Wedding:03

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    まあ、とっくに雪の口からそうと知れているだろうとは思ったが…実際、本当にきっちりと伝わっていたのだが。 一応「挨拶」には、言っておかなきゃならないだろうなあ…と。
「やっと、そのつもりになったのねえ」
    …と、これは雪の母親の第一声。 妙に感慨深げに、「やっと」という部分に思いっきりアクセントが付いていたように感じたのは、決して古代の気の所為では無いだろう。
    父親の方は…と見れば、特にこれといった言葉は無かったものの、我が妻のセリフにうんうん…と頷いているようでは、夫婦揃って似たような心情だったに違いない。
    そうだよなあ。
    この女性(ひと)と結婚しよう…と心に決めたのは、お互いにまだ早過ぎる、若過ぎると反対も出ようかという年齢だったのに。 改めて「2度目」を挨拶に来ている現在(いま)は、何て言うか…至極「普通の年齢」?
    いや…雪の場合、早婚傾向の強くなっている現代では結構遅い方になったかも。
    それを思えば、多少の居心地の悪さなんてせいぜい我慢して。 あちらに悪気は無いながらぐさぐさと思いっきり突き刺さってしまう言葉も、大人しく黙って聞いているしか無い古代だった。

「…遅えよ」
    しかし、古代にとっての問題は、実はこっちの方だったりして。
「予定じゃ、小学生の息子か娘が在(い)なきゃならんはずだろうが」
    そう、実兄。
    守は「今更、何を」という呆れた様子を、面(おもて)に隠しもしないで。 机に片肘、それで頬杖を突いて、詰まらなさそうな態度で。
    いや…あの頃にちゃんと一緒になってて、すぐに子供の産まれたとしてもその子はまだ園児だよ…という、妙に冷静に計算した反論は、言い掛けて止めた古代である。
    言っていればその論点の大いにずれている事を、守に盛大に突っ込まれただけだったろうから、言わなくて正解だった訳だが。
    何か言い訳をし掛けて止めた弟に、わざとらしく…その耳に聞こえるように、一つ溜息。
「…って、結婚式(しき)やるのか?」
「…するよ?」
    やるもやらないも、いつ何処で挙式する…と報告しに来た今だ。 既に言った事をどうして繰り返して訊かれたのか、古代にはさっぱり分からない。
    その通り、今言っただろ…と返した言葉に。
「ああ、そう」
と、これまたどうでも良さそうに返してきた守だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    挙式する…となると、最低でも当日の休暇は願わなければならない。 いや…勿論、その理由で休暇を願えばその前後の事も有るので、1週間は何とかしてくれる司令本部(しょくば)ではあったが。
    長官に言わなきゃ…と思いつつ、自分と長官それぞれの忙しさにタイミングを逸している雪だった。

    そんな時、廊下に名を呼ばれて振り返ったら、相原が居た。
「何…って、これから帰宅(かえ)るんですが」
返答されて慌てて腕時計を見てみれば、確かにそんな時刻。
    もう、こんな? これは…今日中に、長官に報告出来ないかも。
    つい、そんな事を考えていたら相原に。
「日取り、決まったんですね。 良く…予約(と)れましたよねえ、6月なのに今頃」
なんて言われてしまって、雪は驚いた。
    だって…古代君に、式場を見付けてきたと聞かされたのが2日前。 昨日、うちに来てちゃんと挨拶してくれて。 他には、まだ…。
    …と、そこで思い当たる。
    ここは司令本部の廊下、それも「秘書室」の管轄。 要するに…長官だとか、参謀の執務室の立ち並んでいる辺り。 相原の「本来の職務」上では、殆ど用の無い所。
「…晶子さん?」
「と、古代参謀からも聞きましたよ」
    聞いてみれば、悪びれた様子も無くさら…っと返されて。 思わず、頭痛を感じた雪である。
    つまり、古代は。 帰宅がいつだかはっきりしない守をその官舎(いえ)で延々待った挙句、その場でサーシャに知られて言い広められるのを敬遠して、職場の方に押し掛ける事を考えた…までは良かったが。 その執務室(へや)に、相原の「彼女」が秘書している事を失念していたという事だ。
「…古代君の、馬鹿…っ」
    サーシャを避けたんなら、相原君も避けなさいよっ。 全く、もうっ。
    どうせ「仕事中のお兄さん」をその職場で捕まえよう…と思ったんなら、何処かに呼び出すとか考えなかった訳? せめて、そのすぐ外の廊下でしょうっ?
    いや…疾(と)うに、古代が「その気になった」事はバレてはいる。 だが、その日の決まった事をまたもう一度、こちらが言う前から広められたくは無かった。
「相原君〜? 勝手に言ったら、承知しないわよ?」
「…雪さん。 その目、怖いですってば…」
    雪のさほど迫力の無い脅迫にも、素直に脅されてくれる相原である。

