18 月(THE MOON)

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XVIII 月(THE MOON)
正位置の意味:奇襲・猜疑心・嘘・移り気・不安定

        ◇     ◇     ◇     ◇

    敵なんて、もう…何処にも居ないから。 だから…。
「…暇だなぁ、おい?」
    加藤がわざわざ周りに、同意を求めないでも…その通り。
「うるせーよ、馬鹿」
誰も、そう…とさえ答えてくれない中で、山本だけがはっきりと悪態を吐(つ)く。
「んだとぉ…?」
「機体の腹開けたまんま、整備を途中で放ったらかしてる奴が馬鹿じゃなかったら、何なんだ? ああ?」
    それに加藤が、一言の半分も言い返さないうちに。
「今、ここで。 敵襲喰らったらお前は、指くわえて見てるつもりか? お前がこいつの腹閉じる前に、俺が全っ部、叩き撃墜(お)としちまうぞ?」
上から遠慮無く立て続けに降って来る山本の言葉に、加藤はすっかり…埋め立てられてしまって。
「…整備終わらせてから、退屈します」
「良し」
    忙閑関係無く、正論を言う者の勝ち…である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「何で、ここに来るんじゃい」
    至極もっともな、佐渡の問い。
「暇なもんで」
しれ…っと答えて、南部はそこに腰を下ろす。
「病人と怪我人専用じゃい、医務室(ここ)は」
「じゃあ、頭痛がする…って事で」
    体調不良の申告を、けらけらと笑って言ってるようでは、説得力も何も無い。
「良いじゃないですか、追い出さないで下さいよ。 工作室と機関室は、もう追い出されちゃったんですよ。俺」
「戦闘班じゃろうが、お前さんは。 格納庫へでも行かんかい」
「ああ…そこは、昨日追い出されました」
    今度は…そう言いながら、南部ははっきりと苦笑してみせて。
「…本っ当に、暇なんじゃなあ。戦闘班(おまえさんら)は」
「だから、最初っからそう言ってるじゃないですか」
そんな表情(かお)の続きのまま、言葉も続けて。
    病人でも怪我人でも無いなら、医師としての佐渡は必要無い。
「…で? 何で、ここに来るんじゃい?」
医務室の隅に、無理矢理設(しつら)えられた自分の「居住空間」に。 のこのこと戻って、酒瓶の栓を引き抜きながら…最初と同じ問いを繰り返す。
「…誰か居るでしょ、ここは」
    足下に寄って来た、毛皮を拾い上げながら。
「人間か猫か、ロボットか」
    実は…さっきから横に、アナライザーが居たりもする。

「何デ僕ガ、一番最後ナンダ? 差別ダ」
    忙(せわ)しない電子音と、計器のバックライトのカラフルな点滅で。 怒っている事の知れる、アナライザーを相手に。
「倒置法…って知ってますかね?君は?」
    椅子に座ったまま、腕にミー君を抱いたまま、いきなりそんな事を。
「一番強調したい事を、わざと最後に持ってくる文章表現が有るのよ。 つまりね? 一番最後に言われたアナライザーは、一番特別って事で」
にっこりと。 笑って、南部はそんな事を言うから。
「何ダ、ソウカ。 ウン、ソレナラ良イ」
    途端に、アナライザーはご機嫌を回復して。
「…流石じゃな」
それを見ていた佐渡が、茶碗酒を呷(あお)ってそう笑うのには。
「そりゃあ、もう。 俺から『口』取ったら、他にはろくなもん残りませんからねえ」
南部も、やっぱり笑って返して。
「そんな事は無いじゃろうが」
「そんなもんですよ、俺の『中身』なんて。 大したもんじゃないです」
    在り来たりな佐渡の取り成しには、苦笑して答えてみせて。
「そりゃ、他人(ひと)に較べて特に『出来が悪い』とも思っちゃないですけどね。 そうか…って、特にすごいなんて自惚れちゃいませんし」
酒の匂いに、少し落ち着かないミー君を床に下ろしてやって。
「なあ? 『頭脳(あたま)』の出来なら、お前の方がよっぽど上だもんな?」
またいきなり、隣に話を振る。
「ソウ、僕ハ天才ダ。 良ク分カッテルジャナイカ、南部」
    …こんな体型でも、胸を反らして嬉しそうに威張ってるのが分かるから…不思議だ。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    それから、数日。 勤務時間外に、南部はすっかり医務室に居着いてしまっていて。 時間の長さに、その辺りの医学書まで読んでいたりして。
「…分かるの?」
「全然?」
雪に問われて、そんな返答を。
「理解(わか)るのは『生物』の授業レベルまで、ですかねえ? 後は…何となく」
    戦闘が無い…という事は、病人の発生は変わらなくとも、怪我人の発生率は非常に下がる…という事でもあって。 実を言えば佐渡も、看護師としての雪も…相当に暇であったりする。
「ただ読んで、面白いものじゃないと思うんだけど…」
「そうでもないですよ。 コスモクリーナーの設計図より、よっぽど意味は分かりますんで」
    何が面白いのか、さっきから雪には一度も振り返りもしないまま。 また一つ、ページをめくりながら。
「見タカラ、工作室ヲ追イ出サレタノカ?」
    嬉々として、雪に言われるままの作業を片付けていたアナライザーが、手を止めて。 フクロウのように頭だけ真後ろにまで廻して、問うてくる。
「まさか。 見ただけ…くらいじゃ、追い出されやしませんよ」
それにもやはり、振り返りもしないまま南部は答える。
「ジャア、何故追イ出サレタノダ?」
「訊き倒したから。 分かんなかった部分を、全部」
    イスカンダルからの帰路、既にしばらく前から銀河系の中。 地球までに、組み立てを間に合わせようとしている現在(いま)、そんな風に出て来られたなら。
「追い出されて…当然よ、南部君」
「ソウダ、ソウダ」
呆れた雪の言葉に、アナライザーが無条件で同意してみせて。
「…反省してますってば」
    ページから顔も上げないまま、言葉だけは殊勝に。

