Labyrinth:03

NovelTop | 第三艦橋Top

「お帰りなさい、守」
    宛(あて)がわれた部屋に守が戻った時、スターシャはベッドの端に腰掛けて、サーシャを抱いていた。
「…済まない」
「…何を?」
    同じ艦内に、弟や友人や…「地球人」という名の同胞が居る…というような理由で、度々長い時間部屋を空ける事を守は詫びたつもりだったが。 スターシャはそれとは気付かないようで、問い返してきた。
「君を、1人にした」
イスカンダルとは違う、金属の色に殺風景な艦内の、同じ色をした部屋の中に。
「いいえ…2人です」
    サーシャが居る事を守に見せるように、優しく抱き直しながらそう言って。
「守が帰って来たから、3人ね」
そして静かに、しかし…少しだけ淋しげに笑う。
    その場に沈んで、片膝を突けば。 長身の守でも流石に、腰掛けたスターシャを見上げてしまう形になる。
「良いのか?君は?」
「…何を?」
相変わらず、何を問うているのか分からない守の言葉に、さっきと全く同じ言葉でスターシャは問い返す。
「ヤマトが…このまま還っても」
この期に及んで、まだ「何処へ」という事を言わないままで。
「そう望むなら、艦の一つくらい…真田に造らせる。 君は…地球と地球人に対して、そう言えるくらいの事はしてきたはずだ」
    地球に暮らす事を厭(いと)うなら…と。
「勿論…俺は、君について行く」
それならば、もう一度…地球を捨てよう…と。

    特に、その表情を変えた訳ではなかったが、それでも少しばかり途惑っていたようで。 10秒はたっぷりと、無言の時間が過ぎて。
「その答えは、あの時にもう…言いました」
目を伏せて、ゆっくりと首を振りながらスターシャは答えた。
「今度は…私が、貴方について行きます」
    その言葉が嬉しい反面、正直…途惑ってしまってもいる守。
「しかし…本当に、それで…良いのか?スターシャ?」
「ええ。 私が護らなければならなかったイスカンダルは…ガミラスも、もう…在りませんから」
「…あれで…護り切れた、と? 護りたいと誰よりも願っていた、君自身の手でイスカンダルの…生命を絶ってしまって…それでも?」
    島の混乱に、多少感化されているかもしれないと、内心思いながら。 それでも、島ほどには惑うていないから素直に、あっさりと当人に訊けてしまう事も、十二分に承知しながら。
「護りたかったからこそ、この手で決着を着けたのです」
スターシャはまた、静かに首を振って。
「ガミラスが崩壊した時点から、遠からず…消えるべき運命だった惑星です。 この子には申し訳無かったけれども…私は、護るべき惑星と…貴方と。 『運命を共に』出来る事を…嬉しく思っていたわ」
    1人で見るはずだった惑星の運命を、独りでなく見ていられる事を…と。
「でも…ヤマトやデスラーを戦いの犠牲にしてまで、わずかに…生き延びて。 そうまでして、ほんのわずかな時間を生き永らえる事を良しとするほど…護られるべき惑星では…無かったでしょう?」
    そうして、最後の女王は…淋しさを瞳に湛(たた)えながらも凛として、微笑んだ。

