XV 悪魔(THE DEVIL)
正位置の意味:堕落・病気・誘惑・嫉妬・裏切り・依存心
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「相変わらず、良く怪我する奴だな。お前は」
それが、見舞いに来たはずの奴の第一声。
相変わらずって何だよ、相変わらず…ってのは。
「それも、作業用の階段(ステア)を踏み外したって?」
自分から転んだんじゃない。
クレーン技士が操作をミスしなけりゃ、アームを避ける必要も無かったんだよっ。
「…だから。
修理とか、換装整備とかなんて、専門家に任せとけば良いんだよ」
まあ…言っても無駄だよな。
と、溜息も吐かれてしまいながら言われてしまって。
真田さんが差配してても、のこのこ顔出して邪魔してくるような奴だから…とまで。
腹立たしさにむう…っと睨み付けて、そんな俺の視線を真正面から…でも、全然堪(こた)えてるとかいった訳でも無くて。
ちょっとの間、黙ってヒトを見下ろしておいて。
「本っ当…に、馬鹿だよな。お前は…」
何なんだよっ!
その、心底から呆れたような、思いっきりな溜息はっっ!?
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さっき、島の言ってくれた通り。
俺の…突っ込んだ通りの理由で、俺は脚は折るわ、手首は捻(ひね)るわ…官舎(いえ)から出られない状態。
いや…脚だけなら単純骨折で、きっちり固定してるし、杖でも使えば問題無く動けるんだけど。
同じ左側の手首もやってるから、それが何とかならない限りはそれも難しくて。
そのついでに。
「勝手に出歩いたりしたら…承知しないわよ?」
…雪にもしっかり釘を刺されてるし…で、手の方が何とかなりそうな次の航海までは、今の所は大人しく。
そんな事を思い出して、ぼーっとしていた耳に金属質の音が聞こえてきて。
「…何やってんだよ、島?」
「見ての通り、だが?」
そりゃ、確かに。
キッチンでうろうろしてるのを見て、食事の支度以外に思い付きもしないが。
「作らなくて良いって」
時計を見れば、時刻はそろそろ昼になろうとしている。
が、何処かに何か、簡単に喰えるようなものも有るはずだし。
いざとなれば、デリバリーだって使えるし…。
…要するに、こんな事くらいで無用な借りなんて作りたくない。
「駄目だ」
そんな俺の気持ちなんて、島はあっさりと却下してくれて。
「下手したら、お前。
クラッカーと水くらいで、済ませるつもりだっただろう?」
…流石に、バレてる。
「居ない間、お前にまともな食事させておいてくれ…って、雪の厳命だ」
「だからって…何も、お前が作らなくても、さあ…」
「…名乗りを上げた、相原と南部とアナライザーを抑えておいて、俺が来たんだが?」
…止めてくれよ、おい…。
秘書の勤務時間なんて、付いている相手のスケジュール次第。
相手がこの街を離れるなら、どうしてもそれに同行せざるを得ず。
そんな理由で、雪は明日の夕方までは、どうにもここに来られないで。
「…だからって、何もお前に頼まなくたって…」
「違う。
『俺』じゃなくて『俺たち』だ」
何故だか、今の所は。
俺と真田さん以外は皆、地球(ここ)に居るから。
そりゃ…雪にしても、頼む相手には事欠かないよな。
…なんて事も、少しは思いながら。
南部が対空迎撃システムのオペレーターで、相原が司令本部内での通信技官。
太田は宙港の航空管制、雪は…相変わらず長官の秘書。
それから…俺以上に地上勤務には向いてないと思っていた島も、無人艦隊のコントロールセンターに居て。
「そう言や、島。
お前、今日…仕事は?」
「二勤だよ。
だから、お前の夕食を作ったら、そのまま出勤(で)る」
…って、二勤の始業って16時だろうが。
さっき昼飯を喰って、そんな時間に晩飯を用意されても…。
「明けたらまた、ここに戻って来て、食事作ってやるから」
…じゃ無くて。
「あのなあ…幾ら、雪が言ったからってそこまでやるなよ。
終わるの夜中なんだから、大人しく自宅(いえ)に帰って寝ろよっ」
今でさえ、一食分の無駄な借りが出来たというのに。
これ以上、余計な借りを作ってたまるかっ。
「そこまで言うなら…誰が良い?」
「…は?」
もう少し…違うリアクションを見せるかと思えば、返ってきたのがそんな言葉で。
こう返してきたなら、こう…と。
そんなちょっとしたシミュレートを元から引っ繰り返されて、間抜けた返答を。
「言っただろう?
