私は…ここで、あの人を待っていて良いのですか?
たまらなく恋しくて、どうしようもなく愛しくて、これほどまでに逢いたくて。
それなのに…逢いたくないと、逢ってはならないと。
そう思う心も、また…確かに自分の中には存在して。
理由の知れている…でも…よく分からない、不安と罪悪感に。
恋しさの分だけ近付けなくて、愛しさの分だけ離れていたくて。
疑いなく縮められていく距離に、否応無く定められた時間に、再会の日は…もう手の届きそうな所に在って。
それだからこそ、今更に。
俯いてしまって、背を向けてしまって…前に進めなくて。
僕は…君に、逢っても良いんだろうか?
◇
◇
◇
◇
着水の軽い反動に目を覚まして、眼前の景色に途惑う。
だが、高熱に停滞した思考力と判断力では、そこが医務室である事には気付けても、何故居るのか…には辿り着けなくて。
「…何してるんだ?
とっとと下艦(お)りるぞ、ほら」
言葉よりむしろ、腕を捕まえる方が早かったかも知れない守に。
「いや…でも、着水したから…帰還時の作業が…」
そこまで答えてから、自分は…何もしていないのに、誰が…操艦して着水したんだろう…と、考え込む島。
外を見てもいない状態で、さっきの緩衝撃が着水時のものだと気付く辺りは…流石だが。
こんな状態で無理矢理、仕事関係にばかり頭を働かせようとするなよ…と、呆れながら溜息を。
「微熱まで下がってりゃ、作業くらいさせてやるところだけどな。
生憎と…お前は、病院に直行だ」
掴まれた腕を持ち上げられて、少しばかり窮屈なはずの体勢にも、為(な)されるまま諾々として。
それから逃げようとか、それを振り払おうとか…まで思い至らない辺りが、今の島の体調を正確に示していた。
「じゃあ、わしゃ一足先に下艦りるからな。古代」
艦の繋留・固定や、機関の停止までもが、訓練のうち。
「…お願いします」
少しばかりおたおたと作業の遅れる北野への指示と、第二艦橋への指示と、自分の本来の作業と。
自席と北野の間をばたばたと往復する太田を、古代は横に見ながら。
島の事が無くとも、元々佐渡は先に下艦する予定だった。
守たち3人の「健康診断」という、申し訳程度の名目の為に。
実質は、イスカンダルの人間がヤマトで来た…などと知れたら、騒ぎになる事が目に見えているので、その為の保護…と隔離であったが。
「ああ、南部。
お前さんも、終わり次第来るんじゃぞ?
診てやるから」
出ようとして…思い出したように、振り返って。
「やだなあ、もー。
…俺も忘れてたような事、思い出させないで下さいよ」
実は…まだ、艦内服の下はテーピングで固定しまくりの南部である。
「ヤマトにいる間は、放っといてやったじゃろうが。
たまにゃ、通院くらいするもんじゃい」
「はいはい…こっち終わったら、そっちに直行しますよ。
それで良いんでしょ?」
苦笑しながらの南部に、もう一言だけ念押ししておいて。
佐渡と守たちはタラップ手前で落ち合い、下艦した。
用意周到。
佐渡は病院との連絡の際に、しっかり運転手付きで車を調達していた。
今の島に運転させるつもりは無いし、かと言って佐渡は運転しそうに無いし。
正直、ほっとした守である。
火星軌道も越えて、地球がはっきり視認出来るようになった頃。
のこのこと右舷展望室まで、わざわざ出向き…地球を見た。
「今」目にしている街並みは、最後の記憶とよく似ていて…しかし、空に「空」が在って。
上方からの圧迫感の無い代わりに、水平方向への広漠。
記憶の街とは、最早…異郷の風景。
運転を引き受けざるを得なかったなら、途上に迷う事必至である。
病人は最後部座席に1人で、投げ転がしておいて。
サーシャを膝に、自分の横でスターシャが窓の外を眺めているのも、そのままにしておいて。
「先生、この後…なんですがね」
助手席に陣取った佐渡を振り向かせて、ただ…密談を。
いや…別段、誰に聞かれて拙い話をしている訳では無いから、打ち合わせ…の方が限りなく近いのだが。何分、話題が同乗している島の事なので、何となく…声のトーンを抑えてしまって。
「…ますよ。
良いですね?」
「わしゃ、構わんぞ」
「じゃ、手配済みの島の病室と『両方』、部屋番号教えといてもらいましょうか」
「ちょっと待っとれ…ああ、有った。
んー…と、島の方が…」
佐渡がメモを見ながら言う、2つの4桁の数字を憶えてしまいながら。
「申し訳無いですね、先生を巻き込んで…」
「ああ…?構わんぞ?
