XI 力(STRENGTH)
正位置の意味:力・権力・勇気・理性
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指折り、日を数えてみる。
窓の外、大きく暗く…ガミラスがこちらを見下ろしていた。
「いいえ…お姉さま。
女王ならば尚更、お姉さまはイスカンダル(ここ)に残らねば…」
この惑星(ほし)の上に、たった2人きりしか居ない。
それがイスカンダルに…私たちの目の前に、突き付けられた「滅亡」という名の運命。
「もう…国民(たみ)は居ない惑星(くに)よ?
私の不在も、何の問題も引き起こさないわ」
そんな運命も善しとして受け容れながら、他者には滅亡を諾々としては認めるな…と諭そうとする。
これが…私のわがまま以外の、一体…何物だと言うの?
「ええ…この惑星(ほし)には、お姉さま…女王が居ずとも構わないかも知れません。
でも、ガミラスが…デスラーが居ます」
だから私は、自らを遣うつもりでいた。
「あの方は、お姉さまをご存知です。
もしも…通信が重なれば、お姉さまの…女王の長い不在を…私では隠し果(おお)せません」
けれどもサーシャはそう言って、笑って…1人で出立(で)ていった。
数えていたのは、それからの日数。
そろそろ…二月、辿り着いたはず…の頃。
それと悟られたくは無いから、通信はしないと最初から2人で決めていた。
約さなくとも…ガミラスのように通信の中継を持たないでは、何万光年と離れた距離に会話など適うはずも無かった。
逆に言えば、ガミラスの周波数に擬(ぎ)せれば通信も適うという事だが、それは元より思案の外だった。
「…私は、間違っているかも知れないわね。でも…貴方はきっと…もっと間違っているのよ…」
あちらが見下ろすのならば、こちらは見上げていよう。
しばらく振りに、ホットラインを繋いだような気がする。
「そちらの方々なのですよ?
それでも、回収にはいらっしゃらないと?」
人間に対して「回収」などと言う言葉を使いたくなど無かったが、迎えに…などと言っては尚更来ないだろう…と考えたから、仕方無く。
それに、もう動けない艦も1つ在ったから。
「動かない…使えないものなど、私には不要なのでね」
貴方には壊れた艦も、怪我をした兵も「使えない」…それだけの理由で切り捨ててしまうのですね。
そう…と笑いながら、言ってしまえるのですね?
「…3人ばかりはまだ、生きていらっしゃいますわ」
「君が拾ったものだ、君の好きにすれば良い。
不要ならば、捨ててくれても一向に構わないよ?」
また…そう言って、笑う。
「…そう。承知しましたわ、私の好きに扱わせて戴きます」
それだけを言って私は、こちらから通信を終わらせた。
いつまで話しても、私の望むような答えは返って来ないのだろう…と思ったから。
それに…もうこれ以上、あの自信に満ちた寒々しい笑みを見ていたくなどなかったから。
死者全員の埋葬を終えた…と、私の背の半分ほどしかないロボットたちがこちらを見上げながら、作られた抑揚の無い音声(こえ)で報告してきた。
「そう…では、案内なさい」
ガミラスに生まれて、このイスカンダルに眠る事が…彼らの望んでいた事なのかどうか分からない。
私が彼らを送り届ける事は可能だが、そうした時…あの人は彼らをどう扱うのだろう?
空に、相変わらずガミラスが見下ろしている。
…見えますね?貴方がたの故郷が…。
遠くは無いわ、いつか…必ず帰して差し上げます。
だから…今は、イスカンダル(ここ)にお眠りなさい…。
死者ばかりの惑星(ほし)に、また新しい墓標だけが増えて。
まだ生きている私は、そうとだけ話し掛けた。
…約してはみたけれど、本当に帰してあげられるのかしら?
振り返った王宮に、ひどく死に近しい所で生命を闘っている…3人も、また。
いいえ…必ず、帰さねば。
それぞれの生まれた惑星(ほし)に、懐かしいだろう故郷に。
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ガミラスの通信の中に、私は「ヤマト」という名の艦の発進を知った。
ああ…サーシャ。
貴女は無事に地球まで辿り着いて、確かに…伝えてくれたのですね。
一番重篤だった1人が、息を引き取った。
人の死ぬ事は哀しい…とは感じる。
だが、正直…その傷の酷さから助からないだろうとも思っていたから、私の感情はそのまま通り過ぎてしまった。
そして、たった今。
また…1人が亡くなった。
あれからまた、2つ増えた墓標。
それぞれに今しばらくを詫びて、私は王宮に戻ろうと歩を進める。
あと…1人。
ガミラスの青い肌を持たない、あと…1人。
あの方は…何処を故郷とする人なのだろう?
