XVI 塔(THE TOWER)
正位置の意味:災難・事故・危険・音信不通
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後は…もう、良くも悪くもあの2人に任せるだけ。
どうしたくとも、その後を追う事は出来ないから。
「古代、真田。
これよりシームレス機を出て、宇宙要塞に侵入します」
続けて通信してきた通り、それから後の通信は途絶えたまま。
そうして…既に20分。
しかし、まだ…たった20分。
それに、最初に気付いたのは航海班。
もっと正確には、太田。
「…遊離小惑星、かな…?」
第二艦橋での、航路測定と計算の最中。
ここの所、比較的順調に航海は進んでいたから。
重なるワープに、短時間に跳躍(と)ぶ長大な距離を。
同じだけの短時間隔に、全て測定・計算を終えてしまわねばならなくて。
「1キロ内外…って所ですから、自然物ならその可能性高いと思います」
「人工物か?」
「さあ…この距離だと、組成が殆ど分かりませんからね。
取り敢えず、金属反応は有りますが」
「小惑星だって、金属反応は出るぞ」
人工物だとしたら、あまり…考えたくない事が有るから。
その辺りは、島も太田もあっさりと言ってのけて、半ば無視したように。
「距離的に、これのすぐ手前にワープアウトして、通常航行中に通過(パス)するしかないですからね。
その時にまた、走査(スキャン)掛けますよ」
もし、人工物で…考えたくない事が中(あた)っていたなら、普通には通過も迂回も…出来ないだろうから。
「艦長には、どうします?」
「…確定出来てからだな」
しかし自然物なら、その通過は航海班の裁量だから。
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近付けないから、近付かないでいる。
近付く事が出来るのなら、何も古代と真田さんが出撃(で)る必要は無かったのだから。
迂回しようとしても、ついて来る。
試してはいないが、後退しても…恐らくはついて来るだろう。
今、ヤマトがその位置を保つ為に、要塞との相対距離を測っているように。
要塞の側はとっくに、ヤマトを照準に収めて距離を測っていた…という事だ。
動く必要が無いから、操舵は姿勢と位置制御のみ。
だから、さっきからずっと自動操縦に切り替えたまま。
手持ち無沙汰に、腕を組んで。
ただ…見ているだけしか出来なくて。
動かないから、自然エンジンの唸(うな)りは低くて…静かで。
計器から発せられる小さな電子音の方が、余程耳に付く。
静かさに…艦が軋(きし)むのまで、聞こえてくるような気がする。
この距離だから微弱ながら、しかし…確かにあの要塞の影響下に在って。
構造的に接合割合に限界の有る、可動部の外板から少しずつ…でも確実に剥がれ始めていて。
工作班員が手分けして、それを止(とど)めようと走り廻っているけれども。
さして多くもない員数で、艦内の全てを、一時(いちどき)に見て廻れるはずも無く。
「…艦首上甲板第一装甲板、剥離」
普段なら、真田さんの席で管理される損害状況は、臨時に相原が取りまとめていて。
少しばかり前から、そんな相原の声だけが第一艦橋に響く。
「ヤマトが…バラバラになる前に、マグネトロン・ウェーブを止めてくれれば良いんですがね。
真田工場長と…古代の奴…」
真面目で、深刻な問題なのだが、極力…何でも無い事のような振りをして。
──…さっさと、戻って来いよ。
居場所が…失くなるぞ?
