時間の流れと共に、空は確かに朱く染まっていく。
白…としか見えなかった、部屋に射し込む光も。
今はもう、薄く茜色をして。
わがままを、それと承知でぶつけてしまったから。
その選択を、彼女に投げてしまったから。
床に視線を落としたそのままで、ただ…彼女の声を待つ。
散々追い立てられてやっと、彼女にこう言う事が出来たように。
彼女も…すぐには決められなくても、それは当然だと思うから。
ただ、黙ったままで…じっと。
心臓は、まだばくばくとして治まった訳ではなく。
息苦しいのも、そのまま。
望ましい答えの戻って来る事を願いながらも、そうでない言葉の返って来るくらいなら…こうして今、近くに居られる分だけ、何も…いつまでも言って欲しくないような気もして。
◇
◇
◇
◇
…途惑う。
正直、泣けてしまいそうなほどに嬉しい。
傍に居て欲しい…と言われた事が、たまらなく有難い。
それでも…即座に了承して、肯定してしまいそうな心を、他の思いが押し止めてしまって。
様々の思いが、一時(いちどき)に押し寄せて。
少なからず…混乱していると、自分でも気付く。
だって…私は、罪人だから。
一度は、その手を振り切ったから。
地球の人間では無いから。
まだ…ろくに動けないから。
きっと、迷惑を掛けるから。
でも…嬉しいから。
愛しいから。
私も…貴方に、傍に居て欲しいから。
傍に居たいから。
護りたい…から。
「…んですか?」
貴方が選ぶのが、私…で良いんですか?
だって…私にはもう、何も無いのに。
貴方には、まだ…何もかもが残っているのに。
「それで…本当に、良いんですか?」
家族以上に、傍に居て欲しいと思う人が居るから。
そんな言葉は、この上なく有難くて嬉しいけれども。
「…私を…選んで、本当に…それで良いんですか?」
何か、と引き換えに選ばれてしまうほど。
私は、自分自身に「価値」を認めていないから。
「今までの『何か』を捨ててまで、私を…選んで良いんですか?」
最初の私の言葉から、ずっと。
伏せていた顔を上げて、こちらを見ている目には気付いていたけれども。
だからこそ逆に、私は視線を床から動かせないままで居て。
「僕は…まだ、何もかも全て…は持てないから」
かすれたような、とても静かな声に。
「今のままだと、これ以上には何も…新しく抱えられないから」
耳を塞いでしまいたい…とさえ、思う。
「…だから、僕は…今は家族を捨てる」
ああ…やはり、また同じ。
ここに…残りたい。
あの時と同じように、私と引き換えに…また貴方は何かを捨てようと、はっきり口にしてしまうから…。
あの子の顔を、否応無く思い出す。
「…止めて下さい…っ!」
無邪気に、目の前の人も私も同様に「好きだよ」とあっさり言えてしまう、あの子を。
あの惑星から、自分以外の何もかも…を取り返しが付かなく奪い去ってしまったから。
一度失われてしまったものが、二度と戻って来なかった事を…永い孤独に、嫌と言うほど分かっているから。
あれだけの無邪気な愛情を、貴方に捨てさせたくなんて無いから。
あんなに当たり前に、貴方の事を好きだよ…と言ってしまえるあの子から。
同じくらい当たり前に、好きだよ…と言ってもらえた私が…貴方を失わせる事なんて出来ないから。
「一度…捨ててしまったら、きっと…二度と…手に入りません」
貴方に対するものとは違う…としても、私は…私も、あの子が好きだから。
幼くて、可愛らしい好意を、裏切りたくなどないから。
そんな事は…どうしても出来ないから。
「…他のものなら、そうかも…知れないけれども」
正体の知れない、対象も良く知れない口惜しさに、自分が泣いてしまいそうな事に気付いたから。
尚更に、顔を上げられないでいた…そんな時。
「それでも…僕も、家族も…君も、生きているから」
何も無い部屋は、声を虚(うつ)ろに反射させて。
「まだ…いつか、取り戻せる事が有ると…思う」
静かさに、わずかに二重に重なって聞こえてくる声は、聞き憶えの有るものよりまだ…響いて。
そろそろ…と、視線を移動させてみれば。
いつの間にか、また…すっかり俯いてしまっている貴方が居て。
いつの間にか、また一段と深く。
部屋の中は、茜の色にすっかり染まってしまっていて、何もかも。
貴方も…恐らくは、私自身も。
「だから…今は、捨てられるから」
家族…を捨てるのは、本当は…三度目なのかも知れない。
訓練学校に進んだ時。
捨て切った…とは言えなかったかも知れないけれども、あの時にも…一度は確かに。
あの惑星に残る…と言ってしまった時。
結果を見なければ、あの時にも…確かに。
経緯はどうであれ、再度手に入れることなど考えていなかったのは、本当の事。
結果、まだ…この手の中に在るというのも、本当の事。
そんな…今までを、信じてみているだけの事。
「…戻ろう?」
どんな答えが戻って来ても、きっと…黙って受け入れるから。
だから…何も急がなくて良い、いや…せいぜいに先延ばししてもらって構わない。
「陽が落ちてしまう前に…」
こうやって、当たり前のように手を差し出して。
この手に…まだ、君が縋ってくれるのなら。
今はまだ、そんな事の方が…有難いから。
「…良いんですね?」
伏し目がちに、自分から視線を外したまま。
僕の手に、その手をそっと…置きながら、そう。
「私を…選んでしまって、それで…本当に…良いんですね?」
ほんのわずかだけ見上げるように、僕を真っ直ぐ見る瞳は…泣き出しそうで。
「あの時のように…私にはもう、帰る…惑星は失いんです。
それで…良いんですか…?」
載せていただけのはずの彼女の手が、いつの間にか…痛いほどにこの手を捕まえてしまっていて。
◇
◇
◇
◇
後は泥(なず)むばかりの、茜色の部屋に。
たった2人、それぞれに影を長く床に投げ出して。
捕まえた手は、いつか…しっかりと捕まえられてもしまっていて。
傍に居たい…と、傍に居て欲しい…と、思う気持ちの強さはそのまま、その指の力の強さに。
ひどく…とてもゆっくりとした速度で、静かに…約束を。
触れた唇の…温かさに、これから…を約束して。
一緒に居たいから、傍にいて欲しいから。
だから。
傍に居るから…他の何をおいてもそれだけは…きっと、約束するから。
…護るから。
きっと…護り通してみせるから…。
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Last Update:20040520
Tatsuki Mima