分かっとるもんだけが苦労して、黙って、知らん顔しとくもんじゃからな。
こういう時は」
詫(わ)びる守に、やっぱり佐渡は飄々として。
「…あかん。酒が切れた」
諦め切れなさそうに、一升瓶を逆さに振っていた。
◇
◇
◇
◇
「島さん…!」
ドアの開く音に顔を上げると…見知らぬ男が、逢いたかった人を引き摺るようにして入って来た所だった。
「失礼、お嬢さん。
ちょっと…体調悪くて寝惚けた事言うかも知れんが、我慢してやってくれ」
そう言って…島の襟首を持つようにして、ベッドサイドに突き出した。
当の島は、弱いながら混乱を面(おもて)に見せていて。
「呆けてるんじゃない、見る相手が違うだろう?」
振り返った島の頭を押さえて、守は無理矢理にベッドの上に座る人の方を向かせる。
「…あの…?」
明らかに様子の違う島に途惑いながら、問い掛けてくるのを。
「ああ…こいつは今、体温高くてね。
ろくに、思考回路が働いてないんだ」
大した事は無い…と言わんばかりに、にっこりとして笑って答えるから。
テレサも…少しばかりは、安心して。
愛しさに、逢いたかった人が目の前に居る。
たったそれだけの事で、きつく抱えていたはずの不安や罪悪感が…霞んでしまって。
「あの…大丈夫、ですか?島さん…?」
心配する気持ちが、手を伸ばさせたのは…本当。
それ以上に、確かに目の前に居るのか…確かめたい…と思ってしまったのも、本当。
その腕に触れてみて、その手に触れられてみて。
やっと、間違いなく…目の前に在るのだと実感して。
「…『今』は、何年の何月だ?島?」
守は、この1ヶ月足らずに訊き飽きた質問を、また。
「今は…」
わずかに言い淀んで、それでも毎日の太田の報告に有った月日を思い出すまでには至って。
今ひとつの自信は無さそうなままでも、確かに島は答えて。
「大変、良く出来ました」
守は、まだ押さえたままだった島の頭を、2つばかり軽く叩いて。
「済まないが…『本当の再会』は、こいつが復調するまで1日2日待ってやってくれ」
入って来た時と同様、病室を出る時もまた島を引き摺るようにして。
どういう人なんだろう…と、テレサが途惑っている事など、守には一切関係の無い事で。
「ちゃんと、惚れた女が生きてるか…死んでるか、確認したな?」
その先の廊下までもまだ、腕を捕まえたまま引き摺るようにして。
「ちょ…っと、待って下さい…」
普段よりは鈍い動作ながら、島は守の手を振り払おうとして。
それが分かったから、守の方から手を放す。
「ヤマトは…いつ…」
「さっき、地球に帰還したばかりだ。
お前は、熱が高過ぎてとっとと下艦した」
混乱明けの軽い混乱だろう…と見当が付くから、島の問いを先読みして答えて。
「他に、訊きたい事は?」
「…有りません…」
「良し」
そこまで聞いて、守はさっさと踵(きびす)を返す。
仕方無さそうに、島もその後を追う。
「あの…俺…」
十数歩の無言の後で、曖昧な帰路の記憶に…困ったような顔をして島が。
「お前は…ちょっとばかり、無駄な事を考え過ぎたんだ。
別に、何も『大した事』はやらかしてない。
それだけだ」
ちら…と振り返っただけで、後は前を向いたまま守が答える。
「還って来た後まで、無駄な事を考えてるんじゃない。
そんな暇が有ったら、とっとと熱下げろ」
そうして、既に手配されていた病室に放り込みながら。
「お前が今、考えてて良いのは。
惚れた女が、同じ建物の中に『ちゃんと生きてる』って事だけだ。
良いな?」
守はそう言い捨てて、島を1人にした。
◇
◇
◇
◇
それぞれのまどろみに。
たまらなく恋しくて、どうしようもなく愛しくて、これほどまでに逢いたくて。
そんな…逢い惑っていた人に、否応無く…逢ってしまって。
…どうしよう…。
そんな事だけで、これほどまでに…嬉しくて。
やはり、離れて居たくない…と。
傍に居たい…と。
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Last Update : 20040326
Tatsuki Mima