ヤマトが分解してしまったら、それは…航海の目的が潰(つい)えるという事…だが。
それ以前に…乗員の誰もが、まず…生命を失うという事。
実行に出ている2人も、ただこうやって手を拱(こまね)いて待っているだけ…の自分たちも、同等に等しく。
ただ…宇宙服の酸素供給量に限界の在る問題から、あの2人の「数時間早い死」が確定的なだけの事…。
「…ねえ、太田君。ちょっと…」
誰もが…黙っている中では、そんな雪の低い声もものすごく…響いて。
振り返れば、元々席の近い2人が、何だかぼそぼそ…と。
「…どうかしたのか?太田?」
何らかの事情で、雪が太田を呼んだ…という事なら、そっちを問い質(ただ)した方が早い…と思って。
「いや…動いてるんですよ」
呼ばれたから、自分を。
それから、命令系統として当然に沖田艦長を。
等分に、振り返りながら。
「毎分数十メートル…ってレベルなんですけど、距離が…近くなってるんです」
言われて、思わず自席に目を戻す。
「太田。数十メートル…とは、正確にはどの程度だ?」
「一定してないようです。
30から70メートル…といった所のようですね、記録をチェックした限りでは」
そんな、背中での沖田艦長と大田の会話。
「…1時間で2キロ以上動いてる…という事だな」
最初に取った2万キロからすれば、割合としては…大した移動ではない…が。
「…位置制御は生きてるぞ?太田」
自席の計器類の表示を信用する限りは、変わらず2万キロを維持している…はずで。
「自動操縦…死んでるかも知れません、航海長」
だが太田は、自分も考えた事をあっさりと言ってのけて。
既にあちらこちらと、外板は剥離して散り。
格納庫内の艦載機にまで異常が見られ始めて、それも報告されている状態。
コンピュータに操舵を預けている状態が、自動操縦なら。
その…コンピュータに影響が出始めているなら、その表示される数値など宛てにならない…という事で。
レーダーの数値さえ、本当は信じられるものかどうか…。
もしかしたら、この2時間に4、5キロなんてものではなく引き寄せられてしまっているのかも知れなくて。
「…席を外します、艦長」
立ち上がった自分に、沖田艦長は当然に問うてくる。
「第二艦橋(した)です。
…太田、手を貸せ」
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「…何処までの記録なら、信用出来ると思う?」
「『2万キロ』で、最初は影響見られませんでしたけどね。
実際には、これだけの影響が出てますから…それ以前でしょう。
ワープ明け…辺り、基準に取りますか?」
第二艦橋に降りるエレベーターの中、たったそれだけの時間にそこまでの話を。
「…その辺りだな」
そして、ここから先は最早第二艦橋内で。
「やれやれ…今時、筆算ですか。
まあ…機械が信用出来ないなら、それも仕方ないですけどね」
2人で手早く2班に分けて。
その一方に、実視長径角と近辺の恒星の視差から、要塞との現在の距離の測定を。
もう一方には…。
「ワープ計算…ですか?」
聞かされて、驚いた様子を見せなかったのは…太田だけ。
「迂回しようとしてもついて来るような奴から離れるには、それしかないだろう?」
そんな言葉に、理由そのものは納得出来ても。
艦外活動をしている2人が居る事は、既に誰もが承知しているから、感情までは…納得出来ないまま。
「艦の状態が、普通じゃ無い。
その辺りも、計算に入れておけよ?」
それでも…全員が、自分の指示通りに。
「相原に、損傷状況をここにも廻すように言っときます」
「…頼む、太田」
沖田艦長も恐らく、もう…少しばかりはワープする事を頭に思い浮かべているはず。
──こんな計算を…無駄に出来るうちに、とっとと戻って来い。
あの…馬鹿…っ。
納得していない自分の感情は…全て、あの場に居るはずのたった一人に向けられて。
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要塞との距離、1万9600…プラスマイナス50キロ。
最初の2万キロが信用出来る数字なら、この2時間半に既に400キロも引き摺られていた…という事。
それと同時に、レーダーの表示も解析も記録も、自動操縦も既に宛てにならない…という事。
今で、既にこんな状態なら。
何もしなくとも、黙っていても。
航行を捨てて、生存を第一にしても…きっと、半日と…持たない。
「すると…君の計算では、ワープの確率は55%の成功率しかない…と言うのだな?」
「…ええ、そうです」
計算の時点で…55%、報告している今は恐らく…またわずかでもパーセンテージは落ちているはず。
気付くのが…遅かった。
今でさえ、五分五分の賭けでしかないなんて。
航海の目的を、最優先するのなら。
だからこそ、自分だって計算を立てたのだが…。
「は…はい…」
命令として、改めて言われて初めて…気付く。
ただ、逃げるだけ…なのだと。
要塞の破壊を目的に出た2人を「人柱」にして、行程(みち)の先に…逃げるだけなのだと。
──だから…無駄に出来るうちに、戻って来い…って言っただろう?
