雨:03

NovelTop | 第三艦橋Top

    ぱらぱら…という不規則で、しかし連続した軽い音に目を覚まして。 何だろう…と、そっとベッドから抜け降りた。 隣にまだ眠っている人を起こさないように、そっと。
    その音は、窓の外から。 日暮れに閉ざしていたカーテンを、ほんの少しだけ。
    結果。
「…島さん、島さんっ」
    テレサにしては、相当大きな声もして。 また、随分と驚いてもいるように。 いつもよりも随分と早い時刻に、揺り起こされた島である。
「空から、水が落ちてくる」
    確かに「雨が降る」という気象現象に、そういう表現も出来なくは無い。 だが、日常会話の中でそう言ってしまう人はあまり居ないだろう…地球人なら。
「雨…雨ですね?」
    2人並んだ窓際に、それまで知らなかった言葉を憶えようとするように繰り返して。

    この時初めて、あの惑星(ほし)に雨が降らなかった事を知った島だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    遊星爆弾の傷痕の癒えたのも、表面…のそのまた一部だけ。 それ以前と同等、もしくはそれ以上の発展を見せているのは都市部だけ。
    干上がった海こそ何とか回復したが、崩されたものは崩れたまま、削られたものは削られたまま。 地形はそれまでの姿を留(とど)めていない、風景は以前の面影を忘れていた。

    再びの地上に、2度目の長雨の季節。 だが…去年も、そして今年も少しばかり天気の悪い日の続くだけ、雨の日はあまり無くて。
    ベランダの窓を大きく開け放って、ぽつぽつと落ちてくる降り始めの雨を精一杯伸ばした手のひらに。
「濡れるよ?」
    大した風も無いが、それでも動く空気に足下に少し。
「あ…はい」
言われてようやく、ほんの少し…名残惜しそうにも窓を閉ざす。
    あの惑星に、水の存在していない訳では無かった。 生命体として生存にはやはり水を必要としていたから、それまでが物珍しい訳でも無い。
    だが、同じ地球上でも気象条件…水の量の多寡でその使い方に差があるように。 そんな場所に生まれて育った彼女には、水に身体を濡らすという経験が少なくて、好きでもないようでもあって。
    だから、頭から濡れるのは嫌で部屋の中から。 でも、振る雨はまだ珍しいから…手のひらに。
    手招かれる事に、素直にその隣に座り込む。 しかし、その視線はまだ窓の外。 散々眺めておいてから、今度は手のひらに受けた水滴をしげしげと。
「…面白い?」
「はい」
    問うてみれば、にこやかに即答。
「不思議ですよね? どうやって水が、空の上に行くんでしょう?」
それから…時期的な擦れ違いに、まだ小さかった次郎にさえ問われなかったような素朴な疑問も、真正面から一つ。
    雨の降らなかった場所に生きてきた女性(ひと)には、水の循環が良く分からない。 未だに雲が、水…水蒸気や水滴の集まったものだと信じてくれない。
    何か…超常的なものによって、空から水滴が落ちてくる。 もしかしたらテレサはまだ、そんな風に信じているかも知れない。

「…可愛いよ」
    そんな事を信じていられる君は。
「…はい?何か仰いました?」
    手のひらの上を転がる水滴に見惚れていたテレサは、聞きそびれたらしくて無邪気にそう問うて返してきた。
    聞こえなかったなら、まあ…それも良いか。
「何です?」
「何でも無いよ」
そんなに繰り返してまで、訊かないで欲しい。
    そんなセリフを真顔で、2度も3度も繰り返して言えるほど図々しくも無いのだから。

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Last Update:20060502
Tatsuki Mima