何が…どう在ろうと、時間だけは変わらずに過ぎていく。
睡眠は、万能の治療…では無い。
それは…分かっている。
しかし、睡眠が身体を休める事でもある以上、眠らぬ事は体力を磨り減らしていく。
思考までもを磨り潰していって、身体以上に精神を傷付けていく。
貴方を気遣うつもりの有る事は、一番最初として当然に。
貴方と向き合って、騙され続けてはいられない自分が、辛くあったのも…一つには。
だから…随分と、そう言ってしまいたくて仕方が無かった。
ただ…そうと口にしてしまうには、いつもに較べれば早過ぎる時刻に。
きっと…安々聴き入れてくれないだろうと感じたから、ひたすら時間の過ぎるのを待っていただけの事。
「もう…お寝(やす)みになった方が…」
壁に掛かる時計を、わずかに見上げながら君が。
そう言われた事に、正直…ほっとしている自分。
あと少し、眠ってしまうまでのいま少しの時間を、笑って過ごせば。
この…いつもを繕っている自分自身から、取り敢えず…逃げられるから。
夜を過ごせば、朝になる。
今日を過ごせば、明日になる。
夢の間に、今の状態がなりを潜(ひそ)めてくれるのかどうか知れない。
けれども、明日の仕事を理由に数時間は、こんな状態で君の前に居る事からは逃げられるから。
演(しば)う自分が、そこまで苦しい訳じゃない。
仕事の中でなら、ここまで辛くない。
ただ…この部屋で、君の目の前に在る事が…ただ、どうしようもなく。
◇
◇
◇
◇
君の手を取ったまま、迂闊に寝入ってしまった、最初の日。
やはり、この袖を捕まえてくる手に、微かに苦笑しながら。
「傍に居る」事を重ねて約束した、その次の日。
だから…同じ寝台に。
否応無い君との距離に、また…何かに溺れていく息苦しさ。
呼吸さえ演じねばならない近さに、足掻(あが)くは諦めて、眠りの近付いてくるを待つ。
自分に…よりも、君に。
君の五感が現(うつつ)を離れて夢に移れば、自分は現(ここ)に居るままでも呼吸(いき)が整えられるから。
なかなか近寄って来そうにない夢を待つより、きっと…早いだろうから。
瞳を閉じる事に力を使い過ぎて、頭痛を感じ始めた頃。
君の呼吸が、平坦になった事に気付く。
思わず、深く永い息を吐く。
眉間に集めていた意識が散っただけで、頭痛が遠退(とおの)いていく。
それからしばらくを、身動(みじろ)がないまま。
その眠りの確かな事を、充分な時間に待って…やっと、そろそろと目を開く。
それから…起こしてしまわないように、ひどくゆっくりと半身を起こして、また息を吐く。
俺は…何を、しているんだろう?
傍に居たい、居て欲しい。
それは、変わらない。
そうしていられなくなったら…という仮定にさえ、十二分に恐怖して。
君の消えていく錯覚に、知らず捕まえてしまうほどに。
護りたい、そんな想いはそれ以上。
だから…こうして、傍に居る。
あの惑星(ほし)の散った時も、彗星に対峙した時も。
君の目覚めた時にも、どうしようもなく泣きたかった時にまで。
自分は…君の傍には、居てあげられなかったから。
傍に居て、何か出来る…などと自惚れてなんていない。
居ても…きっと、何も出来ないかも知れない。
それでも、傍に居なかったなら最初から、全く…何一つさえ君の為になりようが無いから。
…何も、出来なかった。
それが…自分が、君に対してしてきた事の全て。
信じられない速度に、諦めも思った時、一つの惑星(ほし)を犠牲に、時間(とき)を稼いで。
それよりもまだ近く、自身の死を間近に見ていたのを、こちらに引き戻したのも。
そして…今生きる、この地球(ほし)が現在(いま)ここに在る事さえ。
何もかも…全てを、背負わせてきた。
それも…自分が、君に対してしてきた事のうち。
…だからこそ、君を…護りたい。
これ以上、君が何を背負わずとも済むように。
これ以上…君が、1人で居なくとも済むように。
そうで無ければ…自分は。
君の傍に…なんて、居られない。
