今までに無い、初めての事態…に途惑うのは、個人も組織も同じ事。
「前例が無い」
それはそんな時の、常套の逃げ口上。
「まあ…想像は付いてたけどな、何となく」
気の抜けたような顔で、諦めたように淡々とした言葉。
「結局、どういう事になったんだ?古代?」
「どうもこうも…簡単な話だ。
スターシャは『俺の女』だが、俺の『女房』にはなれない…って事だ」
座面に斜めに、片腕を椅子の背に掛けて、真田に其方(そっぽ)向いたまま…拗ねたままの守。
そこまで来ると、簡単に機嫌の戻らない事を承知しているから、真田も特に急いで宥めもせず。
「サーシャ…もか?」
「そっちは、俺の籍に入った。ものすっごく、簡単にっ!」
実は、拗ねている…なんてとっくに通り越していて、もう相当腹立たしい…だったらしい。
「何で『娘』が地球人なのに、その『母親』が母親にもなれないで異星人のまんまなんだっ!?」
当たり前だが、守は純粋に「地球人」で、スターシャはイスカンダルの人間だ。
母親がどうであれ、サーシャは間違いなく地球人を父親として生まれた。
ただ、それだけの「事実」の為に、至極あっさりと「地球人」として認められてしまって。
反して、スターシャは経緯と「恩義」から、永住の許可こそあっさりと出たものの。
地球人として新たに籍が作られるでもなく、未だ…あくまでもイスカンダルの人間のままで。
だから、未だ…公的には実際の夫の「妻」としてさえ認められずに。
「…そういう事は、戸籍係に向かって訴えろ」
こちらに背を向けたまま、誰も居ない空間に吠える守に、呆れたように真田が言い捨てた。
不機嫌はそのままだったが、其方向いている事には守も飽きたらしい。
「司令部からの…要請の方はどうする気だ?」
まだ、あくまでも内々にだが。
イスカンダルから戻って来て早々、守には参謀職に…という打診が来ていた。
「受ける」
守の即答は、真田には…少しばかり意外だった。
「…お前に、デスクワークが向いてるとは思えないが?」
「向き不向きは、二の次だ。
俺には…何が何でも、護らなきゃならない女も娘も居るんでな」
立て続いた戦争で人材そのものも、それ以上に有経験者の極端に少なくなっている防衛軍である。
「俺個人がぐたぐた言ってたって、政府が動かせる訳じゃない。
…が、今の所、政府に一番近いのは…防衛軍だ。
そっちから突付ける可能性が有るんなら、参謀だろうが長官だろうがやってやる」
2年の空白が有ろうとも、守という人間が現在の地球では稀有な、経験と実績と実力の保有者である事は間違いが無く。
それをむざむざ、民間にそのまま放置しておくほどの余裕は防衛軍には無い。
「権力をくれてやる…ってんなら、有難く貰ってやる」
そちらの思惑がそうなら、守にも守の側の思惑が有る。
「見てろよ、真田っ。
俺は近いうちに絶っ対、スターシャを俺の籍に入れるからなっ!」
「…ああ、分かった。分かった…」
純粋なんだか不純だか分からない動機を、堂々と公言出来る辺り…大した性格だ…と、真田は思った。
◇
◇
◇
◇
島の急襲を受けて、話を聞かされても…瞬間、耳を疑った。
「こんな事が冗談で言えますかっ!」
確かに、冗談としては洒落にもならないし、少なくとも…島には何が有っても作れそうに無い話だったが。
「お兄さんにだって、決して他人事じゃないでしょうっ?」
他人事じゃない…どころか、なさ過ぎる。
テレサを連れ出そうとした男の目的が、その何らかの…恐らくは生物学的な研究の為、異星人の…「地球人以外の人間」を欲した…と言うのなら。
それは…そのままスターシャにも、サーシャの身にも降り掛かるやも知れない事態。
正直…知的好奇心が、理解出来ない訳じゃ無い。
それが人類として、文明として発展してきた原動力でも有るのだから。
異星人も、地球人と同じく「人間」である事を承知した上で。
その同意を取って、決してその生命を脅かす事が無い…と言うのなら、まだ笑っていられる。
例えば…佐渡のように。
生物学と医学は、根本的には何も変わりが無い。
研究と発展の為には、何らかの生命を…犠牲にする事もある、せざるを得ない場合もある。
だが…あくまでも生命を救うべき「医師」である佐渡は、それを無視してまでその好奇心を満たそうとはしないから。
「…おい…島?」
眼前の光景に当惑しながら、その額に伸ばした手を。
「…何なんですか?」
ひどい不機嫌の知れる声と同時に、その手に叩き落とされて。
「いや…また、体温上がってんのか…と思って」
だって…島は、泣いているから。
「え…?」
しかも…守にそうと言われるまで、零(こぼ)れて頬を伝っている涙にも、気付かないでいたようだから。
「泣…こうと思って、泣いた訳じゃないです。
放っておいて下さい…っ」
いや…だから。
そのつもり無く、気付きもしないで…って事の方が、よっぽど問題有るだろう…と。
どういう意味にしろ、また…混乱してるだろう?…と。
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Last Update:20040417
Tatsuki Mima