「現在」を現在として、正しく認識出来ている…らしい自分と。
「現在」が現実として、どうしても理解出来ていない…自分と。
どのどちらも、疑いなく…自分自身。
間違いなく…同じ人間。
だからこそ、余計に惑う。
何よりも、誰よりも。
現実で、一番最初に信じられるはずの自身の存在が。
何よりも、誰よりも…今、一番…信用ならないから。
右に、左に。
不規則な速度で、どちらにも。
そして…勝手に、廻る事を止めてしまう…時間。
時間の経過に従って、正しく積み上げられていく過去、その通りには積み重ねられていかない記憶。
現在を過去に転じていく「時間」が狂った時、記憶が現在に転ぜられて、現実が夢に転ぜられていく。
そうして…夢と未来が、行き場を失って迷う。
ここは、地球じゃない。
今は…艦の中。
それだけが、惑う事なく憶えていられる事。
針路は地球に、その為の操艦。
それだけは変わらない、間違いようの無い現実。
天球に光無く、足下に闇。
何処に居て、顔を向けている方角さえ知れなくて、迷う。
何に…迷い込んでいるのか、それさえも見定められないまま、惑う。
◇
◇
◇
◇
毎夜の睡眠より、遥かに永過ぎる時間を一度に見失って。
「…分かった、それ以上言わなくて良い」
忘れるつもりの無い、忘れる事なんて出来ない。
だが…出来るなら忘れてしまいたい記憶が、痛い。
「俺だって…言いたかない」
そう…と承知で言った方も、それ以上に…痛い。
申し訳無さを、目の前にしている問題への溜息にすり替えて。
「スターシャと…話させたのは、拙かった…かな」
…と、恐らくは真田にさえ聞こえなかった独り言を。
しかし、それが無ければ…状態を見誤ったまま、こう…とは気付けなかった訳で。
「痛し痒し…だな」
それだからこその、溜息。
「それなら…時間の経過以外に、何も…手出し出来ないぞ?」
「分かってる」
経験が有るからこその真田の言葉に、憶えが有るからこその守の返答。
周りの声が耳にまで聞こえてこなかった経験と、時の流れに納得出来るようになった記憶と。
「島の場合は…簡単な方だろう。
地球に戻れば…戻って、彼女に逢えば…恐らく、混乱は消える」
その生存を見たはずの恋しい女を、縺(もつ)れた時間に「死なせてしまった」時のままで居るのだから。
「しかし…古代」
守の言葉に、納得は簡単に出来てしまっても。
「地球まで島を、部屋に置いておく訳にはいかないぞ?」
決して承認は出来ないでいる、真田。
「この平時に、訓練中の新人ばかりで、操舵手の不在が…拙い事は分かってるだろう?」
そう…戦時なら、まだ誤魔化せる。
負傷も…死亡も、在り得る事だから。
だが、ただ目的地への航海を果たしていくだけの時に、操舵の長が姿を見せないのは…不安を煽るだけ。
「そういうのは、お前が何とかしろ」
真面目な顔をして、当たり前のようにさら…っと言い捨てて。
「お前の頭脳(あたま)と口は、他人を丸め込む為に有るんだからな」
「…古代。お前、俺を…何だと思ってるんだ?」
友人の、不機嫌そうな問いも。
「折角、脅しの効く見目と上背に生まれたんだ。
せいぜい、有効に利用しとけ」
そう言う自分自身にも当てはまる言葉で、蹴り飛ばす。
この部屋に入ってから、何度目か…の守の溜息。
まだ…この後、どれだけ吐き出さねばならないのか、それも分からない。
「真面目な話。
あの心理状態が、他に伝染(うつ)ると…拙いぞ?」
閉塞した環境に、水面の波紋の如く。
1人の感情が次々と伝播して、全体として同じ狂気に転がっていく事など…実際に見知っているから。
「実戦に放り込まれたばかりの、新人(ガキ)共に…じゃなく」
それが往々として、流血と死に到達する事を、嫌というほど承知しているから。
それの…最たるものが「戦争」なのだと、もう…飽きるほどに気付いているから。
