Labyrinth:04

NovelTop | 第三艦橋Top

    佐渡の報告に、第二艦橋が慌しくなる。 航路の確認と、ワープの計算の為に。
    艦内では、まだ夕方と言える時間。 障害物を迂回しようとしている最中で無ければ、恐らく即座にワープ準備に入った所だ。
「障害物を避けて、ワープ可能な空間に出るまでどれくらいだ?」
「後、5時間…だろう。 迂回に掛かったばかりだから、そんなもんだ」
    艦長代理の問いに、航海長の即答。
「それじゃ…夜中だな」
「そういう事だ。 だから…明日になるな」
    ワープに限らず、必要に迫られれば艦内時刻など全く問題ではないのだが。 幾ら最初に「実戦同様」と宣言した訓練航海でも、そこまでやるつもりは古代にも無かった。

「…これから、後の事なんだけどな。古代」
    名を呼ばれて、改めて島の方を振り返った。
「朝、太田の言ってた『最大限にワープを』って言うのは、3日で7回のペースなんだが」
3日、つまり72時間で7回。 要するに、10時間に1度のペースだという事だ。
「緊急時じゃないんだから、そこまで急ぐ必要は無いだろう?」
    そのペースだと、必然的に艦内時間を無視して、深夜や早朝にもワープを行わざるを得なくなる。 確かに、至急の帰投を促されている訳でも無いし、その必要は無い。
「…それに、スターシャさんの体調に問題は無くても、サーシャが居る事を考えたら、最大でも1日1度のペースになるんじゃないか…と思うんだが…」
    それも、サーシャの身体に何の変化も無ければ…であるが。 乳幼児の身体の脆弱さを考えれば、それでもかなり厳しいペースかも知れない。
「それだと、地球まで何日掛かる?」
「1ヶ月…が、わずかに切れるくらいだと思う。 余裕を見て、3日に2度だと1ヶ月半」
「…食糧からしても、その辺りがギリギリの所だな」
    古代としては、なるべくなら途上での食糧補給は避けたい所だ。 そうなると、幾ら何でも「新人たちには内緒で」調達…という訳にもいかない。 閉鎖された空間で、食糧が残り少ない…と知られて、無駄に不安を増長させたくは無い。
「じゃあ、俺。 その両方で、再計算掛けて来ます」
    艦長代理と航海長の間での話が、大体まとまったらしいと見て、さっさと太田が立ち上がった。
「頼む、太田」
2人が異口同音で言うのを背にして、太田は第二艦橋に降りて行った。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    過去と現在と、記憶と現実とが曖昧な中でも、確かに…現実の時間は正しく過ぎていて。 わずかずつでも、確かにこの艦は…地球に近付いていて、あの…一つの惑星が終(つい)えてしまった空間からは遠去かっていて。
    離れて行けば行くほど、強く感じる…もう無いはずの惑星の引力。
    拡散に、希薄になっていく…惑星の残骸の場所に。 戻りたい、戻らなければならない…という想いが、無いはずの重力に引かれて凝り固まっていく。
    消えた惑星の向こうに、もう…無いはずの巨大な彗星が在る…ような気がして。 それなら、この艦は──の願った通りに、ほんの少しでも早く地球に還らなくてはならなく…て。

    …誰の、願った通りに…? それは…いつ、だった?

    ほら、また…何もかもが重なって、曖昧になっていく。 一方通行のはずの時間が、流れている方向さえ分からなくなっていく。
    戻りたい。 そして…還りたい。
    この気持ちは、一体…いつの、何処に居た、自分の想いだったんだろう?

        ◇     ◇     ◇     ◇

「サーシャから、デートのお誘いが有るんだが?島君?」
「…は?」
    ごく至近距離から降ってきた守の言葉に、名指された島も含めて第一艦橋に居た全員から、異口同音の間抜けた言葉が返って来た。
    …とは言っても、雪は医務室に。 山崎と真田は機関室の方に降りていて、3分の1はこの場に居なかったが。
「…それ…って、もしかしなくても『子守り』ですか?」
「そうとも言う」
    危機感は全く無いアクシデントから、一番早く立ち直った南部の横からの問いに、島の座席の背に肘を預けたままで守が答える。
「何で、俺なんですか?また…」
正直、今度は他の人間にしてくれ…と思わないではない島だ。
「まあ…そう言わずに、きっちり想像してみてくれ。島」
    そういった、島の当惑した表情を無視して、妙に真面目振った顔をして見下ろして。
「ここに居るお前以外の連中が、慣れない抱き方で、今にもサーシャを取り落としそうになってる図を」
真剣なんだかどうか、分からない事をさら…っと言って。
「…ほーら、怖いだろう?」
    言われて、思わず素直に想像してしまって。
「それは…怖いと言えば、確かに…怖いですが…」
その映像の危なっかしさに、違う意味で怖いな…と思ってしまった島だ。
「だろう?」
    我が意を得たり…とばかり、守はにっこりと微笑(わら)って。
「…という事で、進。 ちょっと、島を『持って行く』からな」
    その言葉を言い終わるまでに、本当に島の二の腕を「持って」引き摺って、既に踵(きびす)を返している…とにかく、素早く遠慮の無い守だった。
    唐突さと突拍子の無さに…全員が呆れて途惑っている中で、やっぱり立ち直りが早かったのは南部だった。
「終わったら、ちゃんと元の場所に戻しといて下さいよー?」

