Labyrinth:02

NovelTop | 第三艦橋Top

    逢わずにいた時間を埋めていくのは、いつでも会話だけ。 逢わずにいた間の事を互いに教え合って、空白の期間も目の前に過ごしたかのように承知し合って。
    しかし…2年に近い時間は…意外に永いものだった。 双方が、その互いにとって。
    よもやその2年間に、守に娘が生まれているとは思いも寄らなかったし。 逆に、守の立場からしてみれば、往復1年の航海…という時間が有ったとしても、弟が婚約まで持ち込めた事が意外で仕方が無かった。
「…お前…弟を、何だと思ってるんだ」
    弟にそういう慶事が有るなら、それは絶対「自力」ではなく「見合い」だと信じていた兄だったりする。
「いや…何となく…」
    それから…ほんの数ヶ月前までの、戦いを。 わずかに、20人足らずしか…生き残る事が出来なかった戦いを。

「何か…省いただろう?」
    夕食後…というより、深夜…の方が正しいような、もうそんな時間。
「お前の方こそ、質問の言葉を省くな」
残業だか、夜勤だか分からないような時間帯に守の急襲を受けて、正直…邪魔するなよ、と思う真田だ。
    航行中のこの艦内では…無いとは思うが、過去こういうパターンだと酒に傾(なだ)れ込んで、仕事にも何にもならなかった経験ばかりなのだから、そう思う事もあながち無理とは言えない。
「この2年間の話で、何か…島に関係した事を省いてるだろう?」
「省いた…つもりは無いぞ」
    言わなかった事は有るが…と、相当にプライベートな事に関わってくるからだ…と。
「そういうのも『省いた』と言うんだ。 話せ、多分…それだ」
そう言ってから、ついさっきまでの島とのやり取りを、真田に掻(か)い摘(つま)んで話した。
「イスカンダルに暮らしてた俺より…島の方が、余程混乱してるぞ?」
    守が、今までに聞いている話の中にも「消滅した惑星」は…一つだけ出て来ている。 聞いた限りでは、そこには住人が1人きり…の、その意味では極めて…イスカンダルに似ていた惑星。 ヤマトからその消滅が視認出来たという事…も、同じ。
    先の戦いに、生き延びてしまった20人足らずの乗員にとって、イスカンダルの消滅は…ある意味「2度目を見る」風景。 そして、初めて見る者にとっても、恐らくはそれなりに衝撃的な風景。
    その中には、当然真田も古代も含まれている訳だが。 その2人も、それ以外の誰も…島ほどに過敏に反応している人間は居ない。 逆に言えば、到底尋常とは思えない、島の過剰な反応。
    だからこその「何か、省いただろう」…との、守の問い。
「俺も、何から何まで分かってる訳じゃないぞ?」
    退艦してしまった後の…ヤマトが地上に帰還して、もう一度2人に…いや、島とテレサを含めて4人に逢うまでの間は、実際には何も見ていないのだから。 そう…真田は、断りを付けた。

