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NovelTop | 第三艦橋Top

    …駄目だ…壊れていく、感情の堰が。 もう…繕う表面が、追い着かない。
    最前まで、君に触れられていた右腕がわずかに、震えているのが分かる。 それを抱え込む左手も、押さえる意味の無いほどに。
    引き瞑(つぶ)る固さに、また眉間が熱く、痛むほどまで。

    …堕(お)ちていく水底(みなぞこ)に、そろそろ…呼吸(いき)も止まりそうだ。

『何もしなくて、良い』
    そう言いながら、この手を振り払われてしまう…はっきりとした拒否。
    それと同時に、どうしようもないほどの口惜しさ。 やはり、私の居る意味なんて…何も無かったと、泣けそうなまでの情けなさ。
『これ以上、君に何もして欲しくない』
    重ねての、強い拒絶に…いっそ、絶望を。
『…これ以上』
    これ…以上…? この官舎(へや)の中に、私が貴方に、どれだけの事を為(な)せていた…と?

    …そして、やっと…その言葉の本当の意味に、気付く。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…大丈夫です。 私は…死にませんから」
    溺れていく息苦しさに、遠くなりそうだった意識に。 聴覚を捨て始めた耳に、微かながら…確かに。
    恐る恐る…に開く、俯いたままの目の中に。 斜めに揃えた膝と、その前に突かれた両の手。 そろそろ…と顔を上げてゆけば、すぐ…そこに君の顔。
    背を屈(かが)めて。 低く俯いた僕に仕方無く、低い位置からそっと覗き込む瞳(め)。
「貴方の…為になりたい。 でも…無理はしませんから、もう…絶対に」
    微笑いも無く、涙も無く。 ただ…静かに、真剣な表情で。
「それでも…駄目ですか…?」
    …駄目だ…それは、僕が…溺れてしまうから。 君の想いに…。
    気付かなかった。 しかし…知らず、口の端(は)に上(のぼ)せていたようで。
「傍に居ます、いつも。 浮くも…沈むも、いつでも」
    照明(ひかり)の加減か、君は薄く…ほんの少し淋しそうに微笑って。

    言葉にしながら、自身のしてきた事を思い返す。
    愛しい、だから…護りたい。 その気持ちに嘘は無い、あの頃も今も。 その為に…偽りも口にして、突き放すを選んで、滅びに残った惑星(ほし)も再び…滅ぼして、また…他人の生命までを奪い去って。
    その為に…何度も、何度も繰り返した別れ。
    滅びの理由(わけ)を語った日。 微笑うを演(しば)って、残った日。 尾を引く彗星(ほし)の足を止める為だけに、足下の大地を壊した日。
    そして…この地球(ほし)と貴方を、背後(うしろ)にして。
    時間の無さ、距離の近さ。 いつの時も、あの彗星(ほし)は傍に在って。 きっと…私の後ろには、それと…死が見えていたはず、貴方の位置からでは。
    …それと承知していました。 死(それ)も仕方の無い事だと、私は思っていました。 私は…一度は滅びを招いた自分自身には、その方が…むしろ良いかと思っていたのですから。
    片恋だと思っていた。 そうで無かったのは、望外の事だった。 他人に…貴方に、そんな感情を抱い(いだ)てもらえるなどと…慮外の事だった。
    …だから。
    そんな事が、ここまで…深く貴方に、傷を残してしまうなんて思わなかったんです…。

    抱えていた腕を、放して落とす。 抱えたままでは…脱力していく半身を、どうにも支え切れなくなってきたから。 それでも、そのまま前に…君に、倒れ込んでしまいそうで。
    傍に居る。 いつでも、どんな…時でも。
    それは、自分こそ思う事。 君から、言葉に聞く事などでは無く。 僕の方からそうと話して、約して、君に…認めてもらわねばならぬ事。
    傍に居る、いつでも。 けれども…こんな時には…。
「…傍に居られない、僕は。 君に…また、何か…何もして欲しくない、のに」
    約束なんて出来ない、君を護る…だなんて。 傍に居る…ではなく、居て欲しい。 護る為に…ではなく、ただ僕の…弱さの為だけに、そうと願ってしまうから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「ここに居る事さえも…ですか?」
    他に行く所も、帰る場所も無い私が。
「ただ…こうやって、貴方の傍に居る事まで。 しなくて良い…と、仰るんですか?」
それならば、私は何処にも…居られない。