護る事も出来ずに、また…その細い身体に何かを背負わせてしまうようでは。
君の隣に…居る、資格…なんて、きっと…無い。
◇
◇
◇
◇
つ…と、わずかに引かれる感覚。
過剰なほど…本当に眠っている人までも、間違い無く起こしてしまいそうなほどに、寝台を揺らして…振り返れば。
横になったままの君、けれども…確かに目覚めていて、この上着の裾を…軽く押さえていて。
「あ…もしかして、起こした…?」
…違います。
最初から、ずっと…眠っていなかったんです。
一旦、手を離して。
そろそろと起き上がりながら、気持ちは…溜息を吐きたいほど。
どうして…この人は何もかも、1人で考えようとするんだろう…と。
「…眠れないんですか?」
暗闇(やみ)は、好きじゃない。
その為に、ギリギリまで照度を落とした間接照明が一つだけ、今でも。
昼の明るさには較べるべくも無いが、それでも慣れてしまえば、相対する人の表情もはっきり読めてしまうほどの、仄(ほの)かさ。
「いや…ちょっと…」
そんな事は無い…とでも、きっと言おうとして。
実際、眠らないまま半身起こしているを認められていて、それも如何にも言い訳だと思ったのだろう。
否定しかけて、否定せずに。
横たわるに投げ出していた脚を引き寄せて、その場に座り直しながら。
また…今度は右の袖を、そっと捕まえた。
この暗さに慣れた目は、気遣わしく見上げてくる瞳(め)をはっきりと見ていた。
その気遣わしさが、怖くなる。
その…こちらを見る瞳に、胸が痛い。
捕まえられた袖が…腕が、熱くて…重い。
振り返った時のままの、中途半端に捻(ねじ)れて、少し傾いた半身。
突いた右腕は、君に触れられて…感覚を失くしていく。
…駄目だ、沈んでいく。
そのまま、また…溺れてしまいそうだ。
ほら…また、こんなに…呼吸(いき)が苦しくなっていく。
それを逃れようと、そろそろ…じたばたと足掻きたくなってくる。
その瞳から、その姿から逃れようと俯いて、目を閉ざして。
少しだけ大きく、無理矢理に息を吐く。
溺れてしまったら、きっと…いつかのように君は、その手を差し伸ばしてくる。
そんな君の手を…うっかり、取ってしまえば…また、君に何かしらの無理をさせてしまう。
いつか…その生命まで削ったように。
それを、許してしまったら…僕は…。
「…私は…貴方の傍に居て、良いんですか?」
そんな言葉に、ひどくゆっくりと顔を上げる。
「私は…ここに居ても、何も…出来ないんですか?」
そんな…泣き出しそうな顔をして、私を見ないで下さい。
泣きたいのは…私の方です。
「貴方の為に、何も…出来ないんですか?」
その言葉と同時に、捕まえていた手を振り払われた。
驚くほどの強さと、素早さで。
はじかれた指に、痛みを感じてしまうほどに。
◇
◇
◇
◇
「…て、良い…っ」
擦(かす)れ切って、殆ど意味を成さない声。
「何もしなくて…出来なくて、良い…っ!」
叱られた子供が、泣きじゃくりながら言い訳を叫ぶように。
この手をはじいた右腕をまだ、その勢いのまま宙に置いたまま。
あの時よりもまだはっきりとして、強く…怯えた眼(め)を、こちらに向けたまま。
「そんな事の為に…僕は、ここに居るんじゃない…」
さっきよりもまだはっきりと、泣き出しそうな…その直前。
「これ以上、君に…何も、して…欲しくなんか無い…っ!」
そこまでを叫んで、落とした右腕を左の手で抱え込んでしまって。
…怖かった。
だから…僕が、君の傍に…居る事が。
君が、その性質のままに何かに…誰かに手を差し出そうとするのを。
止められないまま、見ているしか出来ない…だろう事が。
もしかしたら…それが、僕に向けられてさえ、どうにも…出来ないかも知れない事が。
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Last Update:20040830
Tatsuki Mima