    さて、しっかり脅されてしまった相原だが。 何度かの航海の間に古代という人間にも慣れていたが、雪にも慣れてしまっている。 従って、その立ち直り…と言うか切り替えも早かった。
「そう言えば、結婚式(しき)するんですね」
    思い出したように、いつか何処かで兄が弟に訊いたような事をまた、相原が雪に言った。 もっとも、守が古代に言った事なんて2人ともご存知無かった訳だが。
「…しちゃいけない?」
    意外という風に聞こえてしまう相原の言葉は、散々待たされた挙句のようやくの慶事にケチを付けられたように聞こえて。 さっき嚇(おど)かした余韻が残っているのか、雪の返答は冷ややかだ。
    相原は思わず、ちょっとだけ首をすくめてみせて。 ついでに半歩、後ろに逃げもして。
「いや…その、しないんじゃないかなあ…って。 南部が言ってたから」
「南部君…って、また何か賭けてたでしょっ?」
    古代君や、私で遊ぶんじゃないわよっ。 そう相原に言い捨てた雪はくるり…と踵(きびす)を返して、怒りに任せたまま早足でずんずん…と。
「えーと、何にも賭けたりしては無いんだけど…」
    遠去かっていく距離に聞こえそうに無い言い訳を、その背中に向かってぼそ…っと呟いた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    ようやく雪は、長官に挙式の事を報告出来て。 引き換えに、休暇をきちんと戴いて。
    言いたくて、言い広めたくてうずうずしていたサーシャだったが。 当の片割れである叔父に本気で拝み倒され、義父にはきつく厳命を喰らい、実父は…何だかどうでも良さそうにも見えたがやっぱり一応。 ついでに、相原にも釘を刺されて不承不承に黙っていた。
    それが「解禁」になったものだから、もう…とにかく喋りまくり。 おかげでこの話題、過去最高速で広まり切った…かも知れない。

    逢う人ごとに「おめでとう」とか「良かったね」と言われてしまうのは、気恥ずかしい…がとても嬉しい事でもあった。 但し、それはあくまでも雪の場合。
「…何を、今更」
古代の場合、嬉しいだとか有難いという気持ちよりも先に、もっと別の感情が来るようだ。
「『前回』にも、散々言われてるだろうが…」
    だからこそ、何を今更…と思う島だが。
「前回(まえ)が有るから、今度が嫌なんだよっ」
前も後も「挙式そのものが無かった」島には、確実に他人事。
    当の古代にしてみれば、今回も「中止」だなんて言うなよ…という言外のプレッシャーを、勝手に感じてしまうようで。 まあ…それも結局、自業自得な訳だが。
「…も〜、籍だけ入れちまえば良かったかな〜」
「だから…何故それを、ここで言うんだ」
    わざわざ、島の官舎(ところ)までやって来て愚痴る古代に、当家の主人は呆れるばかりだ。
「…雪さんが、お嫌いになったんですか?」
    来訪者にお茶の支度をして、それを供して。 その合間に途切れ途切れに聞こえていた事に、テレサがものすごく端的に問うた。
    それは無い、絶対に無い。 苦笑しながら内心思いっ切り否定した島だが、慌てたように古代はもっと一生懸命、はっきり言葉にもして否定した。
    当然、古代がその気になったという事はサーシャから聞かされて知ったテレサだ。 その日取りの決定した事も、この直前にやっぱりサーシャがご注進に上がって知った。
「でも…『結婚』って、好きな方と一緒に暮らす事ですよね?」
    …それだけならもう少し他に「同棲」とか何とか、言葉が有りそうな気もしたが、地球人としての常識面や語彙では子供以下のテレサの言う事だ。 100%間違っている…とも言えないそのセリフに、思わず頷いてしまった古代である。
「それが嫌だ…という事は、そういう事じゃないんですか?」
    …論法は合っている、間違っていない。
    だが、しかし。 古代が気乗りしていないのは「結婚式」であって、雪との「結婚」そのものでは無い。 明らかにテレサは、その区別が付いていない。
「…島〜っ」
「その説明なら、既にした」
    その辺りの事を追及してやりたかった友人は、あっさりとその責任を回避した。

