Wandering:04

NovelTop | 第三艦橋Top

    身に過ぎた、好意と親切と優しさに…途惑いながら。 それでも、そんな事に甘えてはいけない…と思いつつも、それが居心地良く…少しばかりは癒される日々。
「…?」
    見慣れぬ顔の訪問に…少しばかり当惑する。姿を見れば、医師であるようなのだけれども。 目覚めてから今まで、たった1人の医師にしか対面しては居なかったから。
「佐渡先生に、直々に頼まれちゃいましたからね」
…と微笑う顔の温かい、まだかなり若い医師とだけしか。
「貴女ですね? 他の惑星の女性と言うのは」
    平坦な語調で、多分に…尖(とが)った物言いに、尚更に途惑う。 名を呼ばうでなく、真実であるとは言え…その言葉に、過分に傷付けられる。
「…はい、そうです…」
既に承知している、自分が「異邦人」である事を…今更ながらに突き付けられて。
「私と、来て戴きましょう」
    もう、既に…困惑。
    丁寧な話し方ながら、優しさの欠片も無く、有無を言わせぬ強要に。 それから…他人の心など読めないながらに、これほどまでに強く感じられてしまう…その負の感情に。
    いつか…そう、あれは白色彗星に。 彗星帝国に感じた、傲慢なまでに誤った力強さ。
    その困惑の表れた顔に苛立ったように、医師らしき男はテレサの腕を掴んで引いた。 否応無く、間近に近付いた顔に…平坦に、冷淡に。
「たかが標本(サンプル)たる貴女に、選択の権利は無い」

    敵意は、恐ろしくない。 何も聞こえず、見えぬ振りをしていれば、例え…この身を滅ぼそうとも、ただ通り過ぎ去っていくものだから。
    死は…恐れるべきものではない。 いずれは、この身にも仕方なく訪れてしまうもので。 一度は…贖罪の一つとしてそれを願った事も、無くはないのだから。
「…何を…?」
    だが、今は…どうしようもなく怖い。
    一言に悪意とも言い切れない、方向を間違っていながらも…変に真っ直ぐな…目の前に在る感情が。 自分に…体力の無い今でなくとも、振り解(ほど)く事の適わないほどに。 この手首の潰れてしまいそうなほどに、強く掴んで放さない…その腕が。
「標本たる貴女に、教える義務も無い」
    再度聞かされた「標本」という言葉に、目の前の男にとって自分が…「人間」ではない事をようやく悟る。
「貴女はただ、私と私の研究の為に生きて…」
あまりに真っ直ぐ過ぎて、道を見誤ってしまい…恐らくは、限りなく狂気に近い所に堕(お)ちた思考を、痛いほどに感じる。
「死んでくれれば、それで良い」
    死んでいく事など、怖くは無い。
「…嫌です」
それでも…如何な罪人たる自分であるとは言え、人間としてではなく…死んでいきたくは無い。
「私は…行きません」
人間である事まで捨ててしまったならば、それは…きっと贖罪ですらない。
「貴女に、拒否する権利など無い!」
「私は、私です。 貴方の為になど、生きるつもりも死んでいくつもりも有りません」
    言葉と同時の、敵わないまでも…の抵抗。
「私は…あの人の為にしか…死ねないのですから…!」
この手を振り解けなければ…その人を待つ事すら、出来なくなってしまうのだから。

