて、地球にサーシャを送ったのでは無いのに…。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    死も目の前に見て、現在(いま)…横たわったままに生命を闘っている人が居る。 呼ばわっても応えず、殆ど身動(みじろ)ぎもせず、しかし…間違い無く生きている。
    昔…こんな景色を見たわ。 あれは…いつ? そう…お父さまの亡くなられる直前(まえ)。
    病に倒れて少しずつ…少しずつ衰えていき、やがて床から離れられなくなってしまって。 うつらうつら…と眠ってばかり、その声さえ忘れてしまいそう。
    その枕元に座り込み、そっとその手を取る。 温かい…まだ、生きている。 でも…この手を、握り返してくれる事は無い。
    どうか…生きて、また…元気なお姿を見せて。 もし…このままお父さまが亡くなられたなら、私は…。
    …私は。 教えを請うべき年長者(あいて)を失ったまま、女王になってしまう。 もう…国民(たみ)も殆ど居ない惑星(くに)の、恐らくは…最後の女王に。
    だから…お父さま、生きて…まだ隠れたりなさらないで。 そう…私の為に。

    私は…いつでも、とても…身勝手だわ…。
    そっと触れれば、少し低いながらも感じられる体温。 この指に微かに伝わってくる、拍動。 まだ生きている、でも…今はそれだけでしか無い。
    その枕元に腰を下ろす、いつか…お父さまの時にもそうしたように。
    サーシャは…まだ戻って来ない。 だから…この惑星(ほし)の上には私と、未来(さき)の知れない貴方…とのたった2人きりしか生きていなくて。
    身勝手だわ…良く、分かっている。 でも…生きて。 私をまた置いて逝かないで、1人にしないで。

    そんなわがままを考えながら、どれだけの時間…眠ったまま動かないその横顔を見詰めていたのだろう。
    不意に、添えた指を払われた…と言っても、本当に僅かに。 それは、せめて身動ぎ下程度。 それでも確かに、この男(ひと)が現在(いま)までで初めて見せた、とても分かりやすい反応で。
    名も知らぬ相手を何と呼んで、どう…声を掛けたものか、私は少しばかり途惑っていた。
    そんな時、私の手に…確かな圧力。 一旦払われたはずの私の指は、何を思い返したかのように…力の無い中でも精一杯に強く捕まえられていて。
    …途惑った。 記憶を遡ってみれば、この手を男性に取られた事など…お父さまのまだ健勝でいられた頃が最後…それ以来。
    慌てた私が、振り解(ほど)いてしまおうとした所に、その人の…初めての声。
「…泣くな、よ…」
    その声にではなく、言葉の意味に驚かされた私。 押さえられた手は振り払うも忘れてそのままに、空いた手で自分の頬に触れてみた。
「泣いて…などいない、わ…」
この指先に、一つとして雫(しずく)など触れなかった。
    でも…私は、確かに泣きたかったわ。 身勝手に、わがままに、誰の為にでも無く、私の為だけに。
「…なよ…」
    また、この人は呟いて。
「俺、は…だから…」
    …何て言ったの? 貴方は私に…誰に…何と言いたかったの?

    けれども…私に何も答えないまま、その人は。 また…眠ってしまって。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …断末魔を聞いたような気がした、ガミラスという名の惑星の。