    テレサをこのまま放っておいて、古代と雪が仲違いしたと思い込まれても困る。 それを、度々来るサーシャにでも言ってしまったら…後が煩そうだ。
    …という事で、仕方無くもう一度説明はしておく島である。 それを…今度こそテレサが正しく理解するかどうかは、別の問題だが。
「…なあ。 お前らは、やらないのか?」
    そういう友人たちの様子を横で見ていて、ふ…と訊いてみる。
「何を、だ?」
「挙式(しき)」
    相手の女性が、ただ「異星人」だったから。 その為に地球上に「戸籍」の無くて…どうにもならない事は、ほぼ同じ事情の実兄で充分知っていながら、古代の口には遠慮が無い。
    何処までだったら言ってしまっても本気で怒らせる事が無い…と、友人やってきた時間の永さに分かっていたからだ。
    そして、その通り。 一瞬途惑ったように黙ってこちらを見ていたが、何を今更…と思い出したように島は苦笑して。
「今更でも…それしか出来ないだろ? お前には」
    一緒に暮らしている…という「実質」だけは、もう何年。 確かに、その最初からなら「今更」と思えてしまうような時間が過ぎている。
    それでもテレサに戸籍の無い以上、入籍という公的にそれを万人に納得させられる方法で、きちんとした立場を作ってやれないのが島だ。 そのうち…は有るかも知れない、だけど…もしかしたらテレサに戸籍の出来る日なんて来ないまま終わるのかも知れない。
    自分は、そのどちらも容易(たやす)く手に入るから。 少しばかり、申し訳無いような…気もして。
「…良いんだよ」
    その「実質」があるから。
    島が困ったように…だが薄く笑ってみせたのは、それ以外に仕方の無い自分たちの位置に対してか。 それとも…変に気遣ってくれた友人の感情に対して、だったのか。

