Dead end:09

NovelTop | 第三艦橋Top

    時間の流れと共に、空は確かに朱く染まっていく。 白…としか見えなかった、部屋に射し込む光も。 今はもう、薄く茜色をして。
    わがままを、それと承知でぶつけてしまったから。 その選択を、彼女に投げてしまったから。 床に視線を落としたそのままで、ただ…彼女の声を待つ。
    散々追い立てられてやっと、彼女にこう言う事が出来たように。 彼女も…すぐには決められなくても、それは当然だと思うから。 ただ、黙ったままで…じっと。

    心臓は、まだばくばくとして治まった訳ではなく。 息苦しいのも、そのまま。
    望ましい答えの戻って来る事を願いながらも、そうでない言葉の返って来るくらいなら…こうして今、近くに居られる分だけ、何も…いつまでも言って欲しくないような気もして。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …途惑う。
    正直、泣けてしまいそうなほどに嬉しい。 傍に居て欲しい…と言われた事が、たまらなく有難い。 それでも…即座に了承して、肯定してしまいそうな心を、他の思いが押し止めてしまって。
    様々の思いが、一時(いちどき)に押し寄せて。 少なからず…混乱していると、自分でも気付く。
    だって…私は、罪人だから。 一度は、その手を振り切ったから。 地球の人間では無いから。 まだ…ろくに動けないから。 きっと、迷惑を掛けるから。
    でも…嬉しいから。 愛しいから。 私も…貴方に、傍に居て欲しいから。 傍に居たいから。 護りたい…から。
「…んですか?」
    貴方が選ぶのが、私…で良いんですか?
    だって…私にはもう、何も無いのに。 貴方には、まだ…何もかもが残っているのに。
「それで…本当に、良いんですか?」
    家族以上に、傍に居て欲しいと思う人が居るから。 そんな言葉は、この上なく有難くて嬉しいけれども。
「…私を…選んで、本当に…それで良いんですか?」
何か、と引き換えに選ばれてしまうほど。 私は、自分自身に「価値」を認めていないから。
「今までの『何か』を捨ててまで、私を…選んで良いんですか?」
    最初の私の言葉から、ずっと。 伏せていた顔を上げて、こちらを見ている目には気付いていたけれども。 だからこそ逆に、私は視線を床から動かせないままで居て。
「僕は…まだ、何もかも全て…は持てないから」
    かすれたような、とても静かな声に。
「今のままだと、これ以上には何も…新しく抱えられないから」
耳を塞いでしまいたい…とさえ、思う。
「…だから、僕は…今は家族を捨てる」
    ああ…やはり、また同じ。
    ここに…残りたい。 あの時と同じように、私と引き換えに…また貴方は何かを捨てようと、はっきり口にしてしまうから…。

    あの子の顔を、否応無く思い出す。
「…止めて下さい…っ!」
無邪気に、目の前の人も私も同様に「好きだよ」とあっさり言えてしまう、あの子を。
    あの惑星から、自分以外の何もかも…を取り返しが付かなく奪い去ってしまったから。 一度失われてしまったものが、二度と戻って来なかった事を…永い孤独に、嫌と言うほど分かっているから。
    あれだけの無邪気な愛情を、貴方に捨てさせたくなんて無いから。
    あんなに当たり前に、貴方の事を好きだよ…と言ってしまえるあの子から。 同じくらい当たり前に、好きだよ…と言ってもらえた私が…貴方を失わせる事なんて出来ないから。
「一度…捨ててしまったら、きっと…二度と…手に入りません」
    貴方に対するものとは違う…としても、私は…私も、あの子が好きだから。 幼くて、可愛らしい好意を、裏切りたくなどないから。 そんな事は…どうしても出来ないから。
「…他のものなら、そうかも…知れないけれども」
    正体の知れない、対象も良く知れない口惜しさに、自分が泣いてしまいそうな事に気付いたから。 尚更に、顔を上げられないでいた…そんな時。
「それでも…僕も、家族も…君も、生きているから」
何も無い部屋は、声を虚(うつ)ろに反射させて。
「まだ…いつか、取り戻せる事が有ると…思う」
静かさに、わずかに二重に重なって聞こえてくる声は、聞き憶えの有るものよりまだ…響いて。
    そろそろ…と、視線を移動させてみれば。 いつの間にか、また…すっかり俯いてしまっている貴方が居て。
    いつの間にか、また一段と深く。 部屋の中は、茜の色にすっかり染まってしまっていて、何もかも。 貴方も…恐らくは、私自身も。

「だから…今は、捨てられるから」
    家族…を捨てるのは、本当は…三度目なのかも知れない。
    訓練学校に進んだ時。 捨て切った…とは言えなかったかも知れないけれども、あの時にも…一度は確かに。 あの惑星に残る…と言ってしまった時。 結果を見なければ、あの時にも…確かに。
    経緯はどうであれ、再度手に入れることなど考えていなかったのは、本当の事。 結果、まだ…この手の中に在るというのも、本当の事。
    そんな…今までを、信じてみているだけの事。
「…戻ろう?」
    どんな答えが戻って来ても、きっと…黙って受け入れるから。 だから…何も急がなくて良い、いや…せいぜいに先延ばししてもらって構わない。
「陽が落ちてしまう前に…」
こうやって、当たり前のように手を差し出して。 この手に…まだ、君が縋ってくれるのなら。 今はまだ、そんな事の方が…有難いから。
「…良いんですね?」
    伏し目がちに、自分から視線を外したまま。 僕の手に、その手をそっと…置きながら、そう。
「私を…選んでしまって、それで…本当に…良いんですね?」
ほんのわずかだけ見上げるように、僕を真っ直ぐ見る瞳は…泣き出しそうで。
「あの時のように…私にはもう、帰る…惑星は失いんです。 それで…良いんですか…?」
    載せていただけのはずの彼女の手が、いつの間にか…痛いほどにこの手を捕まえてしまっていて。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    後は泥(なず)むばかりの、茜色の部屋に。 たった2人、それぞれに影を長く床に投げ出して。
    捕まえた手は、いつか…しっかりと捕まえられてもしまっていて。 傍に居たい…と、傍に居て欲しい…と、思う気持ちの強さはそのまま、その指の力の強さに。
    ひどく…とてもゆっくりとした速度で、静かに…約束を。 触れた唇の…温かさに、これから…を約束して。

    一緒に居たいから、傍にいて欲しいから。 だから。
    傍に居るから…他の何をおいてもそれだけは…きっと、約束するから。
    …護るから。 きっと…護り通してみせるから…。

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Last Update:20040520
Tatsuki Mima