「だから…『帰り』ましょう、守。 この艦で、地球に。 貴方と…この子と、3人で一緒に」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    守と別れて、真田と第一艦橋に戻って来た古代だったが。 正直…まだ、途惑いは続いていた。
    理由の詳細と、何をどう考えているのか…が分かった所で。 言ってやりたい事は幾らでも、簡単に思い付くのに…それを聞かされる事を…島が望んでないなら、何も…言えなくて。
    もどかしさよりも、最早口惜(くや)しい。 何もかも承知していて、全く何も手出し出来ない事が。
    当の島は、途惑う古代を素通りして、その向こうの北野と話している。 操艦に関して北野の確認してくる事に、普段と何ら変わりの無いような様子で、当たり前のように答えていて。
「…どうかしたのか?古代?」
    不意に問われて、大いに焦る。 どうやら、はっきり不機嫌そうな顔をしていたらしい。
「あ…いや、何でも無い」
心配してやっている相手から、逆に気遣われてるようでは…本末転倒もいい所だ。
「…そうか?」
    納得し切れてないような、訝(いぶか)しげな島に、重ねて「何でも無い」と答えて。
    …そんな顔、こっちがしてやりたいくらいだ…と、内心。 ヒトの事に気付いて心配している暇が有るなら、自分の状態に気付いて何とかしろよ…と、本心。
    エレベーターの扉の開く音に、古代が振り返ってみると。
「兄さん?」
兄が、その腕に姪を抱えて、当たり前のようにこちらに歩いて来ている所だった。
「何か有ったのか?古代?」
「いや…ちょっと、部屋を追い出されただけだ」
    友人の問いに、これまた日常の事のように事も無げに返事を返しながら、一渡りざっと見渡して。
「島、ちょっと来い」
サーシャを抱いたままの手で、小器用に島を呼び招く。
「え…?はい?」
呼ばれて途惑いながらも、素直に立ち上がった所に。
「抱いてろ」
「え…ちょ…っ、何なんですかっ?」
    問答無用でいきなり、サーシャを押し付けられた島だった。

「赤ん坊も、ずっと抱いてると結構重くてな」
    大仰に腕を振り回してみせて、そんな事を言ってのける守に。
「そ…んな理由だったら、古代が居るでしょうっ?」
他人の自分でなくとも、血縁者が…と、島のそんな反論。 思わず大声になりそうだったのを押さえて、声量を落とす辺りは流石に、年齢(とし)の離れた弟を見た経験だろう。
「赤ん坊を扱った経験の無い進に、可愛い娘を預けるほど…俺は怖いもの知らずじゃない」
    しかし、それもぬけぬけと守に言い訳られて。 たった今「実例の一つ」を見せてしまっただけに、重ねて返す言葉はすぐには出て来なかった。
    荷物の如くにやり取りされても今の所、サーシャはにこにことしてご機嫌は悪くないらしい。
「そう…は言いますけどね、何年前の話だと思ってるんですか」
だが、見るからにその様子が安定していて、抱かれている当のサーシャが不安がって泣き出したりもしていないようでは、逆に説得力は無い。
「気にするな。 俺もサーシャの前は進の時で、20年も前の話だ」
    現在の父親の理論としては妙な気もするが、堂々とし過ぎていて…誰も突っ込めない。
「真田、ちょっと耳貸せ」
    指先だけで真田を呼び招きながら、さっさと誰も居ない艦長席の前に守は歩いて行く。
「進、ついでにお前もだ」
こっちは、声だけで呼び付ける。
「ついで…ってねえ、兄さん…」
    ぶつぶつと言いながら、弟が目の前に来るのを待ってから守は話を切り出した。
「今…先生がスターシャを診てるんだが、多分…ワープに耐えられると判断されるぞ」
一つ、息を継いで。
「…どうする?」

「どうするも何も…まず間違いなく、ワープそのものはこなすぞ。島は」
    何を思い惑って、何をどう考えていようとも…と、真田は至って冷静な判断を。 現に、イスカンダルの消滅からこっち、操舵でミスは無い。
「だから、問題がそれ以外なんで困ってるんだろうが」
操舵に問題が出ているようなら、とっくに医務室か自室のどちらかに蹴り込んでいるぞ…と、守。 いや…守より先に、古代か太田のどちらかがやっているはずだ。 …もう少し、穏便に。
「そうじゃなくて、還るのと引き返すのとが選べないでいる島の方こそ、耐えられるのか?ワープに?」
    勿論、精神的に…という意味で。
「確実に、一気に地球に近付かせて…大丈夫か?」
恐らくは…似た理由で、スターシャが体調まで崩したように。
「…島さん、何でそんなに嫌そうなんですよ?」
    さっきから思ってた事を、我慢し切れなくなって苦笑しながら南部が訊く。
「アンバランスで、妙に笑えるんですけど?」
怖々抱いていて、仏頂面…ならともかく。 危なげ無く抱いていて、きちんと構ってやりながら…だから、見ていておかしいのだ。
「嫌…って言うより、怖いんだよ。 言葉が通じなくて、何を考えてるのか分からないから」
    真剣に抱えている島にしてみれば、だったらお前が抱いてみろ…である。
「その意味なら…兄さん、スターシャさんの方は? ワープで…また、体調崩したり…とか」
「そっちは…多分、大丈夫だと思う」
    それが、ただ精神的なものから来ていたのだったら…だが。
「ワープを連続で行うとしたら、むしろサーシャの体調の方だろう」
    その当のサーシャは、島の腕の中からご機嫌良ろしく、南部に愛嬌を振り撒いていた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…そうだな。 帰ろう…3人で」