「…あ…のですねっ」
「スターシャは、俺のもんだ」
    下降(お)り始めたエレベーターの中で、見上げる島と見下ろす守と、殆ど同時に。
「…え?」
それまでのやり取りとも、全く脈略の無い言葉に再度島は途惑う。
「だから、お前がスターシャを選ぶ必要なんて無い。 お前は…」
    エレベーターが止まって、開いた扉の向こうに島を先に投げ出しておいて。
「お前が惚れた女を選べば良いんだ」
そのまま、また引き摺って行こうとする。
    …のを、少しばかり乱暴に振り払っておいて。
「…自分で歩けます」
困ったような…拗ねたような顔をして、歩く守に並ぶ。
「真田さん…ですか?」
    答えてくれるとは思っていなかった…答えが返って来るとは思っていなかった相手から、当たり前のように言葉が戻って来て。 それは多分、その人の言葉ではなく…他の誰かの言葉だ…と思ったから。
「そう。 あいつら…テレサの事を思いっきり省略してくれてて、な」
お前の個人的な事だからだと、申し合わせたように完全に…と。
「理由言わなきゃ教えない、と思ったんで…真田は、知ってる」
    それ以外には進も…とまでは言わない、その必要は無い…と感じたから。
「俺なら、スターシャを選んでとっとと還る。 他の…女の気持ちなんざ、構ってる暇なんて無い」
    ちゃんと聞いてるんだろうな…と見ると、さっき腕を振り払われた時と同じような顔をしていて。
「俺は、俺を…待ってくれている女の所に還る」

「部屋に落ち着かない人ね、貴方は…」
    戻って来た守に、微笑いながらスターシャがそう言えば。
「色々、有ってね」
守の方は苦笑しながら、相対した腕の中から娘を抱き上げて。
「悪いが、またすぐ出るんだ」
    その言葉の終わらないうちに、島にサーシャを押し付ける。
「確か…『言葉が通じないから、何考えてるか分からない』って、言ってたよな?」
「…聞いてたんですか?」
守の手を離すタイミングが少しばかり早くて、慌てて抱き留めながら島が訊き返す。
「言葉が通じても…話さなきゃ、何考えてるかなんて分からないぞ?」
    取り落とす事が無い程度に、わざと早く手を離したのだったりする守は、島の焦りように内心満足しながらも、そ知らぬ顔をしていて。
「…って事で、スターシャが何を思ってるか…なんて事は、本人に訊くように」
「え…?」
自分の言葉に、驚いたように振り仰ぐ島は無視しておいて。
「済まないが、こいつの話を聞いてやっといてくれ。 地球人の男が…どれだけ、馬鹿なのか分かるから」
今度は、それまでを黙って見ていたスターシャに話し掛けて。
「…ええ」
    忙(せわ)しなく、会話の相手を切り替えていく守の様子と、その言葉に苦笑しながらも、スターシャは頷いた。
「頼むな、スターシャ。 こいつ…本っ当に、馬鹿だから」
「…そんな事を、念押ししないで下さいっ」
ちょっとばかり荒いだ島の声に、抱かれているサーシャがきょとん…として目を見張る。
「ああ…そうそう、忘れる所だった」
    意図的にそこまで黙っていたくせに、今頃思い出したかのように。
「スターシャには、何にも話してないんで。 きっちり、一から話さないと通じないからな」
白々しい言葉を残して、守は…また部屋を出て行った。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    廊下に出て、さて…どうしようか…と。
「用が済んだら、元に戻しとけ…と言われてるしな」
いや…何も、南部の冗談口を間に受ける必要は無いのだが。 「客人」として扱われている身では、あまり行く所が無いのも実際。
    見知った顔が幾つも在るからこそ、第一艦橋に勝手に出入りしてみせたりしているが。 「部外者」に行動制限が掛かって然るべきなのが、戦艦…というものの内部である。
    昔、軍籍に有って、一艦を任された経験の有る身としては、それが本当は「客人」の取るべき行動じゃない事は、分かり過ぎるほど分かっている。 今は無い軍籍をまだ在るかのように、誰もが…自分自身も含めて何となく、誤認識しているままの状態に甘えているだけだ。
    そのまま、ドアを背にして座り込む。
    結局…何もする事が無くて、暇なんだな…と。
    それが、悪いとは言わない。 もし…この艦内に、自分の「仕事」が何か有って。 その忙しさに取り紛れていたとしたら…多分、島はそんな自分を捕まえてまでは…何も言わなかったと思うから。
「暇も、たまには…してみるもんなんだろうな」
    自嘲気味な軽い溜息と共に、自分を慰めるそんな言い訳を…一つ。

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Last Update : 20040319
Tatsuki Mima