White day:04

NovelTop | 第三艦橋Top

    太田には、帰還後の数日を潰してしまう書類提出の必要は無い。 艇長や艦長と言った、それが必要な肩書きを有していないからだ。
    まあ…それは途中、管制官をさせられていた所為があるから仕方が無い。
    もっとも、元の乗艦勤務に戻れただけで充分。 それ以上の…出世だとか肩書きだとか、そんなものにあんまり興味が無いのだからどうでも良い事なのだが。

「私、靴ね」
「え〜、私どーしようかな〜」
「だから、リクエストするなって言ってるだろうがっ!」
    帰還早々、先月の返礼を図々しく要求してくる姉妹だ。
    いや…くれると言うものを大人しく貰ってくれないのは、今に始まった事じゃない。 誕生日だとかクリスマスだとか、そういう機会には必ず何か注文を付けてくるのが通例。
「…ホントにお前らって、可愛くない」
「健ちゃんに、可愛いって言われても、ねえ?」
「どうせ言われるんなら、彼氏(おとこ)に言われたいわ」
    だったら、そう言ってくれる奴を探してこいよ…とは、口にしてしまうと後の反撃がものすごい事になりそうなので、一応思うだけにしておく。

    そういう訳で、3月の14日はもう近い。

    書類提出の無い分だけ長く、休暇を休暇らしくゆっくり出来るはず…だったのに、今回は。 誰に、何をどう返すか…を悩まなきゃならないらしい。
「だから…嫌いなんだよ、3月はっ」
    煩い…と、一美と三希の2人から同時に突っ込まれた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…わざわざ、宙港(ここ)まで持ってきた訳?」
    呆れたようにもそう言って、くすくす…と。
「期待してる…って言ったのは、誰だよ?」
太田はちょっと面白く無さそうに、一月前の言葉を持ち出して逆に問い返す。
「言ったわよ。 言ったけど、今日持って来なくても…次の航海にここに来る時で良かったのに」
「…冗談だろ」
    当日の午前中(あさ)に、他に用も無いのにわざわざ宙港まで…じゃなく、そう出来るならそれは確かに楽だろう。 だが、それだと数日も後。 充分に、時期を逸してしまう。
    女性がこういう事に関して、いつまでもぐずぐず言ってくれる事は既にご承知。 下手したら延々、何年間も繰り返して愚痴られかねない。
    そういうのは姉妹だけで充分、これ以上は真っ平御免だ。
    先月に管制控室(ここ)でまとめて渡された分だけを、今月にもここでまとめて返しておく。
「了解。 ちゃんと渡しとくわ」
    彼女はまた、くすくすと笑いながら。
「これから、司令本部?」
…なんて、訊いてくれるから。
「…そーだよ」
    ああ…もう、うんざりだ。

    宙港から司令本部まで、車でおおよそ半時間。 辿り着いたら、ちょうど昼休みの頃。 …と言うより、それを狙っていた。
「ね? 開けて良い?」
    総務に所属(い)るサーシャは、所詮一般事務だ。 この時間にはほぼ間違い無く昼休みに入ると分かっていて、その仕事の邪魔をしなくて済むから。
「もう渡したんだから、訊かなくて良いって」
    素直に貰ってくれて、素直に嬉しがってくれるサーシャに何だか…ほっとする。
「何か…俺の周りってこういう『女の子』少ないよな〜」
「…って、何か言った?」
「いーや、別に…」