…いいえ、艦の進んできた方角から…きっと。
地球に生まれた人なのだろう…と、最初から考えてもいた。
本当に、その通り地球の方だったなら…どうすれば良い?
生きても…このまま亡くなってしまっても、あの距離を私は…帰して差し上げられるのかしら?
サーシャは…まだ、戻らない。
…どうしたの?
今、何処に居るの?何をしているの?
ヤマト…は、銀河系を出たわ。
この期間にあの距離を移動出来た…という事は、貴女は確かに地球に辿り着いたはずよ?
何故、還って来ないの?
私は…どれだけの時間を、他人(ひと)と話していないのだろう。
2人きりだった頃、静かだ…とは感じていた。
けれども、寂しいとは思った事は無かった。
現在(いま)は1人、私はそれを…寂しい事だと感じている。
だから…還って来て、早く。
私は…言葉を忘れてしまいそうだわ…。
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「どうして…イスカンダルの周囲(まわり)に、電波妨害をなさるのですか?」
「…抗議かね?スターシャ?」
「そうですとも」
続く言葉を聞きながら私は、ああ…貴方から望むような言葉を聴く事はきっと無いのでしょうね…と。
そんな事を、漠然と考えていた。
「…私は…ヤマトが自分の力でイスカンダルに来る限り、地球の放射能を解消する装置を渡します」
「…どうぞ?
このデスラーが生きている限り、ヤマトは貴女の惑星(ところ)へなど遣(や)りはしませんよ」
そうして彼は、私との通信を一方的に終わらせた。
置き去りに残された私にも、もう…重ねて告げる事など無かった。
…デスラー、私は…貴方の死など望まないわ。
でも…それ以上に、地球人の滅亡を望まない。
それは…どうにも、並び立たない事でしか無いの?
横をすり抜けていく事は許されなくて、真正面から衝突し合って…どちらかが滅びねばならないの?
私は…誰の破滅を見たいなどと思ってて、地球にサーシャを送ったのでは無いのに…。
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死も目の前に見て、現在(いま)…横たわったままに生命を闘っている人が居る。
呼ばわっても応えず、殆ど身動(みじろ)ぎもせず、しかし…間違い無く生きている。
昔…こんな景色を見たわ。
あれは…いつ?
そう…お父さまの亡くなられる直前(まえ)。
病に倒れて少しずつ…少しずつ衰えていき、やがて床から離れられなくなってしまって。
うつらうつら…と眠ってばかり、その声さえ忘れてしまいそう。
その枕元に座り込み、そっとその手を取る。
温かい…まだ、生きている。
でも…この手を、握り返してくれる事は無い。
どうか…生きて、また…元気なお姿を見せて。
もし…このままお父さまが亡くなられたなら、私は…。
…私は。
教えを請うべき年長者(あいて)を失ったまま、女王になってしまう。
もう…国民(たみ)も殆ど居ない惑星(くに)の、恐らくは…最後の女王に。
だから…お父さま、生きて…まだ隠れたりなさらないで。
そう…私の為に。
私は…いつでも、とても…身勝手だわ…。
そっと触れれば、少し低いながらも感じられる体温。
この指に微かに伝わってくる、拍動。
まだ生きている、でも…今はそれだけでしか無い。
その枕元に腰を下ろす、いつか…お父さまの時にもそうしたように。
サーシャは…まだ戻って来ない。
だから…この惑星(ほし)の上には私と、未来(さき)の知れない貴方…とのたった2人きりしか生きていなくて。
身勝手だわ…良く、分かっている。
でも…生きて。
私をまた置いて逝かないで、1人にしないで。
そんなわがままを考えながら、どれだけの時間…眠ったまま動かないその横顔を見詰めていたのだろう。
不意に、添えた指を払われた…と言っても、本当に僅かに。
それは、せめて身動ぎ下程度。
それでも確かに、この男(ひと)が現在(いま)までで初めて見せた、とても分かりやすい反応で。
名も知らぬ相手を何と呼んで、どう…声を掛けたものか、私は少しばかり途惑っていた。
そんな時、私の手に…確かな圧力。
一旦払われたはずの私の指は、何を思い返したかのように…力の無い中でも精一杯に強く捕まえられていて。
…途惑った。
記憶を遡ってみれば、この手を男性に取られた事など…お父さまのまだ健勝でいられた頃が最後…それ以来。
慌てた私が、振り解(ほど)いてしまおうとした所に、その人の…初めての声。
「…泣くな、よ…」
その声にではなく、言葉の意味に驚かされた私。
押さえられた手は振り払うも忘れてそのままに、空いた手で自分の頬に触れてみた。
「泣いて…などいない、わ…」
この指先に、一つとして雫(しずく)など触れなかった。
でも…私は、確かに泣きたかったわ。
身勝手に、わがままに、誰の為にでも無く、私の為だけに。
「…なよ…」
また、この人は呟いて。
「俺、は…だから…」
…何て言ったの?