    運命に呑み込まれて流されたのね、貴方も。 やはり…貴方は運命を作る神ではなかったわ、人間(ひと)でしかなかったのよ…。
    …貴方の死を、私は…哀しむ事が出来るとは…思わなかったわ。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    静まれ…と、激しく打つ胸に無理な事を命じながら、私はその場に立っていた。
「…死にたかったのですか?」
「いや…ただ…死んだつもりではいた」
ちら…とこちらを認めた後は、天井を眺めたまま瞬きもしない人の言葉を聴きながら。
    それは…やはり、死にたかった…という事?
「君…が、助けてくれた…という事か?」
    ずっと眠り続けて、つい…先ほど目覚めた人だとは思えないほど、至って平然として半身を起こしながら。 私の顔を透かすように見上げながら、そう。
「ええ…そうなりますね。貴方が、生きていて良かった…と、思うのならば…ですが」
身勝手に、目覚めてくれる事を望んでいたのに。 いいえ…恐らくは、だからこそ。 その刺すような視線から、この目を逸らしてしまいたかった。
    私は…自分のわがままの為に、この人の死すべき運命を変えたのでは…ないのかしら?
「死んでいた方が良かった…とまでは思わないから、取り敢えず礼を言っておく」
「それでしたら、有難く承っておきますわ」
    …運命を変えてしまったかも知れないけれど、少なくとも…貴方の望みに反していた訳ではないのね。 そうと知った私は…知らず、吐息(いき)を吐いていた。

    …私が、誰を気遣っていると思っているの? 貴方はまだ、たった今…目覚めたばかりでしょう?
「君も…泣くのか?」
その貴方が、どうして…私を気遣わしげに見上げてしまうの?
「ええ…そう…たまには、そんな事も無いとは言いませんわ」
    いつかと同じように、捕まえられた手が…痛い。 力の強さ…なら、今は無いに等しい。 そうではなく…即座に振り払いにくい、それが…痛い。
    …一呼吸。 静かに、私を押さえ付ける指を一つずつ引き剥がすようにして、やっと離れる。
    最初から強く打っていた心臓(むね)が、今は尚更…呼吸(いき)の苦しいほど…痛くて。
    この場から…この人の居るこの部屋から、走り逃げ出したいと思う気持ちを精一杯に押し込めて。 私は…無理矢理に平静を装いながら、ゆっくりと部屋を抜け出した。
    すぐ後ろでドアの閉まる音を聞いた時、私は…その場に座り込んでしまいそうな気がした。

「そう言や、名前を訊いてなかったな」
    翌日になってから、その人は思い出したように。
「俺も…名乗らなかったし」
そう言われて私は、ほんの少し…困ってしまって言葉にも詰まる。 名乗らなかった…名を訊ねなかったのは、私の方こそ…だったのだから。
    そんな私の様子をどう思ったのか、一瞬間の後、その人の方から名乗った。
「…古代…さん、ですか?」
初めて聞く耳慣れない響きを持った名に、どちらが姓でどちらが名なのか知れなくて。 私は…ひどく怖々…として、問い返した。
「…守で良い」
    その答えに私は、そちらが名なのだ…と知らされて。 分かりましたわ…と返しながら、頭の中で数回繰り返していた。
    そして、問われる前に…と私も名乗った。 姓は…言わず、スターシャ…だと名だけを。
「…スターシャか…」
名を確認するように呟いた鸚鵡返しに、私は…ひどく途惑って。
    …この以前(まえ)に名を呼ばれたのは…デスラーとの通信の中だったわ。 そうね、たった…数日前なのだわ。 それなのに…もう、あの人は居ない。
    目の前に居る人から、名を呼ばれたのは…どのくらい振り…? もしかしたら…お父さまの亡くなる前だった、のだわ。 私は…姉として、女王として…ただ素直に名を呼ばれる事など忘れていたのかも知れない。

    だって…ほら、こんなに…私は。
    驚かされて、早く打つ鼓動が苦しい。 心が…痛い、呼吸(いき)が苦しい…。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …私は…どれだけを謝せば、全てから赦してもらえるのだろう?
    ガミラスの滅したのは、運命。 けれども、それを早めてしまったのは…きっと私。 直接の手を下したのは、地球人…かも知れない。 でも…それに手を貸してしまったのは、誰…?
    …私だわ。 私以外の、外の誰でも無かったわ。
    因果応報…それならば何故、サーシャが死んでしまうの? 罪を贖(あがな)うべきは、私。 罰を受けるべきだったのは…私だったのに…。

    …それとも…この、今の痛みが私の…罰だと言うの…?