    真田の説明は無駄な部分が少なくて、聞かされる側としてはそれに掛かる時間が短く済んで有難い。 …が、その分ちょっと気を抜いてると話が全く先に飛んでしまっていて、流れが掴めなくなったりもする。
    もっとも今回の場合は、それまでにおよその流れは伝えてあったのだから。 真田の方でも話す事は、さほど多いとは言えないし。 守の方でも、途中で聞き飽きるほどの時間でもない。
「ちょっと、待て。 そんな所から、省略してたのか?」
    実を言うと、島がテレサの通信を受けていた事から既に、全く伝えていなかった古代と真田である。
「質問は、最後にまとめてするもんだ」
「聞いてる間に、忘れたらどうする」
    合間に無理矢理割り込んでくる、守の問いにも適宜答えながら、多少行きつ戻りつ真田の話は進んでいく。
    遅れて島も降下(お)り、テレサと対面した事。 テレサに請われて、島だけが…後に残った事。
「残って…何やってたんだ?」
「知らん」
「お前なあ…もう少し、主観とか推論とか挟めよ。 取り付く島も無いぞ、それじゃ」
    戻ってからの、島の言動。 再度の、テレサからの入電。 その結果の…通信席の破壊。
「…何だったんだ、その中身は」
「単なる…島への私信だ。 内容は…恋文だと思え」
    古代の命で、島が再度降下りた事。 戻って来た時には、テレサが同道していた事。 けれども、彼女は…自分の惑星に戻った事。
    それから…最後の通信。
「…それだけだ。 後は、もう話した」
「それだけ…じゃないだろう。 良く…まあ、それだけの量を省いたな」
「プライベートだから言わなかった…と、最初に言ったはずだ」
    何はとまれ、それでやっと島が何に何を重ねて困惑しているのか、納得がいった守だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    時間の境界が、曖昧になっていく。 現在と記憶が入り混じって、全く重なってしまっていて。
    消えてしまった惑星が、イスカンダルなのかテレザートなのか…分からなくなっていて。 その住人を、救う事が出来たのか…出来なかったのか、それも…判然としなくなっていて。
    また、見失ってしまったのか。 地球に…もう居るのか、そんな事も…曖昧になっていて。
    …分かってる。
    白色彗星が…彗星帝国が、もう存在しないのだという事は。 けれども…それを、実際としては見ていないから。 自身の記憶としては、何も…無いから。
    終わったという事の実感が無いのに、何もかも終わってしまっていて。 だからこそ、再びの航海というよりは、あの時の続き…という感覚でしかなくて。
    一続きの流れに…余計に、その流れを見失って。 過去の現実に、今の現実を。 過ぎた記憶に、今の夢を。 繰り返して、重ねて、どちらが「今」なのか…混乱していて。

    何処までが…夢なんだろう? 何処までも、今さえも…夢なんだろうか?

    今が夢…なら、目覚めた「今」は…一体いつなんだろう?
    お兄さんが居て、スターシャさんが居て…それなら、イスカンダルなのかも知れない。 これからまだ、14万8千光年の帰路が待つ…あのイスカンダルかも知れない。
    それなら…早く、目覚めてしまえば良いのに。
    彼女への、これほど強い想いさえも「夢」だというなら。 目覚めてしまえば、きっとすぐに忘れてしまって…何も、惑わなくて済むのだろうから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「最大限にワープを繰り返せるなら、半月掛からないんですけどね。 …地球まで」
    この数日間に、飽きるほど航路計算を重ねた太田が即答する。
「…ねえ?航海長?」
「ああ…何も、無ければ…」
問われて、島がそれを裏打ちする。
「食料の方は…まだ2ヶ月は大丈夫よ。 3ヶ月…となると、ちょっと考えなくちゃいけなくなるでしょうけど」
    食糧事情が良くなかった前々回と、食糧調達に無理の有った前回と。 連続して、艦内での食事には苦労した経験から、余裕を持たせていた事が妙な所で役立った…と、雪。
「まあ…何にしても、極力早く帰還するに越した事は無いですよ」
    そこまでは黙って聞いていた南部が、後を継ぐ。
「最初の訓練予定期間を既に過ぎてて、この距離ですからね。 新人連中、ストレス…っていうか不安っていうか…ちょっと、ねえ?」
何しろ…十数人を除いて、新人ばかりの艦内である。
「俺たちの時と違って、危急存亡の秋(とき)って訳でも無いですからね、今。 個人で、自分に対する歯止めとか抑制…って効かないですよ、多分」
集団恐慌にでも陥ったら…とてもじゃないが、収拾が付けられない。
    ちなみに今現在、北野は本来の航海班員として云々…という理由で、第二艦橋に体(てい)良く追い払われていたりする。 そうでなければ、新人がどうこう…という話は、決して褒めている訳でも無くちょっと言いにくい。
「でも…まだ、2回目のワープにも入ってないんですよねえ」
「明日、2度目を行うとして…最後までこのペースでしかワープ出来ないようなら、軽く4ヶ月は超えますよ。 どうします?古代さん?」
    相原の呟きに、太田が答えてそのまま古代に投げ返す。
    どうする…と言われても、動けないでいる理由が他人の体調であるので、何とも即座には答えようの無い古代である。

