どうしても、今。
退院してしまうまでの「現在(いま)」、彼女に見ておいてもらいたいものが有るから。
「…良いんですか?」
あまりに、あっさりと外出を許可されてしまって。
そうと願い出た、島の方が途惑って訊き返してしまうほどに。
「悪いと思っとるなら、最初から言わんで良かろうが」
…それは、確かにその通り。
数値的には、未だ境界値としか言えないが、安定はしている。
全体として「健康である」とは言えないが、これという病巣が有る訳でもなく、医療機器に生存を頼らねばならないほど重篤でも無いからだ…と。
「地球(こっち)に来てから、病院(ここ)にしか居らんからな。
気分転換にもなって、丁度ええわい」
そう、佐渡は付け加えて答えて。
「誰の」気分転換になるのか…とまでは、佐渡も口にはしなかったが。
◇
◇
◇
◇
「ああ…勿論、許可出来ん事は有るぞ」
この3ヶ月間のうち、積極的に何も出来なかった事も有って、最初の半月は全く「いつ死んでも不思議ではなかった」状態。
続いても、しばらくはまだ意識が失く。
面会の許可されるようになったのは、ヤマトが戻って来る直前…と言って良いほど最近の事。
そして未だに、まだ体力の回復し切った訳でもなく。
「疲れさせるような事なら、許可せんぞ。
歩くのも『練習』程度、走る…なんてまず無理じゃな。
後…雨が降ったら、許可出せんからな」
空調の整った病院内で、殆どをベッドの上でしか過ごしていないから。
そんな天気の寒さには、まだ出せないから。
「ああ…言わんでも分かっとるじゃろうが、ちゃんと前日までにそうと言うといてくれんと困るぞ?」
そんな事は、自分だって入院した事の有る身だ。
そんな事くらいはもう、言われなくとも…な事。
「違う、違う。
困るのは、病院(わしら)じゃなくて、お前さんたちじゃい」
大袈裟に、手を振ってみせる佐渡の言葉の意味の掴めずに、怪訝な表情に。
「テレサには『護衛』付けとるじゃろうが?
付いて来られたいんかい、お前さんたち2人のデートに」
そんな言葉に。
いや、別に…そういう事じゃ…と、薄く朱を刷いた顔で否定する、島の言う事など聞いているのかいないのか。
しかし、佐渡は別に。
ただ島をからかう為に、そんな事を口にした訳ではなく。
「そういう事を、きちんと詰めとかんと。
お前さんはともかく、テレサには気詰まりなだけじゃろう?」
理由が何処に在るにしても、根本的な部分で「他人」を拒否しているのは…初めて逢った時から、何となく…分かっていた。
他人という存在そのものより、他人の好意や親切…といった感情を。
そんな事は、もう…恐らく。
佐渡を始めとして、今テレサの身の周りに居る病院関係者なら…多分、もう何となく分かっているはずの事。
今、佐渡の言うのもその事で。
「お前さんが一緒なら、別に…護衛は要らんじゃろうが?」
でも…その理由が、過去の…テレザートの滅亡に在る事を分かっているのは、恐らくは…自分1人で。
「そう…ですね」
理由を知らない人間の好意の中に居るのと、理由を知ってる僕と…居るのと。
どちらが、彼女には…気楽で居られるんだろう…?
