「…地球に…ここに、居させて下さい」
他人から改めて、問われてしまうと…少し躊躇(ためら)ってしまう。
「いえ…ヤマトが戻って来るまで、もう一度…逢えるまで…で構わないんです」
しかし、間違いなく自分の気持ち。
「それまで、地球に…居させて下さい」
そんな言葉に、テレサと対面した相手は静かに頷いて。
「私には、大した力は無い。
…が、私は貴女が、地球を本当に救って下さったのだ…と、知っている。
その感謝は述べねばならないし、その恩には報いねばならない」
年齢に似合った、低く静かな物言いに。
「本当に貴女は、心からそれで…それだけで良いと?」
…重ねて問われて。
「居させて…下さい…」
思い出したように、口を突いて出る言葉。
堰(せき)を切ったように。
「ずっと…地球に、ずっと…居させて下さい」
待つ人の恋しさに、その人を待つ事の…嬉しさに。
「ずっと…地球(ここ)で、あの人の…還るのを…待たせて下さい。
お願いします…」
今度こそ、間違いなく…正直で素直な…自分の気持ち。
そこまでを聞いて、ふ…と優しげに微笑んで。
「承知しました…私に、任せて戴きましょう」
そう約束して、藤堂は病室を辞した。
◇
◇
◇
◇
毎日少しずつ、色々な事が知れていく。
地球の今、そして昔の事。
ヤマトの事、その過去、その乗員の事。
「見て、見てっ。やっと、千羽になったんだよっ」
それから…島の事。
「本当は、大介兄ちゃんに折ってたんだけどね。
兄ちゃんの方が、先に退院しちゃった」
そう言って次郎は、舌を出した。
「綺麗…ですね」
折り方は知らない、鶴という名の鳥も知らない。
それでも…その意味は、次郎に聞いて知った。
色とりどりの。
不器用で、不揃いな分だけ…真摯な願い。
「糸に通して吊るすんだよ、本当はね」
その身の丈には大き過ぎる紙の袋に詰められた、真剣な祈り。
「はい…あげる」
ベッドの上に、テレサの膝の上に。
持ち上げて置いた…勢い余って、幾つか零(こぼ)れて落ちる。
「私に…ですか?
良い…んですか?」
たった今、島の…兄の為だったと聞いたから。
それを、自分に振り替えて良いのか…と、そういう問い。
「うん。大介兄ちゃんが、そう言ったから」
千羽揃うより早く退院してしまう事を、喜ぶより先に文句を言ってしまったら…と。
「一つだけ、兄ちゃんが折ったのも有るよ」
退院の翌日、出航の前日にはもうヤマトに乗り込んでしまったから。
たった一晩だけ戻って来た自宅で、その日の朝に…一羽だけ。
「もっと、折れば良いのにね」
「いいえ…充分です」
紛れ込んでいだ、1‰(パーミル)の想い。
「…有難うございます」
感謝の言葉は目の前の次郎に述べながら、同じ想いをまだ…逢えないでいる人に。
それと紹介されないまでも、未だ回復し切った訳でもなく入院を余儀なくされている身で、廊下に立ち眺める姿を…見てしまえば。
その感情がどういうものか…など、すぐに知れる事。
まだ…そこまで強い感情は分からないまでも、自分の体調をさておいてその人の状態が気に掛かるほどには、そのくらいには特別で大事な人なのだろう…とは、次郎にまでも知れる事。
ましてや…仮令(たとい)、笑みの向こうに少しばかり冗談めかした口調でも、その兄に直接にその女性の事を「頼まれて」しまっては。
「お姉ちゃんは、大介兄ちゃんの事好きなの?」
そこまでの強い感情が分からないこその、無邪気で真っ直ぐな問い。
「…ええ…そうですね」
問われた方が、むしろ途惑ってしまうくらいに。
「好き」と「嫌い」だけで問われれば、確かに間違いなく「好き」でしかなく。
しかし…単純に、好き嫌いだけの問題でもなく。
だから、そう問われて「好き」だと答える事が…間違っているような、そんな気もして。
「良かったね」
そうして、初めて…目覚める以前の「廊下」の話を聞く。
ただ…居たというだけの、それだけの事を。
「大介兄ちゃんも、絶対お姉ちゃんの事好きだよ?