    サーシャに逢ってから後で、航行管理部だとか隣の科学局だとか、同じように昼の間に廻ってしまって。
    後は、雪と晶子の2人なのだが。 この2人、それらしい時間に休憩が取れるとは限らない。 いや…大いに時間外れてしまうのが当たり前、下手すれば休憩なんて無いまま…という事も良く。
「だからって、さあ。 僕のところに来なくっても〜」
    サーシャからは随分遅れたけれども、まあ…まだ昼と言って良い時刻にようやく。 食事のトレイを腕に抱えたまま、相原が苦笑する。
「直接逢いに行く度胸は、俺には無い」
    太田の言うのは、雪や晶子に対面する事が…では無く。 そのそれぞれの上司、長官と参謀の執務室にお邪魔する事が…だ。
    第一…晶子ならまだしも雪の方は長官共々、執務室(へや)に居ない可能性が高いのだし。
「まあ…それは分からないじゃないけど」
    司令本部内で仕事している相原にとって長官は、滅多に逢うような人じゃない…とは言っても、全く出くわさないような人でも無い。
    …と言うより、相原の場合。 長官は「奥さまの祖父」だったりするので、仕事じゃない部分でよっぽど関わってたりするのだが。
    守に至っては、奥さまの上司だし。 それ以前に、不必要なくらいあれやこれやと呼び付けられて、その殆どが予定外の余計な仕事だし。
    従って、どちらに逢う事も怖くは無いが、面倒だ…とは思う相原だったりする。
「…って言うか」
    時間通りのサーシャからは遅れた分だけ、食堂も混雑は無く空席の方が多いくらい。 探し廻るような必要も無く、トレイをテーブルに、相原は席に座を占めながら。
「サーシャに先に逢ってるんでしょ? だったら、その時に晶子さんや雪さんの分を預けとけば良かったじゃない」
その前に同じように座を占めようとしてた太田の、座ってしまうを待たないでそう言ってみる。
    …ごもっとも。
    サーシャにとっては守は実父なのだから、その仕事場にお邪魔するのも全く怖くないのだし。 長官に相対するのは流石にご遠慮したくとも、叔父さまのお宅にお邪魔するのはこれまた怖くなど無い。
「うわ…忘れてた〜っ」
「…言われる前に、気付けって…」
    本気で気付かなかったらしい太田が、頭抱えてみるのを見てしまいながら、相原は溜息を一つ吐いた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    こういう日なんだから、寝起きの南部に用は無い。 用の有るのは、その奥さまとお嬢さんなのだが…この時間、どちらも仕事と学校にお留守だ。
    ドアチャイムからそのドアの開くまで、随分と待たされた玄関先。
「…って、お前。 昼過ぎてるなんて時間じゃないだろ」
「起きましたよ、朝には一度。 絵梨さんに、叩き起こされましたもん」
まだ、頭の中は半分眠ってます…な様子に、嫌がらせを言ってみれば。 詰まらなさそうに、そんな回答。
    サーシャに逢ったのだって、午後になってすぐ。 相原をようやく捕まえたのは、それから1時間が近いほどの後。 大した距離でもないが、それからここまで来たのだ。
    「二度寝してました」という言い訳の通用するのは、せいぜい午前中まで。
「航海(しごと)が無かったら、何時間寝てるんだよ?」
    古代も、その仕事中と日常に大いにギャップの有る人間だが、その意味では南部も似たり寄ったり。 これまでに南部の事を、砲術長だの艇長だのと「肩書き」でしか呼んだ事の無い連中に、一度こういうところを見せてやりたい…と思ってしまう。
    指折り数えて、これまたしばらく。
「えーと…14、5時間ですか?」
    戦闘時には、コンソール上の数字の羅列から仰角、水平角の即座に弾き出せる頭脳(あたま)も。 動いていなければ、2桁の加減算にもこんなもの。
「…それは『普通の人間』の活動時間だろーがっ」

「別に…俺に持ってこなくても良いでしょうに」
    少しばかり前の相原と、あんまり変わらないセリフを言う南部だ。
「直接持っていったら、ご機嫌悪くなるだろうが。 お前は…」
    この点も、古代と南部はあまり変わりない。
    奥さまが大事、我が子が可愛い。 そうして、そんな想いが独占欲にすり替わる。 自分の知らぬ所で、自分以外の誰かを目の前に笑顔を振り撒いているかも…と考えるだけで、どうしようもなく腹も立つ。
    違うのは、今のように誰かにそれを言葉に指摘された時。
「勿論」
    そんな自分の言動に自覚が有るのは、2人とも…だが。
    言われて照れる…と言うか恥ずかしく感じて、あたふたと言い訳に走ろうとするのが古代で。 愛情有るんだからそれで当然…と、臆面無く肯定出来てしまうのが南部だ。
「だから、わざわざ。 お前の居そうな時間見て、来たんだよっ」
    そんな事くらい、既にご承知。 2人分をまとめて、押し付けるようにくれてやって。 これで、手渡して廻らなきゃならない分はお終い。
    やれやれ…だ。
    もっとも家に戻れば、母親…はともかく、姉妹2人が「寄越せ」と言ってくるはずだが。 それさえ過ごせば、本当にお終いだ。
    軽い溜息を、天井に向かって一つ。
「ねえ、太田君?」
「…何だよ?」
    どうやら、まだ目覚め切っていないらしい様子に、ほんの少しだけ困惑気に問い返す。
「用件が済んだんなら、も一度寝ちゃっても良いですか?」
「お前…俺(ひと)と話しながら、それしか考えて無かったのかよっ」

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Last Update:20070209
Tatsuki Mima