「仮に…4ヶ月を超えるとなると、食糧は?」
「途中で補給しないと…かなり、無理が有るわね。 銀河系に戻れさえすれば、補給出来る惑星も在る…とは思うけど…」
    補給が可能である事と、その成功が一致しなかった経験も今まで、多々有ったからこそ言い淀む、生活班長の雪だ。
「時間への不安へ、食糧が絡んでくると…良くないな」
「そうですね…」
    真田の言葉に、古代も同意するしかない。 戦時でも平時でも、食欲が人間の根底に在る本能で、不満が一番溜まりやすい部分である事は…嫌と言うほど分かっているからだ。
「本当の事を言うと、航海班(うち)の連中が一番ヤバそうなんですよね。 勿論、北野も含めて」
    そうなのか…と訊き返されて、そう…と頷く太田。
「だって…北野は第一艦橋(ここ)で、後は殆ど第二艦橋(した)に居るじゃないですか。 だから、直接目視してるんですよね、戦闘の一部始終とか」
    確かに、全艦行動の戦時に窓から外を見ていられるのは、艦橋勤務者くらいのものだ。 航海班は、普通には直接戦闘に関わらない部署だけに、実戦に即していなかった意識には結構厳しいものが有ったかも知れない。
「…イスカンダルの…消滅とか」
    この時代に地球に生まれて軍人を志して、しかもヤマトに乗務していて、イスカンダルが地球にとってどういう意味を持つ惑星なのか、知らない方が…変だ。 それも、単なる自然現象での消滅ではなく、人為的な…この手での破壊である。
    そこまでの強大な「破滅」の力を、現在乗務している艦が所持している…という事の、実際。 その事の分かりやす過ぎる、傲慢なまでの…見本。
    「消滅」という言葉を意識的に言い淀んだ太田と、それを耳にした真田と。 2人がわずかな時間差で…島を見たのだが、特に変わったような様子は見られなかった。

    テレザートの時に使ってしまった「爆発」という言葉を避けた上で、「消滅」という言葉も言い淀んだ…という事は、太田も薄々は気付いている…という事か。 まあ…もっとも島の事で、太田が気付かない方が変なんだろうが…。
    真田の考えた通り、詳細に…では無いものの太田も気付いていた。 正しく言えば、太田は島に距離が近しいから気付くのが早いだけで、第一艦橋の人間は全員何となく…なら既に気付いている。
    その理由が「惑星の消滅」という事象に在る事が良く分からないでいるのは、前回には第一艦橋に居なかった山崎と、そもそも前回の戦いの詳細を知らない北野だけだ。
「何か…さぁ。 何処がどう…って、はっきり言えないんだけど…変なんだよな」
    島が太田と第二艦橋に降りるのを、エレベーターの扉が閉まるまで見送ってから、南部がぼそ…っと。
「…普段と、変わりないだろ」
独り言に近いそれを、わざわざ受けて答えた古代は…ほんの少しだけ不機嫌そうで。
    …気付いてない訳ではなく、古代も十二分に承知した上での言葉。
「見た目変わってないようだから、困ってるんですよ。古代さん」
「そうですよ。 見るからに変だったら、もっと気の遣いようも、話のしようも有りますって」
    南部の反論を、相原が受けて。
「古代さんだって、話の取っ掛かりが掴めなくて困ってる口じゃないんですか?」
それにまた、南部が畳み掛ける。
「そうじゃなかったら、俺。 とっくに古代さん急(せ)っ突いてますって、何とかしてくれ…ってね」
    そう言われた古代は、また不機嫌そうに…困った顔をしてみせた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    航路上の障害物を、どう迂回するか…を話題にしながら、航海班の3人が戻って来た所で。
「古代…今、良いか?」
「え…あ、はい」
真田に請われて、古代は自席を立ち上がった。
「何ですか?」
そういう古代の目の前を、島が横切って行く。
「ちょっと、付き合ってくれないか?」
    そう言いながら、真田は既に歩き始めていた。 慌てて、古代も後を追う。
「何処へ…です?」
追いながら古代は問うたが、その答えは無かった。
    代わりに…迂回の方向を決めたらしい島が、北野に指示を出している言葉が、エレベータ−に乗り込む古代の背を押した。
    連れられて辿り着いたのが真田の部屋で、対面させられた相手が実兄で…正直途惑った。 相手が守だと言うなら、別に今でなくとも良いはずだ…と。
「おい…真田。 進に話したのか?」
    もっとも、古代以上に守の方が途惑ったのだが。
「いや…まだだ。 だが、話しておいた方が…良いだろう。 島の事なんだから」
「…島の?」
    真田の言葉を捕まえて、古代が問う。 何しろ、たった今まで話題にもなっていた、自分の友人の事…だから。
「まずは…古代、お前から説明しろ」
こっちの「古代」は、守の方だ。
「俺が、か?」
「島から、直接聞かされたのはお前だろう?」

