海:03

NovelTop | 第三艦橋Top

    寄せては返す、波の音だけが聞こえてくる。 視界には鈍色の空と、それを映した同じ色の海と。
「…昔、見た事があるわ」
こういう…風景を。
「だろうな」
    足下には、白く細かい砂。 闇に紛れて、それでも白く。
「でも…違うのね」
曇った空から、星が1つ2つばかりだけ。 月の姿は…何処に在るのやら、見えやしない。
「…当たり前だ」

    もうそろそろ帰ろうか…と、足元の歩きにくさに差し伸べてくる手。 最初の時、そう言って手を伸べたのは…私の方だったのに。
「時間も…場所も流転(なが)れたわね」
「…そうだな」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    兄弟の惑星(ほし)が、鈍く輝いていた。 その見下ろしてくる、夜の海岸に。
    何だか…どちらもずっと無言のまま、ただ聞こえてくるのは打ち寄せる波の音。 それから、お互いの踏み乱(しだ)く砂の鳴く音。
    遠く後方(うしろ)に、闇に融け込むようにして艦の姿。 あれは、私がここまで招いたもの。 そうして…近く、この人を連れ還ってしまうもの。
    何と無く…寝付けないから。 そんな理由に、歩くに付き合ってくれ…と言ってきたのは、この人。
    何処までを歩くの? いつまでをついて行けば良いの?
「…この惑星(ほし)を一廻りするつもりですか?」
「…それも、良いかも知れないな」
    私だけの惑星(ほし)でも、箱庭のようには小さくは無い。 明らかな比喩に、本気だか…冗談なのだか分からない返答。
    ふ…と気付けば、目の前に差し出された手。
「砂の上は、歩きにくいだろう?」
「…結構です」
その手を取ってしまえば、きっと楽だったのだろう。
「まだ『完全』ではない貴方に気遣われるほど…弱くも有りませんから」
    随分と置き去りにしてきた灯りに、表情が読みにくいながらも…苦笑の気配。 君に気遣われるようじゃ、俺も…と、薄闇の中聞こえてきたのはそこまで。
    またしても、の無言。 また聞こえてくるものは、波の音だけ。 砂の音だけ。

「もう…そろそろ帰りましょうか?」
    立ち止まった私は、半歩前を行く人に手を伸べる。 視界の端、振り返ってしまわねば見えないようなところから、この手を。
    …気付かれなければ、そのままその手は落としてしまうつもりで。
「…ああ、そうだな…」
    だが、私の声に引かれるように立ち止まった人は、振り返りもして。 至極、当たり前の事のようにこの手を取った。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    二度目は…貴方と、行ってしまう艦を見送ったその日の夜。
    寝付けないから…という理由までが同じ、歩くを付き合ってくれないか…と請うた言葉までが同じ。 そうして…付き合いましょうと頷いてみせる、私までもが。
    最初の時と違うのは、岸壁に艦の姿の見えない事。 その艦に居なくなってしまうと思っていた、貴方の…何故か居てくれる事。
    中空にやはり、兄弟の惑星(ほし)。
「この間も思ったが…夜が暗いんだな、ここは」
「…夜は、暗いものでしょう?」
    呟くような言葉に、返す言葉。
「満月(つき)の有る時は、そうでもない」
「私には…分からないわ」
    同じように中空に、間近い天体が在って。 それが夜半球に、恒星の光を反射(はじ)く。 そこまでが同じで、どうして夜の明るさの違ってしまうのか…なんて。
    ただ一つだけ、確かに分かっている事は。 今…隣に居る人の意識は、ここではない惑星(ほし)の上に有るという事。

    私という存在を、この惑星(ほし)の上に置き去りにしたままで。

「…地球が、恋しくて?」
    何て…当たり前の事を問うんだろう、私は。
「まあ…少しは、な」
生まれ育った場所を懐かしく思わない、あっさりと見捨てて離れてしまえるようなものなら、私は…妹を地球になど遣らなかったのに。
「還っても…良いのよ?」
    まだ、間に合うわ。 使う者が居なくなってしまったというだけで、星を渡る事の出来る艦艇は…存在(あ)るのだから。
「そうしたら…君は、どうする?」
「勿論…ここに、残ります」
    また随分と後方に置き去りにした灯りに、表情の読めないまま…でも、苦笑の気配を。
「それじゃ、何の意味も無いだろう?」

    懐かしく思う事と、そこに戻りたいと思う事は違う。 そう言ってくれる人に。
    …卑怯ね。 そう言わせたかったんだわ、私は…きっと。

「夜気は冷えます。 もう…帰りましょう?」
    いつかと同じように、気付かれないかも知れない位置から、手を伸べる。 いつかと同じように、貴方はこの手を当たり前のように取ってしまって。
「この前に、歩きにくいだろう…って言った事を憶えてるか?」
「…憶えてるわ?」
「そんな理由を付けて、手を繋いでみたかった…って言ったら…信じるか?」
    また苦笑しながらの、見下ろしてくる瞳を見上げて…しばらく。
「信じません、そんな事…」
    そう…信じない。
    それを認めてしまえば、私は。 まだ、身体の完全ではない貴方を気遣うようで…でも、ただ触れて欲しいと思っていた私をも認めてしまわなくてはならなくなるから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「も〜っ。 何処まで行ってんのよ〜、遅いっ!」
    置いてけぼりにされて、しかも待ち草臥れて。 出逢った途端に、そんなセリフ。
「煩い。 ヒトがいつまで何処まで散歩してようが、勝手だろうが」
「勝手じゃないわよ。 お父さまたちに散歩させる為に、わざわざ海岸(ここ)まで来たんじゃないもんっ」
「真田(あいつ)の作った花火なんざ、興味無い。 ねだったのはお前だけなんだから、1人で見てろ」
    おかげで、すっかり親子喧嘩状態。
「…いい加減にしておけよ、お前らは…」
    同じくここまでを散々待たされた真田の、冷静に突っ込んでみるのも聞かばこそ。
「放っておいてやって下さいな、いつもの事ですわ」
    くすくす…と苦笑(わら)ってしまいながら言うのに、言われた方の溜息が重なった。

    …そうね。
    独りで見上げる、あの惑星(ほし)の夜空は暗かったわ。 この…現在(いま)の月の無い空よりも、ずっと。

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Last Update:20060701
Tatsuki Mima