貴方は私に…誰に…何と言いたかったの?
けれども…私に何も答えないまま、その人は。
また…眠ってしまって。
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…断末魔を聞いたような気がした、ガミラスという名の惑星の。
運命に呑み込まれて流されたのね、貴方も。
やはり…貴方は運命を作る神ではなかったわ、人間(ひと)でしかなかったのよ…。
…貴方の死を、私は…哀しむ事が出来るとは…思わなかったわ。
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静まれ…と、激しく打つ胸に無理な事を命じながら、私はその場に立っていた。
「…死にたかったのですか?」
「いや…ただ…死んだつもりではいた」
ちら…とこちらを認めた後は、天井を眺めたまま瞬きもしない人の言葉を聴きながら。
それは…やはり、死にたかった…という事?
「君…が、助けてくれた…という事か?」
ずっと眠り続けて、つい…先ほど目覚めた人だとは思えないほど、至って平然として半身を起こしながら。
私の顔を透かすように見上げながら、そう。
「ええ…そうなりますね。貴方が、生きていて良かった…と、思うのならば…ですが」
身勝手に、目覚めてくれる事を望んでいたのに。
いいえ…恐らくは、だからこそ。
その刺すような視線から、この目を逸らしてしまいたかった。
私は…自分のわがままの為に、この人の死すべき運命を変えたのでは…ないのかしら?
「死んでいた方が良かった…とまでは思わないから、取り敢えず礼を言っておく」
「それでしたら、有難く承っておきますわ」
…運命を変えてしまったかも知れないけれど、少なくとも…貴方の望みに反していた訳ではないのね。
そうと知った私は…知らず、吐息(いき)を吐いていた。
…私が、誰を気遣っていると思っているの?
貴方はまだ、たった今…目覚めたばかりでしょう?
「君も…泣くのか?」
その貴方が、どうして…私を気遣わしげに見上げてしまうの?
「ええ…そう…たまには、そんな事も無いとは言いませんわ」
いつかと同じように、捕まえられた手が…痛い。
力の強さ…なら、今は無いに等しい。
そうではなく…即座に振り払いにくい、それが…痛い。
…一呼吸。
静かに、私を押さえ付ける指を一つずつ引き剥がすようにして、やっと離れる。
最初から強く打っていた心臓(むね)が、今は尚更…呼吸(いき)の苦しいほど…痛くて。
この場から…この人の居るこの部屋から、走り逃げ出したいと思う気持ちを精一杯に押し込めて。
私は…無理矢理に平静を装いながら、ゆっくりと部屋を抜け出した。
すぐ後ろでドアの閉まる音を聞いた時、私は…その場に座り込んでしまいそうな気がした。
「そう言や、名前を訊いてなかったな」
翌日になってから、その人は思い出したように。
「俺も…名乗らなかったし」
そう言われて私は、ほんの少し…困ってしまって言葉にも詰まる。
名乗らなかった…名を訊ねなかったのは、私の方こそ…だったのだから。
そんな私の様子をどう思ったのか、一瞬間の後、その人の方から名乗った。
「…古代…さん、ですか?」
初めて聞く耳慣れない響きを持った名に、どちらが姓でどちらが名なのか知れなくて。
私は…ひどく怖々…として、問い返した。
「…守で良い」
その答えに私は、そちらが名なのだ…と知らされて。
分かりましたわ…と返しながら、頭の中で数回繰り返していた。
そして、問われる前に…と私も名乗った。
姓は…言わず、スターシャ…だと名だけを。
「…スターシャか…」
名を確認するように呟いた鸚鵡返しに、私は…ひどく途惑って。
…この以前(まえ)に名を呼ばれたのは…デスラーとの通信の中だったわ。
そうね、たった…数日前なのだわ。
それなのに…もう、あの人は居ない。
目の前に居る人から、名を呼ばれたのは…どのくらい振り…?
もしかしたら…お父さまの亡くなる前だった、のだわ。
私は…姉として、女王として…ただ素直に名を呼ばれる事など忘れていたのかも知れない。
だって…ほら、こんなに…私は。
驚かされて、早く打つ鼓動が苦しい。
心が…痛い、呼吸(いき)が苦しい…。
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…私は…どれだけを謝せば、全てから赦してもらえるのだろう?
