Poco a poco:03

NovelTop | 第三艦橋Top

    日付の変わってから戻ってきた島は、困った表情のテレサに出迎えられて。
「…次郎が?」
自分の出勤(で)てから間も無くの出来事を、恐る恐る…といった様子で伝えられた。
「ええ…」
    それと認めた時には、既に体半分ドアのこちら側。 退院出来るまでに回復した事を、素直に喜んで言葉にしてくれるから…つい、その礼も言って。
「あの…良かったんですか?」
    そのまま、無邪気に島の所在を問うて来るから。 誤魔化しようも無く少しばかり前に部屋(ここ)を出た事、戻ってくるのは夜中になる…と、正直に答えてしまって。
「…良いよ。 そのうち…来ると思ってたから」
    何にしても、いずれは分かるだろうと思っていた。 今、官舎(ここ)まで辿り着けなかったとしても、古代が還ってくれば間違い無く問い合わせて。
    …そうすれば古代はきっと、まずは電話を寄越すだろう。 それに答えてしまえばその場で、答えなくとも直接コントロールセンターにまで乗り込んでも来るだろうから。

    何もかも捨てて、逃げ出したかった訳じゃない。 現に…自分は軍から離れても居ない、簡単には追えないほど遠くにも行っていない。 家からの着信に応える気の無かっただけで、携帯さえそのまま…だ。
    ただ…家族よりも、テレサの方を選んだ。 それを、その家族に突き付けてしまいたかっただけ。
    次郎じゃなくて、古代でも…誰でも良かった。 誰かが来て、ここにテレサの居るを見て。 それがどういう経路でも、家にまで伝わってくれるのなら。

「チャイムを鳴らしたのが誰だか確認するまでは、ドアを開けない事」
    一度ならず、今までにも繰り返した言葉を、ここでもう一度繰り返してみる。
「…はい、そうですね…」
    その通りにしていれば、自分は今日、ここで次郎と直接向き合う事も無かった。 こんな事で、それを嫌と言うほど思い知って。
「…気にしなくて良いよ。 これから、気を付けてくれれば」
    項垂(うなだ)れてしまった肩を、優しく…1つ2つ叩いて。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    あんなに捜し廻っていたはずなのに、いざ…その居場所が知れると黙り込んでしまった両親に。 どうしてなんだろう…と、分からず首を傾げてみる次郎である。
    だが、分からないままでも時は過ぎて、日は移る。
「じゃあ、明日…兄ちゃんの居る時にまた来るね?」
そう無邪気に、しかし相手にとっては不本意ながら…否応無く約束させた、その翌日が。
    また、昨日の繰り返し。 学校の終わるや、荷物だけを家に放り込んで。 さほど遠くも無い距離だが、電車(チューブ)を乗り継ぐ分だけ仕方無く時間を費やして。

    …帰らない。 次郎の問いにまず、そうはっきりと短く島は答えて。
「今までと、何がどれだけ違う?」
    俺が…居ても、居なくても。
    訓練学校に入学(はい)ってからのこれまで、あの家は「生活の場所」では無くなっていた。 数ヶ月に1度、せいぜい数日を過ごすだけで。 1年を帰る事無いまま、往復を航海していた事だってあったのに。
    特に、その頃から後の記憶しか無い次郎にとっては、尚更。
「俺の…居ない事は、むしろ当たり前だろう?」
    そう言われてしまえば、違う…とは決して言い切れない次郎だ。
    母親は、家に帰ればいつも居る人。 父親は、毎日帰ってくる人。 だが…島だけは、顔も声も…うっかりすれば、その存在さえ忘れてしまいそうなほどの時間を身の周りに居ない人。 それが普通だと思って、今までを過ごしてきた。
    確かに、今。 島がこうやって別に居を構えたとして、その事が生活のパターンとしてどれだけ変わるだろう?
「でも…全然、帰ってこない? もう、絶対?」
しかし、殆ど帰ってこないという事と、二度と戻って来ない事とは違う。
「…さあ、どうかな」
    次郎の今度の問いには苦笑してみせながら、分からないよ…と島は答えた。
    現在(いま)すぐも将来的にも、戻る事があるのかどうか分からない。 それは島の本当に正直な気持ちだ、全く嘘は無い。
    次郎の事だから、既に昨日のうちに両親には話しただろう。 自分が居ると教えられた官舎(ばしょ)に、当然のようにテレサという「女性」の居た事を。
    次郎はともかく、人の親とまでなっている2人に…それがどういう意味なのか分からないはずが無い。 だが…何のリアクションも無い。 怒りも諦めも承諾も、非難や反対でさえ…何も。
    その無言を、身勝手に「良い方」に解釈してしまえるほど図々しくは無い。
    だから…もっと正確に言えば、帰れない。 家族よりも彼女を選んだのだから、その彼女を不愉快にさせてしまうかも知れない可能性が少しでも有るのなら。

