Wandering:03

NovelTop | 第三艦橋Top

「…地球に…ここに、居させて下さい」
    他人から改めて、問われてしまうと…少し躊躇(ためら)ってしまう。
「いえ…ヤマトが戻って来るまで、もう一度…逢えるまで…で構わないんです」
しかし、間違いなく自分の気持ち。
「それまで、地球に…居させて下さい」
    そんな言葉に、テレサと対面した相手は静かに頷いて。
「私には、大した力は無い。 …が、私は貴女が、地球を本当に救って下さったのだ…と、知っている。 その感謝は述べねばならないし、その恩には報いねばならない」
年齢に似合った、低く静かな物言いに。
「本当に貴女は、心からそれで…それだけで良いと?」
…重ねて問われて。
「居させて…下さい…」
    思い出したように、口を突いて出る言葉。 堰(せき)を切ったように。
「ずっと…地球に、ずっと…居させて下さい」
待つ人の恋しさに、その人を待つ事の…嬉しさに。
「ずっと…地球(ここ)で、あの人の…還るのを…待たせて下さい。 お願いします…」
今度こそ、間違いなく…正直で素直な…自分の気持ち。
    そこまでを聞いて、ふ…と優しげに微笑んで。
「承知しました…私に、任せて戴きましょう」
そう約束して、藤堂は病室を辞した。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    毎日少しずつ、色々な事が知れていく。
    地球の今、そして昔の事。 ヤマトの事、その過去、その乗員の事。
「見て、見てっ。やっと、千羽になったんだよっ」
それから…島の事。
「本当は、大介兄ちゃんに折ってたんだけどね。 兄ちゃんの方が、先に退院しちゃった」
    そう言って次郎は、舌を出した。
「綺麗…ですね」
    折り方は知らない、鶴という名の鳥も知らない。 それでも…その意味は、次郎に聞いて知った。 色とりどりの。 不器用で、不揃いな分だけ…真摯な願い。
「糸に通して吊るすんだよ、本当はね」
その身の丈には大き過ぎる紙の袋に詰められた、真剣な祈り。
「はい…あげる」
    ベッドの上に、テレサの膝の上に。 持ち上げて置いた…勢い余って、幾つか零(こぼ)れて落ちる。
「私に…ですか? 良い…んですか?」
    たった今、島の…兄の為だったと聞いたから。 それを、自分に振り替えて良いのか…と、そういう問い。
「うん。大介兄ちゃんが、そう言ったから」
千羽揃うより早く退院してしまう事を、喜ぶより先に文句を言ってしまったら…と。
「一つだけ、兄ちゃんが折ったのも有るよ」
    退院の翌日、出航の前日にはもうヤマトに乗り込んでしまったから。 たった一晩だけ戻って来た自宅で、その日の朝に…一羽だけ。
「もっと、折れば良いのにね」
「いいえ…充分です」
紛れ込んでいだ、1‰(パーミル)の想い。
「…有難うございます」
    感謝の言葉は目の前の次郎に述べながら、同じ想いをまだ…逢えないでいる人に。

