頬と頬を重ねるようにして、きつく…その首を抱き締める。
縋るものなど、それより他に無いという事を今更、思い出したように。
いつかに…自分の誓いも、惑星(ほし)も捨てた時から、他に何も無かったのに。
自分のものではない呼吸を、耳元に…聴く。
温かさが、何かを融かしていく。
そんなものに、溺れてしまいそうになっている自分を…まだ意識している。
けれども…そんな意識も、少しずつ遠去かっていくような。
きっと、もう…溺れてる。
だって…こんなに、呼吸(いき)が苦しい。
◇
◇
◇
◇
溺れながら、無為に水を掻くように。
その手が偶然に、漂う水草を捕まえてしまうように。
ひどく…近くに在る。
その感覚だけで空に泳がせた手で、君の腕と…肩を捕まえて。
やっと、一呼吸。
そして、二呼吸。
息を吐く。
傍に居て欲しい、そう望みながら。
近過ぎる距離に、逆に息苦しくて…抱いてくれる腕を引き剥がす。
『何処にも行きません、貴方の…傍に居ます』
この上無く、望ましい言葉を聴きながら。
その声が…あまりに耳元で、怖くなる。
精一杯に俯いて、それでも目に入ってくる姿の一部さえに…恐怖して、目を引き瞑(つぶ)って。
「…ごめん…」
腕の長さだけ突き放して、泣けそうなくらいに。
そのままで…また、一呼吸、二呼吸。
引き剥がして、突き放しておきながら。
この手に捕まえたものを、離す事も出来ないでいて。
…大丈夫、泣かないで…いられる。
声を震わせないままで、多分…言葉が作れる。
「ごめん…何でも、無いから」
自分自身でさえ、おかしいと思っている。
そんな醜態を晒しておいて、今更。
馬鹿馬鹿しく響く言葉を…それでも、言わないままでは…本当には突き放せなかったから。
追おうと思えば、きっと簡単な事だった。
けれども…そこから動かないで、黙って見送った。
『何でも無いから』
あれだけの強さで、この腕を捕まえて。
ああまで…怯えた瞳(め)を、こちらに向けた人に「何も無い」なんて「嘘」でしか在り得ない。
名前も知らず、逢った事さえ無い誰かの死に。
心根の優しさから、その誰かを悼む…ではなく。
人間(ひと)の死…そのものに、あんなに簡単に精神(こころ)を引き摺られている人に、何も無い…なんて。
それをわざわざ言ってしまうのは…きっと、自分で…そう思いたがっているからなんだろう、と。
それを追ってしまえば、そうと信じたがっている人に「それは違う」と言葉を突き付けるも、同じ事だから。
言葉と、行動と…感情がバラバラだ。
支離滅裂さは、自分でも呆れるほど。
着替える時間さえ待てなくて、リビングに駆け戻っておいて。
こうやって…また、部屋に逃げ戻って来て。
自分から話をしておいて、会話を続けられなくなって身勝手に打ち切って。
傍に居て欲しいと願いながら、その距離が近くなり過ぎて居た堪れなくなる。
一体、自分は…本当には、何がしたい?
何を言いたい?
ほら…そろそろ、不安が足下から這い上がってくる。
君との間に、壁と扉の有るだけで…そうして姿の見えない、声の聞こえないだけで、ここまで。
けれども、君を目の前にする事が今はまた、怖いから。
だって…君は一度、目の前から消えたから。
…違う。
それは、過ぎた事。
今じゃない。
『何処にも行きません、貴方の傍に居ます』
分かっているのに…。
『一緒に行きます』
また、過去の事の方が近しくなってきている。
…思い出せ、今がいつなのかを。
ここが、何処なのか…を。
◇
◇
◇
◇
少しばかり…口惜しくも思ってしまう、何も出来ない自分自身に。
そして、少しばかり…腹立たしくも思ってしまう。
ああいう状態でまで、私に「何でも無い」と言ってしまう人を。
一体、何の為に私たちは、こうやって一緒に居るのか。
傍に居たい、そして…傍に居て欲しい。
それは本当。
この地上に、私の行く場所など他には無い…それも、本当。
それ以上に…貴方を、護りたい。
今更ではなく、あの惑星(ほし)の上から、あの星の海の中から…ずっと。
本当に…何も無い時なら、ただ傍に居られるだけで良い。
貴方の日常に関わっていられる、そんな事さえ、一度は諦めもした身には過ぎる幸い。
…でも。
『何でも…無いから』
今の貴方の、その言葉は…嘘なのでしょう?