        ◇     ◇     ◇     ◇

    妹を異郷に死なせた私が、兄を生かして弟の元に帰す…皮肉だわ。
「まだ…完全ではないのですから、無理をなさってはなりませんよ?」
私はそう言って、その人を送り出した。
    窓から見下ろす港に、接岸(つ)けられた艦。 引き渡すべき放射能除去装置は、既に積み込まれて終わった。 少しばかり用意しておいた食料などが、いま少し残っているだけ。
    永い…戦闘も多かった航海(たび)だったから、出来るならばゆっくりと身体を休めても欲しい。 だが…地球に残された時間を考えれば、引き止めるも適わない。
    あと数日もすれば、イスカンダル(ここ)を出航(た)つだろう。
『貴女は…古代守さんを、愛していらっしゃいますね…?』
    …違う、そんな理由じゃないわ。泣いたのは…きっと。
『では…何故、今…泣いていらっしゃったんです?』
    あの2人に、サーシャを…思い出してしまったから。 あんな風に…私は、戻って来たサーシャを抱きしめるはずだった。 お帰りなさい、無事だったのね…と強く、きつく。
    そうよ…それだけよ。
    …もし…それ以外が在るとしたら、それは。 また、目の前に話す相手を失う…1人になってしまう私の寂しさだけだわ。
    サーシャは、もう二度と戻って来ない。 望ましい会話にならなくとも、ホットラインの向こうに居たはずの人も…もう居ない。 ガミラスの残した通信網に中継させても、一体何処まで…ヤマトと通信していられるのでしょうね…。
    私は…独りなのだわ。

    重ねて地球への同道を問われたが、私はそれも断った。
    ええ…見捨てられません、私には。 お父さまやお母さま、サーシャ…の眠る大地を。 中空にこちらを見下ろしてくる、死して沈黙した「兄弟」も。
    独りの寂しさなんて…きっと慣れるわ。 例え、慣れる事が無くても…それも、私の生命の終わる瞬間(とき)までの事よ…。
    艦長室を辞した時には既にその場に居なかった人が、そこに待っていた。
「…さようなら…スターシャ…」
一呼吸の後に、静かにそう言って。
    そうね…さよなら、なんだわ。
    地球から来た艦が地球に戻る、何て…当たり前の事。 放射能除去装置を手渡す為に、わざわざとここまで呼び寄せたのは私。 持ち帰らねば何の役にも立たない、見送る事なんて最初から分かっていた事。
    …気を付けてお戻りなさい。 そう言って私は、この艦を降りれば良いのよ…。
「…愛しているわ、守…」
    今…自分の言った言葉も、何もかも振り切るように駆け降りながら。 私は…ようやく、正直なところに気付いた。
    違うわ…愛してなんかいないわ…! 独りになってしまう寂しさを、そんな言葉に摩り替えてしまっているだけ…なのよ。

    まだ…それを、精一杯に否定しながら。

「…兄さんっ!」
    必死さのこもった言葉に、私は今駆け降りてきたばかりの後ろを振り仰いだ。
    タラップの一番上に、2人。 そして…途中に、それを振り返っている…もう1人。 誰も凍り付いたかのように、動かないでいて。
「…止めて、来ないで…」
    私は1人でも大丈夫なのよ、独りでも…良いの。 だから…!
    …早く離れなければならない。 黙っている船のエンジンを、小刻みに震える指をもどかしく思いながらもスタートさせて…。
「…進、許してくれ…!」
    だから…来ないで。 なのに、何故戻って来るの…っ?

    駆け寄って来る人を、両腕を拡げて受け止めながら。 その勢いのまま抱きすくめられながら、私は。
「…どうして、来てしまうの…? 還って…」
口ではそうも言いながら、突き放そうともせず…しがみ付くようにして。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…泣くなよ…俺は、ここに居るから…」
    貴方の…所為よ。 私は…貴方を拾ってから、貴方の事で泣いて…ばかりだわ…。
※「1」第25話

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Last Update:20050427
Tatsuki Mima