「外へ…ですか?」
聞かされて、驚くでもなく。
特に…喜ぶでもなく。
「…何処に…?」
テレサにとっての「地球」は、未だ病院の中でしか無いから。
それ以外…が想像しにくいのは、仕方の無い事なのかも知れないけれども。
「君に…どうしても、見ておいてもらいたいものが有るんだ」
本当に、何の説明にもなってない事を。
彼女には、どんな想像も付かないような、間の抜けた事を。
「私に…ですか?」
「そんなに…遠くに行く訳じゃないから、綺麗…だとかそんなものじゃないけど…」
これがただ綺麗だ…と、そんな風に単純に楽しんで喜んでもらえるだけのものなら、もっと簡単に。
自分も…もっと気軽に、こうと話して聞かせられるだろうに。
それでも…もう、逃げ廻っているだけの余裕など残り少ないから。
あの日暮れに。
そうと気付かされた、あの時に。
お兄さんを相手に、その言葉をせがんだ…のは他の誰でもなく、自分自身だから。
「…ですね」
「え…?」
聞いていなかった、聞こえなかった…のではなく。
聞こえた言葉を、自分の…耳を疑ってしまったから、つい訊き返して。
「何処に連れて行って下さるのか、何を見せて戴けるのか…楽しみです」
僕の言葉の答えなのか、さっきの言葉の続きなのか。
彼女は、そう言って…微笑ってくれて。
僕は…申し訳無さに、視線を落とす。
だって…それは、きっと…疑い無く。
君に…僕の、わがままを突き付ける以外の何物でもないから。
それから…そのまま君に、とても大きな「決断」を迫る事になるはずだから…。
一度口にしてしまった言葉は、もう…胸のうちには戻せないから。
だから…とても大きく深く、溜息を一つ。
病室から廊下に出た途端の、ひどい脱力感に。
そのまま、ドアを背にずるずると沈み込んで。
言わなければ良かったかも知れない…と、少しばかりの後悔の念。
だから…またもう一つ、溜息を。
きっと…困らせてしまうから、言わずにいれば良かったと。
それでも…言わないで済まそうとすれば、それは…また見失ってしまうような気もしたから。
これが…多分、最初で最後のわがまま…だと思うから。
きっと…最後のわがまま…にするから。
石はもう、坂を転がり始めたから。
自分では…もう、止められそうには無いから。
◇
◇
◇
◇
「車…?」
こっちに使う予定の無い限りは、車を貸す事くらい異存は無い。
異存は無いが…。
「…って、お前が?」
そう言ってきた相手が、島じゃなければ…訊き返したりはしなかった。
「駄目か?」
「いや…駄目、じゃなくて…」
重ねて請(こ)われて、途惑いが更に。
そして、返答に困る古代だった。
だって、島が運転している所など…本当に見た事が無いから。
「駄目なら、他を当たる」
今なら南部も相原も地上に居るし、2日もすれば太田も還って来る。
島にしてみれば、別段…古代にこだわる必要も無くて。
「そうじゃなくて…っ!」
古代の方にも、何が何でも引き止める必要までは無いけれども…何となく。
「お前…『運転』するの、嫌いなんじゃなかったのか?」
車の運転技術そのものは、古代よりも余程巧くとも。
「…嫌いなんじゃない、好きじゃないだけだ」
艦艇の「操舵」を、仕事に選んでしまった所為か。
日常では本当に…嫌っているとしか言えないくらい、所有…どころか車を触る事さえろくにしなくて。
「どっちでも、同じだろ」
だから、古代でさえ。
それが、記憶に無いくらいに。
「仕方無いだろう?」
自分が運転しない事なんて、もう誰も知っている事だから。
誰に借りようとしても、あれやこれやと問われるだろう…などという事は、島も元より承知の上。
説明しないで済む…なら良いが。
どうせ…説明しなければならないのだとすれば、その相手は古代なら…多分。
一番、気を楽に話せる…のだろうと。
だから、最初に切り出した訳で。
「体調は…まだ、完全だとは言い切れないんだから…」
いきなり古代は、額に手を当てようとするから。
いつだったかの守の時のように、島がその手を払い落とせば。
「いや…また、熱有るのかと思って」
返ってくる言葉まで、似たような事を。
「…兄弟揃って、同じような事するなよ…っ」
心配してくれる事が分かっても、それが…どんなに有難くても。
それは…それでまた心配されている自分も、させている自分も…嫌だから。
