喜んで良いのか、悪いのか。
第11番惑星の件で、追承認された形になったとは言え、出航の経緯はあの通りの経緯で。
それが「叛乱」と呼ばれる事は承知で出航(で)た事で、そんな責任の所在追及は免(まぬが)れ得ず。
また…そうでなくとも帰還後に掛かる当然の処理と、戦後の処理と。
ああいう形で出航たからこそ…戦死者とその遺族に対して…申し訳無く、それを詫びて廻る事に、古代は忙殺されてしまっていたから。
島とテレサが…一番、きちんと説明立てて話さねばならない2人が揃って、未だ…目覚めていないのは…少しばかり、有難くて。
そうかと言って、無責任に愚痴の一つや二つ…言えて。
それを無条件で聞いてくれるはずの友人が…居ないのは、少しばかり…きつくて。
今日も…ガラス越しの、まだ目覚めない友人との対面に、溜息を一つ。
そして…腹立ち紛れに、その窓の下の壁を蹴る。
◇
◇
◇
◇
失血甚(はなはだ)だしい事など、古代や雪の話を聞かなくとも医師なら診れば分かる事。
普通ならば、緊急的に輸血を行うべき所。
しかし…安易にそれが適わない。
地球人への輸血が可能だったからと言って、その逆まで可能なのかどうか…分からない。
治療のつもりで…殺してしまったなら、それは…意味が無い。
生命反応(バイタル・サイン)は、限りなく…弱い。
だが、まだ間違いなく生きている。
積極的な治療に踏み切れない事に、医師としては苛々としながら。
しかし、佐渡は飄々(ひょうひょう)として。
「ま、なるようにしかならん」
…それも、確かにその通り。
極論を言うなら、テレサが助からなくとも…良い。
島…の生存が確定的だというそれだけで、古代にとっては既に…有難く喜ぶべき事。
「しかし…ですね、先生…」
だが、島が生きていける事がほぼ確定的であるなら、それだからこそ…尚更に。
他の誰の為でもなく…その友人の為だけに、テレサにも…生きていて欲しくて。
「出来ん事は、何もやっとらん。
…が、やる事はちゃんとやっとる」
佐渡にも伊達に、古代と付き合ってきた期間が在る訳じゃない。
「生きとって欲しいからの、テレサには。
…島の為にも」
無駄に、それまで生きてきた訳でもない。
「じゃが、地球上では…誰も、これ以上の事は出来ん。
それだけの事じゃい」
そうして、一杯…酒を引っ掛ける。
結局古代は、自分が医学的な事にはただ無知で、無力なのだと痛いほどに…知るしかなく。
「お前さんはただ、島の生きとる事を喜んどったらええんじゃい。
…今は、な?」
「はあ…」
諭されて…恐らくは宥められて、何も出来ない自分への失望と、任せるしかない情けなさにそこを出ようとして。
「テレサが…もし死んだら、わしの責任じゃからな?
お前さんの所為でも…島の所為でも無いんじゃぞ?」
ドアの閉まり際に、佐渡がもう一杯酒を呷(あお)っているのが…見えた。
一度に何もかもを知りたがる島を宥めながら、少しずつ…古代は話していった。
まだ、分単位での面会しか許されていなかったから。
そんな事を理由にして。
島が何よりも一番に知りたがっている、自分の今生き延びている訳を。
話の順序があるから…と、無理矢理のように古代は先延ばしにして。
そして、病室の島の目の前に、古代の言葉の中で。
毎日、戦況は仕方なく流れて行き。
そうして…毎日、誰かが…呆気(あっけ)無く死んでいく。
わざわざ雪と待ち合わせてから、訪ねた何日目か。
「馬…鹿っ!落ち着け、島っ!」
驚くくらいの素早さで、ベッドから飛び降りてしまおうとした島の腕を掴んで、乱暴なくらいにその肩を抱えて押さえ込んで。
「…大丈夫よ、古代君」
島の身体に絡み付いている、点滴や医療機器との接続が外れていない事を確認した雪の言葉に。
泣けそうなくらいに脱力しながら、どうしようもなく深く…安堵の溜息を…大きく、長く。
これを予想出来ていたからこそ、先延ばしにして来たのだし、わざわざ雪を連れて来たのだったから。
「何日も寝たままだった奴がいきなり走っても、どっかで転ぶのがオチだろうが…っ」
ふざけたようにしか聞こえないかも知れない、それでも真剣に…泣きそうな顔に。
「…悪い…古代」
それは…見なかったというように、わずかに視線を外しながら。
見たくない…というように、その前髪を押さえて崩してやりながら。
自分の腕に、反発してくる力を感じなくなってやっと、古代は島を押さえていた手を放した。
「今度は…まだ、時間が有るんだ。
だから…」
「大人しく養生して、俺に許可が出てから…逢いに行く。
それなら…良いんだろう?」
逢いたい…逢えない焦りをわずかに残しながらでも、仕方無さそうに笑って答える島に。
やっと…古代は、本当に安心して。
「ねえ…古代さん?テレサの事って、どうなってるんですか?」
いつの間に、誰に頼んだのか知らないが。
病室に端末を持ち込んで、院外に一歩も出ていないくせに、下手をすると古代より外部の情報に詳しい相原が、そんな事を訊く。
「どう…って、何が?」
「だって…ヤマトだけで、彗星帝国を倒した事に…なってますよ?」
確かに…それが、一般的な「終戦」の事情としてまかり通っている。
「僕たちは…歯が立たなかったじゃないですか。
あんなに…死んだのに」
少しだけ悲しげに、ものすごく…厭(いと)わしげにそう言って。
「古代さんと雪さんから聞いたような話が、外部(そと)に流れてない…のは何故なんですか?」
意外と厳しい語調の、相原の追及。
「だって…僕たちは、何も…出来なかったじゃないですか…」
決して…古代を批難している訳ではなく、その生存者の1人として「英雄然として」祭り上げられてしまっている自分自身への嫌悪からの、真剣な問い。
「司令部が…長官が、伏せてるんだよ。
テレサが…まだ、眠っているから」
既に、テレザート上空からの通信で、司令部にテレサの存在は知られている。
今更…隠す事も、隠そうとする事も適わない。
そして、その暮らしていた惑星が既に失い…事も。
経緯がどうであろうと、現にヤマトが彼女を地球に連れ戻ってしまった事も、紛れも無い事実。
棲む惑星を失った女性は、何処で生きていく?
