呼ばれたから、出向く。
上意下達の最たる軍内に居れば、普通以上に当たり前な事。
…分かってるんだけど、ねえ?
手近に居るから…ってだけで、どうしてこんなにあれこれ使われなきゃいけないかな…と、半分諦めた溜息も吐きつつ、僕は。
古代参謀の所に、仕方無く向かった。
当たり前だけど、執務中の参謀職には秘書くらい…付く。
呼ばれてやって来た今だって、この執務室(へや)の中に…勿論。
「…ヒトの秘書に、見惚(みと)れてんなよ。相原」
「見惚れてませんっ!」
同じ部屋の中で、その…視線がちょっと…気にはなってるだけで。
「そういうのは、官舎(いえ)に戻ってからゆっくりやってくれ」
だから、見惚れてないって言ってるのにっ。
「…僕の話、聴いてます?古代参謀?」
そんな内心の途惑いも、憤(いきどお)りも。
精一杯に隠して、表面だけはにっこりとさえして見せながら、そうも言ってのけて。
…もーっ!
何で…晶子さんが、古代参謀の秘書やってるんだよっ!?
◇
◇
◇
◇
「それは、そうだろう」
真田さんは、意外にあっさりと肯定した。
「彼女の背景を全く余所に置いて、平気で使えるようなのは古代くらいしか居ないぞ?」
「…そんなもんなんですかね?」
場所は、科学局。
別に…僕は、サボってる訳でも何でも無くて。
さっき古代参謀に呼び出された話の内容が、ここで真田さんを手伝って来い…って事で、しっかり「お仕事」のうち。
「相原。
お前…『長官の身内』って事の『意味』が、良く分かってないだろう?」
呆れたような苦笑を見せながら、真田さんが。
「分かるも何も…長官は、長官…でしょう?」
ピラミッド様を呈した、防衛軍という名の組織の最頂点。
本来、僕程度の身分なら直接逢う事なんて、まず…無く。
声さえ知らなくとも、きっと…当然。
晶子さんとの事のある以前から、名前や顔さえ憶えていてももらえたのは。
ただ僕が、偶然にヤマトと関わってきた…それだけの所為。
「やっぱり分かってないな?お前は…」
晶子さんが「長官の孫娘」…なんて事は、二度目に逢った時から分かってた事だし。
結婚しちゃえば、長官と姻戚関係になってしまう…なんて事は、改めて考えるまでも無く分かり切っている事だったし。
「だから…何が、なんですか?」
僕と晶子さんが結婚して…変わった事なんて、住所と、晶子さんの姓くらいで。
身分もそのまま、勤務も今まで通りに司令本部で通信技官してて、何にも…変わってなくて。
苦笑から変わって、もっとはっきり面白そうに笑う真田さんの様子に。
僕はさっきから、読んでいるプログラム・ソースがちっとも頭に入ってこなくなってしまっていた。
「軍事政権…とまでは言わないが。
遊星爆弾以降…良くも悪くも地球は、軍と政治がかなり近い」
それは分かっているよな…と問われて、僕は別に考え込む事も無く、あっさりと頷いて。
「分かってますよ。
それくらいは、僕だって…」
「…なら、その軍の最上位たる長官の『政治的影響力』は?」
プログラムそのものを読む事は、今は諦めて。
取り敢えず、その動きを見せてもらおうと立ち上げた端末の前で、僕は。
「えーと…もしかして、かなり…大きい、ですか?」
「かなり、なんてもんじゃない」
今更気付いて、恐る恐る…訊き返した事に、真田さんの即答。
「下手な国の首相や大統領より、余程…連邦内では発言力有るぞ?」
…それどころか、それ以上の肯定。
だから、分かってない…と言ったんだ。
改めて真田さんにそう言われても、本当にその通りでしか無いから、何も言えない。
「…ったく。
古代が、お前を科学局(ここ)に出向(まわ)すはずだな」
呆れたため息にも、何にも言えないが。
「古代参謀…ですか?」
そんな事と、僕が真田さんの手伝いするのと…何か関係有るかなあ…とは、素直に疑問。
そんな僕に、真田さんは…しばらくの無言の後にまた、もう一つ呆れた溜息を吐いて。
「…後で、南部にでも訊いてこい」
そう言った後は、仕事だけに戻ってしまって、二度と…そういう話をしないままだった。
◇
◇
◇
◇
地上に居る限りは、日付けの変わりそうな頃…が、古代参謀の当たり前の帰宅時間なんて事は、サーシャに散々聞かされて知っていた。
だから…完全に日勤で、殆どは定時に仕事が終わる僕の方が、帰宅が早くて当たり前。
まあ…古代参謀って、秘書でも何でも「周りでごちゃごちゃ」言われるの好きじゃないらしくて。
晶子さんも、大体19時とか20時とかには帰って来る…と言うより、帰されちゃうんだけど。
それまでの数時間、ぼーっと座って過ごしてるのも何だから。
どうせ大したものなんて作れないけど、何となく…夕食の支度は僕がするようになっちゃっていて。
◇
◇
◇
◇
「古代参謀…って、俺の艇に君を乗せちゃおう…って話ですかね?」
受話器越しに、南部の口からそんな言葉が出てきて。
「…何、それ?」
自分の事を言われていながら、初耳の僕は訊き返すだけ。
「君の周りが騒々しくなるだろうから、大気圏外に『隔離』しちゃえ…って話ですが?」
何か…ちょっと、引っ掛かる言葉も有るんだけど?