「…と、まあ…大体そんな話だ」
    一晩の睡眠を挟んでいる割には、抜かり無く話して伝えたが。
「…で、合ってるよな?」
「俺に、確認を求めてどうする」
その正誤を、友人の記憶力を頼ってみる守だった。
    聞かされた方の古代は…と言えば、かなり困惑していた。
    言われてみれば、全く想像が付かないでも無い事を。 恐らくは一番、その経緯(いきさつ)を知っているはずの自分が思い至らなかった事に。
    いや…テレザートとテレサに関わりが在るだろう…までは、気付いていたが。
「しかし…何故、兄さんに? いや…それは確かに、スターシャさんの事も有るから…だろうけど」
兄さんは、経緯を何も知らないのに…と。
「経緯を知らないから…だろう」
    それが分からないなら、どう転んでも差し障りの無い、中途半端な言葉しか返せない。
「お前が聞いたんだったら、島にどう答える?」
「それは…多分、還れ…と」
「俺も、だ」
テレサの事を知っているから、多分。 食糧や、新人の状態を既に聞いた今なら尚更、帰還を強く促しただろう。
    真田は、守を指してみせながら。
「こいつは『帰還を選んでも、良いんじゃないのか』と、答えてる」
同じように、還る事を勧めていても…とても気弱に。 そうしなくとも良い…と、言葉に逃げ道を残しながら。
「どちらも…島は、選べてないんだろう。 だから…肯定も否定も…してもらいたくないんだ、まだ」

    引き返して留まりたい、先を急いで還りたい。 どちらも同等に、膨れ上がってしまった正直な想い。
    イスカンダルと地球、恩義と愛しさ、スターシャの体調と艦内の現実。 自身の内部だけでなく、外部でさえ重ねて二律背反を見せて。 二重三重に縛られて、どちらも尚更に選べなくなって。
「悪いな…とは、思ってるんだよ」
    いや…俺の所為でも、誰の所為でもないけれども…と、守は言い訳も挟んでおいて。
「島の見る前で、イスカンダルが…消えさえしなければ」
恐らくは、出航の時点から変わらずずっと、地球への帰還しか願っていなかっただろうから…と。 惑星の消滅…という、手痛い記憶の追体験が無ければ、スターシャの心中への異常なまでの傾倒は…無かっただろうから…と。
「…そうだな。 誰の所為でも…お前の所為でもない事だな」
    そう言いながら真田は、守の髪を掻き廻して。 それから…軽く、一つ叩(はた)いた。

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Last Update : 20040319
Tatsuki Mima