「もしかせんでも、他でもそれをやって追い出されたんじゃろう?」
    艦長室への往診から戻って来た佐渡に、そう問われて。
「その通りですよ」
その日、それを読み始めてからでは初めて、言葉の先を見る。
「その割には、ここではえらく大人しいのう…」
「3度も追い出されりゃ、少しは利口にもなります」
それでも、言葉と言葉の合間に、目は文字を読み続けていたりして。
    確かに、ちょっと…大人しい。
    佐渡とは、愚にも付かない話を取り止めも無く、誘われても呑みもせず。 言葉でちょっとばかり、アナライザーの優越感をくすぐるから、これだけ「部外者」が入り浸(びた)っていても追い出されもしないままで。
    この2日くらいは、読んでいてばかりで…放って置いたら多分、ろくに口も利かないで。
    いつだったか…の相原を、少しだけ思い出したから。
「お前さん…本当に体調が悪いとか、そういうんじゃ無いじゃろうな?」
ふ…と、佐渡がそう問えば。
「…いいえ?全然?」
南部は意外そうな顔を上げて、あっさりと答えて。
「俺、具合悪そうに見えます?」
そう、逆に問い返してまできて。
「見えんから…訊いとるんじゃい」
    医師とは思えないような、間の抜けた言葉を佐渡は返して。 そんな言葉に、南部は苦笑して。
「ああ…この本、借りてって良いです?」
それなりに「遅い」艦内時間に、ぱたんと少し音を立てて、読んでいた本を畳んで。
    いい加減に部屋に戻って寝ろ…と、今日は言われてしまわない間に。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    戦闘の無い「平穏」という名の、有閑。 退屈さに死にそう…とは、聞かせた相手によっては怒鳴られてしまいそうな、贅沢。
    それでも…。
「暇なもんは暇だし、退屈なもんは退屈なんだよねえ…」
広くも無い個室に自分の声と、その自分が身体を投げ出したベッドの軋(きし)む音。 それから、幽(かす)かに響いてくるエンジンの振動。 聞こえてくるのは…それだけ。
    変わらず、乗務中。 だから…決して、緊張の解け切った訳でもなく。 しかし…切れそうなほどに、張り詰めている訳でもなく。
    中途半端な生温(なまぬる)い現状に、一度はそんな状態を忘れ去ってしまった精神(こころ)は、倒(こ)けつ転(まろ)びつ…追い着き損ねて、取り残されて。
    同じ状況に、忙しげな者も居るから尚更に。 ここに置き去りにされるのが…怖くて。
──独りは、嫌だ。
否応無く思い出す、そんな…正直な気持ち。
「医務室も…限界かなあ…」
    だから、うろうろと。 他人の後を追い掛けて、紛れ込んでは…追い出されて。 それでも…懲りないで。
「やっぱ…鋭いわ、佐渡先生」
疎外感と孤独感に押し潰されてしまいそうだから、1人で…部屋になんて居たくないから。
「ああ…でも、これ返さなきゃ駄目か…」
    その借りた医学書は、横になった時から既に頭の下に有って。
    口惜しいけれども、そんな時刻に否応無くうとうと…と。

    …独りではなくなると言うのなら、隣に居るのが敵だって構わないのに。
※「1」第26話

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Last Update:20040522
Tatsuki Mima