「それは…」
    答えるべき言葉を、見失う。
    傍に居る、そう思っては約した事。 傍に居られない、自分の約した言葉を…自ら覆(くつがえ)して。 その…矛盾を突かれて。
「構わないんですよね…? 私は、貴方の傍に居ても…」
    構わない…ではなく、居て欲しい。 それなのに、それも答えられない。 どちらと答えても、更に矛盾を重ねてしまうだけだから。
    答えの無い事を、肯定としたのか。 その右手が、そっと…伸ばされてくる。 その手から逃げようと…思いながら、のめりそうな半身を支えているのが精一杯で…動けない。
    安々、この頬に触れてくる指。
「…構わないんですよね?」
答えられなかった事を、それと承知しているようにまた…繰り返して問うてくる。
    そして、君の左の手が。 そうして、その両の腕が。
「ですから…居ます、貴方の傍に。 こうやって…」
この困惑もしている頭を抱え込んで、また…夕方を繰り返す。 いや…それよりも、まだ強く、きつく。
    近づいてくる手さえ逃げられずにいた自分には、はっきりと抱いてくる腕など振り払えない。 息苦しさが強くなっていく、ただ…沈んでいく。

「…いつも、ずっと…傍に居たいんです」
    貴方が、私に何もして欲しくない…と思っているなら。 それは、私にとっても…同じ事。
    貴方に…これ以上、傷付いてなんて欲しくない。 既に傷付いているのなら、癒して欲しい。 いいえ…出来るなら、私がその傷を埋めていきたい。
    傍に居たい、居て欲しい。 もう、これ以上は…何もして欲しいなんて思わない。 同じ事を思っていながら、どうして…これほどまでに擦れ違うんでしょうね…?
    こうして…貴方に触れている今が、どうしようもなく幸せなのに。 それほどまでに、ただ…貴方が愛しいだけなのに。

    随分の時間の後に、ようやく君の腕を捕まえて。 けれども…やはり、今度は突き放す事なんて出来なくて、ただ押さえて…捕まえているだけ。
    君に抱かれて、自然その肩に顔を埋(うず)めるように。 耳元に、君の静かな呼吸。 触れた何処からか、君の確かな拍動。 この体中で、君の…温かさを。
『大丈夫です。私は死にませんから』
    …嘘だ。 今こうやって、君が生きているからこそ…いつか必ず、死んでいく。 それが、今…この瞬間では無いと言うだけでしかない。
『無理はしませんから、もう絶対に』
    …本当に? 今こうやって、抱いていてくれる事から既に…無理をさせてはいるのでは無く? こうも身勝手に、矛盾した…僕と居る事は?
『傍に居ます、いつでも』
    傍に居て欲しい、いつでも。 けれども…僕は、それを言葉にしてしまって…良い?

        ◇     ◇     ◇     ◇

    力の入らない指先が、捕まえたはずの君の腕の上を滑って、外れそうになる。 その度、繰り返し、爪を立てるように押さえ直そうとして。
    とうとう、重力に負けて落ちた腕は。 それでもまだ、君を…捜して。 不自然な方向に捕まえにくい腕は…諦めて、肩を抱く。
    はるかに華奢な身体だと分かっていながら、そんな君にまるでぶら下がるように、僕は。 自分の身を預けてしまって、しがみ付くように。
    …ごめん、重いよね…?
    自身の身体を、自分で支えてくれない人間(ひと)は、想像以上に重い。 繰り返した訓練の中に「負傷者」を運んで、嫌と言うほど知っているのに。 でも…さっきから、自分で自分を上手く支えられない。
    きっと…言い訳。 今…この指に、腕に…身体に、力の入らない実際までも、きっとその一つ。
    ただ…こうやって、君に任せて、抱いて欲しくて。 君に…こうやってしがみ付いたまま、ただ…溺れていきたくて。 そうしたいと思っていて…恐らくは、ずっと前から。
    もしかしたら…出逢った最初から。

    無理に、息を吐かずに詰めているような、不自然で浅い呼吸。 それも、今はもう…少しは落ち着いてきたようで。
    微かに、でも…はっきりと震えていた肩。 それも…今は、呼吸にわずかに上下するだけ。
    なかなかに聞き入れてくれない耳に、出来るだけ近い所で言いたかった「傍に居たい」という気持ち。 だから、貴方を引き寄せてしまうようにまで、そっと…でも…きつく抱いて。
    今は…良いんです、その事だけを伝えて…伝わってさえいれば。
    それ以上の…その数倍以上の、言葉にしたい想いも在るけれども。 傍に居られれば…それも、いつかには伝えられる事も有るだろうから。
    そんな時も、きっと来ます。 この地球(ほし)の上に、時間は…まだ飽きるほど有りますものね?

    か弱く支える側と、不安定に支えられる側。 まだ…倒れずに済んでいるのは、微妙なバランスの上に。
    どちらかが、わずかに身動(じろ)ぎしただけで…ほら…。

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Last Update:20050614
Tatsuki Mima