    それと紹介されないまでも、未だ回復し切った訳でもなく入院を余儀なくされている身で、廊下に立ち眺める姿を…見てしまえば。 その感情がどういうものか…など、すぐに知れる事。
    まだ…そこまで強い感情は分からないまでも、自分の体調をさておいてその人の状態が気に掛かるほどには、そのくらいには特別で大事な人なのだろう…とは、次郎にまでも知れる事。
    ましてや…仮令(たとい)、笑みの向こうに少しばかり冗談めかした口調でも、その兄に直接にその女性の事を「頼まれて」しまっては。
「お姉ちゃんは、大介兄ちゃんの事好きなの?」
    そこまでの強い感情が分からないこその、無邪気で真っ直ぐな問い。
「…ええ…そうですね」
問われた方が、むしろ途惑ってしまうくらいに。
    「好き」と「嫌い」だけで問われれば、確かに間違いなく「好き」でしかなく。 しかし…単純に、好き嫌いだけの問題でもなく。 だから、そう問われて「好き」だと答える事が…間違っているような、そんな気もして。
「良かったね」
    そうして、初めて…目覚める以前の「廊下」の話を聞く。 ただ…居たというだけの、それだけの事を。
「大介兄ちゃんも、絶対お姉ちゃんの事好きだよ? 良かったね」
    ただ、単純に。 「好き」同士で良かったね…と、無邪気な「相愛」を素直に喜んで。
「僕も、大介兄ちゃんの事好きだよ」
    にっこりとして、そう言って。 それは…多分、同じ人に「同じ感情」を抱いている「仲間」に見せた笑み。
「ええ…分かります」
だが…自分は、同じ種類の「全く違う感情」を…抱いていて。
「僕、お姉ちゃんの事も好きだよ?」
    照れも気負いも無く、純粋な「好意」の告白に。
「…ええ…」
嬉しいのだけれども、それと同じだけその好意を裏切っているような気もして。
「ええ…有難う…ございます」
    こんなにも…胸が苦しい。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    兄とのたわいない約束を守って、出航の日から毎日…来ていたのだと言う。 平日は学校の帰りに、休日は…わざわざ。
    次郎に初めて気付いたのは、目覚めて何日も経った後、まだ面会も許されていなくて医師と看護師しか見知らぬ時。 体力の無さに半身を起こす事もまだ辛くて、窓の無いガラス張りの部屋からは、横になったまま見る廊下のみが、その風景…だった頃。
    …とは言っても、病院関係者以外は本当に用の有る者しか通らないような…そんな場所。 意識して終始見るべき風景でもなく、本当に…偶然。
    走って来て、いきなり止まって。 ガラスに両手を当てて、こちらを覗き込んで。 病室を間違ったのだろう…と思いながら、そんな様子が微笑ましくて、つい…微笑(わら)い掛けて。
    そうしたら…破顔して、手を振って。 また、ぱたぱたと足音が聞こえてきそうなくらいに勢い良く、元の方向に走って帰って行って。
    それからは、偶然ではなく毎日。 来た事には気付かなかった時も、視線の合うのを待っては、笑って手を振って…また帰って行く。 間違いではなく、自分に逢いに来ているらしい…と知って、何となく…待つようになって。
    面会の許可された日。
    けれども…結局は、医師と看護師以外には病室の中にまで誰も…来るはずの無い自分。 そこまでの期待は「窓の外の男の子」にも、抱いてなどいなくて。
「…入って良い、ですか?」
    ドアの向こうに、遠慮がちな声が聞こえてその顔を見た時に…何だかすごく…嬉しくて。 否(いな)む理由など無いから、微笑って招き入れて。
「僕、島次郎って言い、ます。 大介兄ちゃんの代わりに、来ました」
    すぐ傍まで来てからの、普段あまり使わない言葉遣いと初めて話すという緊張に、少しばかりたどたどしい声で。 その名に…こちらが驚いて…訊き返すより、早く。
「…ごめんね? 今日、逢えると思わなかったから、何にも持って来てなくて」
申し訳無さそうに、続いた言葉。
    それが…話した、最初。 それは、ほんの…数日前。

    次郎の訪れるのは…正直、待ち遠しい。 この病室を訪ねてくれる、殆ど唯一の存在だったから。 それから…自分の待ち侘びる人の話が聴けるから。
    だが…正直、どう接していいのか…分からない。 テレザートに、独りで居た時間が…永かったから。
    そうして、痛みと共に改めて思い出す。 独りに…なった理由を。 自分の滅ぼしてしまった…惑星を。
    そんなつもりなど無かった、ただ…争いを厭わしく思っただけ。 争いの止む事を…願っただけ。 まだ…自分の能力に、何も気付いていなかった頃。
    知らなかったという事は、免罪ではなく。 知らなかったという事から、既に…間違いの一つ。
    忘れてはいない、忘れるなんて出来ない。 忘れてはならない…過ち。 数多(あまた)の人間と、一つの惑星を死なせてしまった…未だ、贖(あがな)う事の出来ない罪。 他人との接し方に途惑う事さえ…きっと、その償(つぐな)いの一つ。
    そして、また…繰り返した罪。 誰の為…とは言え、それを護りたかった…とそんな理由でも、彗星帝国を滅ぼしてしまったのは…やはり、罪。
    贖罪の身で、愛情に縋(すが)ってしまう事は…逃避なのかも知れず。 逃避ではなく、更に重ねてしまう罪…なのかも知れず。 それならば、こうやって…待つ事すら許されない事で。
    それなのに…それだからこそ、尚更に…? たった1人の人が、こんなにも愛しくて…逢いたくて、声が聞きたくて。 抱き締めたくて…抱き締められたくて。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    私は…待っていて良いんですか? 貴方の帰って来る日を、この場所で。
    私は貴方を選んで、貴方に…私を選ばれてしまったら。 それは…重ねての罪ではなかったとしても、きっと…贖罪では在り得なく。
    私は、この身に罪を抱えたまま。 そして…貴方にもきっと、それを背負わせてしまう事になって…。
    ああ…やはり、この感情は逃れられないはずの罪からの…逃避でしかなく。 そんな事の為に…私は…貴方を愛した訳ではないのに。
    だからと言って、今更。 ここまで育った感情を、抑える事も出来ず。 捨てる事も出来ず、忘れる事など…もっと適わずに。
    私は…どうしたら良いんですか? 貴方は…どうしたら良いと、考えているんですか…?

    この想いを、無理矢理に封じ込めてしまう事…こそが、私の…贖罪…なのですか?

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Last Update : 20040326
Tatsuki Mima