「でも…地球に戻ったら、君はきっとがっかりするぞ」
    笑いながらの守の言葉に、スターシャは少しだけ首を傾げて。
「空に、ガミラスが無い」
「それは…地球ですもの」
重ねての言葉に、苦笑してみせる。
「人間も多い」
    部屋の中をゆっくりと歩きながら、言葉を続けていく守を、スターシャは目で追いながら。
「きっと賑やかね。 この子にも友達が出来るわ、いずれは愛する人にも出逢う事も」
「賑やかなんて通り越して、煩いぞ?きっと」
「静かな所も、無い訳ではないでしょう?」
「静かな所なんて…無いね、君は…きっと、目立つから」
    自分の返す言葉を捕まえては、またそれに重ねて返してくる守の言葉をおかしく笑いながら。
「守も…きっとそうね。 貴方も、目立つと思うわ」
「君の『美しさ』ほどでは」
    真面目な顔をして言えば、とんでもない口説き文句だったかも知れない言葉も、ふざけたように大袈裟に肩を竦(すく)めてみせながら。
「でも…本当に、君は…目立ってしまうぞ?」
その一瞬後には、ひどく真面目な顔をして真剣に。
「地球に暮らす限り、君にはずっと『イスカンダル』の名前が付いて廻る。 恐らくは…サーシャにも、ずっと」
「…そうでしょうね、それは…仕方の無い事でしょう」
    急に調子を違えてしまった夫の様子にも、別段途惑う事も無く。
「私がイスカンダルに生まれてしまった事は、事実なのですから」
それも守の本質だと、もう承知しているから。

「君に向けられるのは、感謝だとか恩義だとか…そんなものばかりじゃない。 好奇だとか猜疑だとか…不愉快なものの方が…きっと、多い」
「ええ…分かっているわ」
    ここで今、こういう事を話し掛けてくる事が、守にとっても決して愉快では無い事を分かっているから。 敢えて、微笑んでみせて。
「地球人は…善人ばかりじゃないぞ?」
「善人ばかりの惑星など…無いわ」
「何か有った時に、君を護り切れるとは限らない」
「そういう気持ちが有っても、力及ばない事は…今までも有りました」
    例えば…ガミラスの地球侵攻を押し留める事。 例えば…イスカンダルの「死」を、静かに看取る事。
    見詰め合う無言の時間に、先に音を上げたのは守の方だった。
「強いな…君は」
困ったような顔をして笑いながら、そう言って。
「良いも悪いも全て承知の上、全て…覚悟の上だと?」
「…言ったでしょう? 何処に居ても、貴方と一緒なら…1人じゃないのなら…と」
返すスターシャも、艶然として。
「もう一度だけ…訊く。 君は…本当に、それで良いんだな?」
    真剣な顔で、ゆっくりと言葉を噛み締めるようにして。 話す間に、最後に考える時間を与えるように、とてもゆっくりと。
「ええ、地球に帰りましょう」
    凛とした姿で、しっかりとした口調で。 真剣に、そして静かに。

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Last Update : 20040319
Tatsuki Mima