誰の目にも触れない私室に、ずっと放り込んでおくのも…一抹の不安が残る。
出来れば、九分九厘までは佐渡が在室する医務室に、「入院」でもさせておきたい所だが、それは…島の方が嫌がる。
正常値をわずかに外れた数値が幾つか有っても、すなわち病気である…と言い切る訳にもいかず。
実際、島自身が体調不良を訴えない。
「以前(まえ)のに加えて、疲れが出た…。
『過労』とでも、しとくしかないじゃろうなあ…」
苦しい言い訳だな…とは、佐渡どころか守や真田までが思いながら、それでも他に思い付きもせず。
幸か不幸か。
指揮系統最上位の第一艦橋の人間は、多分に精神的な事から来ている事を、薄々承知しているから。
そんな言い訳も、苦しいながらギリギリ通用して。
「航海長、次のワープの事なんですけどね」
太田の、定時報告。
正直言うと、なまじ島の事には気付くのが早い太田だけに、逢って欲しくない所だが。
それをしないと…島の方が、第一艦橋なり第二艦橋まで出向いてしまう。
「管制に問い合わせた結果、他の艦艇に問題無いようなので、天王星軌道直内にワープアウトします」
いや…問い合わせなくても、先の戦いで地球の艦艇は殆ど失われているから、過密は在り得ないのだが。
「天…太陽系…?」
地球人にとって、太陽系はホームグラウンド。
還って来た…のだと、実感出来るエリア。
「もう…そこまで、還って来てるのか?」
艦内に在りながらも、操舵に関わる事からしばらく離れてしまって。
島にとっては、突然の太陽系。
「…そうですよ?」
訊き返して来た島の、言葉と微妙な表情に。
「…それから、北野なんですが」
太田は奇妙さを感じながらも、それは殆ど出さないままで。
「火星での地上港への垂直降下着陸、同じく垂直上昇発進。
実際の帰還時の海上滑走着水から接岸まで、両方やらせてみます。
フォローは、艦長代理とアナライザーで問題無いですよね?」
報告せねばならない事を、必要なだけ細かく、無駄は省いて的確に伝えていく。
「…太田に…任せる」
「…確かに、変かも」
「…だよな?」
航法を専門にしていなくとも、後1、2回のワープで太陽系まで…という距離は、感覚的に分かる。
地球に生まれたから、やはりそれだけ還りたいとは思うから。
「昨日のワープ明けの報告で、地球までの距離も言ったんだから…。
後1回で太陽系に入る事なんて、航海長が分かってない方が…変だよな?」
南部と相原の間で、同じ空間に北野が居るから…大きくは無い声で。
「何か…地球に近付くほど、航海長の判断力が落ちてるような…気がする」
と言いながら、太田は溜息を一つ。
「ワープ…の所為かな?
元の体調が良くないから、身体に響いちゃうとか」
「今更…島さんが、ワープで?」
相原の意見には、南部が即行で反論を。
「でも、艦内に島さんが居るのに、こんなに『あの席』から離れてる事…無かったじゃない。
それだけ、体調悪い…って事だよね?」
それにまた、相原が即座に切り返す。
言われて…返す言葉の出て来ない、2人。
第一艦橋(ここ)に居なければ、第二艦橋(した)に。
どちらにしても、航法に全く関わってなかったような記憶は無い。
例え、操舵そのものは自動操縦に切り替えてあったとしても。
「後1回…大丈夫、だよな?島さん…?」
「…俺に、訊くなよ」
見上げるのと、見下ろすのと。
思わず、顔を見合わせてしまった南部と太田だった。
◇
◇
◇
◇
「いつの間に…太陽系まで戻って来たんですか?」
厳密にはワープ前だから、ヤマトはまだ太陽系には入っていない。
それ以前に、その操舵手の島から聞かされるのは、かなり怖い問いだ。
「だって…俺。何も…してないですよ?」
部屋に入るなり、その腕を島に押さえられて。
途惑いの…はっきりと出た顔で見上げられて。
「今」は「今」に居るらしいな…と、思いながら。
「『今』は、何年の何月だ?」
と、島への返答は放ったらかしたまま、守が問い返す。
「『今』…ですか…?」
訊かれて、途端にどうしようもなく困った表情を見せて。
さっきまではっきりしていた時空を、また…見失っているのがそのままに。
「…寝てろ」
守は、軽い溜息を吐きながら。
自分の腕から引っ剥(ぱ)がすつもりで、島の額を手のひらで弾(はじ)いて…気付いて、慌てて押さえ直す。
「お前…滅茶苦茶、熱いぞ?」
そう言われても、額に押し当てられた手を払うでもなく。
「そう…なんですか?」
むしろ、訊いた守の方が驚くような、ひどく間の抜けた返答を。
「自分で気付けよっ、お前は…っ!」
まだ押さえたままだった手を、いささか乱暴に自分から振り外しておいて。
逆にその腕を掴んで、部屋から引き摺り出した。
勿論…島を、医務室に放り込んで来る為に。
39度2分。
最早、立派に「病気」のレベルだ。
「え…じゃあ、次のワープは…?」
「予定通り、やる」
そうと聞いて、明らかに狼狽(うろた)えている太田に、すっぱりと。
「スターシャの時とは、違う。
ここまで戻って来て足踏みしてるくらいなら、無理させてでもとっとと地球に還って、病院に叩き込んだ方が早い」
またしても、艦長時代の仕切りようが表に出て来ている守である。
「えーと…じゃあ、残る訓練は…?」
恐る恐る…といった体(てい)の、南部の問いに。
「何が、どれだけ残ってる?
