次第の性急さに追い着けなくて…置き去りにされてしまって、どうして良いのやら全く分からなくて。
スターシャの声に、取り敢えずは座れ…と椅子を勧められてしまうまで。
自分が、守が消えたドアをずっとそのまま見送っていた事にさえ、島は気付けないでいた。
改めて途惑うのは、全く何も知らないのだと知らされた人間を相手に、訊け…だの話せ…だの言われてしまった事。
島にしてみれば…命令に等しく、相当な強制力を以って。
「守は、私に何を答えろ…と?」
スターシャの、恐らくは事情を知らないからこその微笑みに、否応無く促されて…本当に、仕方なく。
「ええ…正直、後悔が無かったとは言いません。
イスカンダルは、私の生まれた惑星ですから」
でも…私だけの惑星でもなかったのですから…と。
「居たかった…ですよね、ずっと…」
自分の生命の終わるより先に、地球が失くなる事など…やはり、どうしても考え付かない身には、そんな言葉も追従(ついじゅう)でしかなく。
「居られなくなったのなら…それを願っても、詮(せん)無い事でしょう?」
「居られなくなったんじゃなく、居られなく…したんですよ?」
イスカンダルは、ヤマトが撃って。
テレザートは、テレサが…恐らくは…自分の為に。
自分の言葉と感情に、島は自分がどんな表情で居るのか気付かないでいて。
申し訳無さや痛さ、途惑い…などの多く抱え過ぎて、困惑し切った表情に。
「何処かで…『イスカンダル』を見ましたか?
私が、ガミラスの崩壊を空に…間近に見たように」
スターシャの賢(さか)しさが、問いとなって口を出る。
不意の正解に、島は返す言葉を見付けられなくて。
「…そうなのでしょう?」
「…そうです」
重ねての言葉に、問い掛ける瞳から視線を外しながら、やっと肯定だけを口にして。
「やっと、守の言った意味が分かったわ」
困ったような笑顔を、誰に見せるでもなく。
「…その惑星に住んでいらした方には、訊ねる事が出来なかったのですね?
だから…私に、その方の代わりに答えてやれ…と」
それならそうと、先に言えば良いのに…と。
恐らくは、この場に居ない守に対して苦笑してみせて。
「…先に、一つだけ答えておきますね?」
自分の言葉に、島が顔を上げるのを待って、それから端然として微笑んで。
「私は…もう、イスカンダルの人間ではないのです。
守に…夫に従って、これから地球に『還る』のですから」
「地球に…です、か…?」
ふ…と思い出す、地球に…居るはずの彼女を。
「ええ」
しかし、また…すぐに混濁する記憶と現実。
相対するスターシャの声に、現在という時間だけは…今は、確かで。
「イスカンダルを…捨てて…?」
「いいえ。
捨てた訳ではなく、地球を選んだだけの事です。
イスカンダルが…在るかどうかには、関わりが無く」
イスカンダルという惑星の消滅が、それを後押ししたのは確かだけれども…と、言葉を継ぎ足して。
「本当は…守を愛した時点で、地球の方を選んでいた…のでしょうね」
共に生きる者の生まれた惑星…という慕わしさと懐かしさを以って、等しい意味でそこもまた故郷なのだと。
ただ…今までそこに「還って」はいかなかったと言うだけの事で…と。
愛した人間の生まれた所、棲む惑星が、また故郷だと言うのなら。
「棲む事も…暮らす事も無く、その惑星を失った…自分は…何処に還れば良いんですか?」
戻る事も、留まる事も叶わなかったままに。
一度は選んだ「故郷」を、見失ってしまった…自分は?
「…地球に、お帰りなさい」
とても静かに…とても、優しく。
「地球は…変わらずに、そこに在るでしょう?」
何も事情を知らないから、一般的に、普遍的に。
「そこには愛したものを残して、ここに居るのでしょう?」
何という名の惑星かは知らず、その惑星と共に…生命を失った人…愛していた女性が居たのだろうと思って。
確かに、あの時にはそうだと思われていたし、島もそう思っても居たが。
実際には…生き延びて…地球に居るのだけれども。
「地球には…愛してくれる人も、待っているのでしょう?」
そうとは知らないから、家族や友人…といったものを考えながら、そう言って。
「ほら…貴方にはまだ、還るべき所が残されているのですよ。
…そうでしょう?」
在り来たりな、表面だけの慰めでしかない…と、スターシャは力無い身を悲しく思いながら。
それでも真摯に、とても…優しく。
◇
◇
◇
◇
「…何をしてるんですか、そんな所で」
ドアの前に座り込んでいる長身の男は、如何にも出入りの邪魔をしていた。
「休憩」
「場所を選んで下さいよ…蹴りますよ?」
しれ…っとして、座り込んだまま見上げる守に、実際にさっき躓(つまづ)きそうになった島だった。
「守…それでは、通れないでしょう?」
当たり前だが、室内のスターシャからも姿は見えるし、声も聞こえる。
守を諌(いさ)める声は、明らかに苦笑しながらのもので。
「話は…終わったのか?」
スターシャのそんな言葉に、面倒そうに立ち上がりながら守が島に問えば。
「見ての通りですが」
守が部屋を出る前に押し付けたはずのサーシャを、その母親に返してしまって空手の島が答えた。
「じゃあ、元在った場所に戻して来るとしよう」
言いながら襟首を押さえられて、息苦しさに身体を捻(ひね)ってその手から逃げながら。
「何なんですか…それ…?」
「お前を『持って来た』時に、南部に言われた」
他人の顔と名前に関する記憶が早くて確かなのは、他人の上に立った事のあるものに共通する能力。
「『禁帯出』の札は無かったからな、司書も止めなかったし」
「図書館の本か、ディスクですか?