ガミラスの滅したのは、運命。
けれども、それを早めてしまったのは…きっと私。
直接の手を下したのは、地球人…かも知れない。
でも…それに手を貸してしまったのは、誰…?
…私だわ。
私以外の、外の誰でも無かったわ。
因果応報…それならば何故、サーシャが死んでしまうの?
罪を贖(あがな)うべきは、私。
罰を受けるべきだったのは…私だったのに…。
…それとも…この、今の痛みが私の…罰だと言うの…?
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妹を異郷に死なせた私が、兄を生かして弟の元に帰す…皮肉だわ。
「まだ…完全ではないのですから、無理をなさってはなりませんよ?」
私はそう言って、その人を送り出した。
窓から見下ろす港に、接岸(つ)けられた艦。
引き渡すべき放射能除去装置は、既に積み込まれて終わった。
少しばかり用意しておいた食料などが、いま少し残っているだけ。
永い…戦闘も多かった航海(たび)だったから、出来るならばゆっくりと身体を休めても欲しい。
だが…地球に残された時間を考えれば、引き止めるも適わない。
あと数日もすれば、イスカンダル(ここ)を出航(た)つだろう。
『貴女は…古代守さんを、愛していらっしゃいますね…?』
…違う、そんな理由じゃないわ。泣いたのは…きっと。
『では…何故、今…泣いていらっしゃったんです?』
あの2人に、サーシャを…思い出してしまったから。
あんな風に…私は、戻って来たサーシャを抱きしめるはずだった。
お帰りなさい、無事だったのね…と強く、きつく。
そうよ…それだけよ。
…もし…それ以外が在るとしたら、それは。
また、目の前に話す相手を失う…1人になってしまう私の寂しさだけだわ。
サーシャは、もう二度と戻って来ない。
望ましい会話にならなくとも、ホットラインの向こうに居たはずの人も…もう居ない。
ガミラスの残した通信網に中継させても、一体何処まで…ヤマトと通信していられるのでしょうね…。
私は…独りなのだわ。
重ねて地球への同道を問われたが、私はそれも断った。
ええ…見捨てられません、私には。
お父さまやお母さま、サーシャ…の眠る大地を。
中空にこちらを見下ろしてくる、死して沈黙した「兄弟」も。
独りの寂しさなんて…きっと慣れるわ。
例え、慣れる事が無くても…それも、私の生命の終わる瞬間(とき)までの事よ…。
艦長室を辞した時には既にその場に居なかった人が、そこに待っていた。
「…さようなら…スターシャ…」
一呼吸の後に、静かにそう言って。
そうね…さよなら、なんだわ。
地球から来た艦が地球に戻る、何て…当たり前の事。
放射能除去装置を手渡す為に、わざわざとここまで呼び寄せたのは私。
持ち帰らねば何の役にも立たない、見送る事なんて最初から分かっていた事。
…気を付けてお戻りなさい。
そう言って私は、この艦を降りれば良いのよ…。
「…愛しているわ、守…」
今…自分の言った言葉も、何もかも振り切るように駆け降りながら。
私は…ようやく、正直なところに気付いた。
違うわ…愛してなんかいないわ…!
独りになってしまう寂しさを、そんな言葉に摩り替えてしまっているだけ…なのよ。
まだ…それを、精一杯に否定しながら。
「…兄さんっ!」
必死さのこもった言葉に、私は今駆け降りてきたばかりの後ろを振り仰いだ。
タラップの一番上に、2人。
そして…途中に、それを振り返っている…もう1人。
誰も凍り付いたかのように、動かないでいて。
「…止めて、来ないで…」
私は1人でも大丈夫なのよ、独りでも…良いの。
だから…!
…早く離れなければならない。
黙っている船のエンジンを、小刻みに震える指をもどかしく思いながらもスタートさせて…。
「…進、許してくれ…!」
だから…来ないで。
なのに、何故戻って来るの…っ?
駆け寄って来る人を、両腕を拡げて受け止めながら。
その勢いのまま抱きすくめられながら、私は。
「…どうして、来てしまうの…?
還って…」
口ではそうも言いながら、突き放そうともせず…しがみ付くようにして。
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「…泣くなよ…俺は、ここに居るから…」
貴方の…所為よ。
私は…貴方を拾ってから、貴方の事で泣いて…ばかりだわ…。
※「1」第25話
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Last Update:20050427
Tatsuki Mima