引き受けたからといって、2年以上地球からも防衛軍からも離れていた守が、その日から参謀職がこなせる訳が無く。
言わば、見習い期間のようなもの。
今の所、居なかった間の「歴史」と必要な知識を憶え込まされている最中だった。
はっきり言えば、今はまだ役に立たないから、とっとと帰宅が許される守である…が。
「…ったく…。
お前のお陰で、毎日毎日…残業してるような帰宅時間だぞ。俺は」
「あの…済みません…」
夕方。
弟の下校に合わせるような時刻に戻って来た、その後を追い掛けてきたように守の訪問を受けて、ただ…他に思い付かず謝罪を述べるしかない。
「時間が惜しいから、無駄は省く。
話せ、全部」
単純明快に過ぎる言葉に、質問を挟む余地すら無い。
話し惑う時間は与えられても、黙り込んでしまえば急(せ)かされて。
「…それで全部、です。多分…」
島の、至極気弱な心情の告白に。
呆れ半分に守は、思いっきり長い溜息を吐く。
何の事は無い。
現在、守が抱えていると同じ不安をより強く感じて。
その不安が口惜(くや)しくも的中してしまえば、きっと守も抱くだろう罪悪感を、既に…身近に、非常に強く感じているだけの事。
…守の不安の出所が、島の側に既に起こってしまっている「過去の出来事」なのだから、それも…当然と言えば当然な話なのだが。
しかし、それにしても。
「お前…もう少しだけでも、前向きに考えられないのか?」
その一点に関してだけは、守にしてみればどうしても呆れる他は無く。
「過ぎた事を思い出すな、嘆くな、悔やむな…とは言わない。
今後を考えるな、厭うな…とも言わないけどな」
そこまでを言ってから、島の眼前に人差し指を突き付けて。
「じゃあ…お前の『今』ってのは、何処に在るんだ?
彼女が生きてて、逢えて、一緒に居られる…今の『現実』は、一体何処に在るんだ?」
突き付けられた指と、畳み掛けて来る守の言葉の…語調の強さに。
「一緒に生きていけるはずの、今から『先』は…何処に在るんだ?」
たじろいでしまっている島に、まだ更に言葉を畳み掛けて。
「…見えてないのか?
今も、その先も」
それでも、少しばかりは優しくなった語調に。
「…今まで、の上に…これから後、が積み重ねられていくんですよ?」
気圧(けお)されたまま、恐る恐る…といった体(てい)で見上げるようにして。
「怖さ…と、申し訳無さの上に…そういったものを、何も包含していない幸せは…描(えが)けない…です」
…俺には…と、どうしようもないほどの弱気で言って。
性格だ…と言ってしまえば、それまで。
経験の差だ…と言われれば、それもそれまで。
守と島は、決して同一人物ではないのだから、それも当然でしかない事。
「お前な…。
誰が、能天気な幸せを思えと言った?」
そうと分かっていても、やはり守としては良く分からない感覚でしかない。
「俺が今まで、俺やスターシャの死を考えた事が無い…とでも思ってるのか?