「お前みたいに…無駄に、他人の死んでいくのを見過ぎた、戦いに運悪く『生き残っちまった』連中に…だ」
生還出来た事を、運が悪かったと。
何故、自分が生きているんだろう…と。
一度…以上はそう考えてしまった、守と同じように。
「俺は…正直、引き摺られそうだぞ…?」
◇
◇
◇
◇
…だから…分かっている。
もう…過ぎた事なのだと。
…だけど…分からない。
本当に…終わった事なのかどうか。
時間の行き惑う迷宮に彷徨(さまよ)って、歩き疲れて。
幾つかの現実と夢と、記憶の境界を潜(くぐ)り抜けて。
自身の存在する時空を見失って、迷って。
「もし…迷子になったら歩き廻ったりしないで、大人しく…迎えに行くのを待っていなさい。
…良いね?」
そう言えば…子供の頃に迷ったというような、そんな記憶は無く。
今まで憶えてはいても…役立った事の無い、そんな言葉。
自分が迷っているのだと気付かずに、もう…どれくらい歩き廻って、尚更に迷ったんだろう。
誰かが…捜してくれているかも知れない事にさえ、気付けないで。
惑っている自分を諦めて、認めて、立ち止まって…座り込んで。
まだ…誰かは、自分を捜していてくれている?
まだ…今から誰かの迎えを期待していても、それは…叶う?
◇
◇
◇
◇
思い返せば、妙な計画性とその実行力は有る奴だった。
「分かった…何とかしよう」
有無を言わせない圧(お)しの強さに、その細かい部分を…自分が組む事を半強要されるのも、以前からの事。
「…古代にはどうする?」
「言っただろう?
進は、もう…逆に邪魔だ、と」
他人の実力だの状態を、意外に的確に読める事も同じ。
「理由も付けずに…は、幾ら何でも無理だ。
『体調』不良だとは、伝えて良いな?」
脚を引っ張る…と判断すれば、自分自身さえ切り捨ててしまえるほどに。
そうして、一度は…還らない事を決めてしまえた…ほどに。
「その辺の…言い逃れは、お前に任せる」
守と居ると、つくづく…自分はサポートに廻る方が向いているんだろう…と、思い知らされる真田だった。
「佐渡先生に、協力してもらう。
…異存は在るか?」
「無い、任せる」
出航直前まで島が病院に居た事など、古代を含めて第一艦橋の人間なら知り過ぎているくらいに分かっている事。
それを理由に持ち出す事が出来たなら、誰もさしたる訝しさは感じないはず。
上位に位置する人間を納得させる事が出来たなら、その下位に位置する者たちを納得させるのは容易(たやす)い事。
「フォローには廻れよ?」
「当然の事を、今更訊くな」
◇
◇
◇
◇
疲労感に、意識が眠りに墜(お)ちていこうとする。
眠ってしまって…見る夢に、また…もう一つ惑う。
眠りから目覚めた「時間」が、現在なのか記憶なのか…と、その事にまた…迷う。
途惑っているうちに、また…きっと「今」に置き去りにされていて。
「赤い地球」を背にして、深紺の宙(そら)に「彗星」を…夢に見る。
漆黒の空間に彼女は消えて、青い地球に彼女が…待つ。
「青い地球」に居て、空に「今は無い彗星」を探す。
荒涼とした惑星に彼女を見て、広漠とした空間に彼女の声を聞く。
漠然とした恐怖感に、意識が眠りから逃げ出そうとする。
誰かが、縺れた時間を梳(す)いている。
それは、決して…自分ではなく。
梳(くしけず)られて、揃えられていく記憶を…ただ眺めている。
淀んだ時空に留まっている事が、普通で無い事は承知しながら。
生温(なまぬる)いこの場所が、居心地悪く…居心地良く。
このまま、ここに居てもどうにもならない、何処にも行けない。
何も…起こらない。
誰にも…探してもらえない、見付け出してはもらえない。
だけど…ごめん…眠くて、今は。
もう…今は、ここから…動けない。
▲ |
<前頁
Last Update : 20040319
Tatsuki Mima