逃げて…そう、逃げるのです。ズォーダー。
貴方の生命の為ではなく、地球とヤマトが…私の能力の影響を逃れる…遠くまで。
その2つこそが…何よりも…何よりも私が、護りたいものなのだから。
能力の解放に弱った身体が耐えかねて、ともすれば闇に落ちてしまいそうになる意識を、まだ…必至に保っているのは全て…それだけの為に。
護りたいものを…護り通してみせる為だけに。
◇
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見慣れぬ部屋の設(しつら)えに…途惑う。
見慣れぬ場所に居る…という事にではなく、それを今…横たわって仰ぎ見ている…という事に。
死を当然として解放した…自分の能力に、この身さえ…喰い潰されてしまっているはずなのに。
未だ…生きているらしい、自分自身に。
では…私は、護り切れなかったという事…?
生命を賭してまで、あれほどまでに護りたいと願ったものを失って、その代わりに生命永らえてしまった…という事?
それでは…何の意味も…無い。
哀しさよりも、口惜(くや)しさに。
顔を覆ってしまおうとして引き寄せた腕を…何かが、わずかに引き戻す。
そ…っと腕を、今度は顔を覆う為ではなく持ち上げてみて、自身の腕にまとわり着く…管を見る。
それの意図するものは…自分にも分かる。
何らかの…治療。
…自分を…誰が?
何の為に…誰の為に…?
「気付かれたんですね。
ご気分は、如何です?」
不意に降って来た言葉に遅れて、視界に入って来たのは、落ち着いた優しい微笑みの女性。
まだ、持ち上げたままだった腕を、優しくそっと引き下ろす。
「…ここは?私は…どうして?」
咽喉(のど)に言葉が引っ掛かっていくようで、上手く話せない。
それだけ訊くのにも、ひどく疲れてしまう。
それなのに、彼女はくすくすと笑って。
「あ…ごめんなさい。
そう言うだろう…って聞かされた通りに、貴女が訊くから…おかしくて…」
言いながら、もう彼女は笑い収めていて、真面目な優しげな顔に戻っていて。
「テレサさん?
佐渡先生からの伝言を伝えます、良く聞いていて下さいね?」
自分の名を呼ばれた事に、少しまた途惑いながら。
それでも…聞かなければならないのだ…という事だけは、良く分かって軽く頷く。
「ここは、地球です。
貴女は、ヤマトでここまでいらっしゃいました」
地球…という言葉に身を起こそうとして、肩を優しく押さえられる。
彼女は静かに首を振って、無言で寝ていなさい…と促して。
「島さんは、ご無事でいらっしゃいますよ」
その名前に、また同じ事を繰り返そうとして、やはり同じように留(とど)められる。
「先日、退院なさいました。
お元気ですから、安心なさって下さいね?」
その言葉はもう、伝言ではなくて。
ただ、自分だけに彼女自身からの言葉で。
とても…優しくて。
「ヤマトは今、訓練航海の最中です。
予定が少し延びたらしくて、まだ戻って来る日がはっきりしませんけど」
それまでに快復して驚かせてあげましょう…と、彼女は微笑んで。
…嬉しくて。
ただ…嬉しくて。
護りたいと思ったものを、護る事が出来たのだ…と知らされて。
そのうちの一つは、今自分がそこに居る…という事で目の前に存在していて。
残るものを今すぐに目に出来ない事は…多少恨めしくても、間違いなく在るのだ…という事は、それ以上に嬉しくて。
それも…どうした弾みか、自分はまだ…生きている。
護る事さえ出来たならそれで良い…と思っていたもの全てを、また…この目にする事が叶う。
何よりも…何よりも、誰よりも。
「また…逢える…」
もう一度、この姿を見て欲しいと願った瞳に。
もう一度、この名を呼んで欲しいと願った声に。
慮外の現在、望外の…未来。
否、未来は…並んで歩く未来は無くても構わない。
また、もう一度だけ逢う事が叶って。
護り切れたという事さえ、この目に見る事が出来るのなら。
生きて在ってさえ居てくれるのならば、それだけで…他には何も望まない…と、あの時思っていたのだから。
◇
◇
◇
◇
人を…待つ時間は、永い。
痛いほどに。
訪ねて来る人など…居るはずの無い惑星で、たった独りで。
来るはずの無い…誰かの訪れを、待ち暮らした時が在るから。
応えてくれる誰かが居るのか…どうか、分からない祈りを発し続けた時も在るから。
だから…願いながらに、失望し続けた時の永さに。
そんな事を最初から、諦めてしまえるほどに…波立たなくなってしまった期待。
愛する人を…待つ時間は、永い。
永過ぎて…いっそ、壊れてしまえそうなほどに。
誰も居ないはずの惑星に、そんな誰かを…たった1人を。
在り得ないと承知しているはずの…そんな存在を、待ち侘びた時が在るから。
返してくれる誰かが居るのか…どうか、分からない想いを抱き続けた時も在るから。
だから…恋い慕いながら、裏切られ続けた時の永さに。
そんな事も、最初から捨ててしまえるほどに…振れ動く事を忘れた琴線。
愛する人の帰る事を待つ時間は、やはり…永い。
たった1秒が、1日にも思えるほどに。
逢いたくて、逢えなくて、逢わないでいる時間の永さに…焦燥を。
話したくて、声を聞きたくて、呼ばれる事の無い自分の名前に…寂寥(せきりょう)を。
それなのに、そんな時間が…とても楽しい。
矛盾した自分の感情に、自身が狼狽(うろた)えてしまいながらも。
そんな途惑いにさえも…落ち付きなく、ときめいて。
来る…と。
戻る…と、信じられる人を待つという事が。
想いを受け止めてくれる、返してくれる…と信じられる人の居るという事が。
…どうしよう…。
これほどまでに…泣きたくなるまでに、こんなにも…嬉しくて。
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Last Update : 20040326
Tatsuki Mima