問題の無い経緯を過ごしてきても、不安だの何だの…内包した未来しか描けないぞ?」
幸せなだけの将来など在り得なかった…と、承知しているから。
「彼女の事…が有ったから、今の俺は…お前と同じ不安は抱えてる。
スターシャにだけではなく、サーシャにまで」
島は…黙って聞いていた。
口を挟まないのではなく、そうする為の言葉を思い付かないままに。
「それでも、俺は『今』も見てるし、これから『先』も考えてる。
夢も見るし、希望も捨てたりしない」
そんな様子を、守は充分に認識しながら。
「俺と…お前の『現実』に、何がどれだけの差が有るって言うんだ?」
時間の長さに、軽く息を吐いて身体の力を抜いて。
それ以上の時間を待つだろう事に備えて、その通りにしばらく待ってみて。
「お前の未来に、彼女は居るのか居ないのか?」
答えの返しやすい、二者択一を島に振る。
「居て…欲しい、ですが…」
「居るのか、居ないのか?」
「…居ます」
繰り返し問うてやっと、望む答えが戻って来る。
それはきっと、それだけの強い不安と罪悪感を、島が抱えてしまっている事の表れ…なのだろうが。
「彼女の思う未来には、お前は居るのか?」
それを理由に甘やかして、言葉を選んでやるほどには守は…優しくない。
同じ二者択一なのに、守が考えた通りに…島はどうとも答えられないでいた。
「お前と同じ経験を、反対側から見てきた彼女が、怖さや…お前への申し訳無さを抱えてないと思うか?」
そう問われた島の視線が、わずかに泳ぐ。
明らかに…今まで、それを考えていなかったな…と、守は。
そして、それは間違いではなく。
◇
◇
◇
◇
溢れ出した全ての不幸や災いと言ったものに恐怖して、底に希望を残したまま箱を閉ざしてしまったパンドラの如くに。
既に起こってしまった過去に恐怖して、まだ見ない未来を自ら封じ込めてしまって。
「言っただろう?前に。
言葉が通じても、話さなきゃ考えてる事なんて分からない…と」
一時よりは、余程…大人しい語調で。
子供をあやして宥めて、言い聞かせる時の優しさで。
「聞くまで、お前の考えてた事なんて俺には分からなかった。
だから俺は、お前に聞いてから…こうやって話してる」
こんな話し方をするのは、どれくらい振りなんだろう…と、守は考えながら。
「話すような事が見付からないなら、聞けば良いんだ。
聞けば、それに返す言葉くらい…探せるだろう?」
俺が今、こうやって話している事には、返答を思い付かなくとも。
彼女の話す言葉には、幾らでも…と。
「聞くのと話すのと、両方合わせてやっと『会話』だぞ?」
もっとも、今の守と島では、守の方が一方的に話してしまっているだけだが。
島は、本当に…黙り込んでしまっていて。
守の話を聞く事を拒否している訳ではなく、聞こえ過ぎて…考え込んでしまっていて。
話に納得する事と、その内容を思い込めるかどうかは、別の問題だから。
内心の途惑いは、面にはわずかにしか表せずにいるけれども。
「…気付けよ。
お前は…そんなに、大それた事を願ってるか?
1人の女と、今後を生きていけたら良いと…そんな事しか、願ってないんだろう?」
しばらく待ってみたが、島は口を開けないままでいるから。
改めて、守は別の方向から切り出して。
「惚れた女と一緒に居たい…なんて、進でさえ思ってるような事だぞ?」
…本人が聞いたら、怒るんだろうな…などとも、思いながら。
「一緒に暮らす…なんて、俺にでさえ出来るような事なんだぞ?」
島の為に…ではなく、自分を休ませる為に一拍置いて。
「そんな簡単で当たり前の事を、まだ…考えないと駄目か?」
暮れやすい季節の空は、いつの間にか星が数えられるようにさえなっていて。
島の母親が夕食を誘ってきたのには、いま少しで話が終わるから…と、丁重に断りを入れておいて。
「関係無くはないが、違う話をするぞ?」
そう言った以上、教えておかねばならない事だけは伝えてしまって、早々にここを辞そうと。
「退院した後…テレサには、行く場所も帰る場所も無い」
「…ど…ういう事です?」
流石に、彼女に直接関わる事には反応が早いな…と、守は思いながら。
「地球人としての『戸籍』が無いからだ、スターシャと一緒でな。
身元引受人が現れない限りは、住む部屋も借りられない、働く事も…恐らくは適わない」
言われてみれば当然かも知れない事を、島としては今まで…全く失念していて。