その代わりが、古代参謀の「真田さんの手伝い」しろ…って話になるのかな?
「…相原君。
君って、自分の置かれた状況分かってないね?」
「…思いっきり、溜息吐かないでくれる?」
だって…ホントに、分かんないんだもん。
仕方無いじゃない。
「現在の地球連邦って、軍が力持ってる訳です。
そこまでは、お分かり?」
そこまでは言われなくでも分かってるんだよ、僕だって。
思ってた以上に長官が、力を有してるって事も…今日、聴いたし。
「権力(ちから)の在る所には、利権も生まれるんです。
それは?」
「…そういうの目当ての人間が、長官の周りに居るって事?」
「長官の『身内』の周りにも、ですね」
それが「騒がしくなる」って事かな?
でも、僕…直接的な関わり少ないと思うんだけどなあ…。
「ハズレ」
それを言ってみれば、南部は即座に一刀両断に答えてくれて。
「太陽の異状で、長官は露呈しちゃったんですよ。
『孫娘には甘い』って弱みを」
それは、確かに。
一般事務の経験さえ、大して無かった晶子さんが「長官秘書」に納まったのなんて、縁故採用そのものだし。
僕たちが地球に還ってから後でも、時々まだ「お祖父さま」って言って言い直したりしてたくらいだから。
それより以前…なら、もっと頻繁に、あちこちでうっかり口にしては…言い直してたはず。
それだけでも多分…分かるよね、分かっちゃう人には。
ああ…なるほど、「将を射ようと欲せば、まず馬を射よ」って事なんだ。
「晶子さんを通して、長官に…って事だよね?」
「その『新婚な若奥さま』に直接近付けないなら、その『旦那さま』に向かう矛先も有るでしょ」
それも、そうかも。
馬に直接弓引けないなら、口取りを…って事か。
「…って、僕?」
ほんの少しだけ、無言。
「…もしかしなくても、実はものすごーく世俗に疎くない?
相原君?」
「最初、古代さんか島さんの艦に乗せようか…って考えてたらしいんですけどね。
古代参謀」
受話器の向こうに、ライターの音。
「人数が多いと、余計な人間も紛れ込みやすいでしょ」
「だから、南部のパトロール艇に…って話になった訳?」
現在(いま)の半自動化も進んだ艦なら、相当に大型艦でも最低30人も在れば足りる。
パトロール艇クラスなら、2人居ればギリギリ動かせる。
まあ…もっとも、普通にはその数倍は乗務しているんだけど。
「そういう事。
ま、謹んでお断り申し上げましたが」
わざとらしいほどに響いてくる、煙を吐く音。
古代参謀が、何か言ってくる時…ってのは大体は、頭の中では既に決定してる事だから。
ちょっとくらい文句を言った所で、引っ繰り返る事なんてまず…在り得ない。
「良く…断れたね?」
よっぽど「正論」を返したか、それ以上の口で言い負かしたか…のどちらか。
「…だって、俺。
既に、言われてますもん」
南部にしては、ちょっと大人しい…つまりは、心底呆れてるか…嫌がってるか、そんな感じの言い方で。
「…何を?誰に?」
「実家(いえ)の方から。
君に、あれこれ吹き込んどけ…って事です」
商売の上で、一番の上得意に成り得るのは「国」だから、と。
「相原君なんか乗せちゃったら、煩(うるさ)くて敵いませんよ」
自分の事だって結構面倒なのに、君のお世話まで出来ません…と。
そうしてまた、大きく煙を…息を吐く音。
◇
◇
◇
◇
ただ…好きだから。
それだけが理由で、晶子さんと結婚しちゃったんだけどなあ…。
何か、さあ…?
あちこちに、迷惑掛けてない?
いや…迷惑までは無くても、間違い無く…気は使わせてるよね?
しかも、そんな事なんて僕はろくに…今まで考えてもいなくて。
…続くんだよね、これって。きっと。
僕が、晶子さんと居る限り。
長官がいつか、軍から離れてしまうまで。
もしかしたら…そのどちらも無くなってしまった後までも、ずっと。
…うーん。
あ、晶子さんが帰って来ちゃった。
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Last Update:20040917
Tatsuki Mima