俺は…」
呆れたような口調でも、苦笑を返してみせる島の様子に。
取り敢えず…スターシャと話させた事は、間違った判断ではなかったらしい…と、密(ひそ)やかに安堵して。
「…で、どっちを選ぶ?」
答えを急がせるべきじゃないのかも知れないが、次のワープまで…それほど時間が無い事も、事実。
「どちら…も選べません」
「…あ?」
急がせた理由など意に介していないような、中途半端なままの言葉に、思わず訊き返す。
「今、何処に居るのか…分かりますか?」
折角、歩き始めた所をまた、立ち止まって…守を見上げて。
「地図上の座標なら…分からないぞ?俺には?」
何を問いたいのか掴めずに、また当り障りの無い答えを島に返すしかなくて。
そう…と答えながらも、質問の意図する所に途惑う守だ。
「今は…いつなのか、分かってますか?」
そこまで来て、ようやく質問の異常さに気付く。
それからやっと…島にとって、記憶が無いという事態に否応無く省略されてしまった時間が有った事に思い至る。
ちょっと…待てよ…。
こいつが一番、混乱してるのは…時間、か?
2年前の自分と、冥王星とイスカンダルの間に…全く何も無い自分と、同じように。
だとしたら…もし、イスカンダルの消滅が「追体験」ではなく…テレザートの消滅の「体験」だとしか思えていないのだとしたら。
島は…まだ、それから1度も「地球に戻って」ない…って事か?
「お前は…いつだ…と、思ってるんだ?」
俺や…スターシャを目の前にしていながら、サーシャを腕に抱いてまでいながら、再びイスカンダルに来た事が…「現実」として理解出来てない…って事か?
「今、は…」
泣き出しそうなくらいに困った顔をして、返答に窮している島の様子を見て取れば…もう、それ以上訊く必要などは…無かった。
正直、また来たのか…と思った古代だった。
ついでを言えば、真田もそう思った。
「…島さんは?」
一番エレベーターに近い位置に座している相原が、きょとん…として訊ねるでは無くそう言って。
「元に戻しといてくれ…って、言ったじゃないですか」
南部が、丁度真後ろを過ぎようとする守を仰ぎながら言った。
「1週間や10日は、貸出期間のうちだろう?」
そんな南部の冗談口は、同じ冗談口であっさり斬り捨てて。
「そんなに借りられたんじゃ、こっちが困りますよ」
「島以外に、操舵こなせる奴が居ない訳じゃないよな?」
太田の本気で真面目な苦情は、正論で一蹴した。
「それは、まあ…そうですが…」
現に、現在操艦しているのは、北野だったし。
離着陸やワープといった特殊な状況でさえなければ、この場に居る全員、上手下手は抜きにして一応は出来ない事でも無い。
「おい、真田」
守の、見憶えの有る仕切りよう…ゆきかぜの艦長だった頃の真剣さに。
「…何処に、付き合えば良いんだ?」
真田は、守にそれ以上言わせないで、さっさと立ち上がる。
「…他が居なきゃ、何処でも良い」
「じゃあ…俺の部屋、だな」
勝手に了解し合って立ち去ろうとする2人に、自席から立ち上がった古代だったが。
「お前は、艦を仕切ってろ」
弟に、自分を呼び止める事さえさせないで、そう…きっぱり言い放った。
◇
◇
◇
◇
「島は、どうした?」
「部屋に放り込んできた」
問うてくる真田に、あっさりと答える守。
「…読み間違えてたぞ、俺たちは」
「古代…は、良いのか?」
「ここまで来たら、あいつは騒ぐだけで…邪魔なだけだ」
背景と経緯(いきさつ)が良く分かっていて、事が…友人の事だけに、冷静さを失くす事が目に見えているから、弟はわざわざ置いてきた守だ。
廊下では、そこまで。
真田の部屋に辿り着いてから、やっと…その続きを。
「部屋に…という事は、思ってた以上に…状態が拙い…という事だな?」
「そういう事だ」
ドアを背にして立ったまま、軽い溜息を一つ。
「…どういう状態だ?」
無駄な椅子が無いから、ベッドを指し示しておいて。
真田自身は、机の前に椅子に腰を下ろす。
「島は…彼女は惑星の消滅に巻き込まれて死んだ…と思ったまま、地球に戻ってない…かも知れない」
その通りに、遠慮無く座りながら。
「徳川さんも死んでないかも知れないし、下手したら…沖田さんも生きてる」
そして、もう一つ…溜息を。
「沖田…艦長?どういう事だ?」
出て来るはずが在り得ないような名前に途惑いながら、真田は重ねて訊ねた。
「どうもこうも…お前が今、聞いたまんまだ。
イスカンダルの無くなった『今』じゃなく、島が…俺とスターシャの両方を見てるのは…いつだ?」
理解出来ない…では無く、理解しにくい…といった複雑な表情に。
「お前にだって…憶えが有るだろう?
目覚めた時に…進み過ぎていた時計の針を、巻き戻そうとした経験が」
ほんのわずかに躊躇(ためら)いながらも、そう畳み掛けた。
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Last Update : 20040319
Tatsuki Mima