結果的に、地球を救う発端となった女性を…地球は追い出してしまう?
彼女がもし、今後を地球に暮らすというのなら。
その能力を知られてしまうのは、彼女の生活を騒がしくするだけ。
ましてや、その能力の発露が地球という惑星の為だけではなく、そこに生まれた…たった1人の男の為だったのだと知られてしまうのは、尚更に。
「…バレてるんですか?
その…島さんとテレサの事…が、司令部に」
「長官には、な。
話の喰い違いを突かれて…仕方なく」
だからこそ、その一存だけで伏せられていた。
テレサの意思を…確認するまでは、と。
その間に、それが周知の「事実」にすり替わるだろう事を…内心、承知しながら。
◇
◇
◇
◇
訓練航海が決まって、誰よりも一番に途惑ったのは…古代。
目覚めた島に、一部始終を話して聞かせてからまだ、何日と経っていない時。
テレサは一時期より、安定の度を増したとは言え…まだ目覚めない。
まだ…生きられるのかどうか、それも分からない。
ヤマトの修理も、未だ途中。
島の復調が間に合わず、もし乗らない…となれば、他の誰かに操舵を任せるしかなく。
波動エンジンを知り尽くした機関員は…たった2人しか生き残ってなく、補充も…難しく。
「航路は、俺が組みますよ。古代さん」
退院の早かった太田が、横から航路計画表を引っ手繰(たく)っていった。
「ちゃんと…航海長が乗務出来る場合と、出来ない場合の2パターン考えときますから」
仕方無さそうに苦笑しながら…そう言って。
「じゃあ、俺は砲術訓練計画の方ですね」
…と、こっちは勝手に退院した南部が、これまた…当たり前のように言ってのけて。
「太陽系内での実弾使用許可取るのって、手続が面倒なんですよねえ」
そう言いながら、けらけらと笑う。
「怪我人は、大人しくしてろよ」
実は一番重傷で、治り切ってない事を知っているから、計画表を奪い返せば。
「大人しくしてますよー?俺。
何たって、脚やられてて走れませんもんねえ」
その実、鎖骨も肋骨も折れっ放しで、喋る…どころか呼吸する事から辛いはずなのに…また笑う。
「古代さんは、艦載機隊の方でも考えてて下さいよ。
1人で全部やろうとすると…潰れますよ?」
少しばかり真面目な顔をしてそう言って、もう一度古代の手から砲術関係の書類を取り返す。
「ああ…模擬白兵戦は、ナシにしといて下さいね。
俺、手伝えませんから」
思い出したように振り返って、南部はそう言い残して。
わずかに脚を引き摺りながら、やっぱり…笑いながら。
歩く事を、病室を離れる事を許可されて。
以降、島は…病室に居付かない。
逆を言えばその行く先が決まっていて、分かり切っているから。
主治医も看護師も…誰も止めない。
「俺の来る時間くらい、病室(へや)に居ろよ。お前は…」
ただ一つ言うとしたら、どうしても空調が効きにくい廊下に長居するのなら、上着くらいきちんと着て行け…と。
「ああ…済まない」
投げ付けられた上着と、古代の言葉と。
その両方に対して、そう島は返した。
ガラスの向こうの佳人、記憶以上に…白い肌。
「…乗るか?」
訓練航海まで後5日、島の退院までは…後3日。
出航が決まってすぐ、一応それとは伝えたが。
今まで、その答えは…聞かないできた。
島の体調がまだ完全ではない事が、一つ。
この状態のテレサと…島を引き離す事を躊躇(ためら)う気持ちが、もう一つ。
目覚めてくれると分かっているなら、それほど迷わない。
島が…どちらを選んだとしても、いずれは逢う事が叶うから。
目覚めないと…分かっているなら、それも迷わない。
島を地球に残して行って、その死の瞬間まで傍に居させてやれば…済む事だから。
まだ…分からないから、迷う。
もし…万に一つ、島がここに居ない間に…死んでしまったとしたら、それが…何よりも怖くて。
他の何でもなく、そうなってしまった場合の…島の感情が…怖くて。
「当たり前の事を、今更訊くなよ」
ガラスに、片手を突いたまま。
「お前に、訓練される航海士が可哀想だろう?」
苦笑しながら。
「この間…思ったんだけどな。
お前、訓練学校時代より操艦…下手になってるぞ?」
そこから先は…我慢しかねて、本当に笑って。
「滅…多にやらないんだから、仕方ないだろっ?」
…良いのか?
「それを言ったらお前だって絶っ対、砲術も戦闘機戦術も下手になってるに決まってるんだからなっ!」
本当に…ヤマトに乗り込んで?
「お前と、俺を一緒にするなよ」
そうやって…俺と笑っていて、本当に良いのか?
…と、古代は笑ってみせながらも、そう思っていた。
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Last Update : 20040326
Tatsuki Mima