    膂力(りょりょく)では敵わない、それは最初から承知していた事。
    その指の一つも解けないまま、安々と引き摺られてしまい。 口惜しさに…それでもまだ、なお敵うはずのない抵抗は止められずに。
「お放しなさい…っ」
自然、強くなってしまった口調が…相手を煽(あお)るだけだと分かっていながらも、止まらない。
「…おいっ、お前…っ!」
    開いたドアに、病室から廊下に運び出されてしまった所で。 そんな遠い声に、その手の力が緩(ゆる)む。 変わらず抗(あらが)い続けていた事が、自分の腕をそれから解放させる。
    引き摺られて外れた医療機器が、詰所に生命反応の途絶えたアラートを鳴らしたのなどとは…まだ、気付かずに。 眠っていた時間が萎(な)えさせた脚は、自分自身を支えきれずに…その場に座り込む。
    掴まれていた手首が痛い、無理矢理に外れた点滴の針の跡が痛い。 何より…いきなり戻って来た恐怖感に、胸が…どうしようもなく、痛過ぎるまでに痛い。
    痛さが…ひたすらに、愛しい人の名を呼んでしまう。 声に…ではなく、心の内で。 繰り返して…なお強く繰り返して、呼ぶ。 もう…どうしようもなく、自分自身でも止められないほどに。
    遠去かる足音に、近付く足音。
「テレサさんっ、大丈夫ですかっ?」
見慣れた医師の、聞き慣れた声に、ようやく…息を吐く。 そんな間にも、近付いて通り過ぎ…多分、あの男を追っているらしい足音も聞く。
「もう…大丈夫ですからね?」
    治まらない動悸に、答えられないでいる耳にそんな声が届いて。 それとは意識していないだろう…当たり前の優しさが、今は…優しく感じ過ぎて…否応無く泣けてしまう。
「大丈夫ですよ。 もう…何も、起こりませんから、ね? …大丈夫です」
    自分に向けられた、悪意…だとか、狂気…だとか。 そんなものを感じないで済むという事が、それだけで…こんなに泣けてしまう。
    呼ぶ人が…現れないという事が、それだけで…こんなにも泣けてしまう。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    いつものようにやって来て、いつもと違う事に途惑った。
「あれ…?」
今まで一度も、この病室では逢った事の無い看護師が1人、そこに座っていたから。 病室を間違えたか…と思って、一歩下がって、廊下のドア脇の部屋番号を確認する。
「お姉ちゃん、具合悪いの?」
「いいえ…眠っているだけよ」
    恐る恐る訊ねてみた事に、看護師の笑顔が戻って来てほっとする。
「まだ、起きない?」
「今…眠ったばかりだから、多分…ね」
実際にはただ普通に眠った訳ではなく、鎮静剤の投与の結果…である。 だから「多分、起きない」なのだが…そんな事まで、次郎に知らせてしまう必要は無い。
    返って来た答えにちょっと残念そうでも、伊達にまだ目覚めないテレサを毎日見続けていたり…ああいう兄を持っていたりする訳ではない。 逢えない、話せない…という事には、良くも悪くも慣れ過ぎている。
    手にした一輪を思い出して、既に花の活けられている花瓶の隙間に差し込みながら。
「お姉ちゃんが起きるまで、ここに居るの?」
次郎が、そう看護師に問えば。
「どう…かしら? 他に、お仕事も有るし…でも、それでもまた来るわよ?」
    実を言うと…ずっと、ここに居る。 看護師本来の仕事からは外れるが…簡単に言えば、護衛の為に。 女性警備員の充(あ)てが付くまで。 だが…それこそ、次郎には伝えられない。
「じゃあ、お姉ちゃんが起きたら言ってくれる? 大介兄ちゃん、5日くらいで帰って来るって」
    家族だからこそ、平時でその航海に機密性が薄い限りは、そんな問い合わせにも答えてもらえる。 それを…次郎は、今日の見舞いに持って来たのだった。
「ええ、分かったわ。 ちゃんと伝えるわね」
    看護師の確約に、次郎は満足そうに笑った。

    無理矢理のまどろみに…夢を見た。
    闇に…捕われて、動けなくて…逢えない…夢を。
    自身で、自身を縛り付けていたテレザートのように。 明るくも無く、暖かくも無く。 しかし、もし…そうと望みさえすれば、いつでも出て行ける…巨大な牢獄に…では無く。
    自分の意思では、何一つも敵わない…本当の獄舎(つなぎや)に。

    薬剤による眠りの、覚めた後に特有の…頭の重さに。 身体の重さまで、いつも以上に感じて。 動きたくない…何もしたくない…と、怠惰な感情。 それも、実はわずかに残る薬剤の所為。
「目が覚めました?」
    気分はどうか…と問われて、悪い…とは答えられないで。 黙ったまま、静かに首を横に振る。 悪くは無い…と、その意味で。
「眠っている間に、男の子が来ましたよ」
そう言われて、ああ…そうか…と。 今日は、逢えなかったのだ…と。 そして…逢いたい…と。
    …誰に? 待つ人の、幼い弟に? それとも…待つ…その人に?
「その子から、貴女に伝言を預かりましたよ。 お兄さんが、5日ほどで戻られる…と言う事でした」
    その言葉に、思わず身を起こす。 いきなり持上(もた)げた頭が少し眩(くら)んだが、そんな事に構っている余裕は無い。
「後…5日…?」
初めて、はっきりと聞かされた時間に、むしろ…それが信じられなくて、訊き返して。
「ええ、確かに。 そう言ってましたよ?」
    返って来た笑顔に、本当なのだとやっと信じられて。 しかし…途惑う。 抱いた感情は…何故か、得体の知れない恐怖感。
    欲も得も無く、ただ…逢いたいだけの人。 しかし…何も考えず、何も思わずには…どうしても逢えない人。 その人の所為ではなく、ただ…自分の昔と今が在る為に。
    ただ…待ち続けてきたのに。
    それが間近に見えて…今頃、何故、今更。 逢いたいだけの人に、ただ逢いたくて。 待ち暮らした事を、後悔さえ出来てしまうほどに…怖いと感じてしまう?

『標本たる貴女は、ただ私の為に生きて、死んでくれればそれで良い』

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Last Update : 20040326
Tatsuki Mima