「それに…どうせ理解出来てないみたいだからな、テレサが」
「…さっきも説明してたのにまだ、かよっ?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…古代さんって、馬鹿ですか?」
    それが珍しくも、わざわざ官舎(へや)までやって来た南部のセリフだった。 何を…と古代がそれに喰って掛かったのは、当然。
    だが、相原同様。 幾度もの航海、その付き合いの長さに古代の言動には慣れ切っている南部だ。 その程度の剣幕にたじろいで、前言を撤回してみるような可愛らしさは無い。
「だって、古代さん。 ご丁寧にも、挙式(しき)やるんでしょ?」
    古代が守に、雪が相原に。 似たような事を言われたり問われてみたりしたのは、5日ばかり前。
    守がどういう理由でそれを聞いてきたのか…は、ついぞ思い当たらないままの古代だったが。 相原の言ってきた、その大元が南部らしい事は雪からその日のうちに聞いていた。
    今頃になって南部がやって来た…というのは、昨日か今日辺りにやっと航海から帰還(もど)ってきて、きっと相原にでも聞いたんだろう。
「…って、相原に余計な事吹き込んだの、お前だろっ」
「余計な事、じゃ無いですよ。 気付いてないんですか?」
    八つ当たり気味の古代の言葉にも、南部は極めて平然と。 それも、真面目な顔をして訊き返してくるから…急に不安に襲われる。
「…何だよ?」
    本当なら、7年前に終わっているはずの結婚式(こと)だった。 それを引っ繰り返したのは、自分。 それも本当の直前に、事情は有ったにせよひどく一方的に。
    それでも変わらず傍に居てくれた、その負い目が無いとは言わない。
    雪が世の女性たちと同じ程度には、結婚というものに夢の在る事も。 結婚式という儀式…もしくはイベントに憧れの在る事も、以前はともかく現在(いま)は分かっている。
    だから、そうと決めた以上…と必死になって場所を見付けてきた。 誰の為でも無く、雪の為に。
「それは…俺も、良〜く分かりますけどねえ」
    古代の気弱な、そんな言い訳も。 南部は、同情するような瞳(め)と溜息交じりに一蹴してくれた。
「『古代さん』と『雪さん』の、結婚式ですよ?」
「当たり前だろ」
    他の女性(ひと)と結婚するつもりは無いし、雪にだって…他の男と一緒になられてたまるか。 そんな理由付けの途中から、南部は遠慮無く自分の言葉を被せてくる。
「結婚式なら普通、親族や友人、職場の人間(ひと)が列席しますよね?」
    相変わらず、自分自身やその婚約者のネームバリューの大きさを正しく認識していないな…とも、南部は思いながら。
    確かにヤマトは、ものすごい結果を出した艦だ。
    その艦名の方が売れていて、自分はそのおまけ…と思い込んでいるフシのある古代だが。 その艦で、戦闘班長だの艦長代理だの、果ては艦長やってきた自身の肩書きとそれだけの能力を何だと思っているんだ…と。
「そりゃ、するだろ」
「…古代さんの『お兄さん』って、何者です? 雪さんの『上司』は?」
    分かり切った事に、古代が…つい絶句する。
「姪ですから『参謀のお嬢さん』も、当然出席ですよね。 『藤堂さんちのお嬢さん』も雪さんの同僚なんですから同じく、でしょ。 真田さんは『科学局局長』ですし…『俺』も居ますし」
    軍のお偉方、ぞろぞろ。 手に入れてしまえば、そのお偉方を充分に脅迫出来るお嬢さん方もしっかり。 普通に良く顔を合わせているから忘れてしまいがちだが、南部1人で財界が引っ繰り返りかねない。
    狙撃されても、爆破されても、誘拐を企まれても…その結果は考えるのも怖い面子揃いだ。

「ま、軍も頑張るとは思いますが…民間セキュリティサービスの電話番号、要りますか?」
    言われるまで本当に気付いていなくて、すっかり押し黙ってしまった古代に、南部のとどめの一言である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…だから、俺が訊いただろうが」
    しれ…っとして返す、兄である。
「兄さん…気付いてた訳?」
「当然だ」
弟の問いにまた、何だか尊大にも構えてみせて。
「長官や参謀職には、公務、プライベート問わず警護要員付いてるからな」
    そういうのを連れ歩いている兄さんなんて見た事無いぞ…という突っ込みは、自分「だけ」なら自分1人で護れるから要らん…と本来が戦闘要員の守らしいセリフで一蹴された。
「まあ…せいぜい頑張れな。 真田が居るから、事前の爆弾設置だけは回避出来るだろうし」
「…兄さ〜んっ」
    泣き付いてくる弟に、泣くな…と冷たく言い放っておいて。
「取り敢えず、狙撃ポイントはチェックしておいたから、前祝儀にくれてやろう」
差し出してくれる地図データを、少しも有難くなく受け取った古代だった。

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Last Update:20070313
Tatsuki Mima