それならば、護りたい。
何でも良い、貴方の為になりたい。
役に立ちたい。
そう思って…伸べた手を振り払われてしまったら、私は。
一体、何をすれば良いんですか?
ただ、こうやって…じっと待って、見ているだけしか出来ないんですか?
私では…貴方を支えられないんですか?
頼っては…戴けないんですか?
◇
◇
◇
◇
陽が落ちかけて、差し込んでくる茜色に、部屋の灯りを。
陽が落ちてしばらくに、やっと…いつもと変わらないような様子で、貴方が部屋を出てきた。
普通に…笑って、当たり前に会話をして、変わる事無く食事を摂って。
それに…違和感を感じてしまうのは、きっと…その前を知っているから。
あの事が無かったら、気付かないでいたかも知れない。
もしかすると…今までにも、在った事なのかも知れない。
迂闊にも、気付けないでいただけで。
それほどに上手く、騙されてしまっただけで。
いつものままの時間を、時計は刻んでいく。
相当に深刻な事態も、時と場合によっては第一艦橋外(した)では黙ったまま。
ちょっとばかり利口ならば、状況から簡単に読めるだろう事までも、訊ねられてしまえば白々しくも笑いながら否定して。
最初の航海から、そんな事も要求されて、こなしてきて。
好むも好まぬも、それも「仕事」のうち。
否も応も無く…嘘を吐く事に慣れていった、自分。
嘘を吐く事など、簡単な事。
難しいのは、それをそうと悟られないように振舞う事。
口にした嘘を、本当ではないと理解しながら…真実だと、自分に信じさせる事。
自分が信じていない事は、他人にもそうと…何となく伝わってしまうから。
誰でも、幼い子供でもない限りは、素直に感情や思考をそのまま表には出さないでいる。
嘘でもなく、演技でもなく。
表面も内面も、どちらも等しく同一の人格。
自分の…自分たちの場合、それが一般の人よりも少しばかり…遠く、懸け離れているだけの事。
「まるで、別人のよう」
そう評されようとも、どちらも…自分自身。
慣れてしまって、さして…どうとも思わなくなってしまっている事に、時々…どうしようもなく疲れて。
偽りを口にする事が、実際を黙っている事が、辛いと思う事だってある。
今までにも…何度か、覚えのある事。
いつものままの速度で、流れていくこの部屋の中の時間。
そうと思って見れば、普段よりも口数の無いようにも感じる。
こちらからの言葉に、返ってくる言葉がいつもよりも、ゆっくりとしているような気がする。
思い込み…なのかも知れない。
分かっていて、口に出さないで居る事は出来ても、忘れてしまう事は出来ないから。
何も無かったように立ち居振る舞う人が目の前に居るから、忘れてしまったような振りをしているだけの事で。
辛い…と感じてしまう、いつも…を繕(つくろ)う事が。
それ以上に、辛いと感じてしまう。
意識に捨て切れなくて、いつもを繕い切れない…2人が。
…駄目なんですね、どちらもが「本当」を知っている時には。
それぞれの芝居に、騙され切れてはくれないそれぞれが居るから。
私の心の中にしかないものを、芝居にして。
貴方を…還す事なんて、あれほどまでに簡単に出来てしまったというのに。
◇
◇
◇
◇
嘘を吐く事と、何も言わないでいる事。
どちらも…真実を言わないで済ませるという点では、全く同じもの。
本当の事なんて話したくない、触れたくない。
そうかと言って、嘘を吐くのは上手くない、心苦しい。
それなら…黙っている方が、よほど楽な事。
そうして、また…時間だけが過ぎていく。
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Last Update:20040827
Tatsuki Mima