良かったね」
ただ、単純に。
「好き」同士で良かったね…と、無邪気な「相愛」を素直に喜んで。
「僕も、大介兄ちゃんの事好きだよ」
にっこりとして、そう言って。
それは…多分、同じ人に「同じ感情」を抱いている「仲間」に見せた笑み。
「ええ…分かります」
だが…自分は、同じ種類の「全く違う感情」を…抱いていて。
「僕、お姉ちゃんの事も好きだよ?」
照れも気負いも無く、純粋な「好意」の告白に。
「…ええ…」
嬉しいのだけれども、それと同じだけその好意を裏切っているような気もして。
「ええ…有難う…ございます」
こんなにも…胸が苦しい。
◇
◇
◇
◇
兄とのたわいない約束を守って、出航の日から毎日…来ていたのだと言う。
平日は学校の帰りに、休日は…わざわざ。
次郎に初めて気付いたのは、目覚めて何日も経った後、まだ面会も許されていなくて医師と看護師しか見知らぬ時。
体力の無さに半身を起こす事もまだ辛くて、窓の無いガラス張りの部屋からは、横になったまま見る廊下のみが、その風景…だった頃。
…とは言っても、病院関係者以外は本当に用の有る者しか通らないような…そんな場所。
意識して終始見るべき風景でもなく、本当に…偶然。
走って来て、いきなり止まって。
ガラスに両手を当てて、こちらを覗き込んで。
病室を間違ったのだろう…と思いながら、そんな様子が微笑ましくて、つい…微笑(わら)い掛けて。
そうしたら…破顔して、手を振って。
また、ぱたぱたと足音が聞こえてきそうなくらいに勢い良く、元の方向に走って帰って行って。
それからは、偶然ではなく毎日。
来た事には気付かなかった時も、視線の合うのを待っては、笑って手を振って…また帰って行く。
間違いではなく、自分に逢いに来ているらしい…と知って、何となく…待つようになって。
面会の許可された日。
けれども…結局は、医師と看護師以外には病室の中にまで誰も…来るはずの無い自分。
そこまでの期待は「窓の外の男の子」にも、抱いてなどいなくて。
「…入って良い、ですか?」
ドアの向こうに、遠慮がちな声が聞こえてその顔を見た時に…何だかすごく…嬉しくて。
否(いな)む理由など無いから、微笑って招き入れて。
「僕、島次郎って言い、ます。
大介兄ちゃんの代わりに、来ました」
すぐ傍まで来てからの、普段あまり使わない言葉遣いと初めて話すという緊張に、少しばかりたどたどしい声で。
その名に…こちらが驚いて…訊き返すより、早く。
「…ごめんね?
今日、逢えると思わなかったから、何にも持って来てなくて」
申し訳無さそうに、続いた言葉。
それが…話した、最初。
それは、ほんの…数日前。
次郎の訪れるのは…正直、待ち遠しい。
この病室を訪ねてくれる、殆ど唯一の存在だったから。
それから…自分の待ち侘びる人の話が聴けるから。
だが…正直、どう接していいのか…分からない。
テレザートに、独りで居た時間が…永かったから。
そうして、痛みと共に改めて思い出す。
独りに…なった理由を。
自分の滅ぼしてしまった…惑星を。
そんなつもりなど無かった、ただ…争いを厭わしく思っただけ。
争いの止む事を…願っただけ。
まだ…自分の能力に、何も気付いていなかった頃。
知らなかったという事は、免罪ではなく。
知らなかったという事から、既に…間違いの一つ。
忘れてはいない、忘れるなんて出来ない。
忘れてはならない…過ち。
数多(あまた)の人間と、一つの惑星を死なせてしまった…未だ、贖(あがな)う事の出来ない罪。
他人との接し方に途惑う事さえ…きっと、その償(つぐな)いの一つ。
そして、また…繰り返した罪。
誰の為…とは言え、それを護りたかった…とそんな理由でも、彗星帝国を滅ぼしてしまったのは…やはり、罪。
贖罪の身で、愛情に縋(すが)ってしまう事は…逃避なのかも知れず。
逃避ではなく、更に重ねてしまう罪…なのかも知れず。
それならば、こうやって…待つ事すら許されない事で。
それなのに…それだからこそ、尚更に…?
たった1人の人が、こんなにも愛しくて…逢いたくて、声が聞きたくて。
抱き締めたくて…抱き締められたくて。
◇
◇
◇
◇
私は…待っていて良いんですか?
貴方の帰って来る日を、この場所で。
私は貴方を選んで、貴方に…私を選ばれてしまったら。
それは…重ねての罪ではなかったとしても、きっと…贖罪では在り得なく。
私は、この身に罪を抱えたまま。
そして…貴方にもきっと、それを背負わせてしまう事になって…。
ああ…やはり、この感情は逃れられないはずの罪からの…逃避でしかなく。
そんな事の為に…私は…貴方を愛した訳ではないのに。
だからと言って、今更。
ここまで育った感情を、抑える事も出来ず。
捨てる事も出来ず、忘れる事など…もっと適わずに。
私は…どうしたら良いんですか?
貴方は…どうしたら良いと、考えているんですか…?
この想いを、無理矢理に封じ込めてしまう事…こそが、私の…贖罪…なのですか?
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Last Update : 20040326
Tatsuki Mima