受付からの連絡に、首を捻ってみる相原である。
時刻は定時、帰り支度も始めた頃。
だから、仕事には全く差し障りも無いが…わざわざ「受付を通して」面会を願ってくるような相手に、心当たりが無かったからだ。
雪なら司令本部(ここ)に居るんだから、何にしても受付を通すような事だけは無いはず。
守にしても、その点は同様。
南部だったら、あっさり、勝手に、いきなり押し掛けてくるのが常套だし。
太田なら、前もって…大体前日くらいには何かしらの連絡が有るのが普通だったし。
それ以外の誰にしても、受付を通ってくるような人には…どうも思い当たらなくて。
だから、誰だろう…と思いながら受付まで。
何だか…それらしい人の姿の見当たらないまま、受付に名を告げてみれば。
「相原さん?」
ものすごく「下」の方から、そう声掛けられて。
改めて、隣を見下ろしてみれば…そこには小さな男の子が、1人。
一辺り見廻した時にその存在に気付いてはいたが、まさかそうだとは思わなかった。
そうして、この時に初めて。
次郎と、まともに向き合った相原である。
「…はい?」
人間、意外過ぎる言葉を聞いてしまうと、脳細胞は理解を拒否するようだ。
「だから、居なくなっちゃったんだよ」
いや…理解してなくは無いのだろうが、きっと納得出来ないんだろう。
「え…?でも、島さんだよね?」
2度目を次郎が繰り返しても、まだしつこく訊き返してみる相原だ。
自宅から予告無く居なくなった…は「家出」と言って良いのだろうが、その単語が自分の知っている島という人間の性格とは結び付かなくて。
だから、どうしても。
◇
◇
◇
◇
まずは当然に、当人の携帯に掛けてみたが、勤務中なのか無視してるのか…出ない。
「あ〜、も〜っ」
島の事だというなら、取り敢えず太田だよな…と携帯を鳴らしてみたが、出る様子が無い。
こっちは多分仕事中で間違い無いんだろうな…と判断してあっさり諦めて、今度は南部の方に掛けてみる。
「…夜勤明けで寝てたんですよ、俺」
南部のまだ寝惚けたような声に思わず謝ってみれば、そんな回答。
夜勤…三勤明けなら、朝のうちに戻ってきてるはずだ。
「いつまで寝てるんだよっ」
「放っといて下さいな」
友人同士の、どうでも良いやり取りはその辺で切り上げておいて。
相原はここまでの経緯を、南部に簡単に…だが間違い無く説明してみる。
「…取り敢えず、ここには居ませんが」
だろうね…と、相原の内心。
本当に「ベッド以外、何にも無い」と言える南部の官舎(ところ)に、幾ら何でも行ってないだろう…とは最初から思っていたからだ。
次郎なら、前回の航海の前。
病院の中で、ちら…と見掛けた憶えは南部にも有る。
はっきり対面した訳でも無いが、その意味では「全く知らない」とも言えない。
「どうでも良い事なんですが。
何で『島さんの弟』が、相原君の所に行ったんですよ?」
島さんの事なら、まずは古代さんの所に行くんじゃないんですか…と南部の当たり前な疑問。
「古代さんなら、航海中だってば」
それには、相原があっさりと答えた。
…と言うより、南部が知らなかっただけだが。
相原の方はそれを先刻承知だったから、さっきだって最初から電話しなかった訳だ。
言いながら相原が見下ろしてみれば、次郎もこくこく…と頷いていて。
「携帯に出ないし、官舎(いえ)にも居ないし」
そうして、その後の説明を引き取った。
両親は、長男の友人…と言えば古代しか聞かされていなくて、そこまでを確かめたところで手が無くなった訳だが。
「兄ちゃんはあんまり話さないけど、古代さんは良く喋るんだよ」
しかし次郎には、相原の名前を憶えていた程度に「ちょっとした心当たり」が残っていた訳だ。
息子と友人の会話を、礼儀としてわざわざ聞き耳を立てるような事はしない「大人」たちと。
面白そうなら何処にでも紛れ込んで、まだ怒られるような事の無い「子供」との差だ。
「この間、何か…ちょっと怒ってるみたいでね?」
そこに紛れて聞いていた話の中身を、しっかりと憶えていて。
古代さんの話の中に、一番名前の出てきた真田さんという人は、今は地球に居ないらしい。
その次に良く出てきた雪さんという人は、何だかものすごく忙しいらしい。
じゃあ、その2人に逢うのは無理かなあ…と。
「宙港は知ってるけど、遠いし。
対空何とかって所は、全然場所知らないし。