「熱なんか、無い」
だから、島は自分への腹立たしさを、目の前の古代にすり替えて。
「怒るなよ。
だって…お前が、体調良くなさそうな事言うから…」
「え…?」
不服そうな古代の言葉に、話の…喰い違いに気付く。
体調不良を理由に任務を一度蹴って、そのまま…未だに「加療中」を建前に休んでいるのは、事実。
だが実際には、せいぜい微熱やだるさ…程度。
仕事をする事に、さほどの不都合のある訳でもなく。
むしろ…仕事の出来ない理由は、多分に精神的なもの。
1人の女性の「見失ってしまう事」の怖さに、地上を離れる事を…厭うだけ。
守や佐渡は、そんな本当の理由を既に承知しているから。
だから、他の誰も…古代も、それを承知しているのだ…と思っていた。
「いや…俺、じゃなくて…」
「え?」
言い訳の始めに、今度は古代の方が問い返す。
「…良い。何でも無い…」
そんな古代の表情に、言い掛けた言葉の続きは飲み込んで。
それが「誰」の体調の事でも、心配をさせる…という事が結局は同じなら。
今、目の前に居て。
せいぜい、それを打ち消してやれる方が良いかも知れない…と。
島は…そう考えたから。
◇
◇
◇
◇
冷静に考えてみれば、たかが一介の操舵士が、頻々として「参謀職」に逢うのも妙な話だが。
島にしても、守にしても。
軍内では、良くも悪くも「有名人」には間違いなく。
個人的に面識のある事など疾(と)うに知れ渡っているから、今更…誰も不思議にも思わない。
「来週…ですか」
それでも、島の方から勝手に訪ねた訳ではなく。
あくまでも「命令」として、呼び出されたから。
「最初の半月は、実働前の調整…だからな。
殆ど、デスクワーク…らしい」
それが、コントロールセンターの正式な辞令を突き付けられる…事だとは、その時に聞いていたから。
「今度は『体調不良』くらいじゃ、逃げられないぞ?
入院でもしてない限りは、な」
「…逃げませんよ、今更」
それよりも、もっと…逃げ出したい事さえ、もう。
転がっていくのを…自分ではどうにも止められない所まで進んでしまっているから。
「今日は、えらく…素直だな?」
何だか、楽しそうに。
机に突いた左の甲に顎(あご)を乗せたまま、笑って…自分を見上げる人に。
「諦めた…と、言って下さい」
受け取った辞令書を、元の通りに折畳みながら答える。
そう…もう、諦めたから。
彼女がどう答えて、結果失う事になるとしても。
それが…彼女の気持ちだと言うのなら僕は、それさえも甘んじて受けようと。
少なくとも…追わずに、引き止めずにいようと。
「…何か、また余計な事考えてるだろう?」
「こう…考えるように仕向けたのは、古代参謀でしょう?」
そして、そうと決まった時の…逃げ道は。
最初から最後まで、自分の意思…だけではなかったという事。
「そうだな。
何が有っても、全部『俺の責任』だ」
そんな…心中までも、既に見透かされているようだが。
「まあ…いざって時には、責任くらい取ってやるよ。
お前を…嫁に貰う以外の事なら」
「…そういう方法は、要りません」
今はまだ、ふざけた言葉に苦笑しながらでも、笑って返す事は…出来るから。
「…で?」
また、守は少しばかり真面目な顔をして。
それが、何を問いたいのか…は分かるから。
「古代に、車を借りましたよ」
答える島の言葉も、間違いなく。
「それだけか?」
「明日…です、雨が降らなければ」
「…雨?」
何の気は無く出した言葉を捕まえられて、問われるから。
佐渡との会話を掻(か)い摘(つま)んで、仕方なく繰り返す。
「降れば良いのに…とか、思ってないだろうな?」
「…思ってますよ。本当の所は」
降れば…とにかく、1日は先に送られるから。
止められないと承知している事を、やむを得ず先に延ばす事が出来るから。
かなり…真面目に、真剣に雨の降る事を願っていて。
呼び出された用件はとっくに、訊かれるだろうと思っていた事も…もう、全て話して終わったから。
「…失礼します」
当たり前のように島は部屋を辞して、それを守も…引き止めはしなかった。
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Last Update:20040520
Tatsuki Mima