通信した訳でもなく、その耳に聞こえているはずの無い言葉。
それでも…自分は、本気でそう心にしていたのだから。
聴いていないあいつの方に、その非を求めるほど…口惜しくて。
自席から、第二艦橋を呼ぶ。
「太田、上がって来てくれ」
「…決定、ですか?」
「…そうだ」
言葉にしたくなくとも、言葉にしないと通じないから、仕方なく。
「距離測定と、計算は遂次(ちくじ)続行させておいてくれ」
第二艦橋から戻って来た時には、既に徳川さんは機関室の方に降りていた。
…機関にも、まだ軽微だが影響が出始めた…らしいから。
それは既に、損傷状況の一部として聞いてはいた。
機関の損傷までを、入れての計算。
検算を兼ねて、複数人で同時に。
そして、数字は一致したから…恐らくは、間違いなく。
いつもなら、これほど掛かるはずの無い時間を掛けて準備を。
何故なら、自動制御を全く外した状態でそうしているから。
「ワープ…準備完了しました」
今すぐの実行を命ぜられたなら、自分は…きっと当たり前のように復唱するんだろう。
返ってきた言葉は、短くて。
実行は…取り敢えず、今は無く。
思わず、詰めた息を吐く。
──でも…そんなには、待てない。
要塞から発せられるマグネトロン・ウェーブは間断無く、影響下に取り込んだこの艦を曝(さら)し続け。
蝕(むしば)まれた艦体は、刻々…崩れていく。
「確率…53%まで落ちました」
無駄なくらいに繰り返させている再計算から、そんな太田の報告。
少しばかり前に、後部外板が大きく剥落したから、恐らくは…その影響。
ワープの成功確率を下げているのは、殆ど艦体の損傷。
今の所はまだ、機関としての問題は…露呈していないだけかも知れないが、出ていなくて。
──いっそ…機関に、大きな損傷が出たなら。
成功確率…なんて問題ではなく、そもそもワープなど出来なくなってしまう。
どうせ…動けない。
恐らくは、どうやってもついて来るあの要塞との相対距離は、拡がらないのならば。
動いても、何の意味も無い。
2人の還る事を待つのなら、それ以上に。
──2人を待つ以外に、何も出来なくなるから…。
航海の目的を第一に、ワープ計算までしておきながら…今更。
矛盾を抱えて、有難くも無い状況をむしろ願う…自分が…居る。
苛々と、時間が過ぎていく。
座っている状態の、自分が…落ち着かない。
歩き廻っても、何も出来ない、何も変わらない。
それでも…ただこうやって、相原の声に損傷状況を聞きながら。
ただこうやって、席を温めているだけよりは、きっと気は楽なんだろうに。
「…51%まで、落ちました」
誤差を含んでいれば、疾(と)うに半分を下回っているだろうパーセンテージに。
既に…ただ待つだけしか選べなくなっているのではないか…という、不安と…妙な安堵。
もう…間もなく、3時間と半。
──何でも良いから…取り敢えず、通信だけでも寄越して来い。
連絡が無いからこそ…の、この状況。
──…待てないぞ?
俺は…艦長では無いから、いつまでも…お前だけを選んで待っててはやれないんだぞ?
もう…パネルを見上げているだけの、余裕が無い。
目視の適わない窓の外を、ただ…苛々と。
いつまでもこのまま、背中から命の下されない事を半ば祈りながら。
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「…ったいなあっ!怪我人だぞ、怪我人っ。俺はっ!」
「思いっきり、油断してただけだろうがっ!」
要塞の爆破に成功して、あの恨めしいマグネトロン・ウェーブが止んで、それ以上の剥落が無くなった事も要因には違いないだろうが。
補修指揮を執るべき人が戻って来た…というそれだけで、その効率が格段に上がるのも…不思議と言えば不思議な話。
「お前がのんびりしてた所為で、丸一日ワープ出来なくなったんだぞっ!?」
「俺より、あんな所にあんなもん置いた、ガミラスに言えっ。
ガミラスの連中にっ!!」
「…煩(うるさ)いなあ、もう…」
「古代さんが出てた間は…静かだったよねえ」
呆れた表情(かお)に、呆れた声。
「…あの2人。
結局、仲が良い訳?悪い訳?」
「さあ…?」
※「1」第18話
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Last Update:20040528
Tatsuki Mima