だったら、司令本部(ここ)で相原さんかなあ…って思って」
子供ながら、きっちり順序立てて説明してしまう様子に。
これは…間違い無く島さんの弟だよな、と思ってしまった相原と、電話の向こうの南部である。
「太田の所…も無いよね?」
「無いでしょうね。
1日2日ならともかく、もう1週間なんでしょ?」
それなら、幾ら何でも…そろそろ聞こえてきてますよ、と南部の返答。
「そうだよねえ」
そもそも太田も、家族と同居だ。
長々「お邪魔し続ける」図々しさは、島には無いだろう。
「普通に考えれば、やっぱり古代さんの所なんですけどねえ」
古代なら自分が航海に出て留守の間に、島が「居させてくれ」と言えば断らないだろうし、鍵だって渡してしまうかも知れないが。
「それ…雪さんが合鍵持ってるから、絶っ対無い」
古代が留守の間も、せっせと掃除と空気の入れ替えに通っているような雪が、その場合に話を聞いていないはずが無い。
…としたら、それが相原に聞こえてこないのは変だ。
その居場所が分かっているというだけで、島が「家を出ている」事は一緒だ。
それを、雪が不審に思わない訳が無いのだから。
つんつん…と脚の辺りを引っ張られる感触に、気付いて見下ろしてみれば。
ずっと話を聞いていたらしい次郎が、相原を見上げてきていて。
「何処だか知らないけど、誰と居るか…なら分かるよ?」
「…え?」
直接聞いた相原は勿論、回線越しに説明された南部も、充分に驚かされた。
「『お姉ちゃん』と一緒に居ると思う。
同じ日に、兄ちゃんが迎えに行って退院してるから」
「…って、それって…」
島と関わりのある女性で、退院…となると他に知らない。
「…相原君、『廻れ、右』」
「はい?」
「子供連れ」って、悪目立ちするなあ…と思いながら。
日勤明けて帰宅する人の流れを邪魔しないように、脇の方に避けてはいた相原だった。
目立っているのは、相変わらずなのだが。
「島さんが居なくなって、家族以外で一番騒ぐだろう人…って、誰です?」
言葉は違うが、要するに「内部(なか)に入って行け」と南部に言われて、つい奥の方…帰宅しようとする人たちを吐き出すエレベーターの方に目をやりながら。
「そりゃ…古代さん、でしょ?」
古代にとって、一番の友人…と言えばやっぱり島だろう。
それは分かっているから、あっさりと答えてしまう相原だ。
もっとも、その古代は航海中でこの事を知らないはずだから、騒ぎようも無い訳だが。
「その古代さんの、島さんが居なくなって騒ぐだろう性格を『一番良く分かってる人』は?」
「…って、島さん以外だと…参謀?」
兄弟だ、それも当然だろう。
「古代さんの『留守』を狙って…と言うか、こういう場合に『邪魔されないように放り出す』くらいの画策出来そうな人って、他に居ないと思いません?」
…それも、確かに。
◇
◇
◇
◇
「気付くのは、意外に遅かったな」
まあ…正しい判断力は有るようだから、良いか…と言われて。
思わず、そりゃどうも…と呟いてはみたが、あんまり…褒められたような気のしない相原だった。
次郎に外来者用のIDを取った上で、南部が言った通り「廻れ、右」。
守の執務室まで行ってみれば、本当に…その通りで。
いや…相原だけが訊ねたなら、もしかしたら答えないつもりだったかも知れないが。
守だって、島と同じく年齢の離れた弟を持つ身だ。
それも、不意に「居なくなって」弟に不必要に悲しい思いをさせたところまで同じ。
次郎を前にして、あっさりとその兄の居場所を教えて。
居場所を略地図に描いてもらうなり、有難う…と礼を言い捨てるように飛び出して。
執務室(へや)の入口に相原が、ついて行こうか…と慌てて問うたのにも、分かるから良い…と振り返りもしないで。
「航海士の弟が『地図見ながら迷う』事は無いだろ」
大丈夫かな…という相原の呟きに、これまたあっさりと守が言い放つ。
「…年齢分かって、言ってます?」
「手ぇ引いてもらわなきゃ何処にも行けない、帰れないような幼児(ガキ)には見えなかったが?」
…そんな訳で。
次郎は現在(いま)、途惑ったテレサの目の前に居た。
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Last Update:20070508
Tatsuki Mima