雪に頼まれたのは『俺たち』だって、さっき。
太田と相原、南部。
アナライザーに佐渡先生…誰が良い?」
…どれも、嫌。
「ああ…今言ったうちの誰も嫌だって言うなら、お兄さんが来るから」
…そ、それは…もっと嫌だ。
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島が、自分の仕事に間に合わせる為には、こんな陽の有るうちに夕食を作り上げてしまわなくてはならなくて。
「今、食べろとは言ってない」
…言われても、喰えねえよ。
動かなくても済むように、わざわざ目の前に。
冷めても…冷めたまま、温め直さなくとも喰えるようなメニューをきっちり選んで、作っていく辺り…こいつだよな。
「なるべく早く、戻って来るから」
そう言って出ようとする島に、戻って来なくても良い…と。
俺は最後まで、可愛らしくも無い口を利いて、リビングから動かないままでも、一応は…見送って。
奇妙な、既視感。
何だか…ひどく嫌な気持ち。
だって…在り得ない。
島を見送って、こんなに…寂しいと感じるなんて。
ああ…そうか。
…地下都市なんだ、ここは。
随分と前の、俺の居た部屋。
兄さんが出撃(で)る時の、ただ1人、残されていくだけの自分。
「なるべく、早く還るから」
行く先は…戦場だから、本当は…約束なんて出来ないはずの帰還。
ちょっと長い旅行にでも行くような調子で、いつでも呆気(あっけ)無く出て行って。
出てしまうから…と、特別に何をするでもなく。
ただ、食糧だけは山のように買い込んで来て。
作り置き出来るだけを、作って、仕舞い込んで。
冷蔵庫には何が有る、冷凍庫にはこれが…と、全部論(あげつら)って。
「戻って来るまでに、全部片付けとけ」
ただ…それだけを言い置いて。
何もする事の無い退屈さに、いつかうとうと…として。
目を覚ましてみれば、すっかり夜になってしまっていて。
まだ眠らない街の明るさが、ぼんやりと輪郭だけを浮き上がらせていて。
文字を読むのには不都合な、中途半端な闇も。
ただ…こうやって居るだけなら、何の不都合も無くて。
室内のあちらこちらに、蛍のような幽(かす)かな光。
色んな家電が、私はここに居るよ…と控え目な自己主張をしていて。
そう言えば、地下都市(した)に1人待っていただけの部屋も、灯りを消してしまえばこんな感じで。
昼も、夜も…いつも、いつでも。
時々、モーターの唸(うな)る音。
妙に遠くに聞こえる、何処かの部屋の団欒。
そんな中に、動けないままで居る自分。
今は、この脚を動かせなくて。
あの頃は…動きたくなくて、何もしたくなくて。
1人で居る事を厭(いと)いながら、独りなんだな…とばかり思う毎日。
独りで居る事を嫌いながら、他人の傍には居られなかった毎日。
懐かしくなんて無い、振り返りたいとも思わない。
思い出せなくて良い。
出来れば…今の、似たような風景の中にも、思い出せないままでいれば良かったのに。
だって…今は、1人で居る事があっても、独りでは無い…と思えるから。
…そうとは分かっていても、あの頃の自分には今でも…こんなに容易(たやす)く引き摺られてしまうから。
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いきなり、部屋の灯りが点いて。
一瞬、目の眩(くら)みそうなほどの眩(まぶ)しさを感じて。
「居るんなら、灯りくらい点けてろよ。
お前は…」
島の方も、暗がりの中に俺が座っていた事に結構、驚かされたようだったが。
「え…?島?
…って、何時…」
俺の方も慌てて、時計を探して見て…3時が近くて驚いた。
「二勤明けなんだから、日付が変わっていて当たり前だろう?」
そうは言うけど、ニ勤の上がりって1時のはずじゃないのか?