総所要時間は?」
「砲術・艦載機隊の総合演習と、火星基地での発着。
何事も無ければ、合わせて19時間の予定です」
「1日しか変わらないんなら、それもやっとけ。
そこまで緊急を要する容態じゃないし、計画変更の事後承認取る方が面倒だ」
これまた、ばっさりと。
「相原」
「…司令本部への通信、ですか?」
今までのやり取りを聞いていたから、話が早い。
「訓練宙域に着いたら、タイムロス無しで始められるように周知させとけ。
火星基地の方も、だ。
後、先生が来たら、それを司令部経由で病院に廻してもらえ」
聞き終わる前に、相原は既に調波を始めていて。
言葉が終わると同時に、隣から訓練宙域の座標を確認する。
「…という訳で、進」
最後の最後で、やっと思い出したかのように、弟の名を呼んで。
「早いとこ島を病院に放り込みたかったら、新人どもにヘマさせて訓練に無駄な時間掛けるな。良いな?」
…もう既に、誰が艦長で、誰が艦長代理だか分からない。
◇
◇
◇
◇
そうと気付いた時から、既に微熱は有って、それがずっと続いていた。
だが…それまで。
「やっと、体調に出やがった」
遅い…と、守がぶつぶつと。
「多分…太陽系に入ると聞いて、慌てたんだ。
自分が『今』、操舵に関わってない自覚は有ったらしい」
さっきの様子を思い出しながら、それを真田に伝える。
「それだけ、まだ『還りたくない』って事だろう」
「何を忘れても、惚れた女が何処に居るのか…くらい憶えとけ。
あの…馬鹿は、もう…」
「…お前は、死んでも忘れなさそうだな」
呆れたような顔をして、溜息を吐き出す守に。
真田が…率直な感想を。
「茶々、入れてんなよ。
真面目な話、惚れてる女が生きて…地球に居る事を、意識の中から捨て過ぎてるぞ。あいつは…」
分からない…訳じゃない。
記憶の途切れた時間に、誰も死んだ、彼も死んだ…と。
見知った人間が死んでいくだけの「現実」を聞かされて、多分に当惑していただろう中で、彼女の生存を聞かされても。
それが…今ひとつ、意識に残りにくかっただろう事は。
あまりに多い人数の死を、心の中で整理し切れない状態では。
死んだと思っていた人の生もまた、整理し切れなかっただろう…事は。
「生きて…居るから、意識から捨ててるんじゃないのか?」
「…あ?どういう事だ?」
「彼女『1人』だけが、生き戻って来たから。
それが…許せないんじゃないのか?」
他の誰でもなく、彼女だけが。
他の誰でもなく、自分…だけが。
腹立たしいが…守にも真田にも…憶えの有る、そういう記憶と…申し訳無さ。
恐らくは…今、第一艦橋(ここ)に居る殆どが、少なからず…抱えている自責。
「そ…んな事、20やそこらのガキどもに考えてもらう必要なんざ無い…っ」
吐き捨てるように、守が。
「俺とか…お前くらいで…充分だ。もう…」
それから、呟くように。
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Last Update : 20040326
Tatsuki Mima