だから、今更…今初めてそんな事を突き付けられて、これ以上は無いほどに当惑して。
「ま、そんな理由で実際を言えば、俺とスターシャは『夫婦』じゃないんだな。これが…。
戸籍の無い異星の女と、その身元引受人でしか無いんだ。今の所は、な」
守は、溜息半分。
ふざけているかと思うほど、大仰に両手を拡げて肩を竦(すく)めてみせながら、そう言って。
「それでも…スターシャは、俺の女だ。
それ以外の何者でも無い」
続けた言葉は…至極、真面目な顔で。
「…話、戻すとな。
政府も軍も、取り敢えずは無責任に放り出すつもりは無い。
当面は、軍の官舎辺りを宛(あて)がう…までは決まってる。
但し、あくまでも『当面』だ」
そこで、一旦言葉を切った。
島が聴いているだろう…とは分かっているが、それをなお確認する為に。
「…で、どうしても…なら。
俺も、また身元引受人しても…一向に構わないんだが」
何しろ…あの帰路に、ろくに何も聞いていない、見ていない…という状態の島を、目の当たりにしているから。
「お前は、既に成人してて。
法的には充分、彼女の身元引受人が出来るんだ…って事を憶えとけ」
…それだけだ、と。
また、島の眼前に人差し指を突き付けて。
途中までは…途惑いながらでも、間違いなく聴いていた。
意識していなかった問題の方が、抱えている不安よりも余程まだ早く、身近に存在していたという事の…現実に。
今まで、そんな事に思い至らなかった自分の間抜けさ加減に、多少…呆れながらも。
そして、この期に及んでまだ惑う。
ほんの…少しの間だけ。
「…俺が追い掛けて来る…と、分かってたんですか?」
食事を理由に引き止めようとする声に、すぐ戻るから…と投げ付けるように言い訳して。
追い付けるのかどうか…に、焦りを感じながらエントランスまで辿り着いてみれば。
「いいや?
10分くらいは、待っててやろうか…と思っただけだ」
その階段下に立っていて、さら…っと言い捨ててくれる、守のしたり顔に。
そこまで駆け降りて来た事で、息を弾ませてしまっている自分が…かなり口惜しい。
走った事と口惜しさに、わずかに朱を刷(は)いて不機嫌そうな島の顔に、つい可愛らしいと思ってしまって苦笑する守と。
その守の笑みが、余計に口惜しく感じる…島と。
「…そこまで、気が廻るくらいなら。
何か…ちゃんと、考えてくれている事が有るんですよね?」
そんな感情を隠さないでそのまま、少しばかり強い語調で島が問えば。
「無くはないぞ?
お気に召すかどうか…までは、責任持てないけどな」
そんな事には全然気付かなかったかのように、また守はあっさりと言ってのけて。
◇
◇
◇
◇
守の提案に、案の定…人事は難色を示した。
守自身も加わって、記憶に残っている「冥王星」までに一度、地球艦隊はほぼ全滅まで追い込まれている。
それに加えて、先の戦いで…また、二度目を。
艦艇操舵の有資格者は、やはり少ないながら…それなりに数が居るとしても。
「数少ない『有経験者』を…」
「お言葉ですが。
ヤマトくらいしか生き残ってないからこそ、『処分』を厳然として行っておくべきでしょう?」
「叛乱」を起こした艦のみが生き延びて、正規に動いた艦艇は…生き残っていないのだから。
そんな経緯も既に、世間には知られているのだから。
「司令部から『独立』していたからこそ、生き残ったのだ…などと風評を立てられないうちに」
直前まで司令部に関わり無く、先の戦いにも関わり無かった守だからこそ。
いっそ…はっきりと言えてしまう、ある意味…真実を。
「いや…しかし、だな…」
まだ、何か言いたげなのを。
「…たかが、一艦の幹部乗員の3、4人、まとめて『処分』する事も出来ないと?
そう出来ないほど、防衛軍は人材に乏(とぼ)しい…と?」
ここ数日以前に、友人と弟から充分に話を聞いて承知していながら、わざとらしいまでの無邪気を装って…にこやかにとどめを討って。
もう、これ以上の反論は無い…と見て取って。
「…では。
古代進、真田志郎、島大介…以上3名。
然るべき処断を下します」
つい、今までのにこやかさなど何処に捨てたかと思うほど、冷淡に言い捨てて。
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Last Update:20040417
Tatsuki Mima