90分以上も、何処で何をしてたんだよ。
いや…九分九厘まで、居残って仕事してた…に決まってるけどさ。
「…そんな事より、古代?
どうして『夕食』が未だにここに有るのか、訊きたいんだが?」
「あ…忘れてた」
晩飯の存在を忘れていた事も。
忘れていた…と今、うっかり口に出してしまった事も。
どちらも「しまった」と思ったが、既に後の祭り。
「忘れてた…じゃないだろうっ!?」
「いや、ほら。
喰う前に寝ちまって、今…起きた所だから…っ」
…嘘だと、自分では分かってる。
何となく暗闇に目を覚ましてから、自分の感覚でもたっぷり半時間。
だから、恐らくは…2時間以上はあのまま、ただ…ぼーっとして。
「寝た…って、ここで?
そのままの格好で?」
いつもとは違って、いざとなったら殴り倒す…とか、走って逃げる…という方法が選べないから。
島が上段から被って投げ落としてくる言葉を、同じ言葉と身振り手振りに頼って払い退(の)けるしかなく。
「別に…暑い時期でも、寒い季節でも無いし…」
「体調不良に、季節は関係無い。
その上に、食事しないで体力落とすつもりか?お前は?」
…所詮、言葉では敵わない。
時間的には、結構しっかりと寝てしまっていたから、今更それほどには眠くも無いし。
それ以前に、小煩い奴が目の前に居るから、仕方無く。
こんな…とんでもない時間に、晩飯を。
「…って、夜食って言うんじゃないのか。普通…この時間だと」
「余計な事を考えている暇に、さっさと食べ終(しま)う」
言葉だけじゃなくて、俺の目の前にコーヒーを置く事でもきっちりヒトを急かす。
勿論、島も一つはカップを持ったままで。
…未だに家族と一緒に住んでいるから、普段にはそうそうやらないはずだし、慣れても居ないはずの、島の作る食事が。
結構、美味いかも…と思ってしまう自分が口惜しい。
大したレパートリーも無い、手の込んだものだって作れないくせに、俺の…好みはしっかり分かっていて。
自分の好みではなく、他人の好みに合わせて味を仕上げてしまう奴に、真剣に感謝してしまいそうになるから。
当の島は知らぬ顔をして、こっちに半分背を向けて。
多分…仕事関係だろう、何かを読んでいて。
そう言えば、ここに来てからでもそろそろ16時間。
その前に、買い物もして来ている訳だし、きっと普通に…朝起きてるだろうから、下手すると20時間は軽く動いてるはずで。
「…良いからさあ、俺の事なんて。
お前は、さっさと寝ろよ」
「お前が食べ終わって、後を片付けたらな」
俺の方は、さっきまで寝てたから余計に。
何となく、申し訳無くも思ってそう言っても。
「俺は『今日』は仕事無いからな、良いんだ。別に」
変わらず文字から目を離さないまま、俺の言う事なんて聞き入れもしないで。
結局は、さっさと喰え…と急かされているだけに終わってしまって。
ヒトが珍しく、気を遣ってやってるのに…なんて、見当違いな事も思っていた時。
「…1人で食事しても、詰まらないだろう?」
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…だから、さあ…。
こいつの世話にだけはなりたくなかったんだよ、全部…バレてるから。
ちょっと前までの暗がりに、地下都市の…1人で居た頃を思い出してた…なんて事まできっと、全部バレてて。
「お前…本っ当に、可愛くないっ」
こんなに脈絡の無い、勝手な言い草まで。
「…はいはい。
俺は、可愛くないかも知れないが…お前は可愛いよ、古代」
振り向きもしないで、口先だけであっさりとかわしてくれて。
「あーっ、もうっ!
本当に、全っ然可愛くないっ!!」
「分かったから。
夜が明けるまでには、食べ終われよ?」
嫌いだ…こんな奴。
居なきゃ…多分、きっと…困るんだろうけど、さあ…。
※「新た」〜「永遠に」の隙間
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Last Update:20040710
Tatsuki Mima