    兄弟のやり取りを、テレサは少し離れた所で聞いていた。 どうしよう…と思いながら。
    何故なら、現在(いま)のこの状態を招いたのは、明らかに…私の所為。 私が、いつかのように「独りで居る事」を選ばなかったから。
    …それが島で無くとも、誰であっても。 誰かと一緒に居たい…暮らしたいと願う事は、自分以外の誰かのこれまでの生活を変えさせる事にしかならない。
    そして…それが島であった場合、これまで共に暮らしてきた家族を捨てさせる以外の何でも無く。
「私を選んで、本当に良いんですか?」
    あの時、テレサはそう訊いた。 選ばなくとも良い…と拒否するようで、しかし…その前に島が既に「家族より君を選ぶ」という意味の事を口にしていた。
    自分の一言二言で、あっさり翻(ひるがえ)すような言葉なら…最初から言ってしまわないだろう事を分かっていながら問うたなら。 何を問うていないのと、全く同等。 その前に言われた言葉を、何も拒否していないのと同じ。
    島に選択の機会を、再考の時間を与えた訳じゃない。 その振りを見せながら、もう一度同じ事を言わせてみせただけ。 繰り返す事に、自分がその言葉をもっと強く信じられるようにする為に。
    それをテレサは、しっかりと自覚してもいたのだから。

    少しばかり考え込んだ後、次郎が一言島に問うた。
「兄ちゃんは…お姉ちゃんの事、好きだよね?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    極めて無邪気に、真顔で問うてくる次郎にいっそ苦笑してしまうしかない島だった。
「…そうだな。好きだよ」
だが、決して答えにくい問いでは無かった。
    次郎の問うてきている意味が、ごく単純な「好き嫌い」なのだと分かっているから。
    晴れた日が好き、雨の日は嫌い。 犬が好き、猫も好き、でも虫はちょっと嫌い。 そんな…それと同じような、ものすごく分かりやすくて、単純な。
    好きと嫌いを問われて、どうして…嫌いと答える? そのたった1人の為にそれ以外を捨てる事を選んで、ここに現在(いま)居ると言うのに。
「じゃあ、僕は?」
    …こちらの方が余程、返答に途惑った。 たっぷりと一呼吸、二呼吸。
「2番目…かな」
    同じ「好き」という言葉にすれば、並列してしまう。 それだからわざわざ、そういう言葉にして返して。
「だから…テレサを選ぶ、それで良いか?」
    俺の中で「好き」に順位を付けてしまうなら、次郎よりも…誰よりもテレサの方が上位(うえ)だから。 それで…それが「俺の帰らない理由だが」良いか…と。

    今までも滅多に居る事の無かった島でも、やはり兄は兄。
「…そっか」
    幸か不幸か、次郎が。 その言葉の意味を…本当に分かったのかどうか、それでも読み間違えるような事は無かった。
「じゃあ…僕、もう来ない方が良い?」

<< PREVIEW | NEXT >>

| <前頁
Last Update:20070508
Tatsuki Mima