自分自身でも、とんでもなく間抜けた返答だ…とは思いながら、島は。
「…は?」
それでも、それ以外には言葉もどうしても思い付かず、たったそれだけを。
「なーにを聞いとったんじゃい、お前さんは…」
呆れたような顔をして、佐渡がそう返してくるのも当然。
「いや…あの…本当、なんですか?」
途惑い…というよりは、よっぽど狼狽…に近い。
それが表情(かお)だけでなく、言葉にもかなりはっきり出ている島に。
「…こんな事で、嘘を言っても始まらんじゃろうが」
佐渡は、なお一層呆れた顔を見せながら。
見た目に即しただけの時間を、佐渡も医師として過ごしてきた。
専門は外科で間違い無いが、何分…こんな時代だ。
専門がどう…なんて言っていられない場合も非常に多くて、専門外だと思われる患者を診てきた経験も少なくない。
診察の結果、今と同じ事を告げた事だって幾度となくあった。
人の事情は、種々雑多。
一般的に「喜ばしい」とされている事が、有難くない人だって中には居る。
だから、自身の言葉に様々な反応を見せる人たちを、たくさん見てきた。
…だが。
先に言ったものの上にまだ、困惑までを表情に織り込んだように、黙ってしまった…島と。
今告げた事の意味が分かっているのかいないのか、それには殆ど表情を動かさないまま、むしろ…そんな島の様子にはっきりと気を取られている…テレサと。
…こういう反応を見せた「夫婦」は、今まで居なかったな…と思っていた。
◇
◇
◇
◇
いつもやっている事ではあるが、帰還後の書類提出の為に宙港から司令本部に直行した…という事が、古代の不運だった。
何故なら、古代の司令本部に辿り着いた頃はちょうど「昼休み」の時刻だったからだ。
「あ、叔父さま〜っ!」
「…あ〜あ、やっちゃってるし〜」
目の前の光景に呆れた様子も殆ど見せないまま、相原が近付いてきて。
「それくらい避(よ)けなきゃ駄目でしょ、古代さん」
「どうやって、避けろって言うんだよっ!?」
膝に手を置いて、わずかに屈み込むようにして言ってくる相原に。
サーシャを背負ったような状態で、司令本部の廊下にうつ伏せに倒れたままで古代が怒鳴って返した。
流石の古代も、後頭部に目は無い。
まして、平時の司令本部内で姪から奇襲を喰らうとは、想像だにしていなかった。
…とは言え、実戦経験も有り過ぎるほどに有る戦闘士官が。
たかが一般女子職員に突き転がされた図…なんて、非常にみっともない光景である…という事には変わりない。
「取り敢えず、起きたらどうです?」
苦笑も失笑も無い真顔のまま、相原が重ねて言えば。
「…取り敢えず、サーシャを引っ剥(ぺ)がしてくれ…」
廊下の真ん中の邪魔を避けていく靴音に、古代は顔を伏せ気味に…そう答えた。
航行管理部に書類を提出しても、受付処理の終わるまでには少しばかりの時間が掛かる。
それなら…という事で、半分はサーシャに強制されたようなものだが、昼食を一緒に…という話にまとまって。
「も〜っ、何で2人とも驚かないのよっ?」
当人としては、ものすごいニュースだと思っていただけに、反応の薄い…と言うよりは殆ど無い2人に大いに不満なサーシャである。
大体…これを言いたいが為にわざわざ、仕事が中途半端だから…と言い訳している相原を無理矢理引き摺ってきていたのだ。
途中で「叔父さま」も見付けてこれ幸い、と誘ったのに…と尚更。
いや、しかし。
サーシャにそれを聞かされた方の古代と相原だって、思わず食事の手を止めてしまった程度には充分驚いていたのだが。
「いや…驚いたのは、驚いたけど…」
「何て言うか…えーと…」
何を今更…な気もして、今ひとつ驚き切れない2人だった。
男女が一緒に「普通に暮らして」いたら、女性の妊娠は大いに在り得る事である。
それが理解出来ないほど、古代も相原も一般常識を置き去りにしては、ここまで生きていない。
サーシャの口から、テレサの妊娠を聞かされても。
暮らし始めてからを考えれば、むしろ遅かったかな…と思う程度の事でしかない訳で。
「…あれ?」
ふ…と、思い付く。
「何で、サーシャが知ってる訳?」
その相原の疑問は、ごもっとも。
島が数日前に帰還した事は、相原は当然のように知っている。
数日前…という事は、島なら帰還後の書類は全て済ませた…くらいの昨日今日のはずだ。
外に出歩く暇も惜しい…というような頃じゃない。
明日辺り古代から、それとも古代を経由して雪からそれと聞くならともかく。
ものすごく遠回りらしいサーシャから何故…と思っても、この際当然。
だが、サーシャがそれに答える暇は無かった。
「…サーシャ〜っ、お前はな〜っ」
その実父が、娘の襟首を捕まえて引っ張ったから…である。
襟と一緒に多少は髪の毛も捕まえられたようで、痛い…とサーシャが騒ぐ。
「…げ」
「昼休みですか?参謀?」
明らかに「嫌そうな顔」をしてみせる古代に反して、至極平然として訊いてみる相原だ。
こんな当たり前な時刻に、参謀職が昼の休憩に入れる事の方が滅多に無いはずだ。
だから、ここで逢うのは予想外以外の何物でも無かった。
「ここんところ、完全にデスクワークやってるんで『ごく普通』のタイムテーブルなんですよ」
そう相原が耳打ちしてきて、それは納得した古代だ。
だが、こんな所で実兄と顔を合わせたりしたくなかったから、やっぱり不機嫌そうなままだったが。
「良いじゃないっ、おめでたい事なんだから〜っ」
…確かに、めでたい。
しかし、何がどうめでたいのか、心底理解して言ってるんだろうか…と疑う2人でもあった。
養父にしろ実父にしろ、この見た目だけは「妙齢」の、実年齢なら未だに「未就学児童」な娘に何処まで性教育…もしくは「保健体育」を教えてるのか、とっても疑問だったからだ。
「お母さまだって、そう言ってたしっ」
…どうやら、その理解度は低いようだ。
「ついでに、その時にも俺が言ったよな?
そういう事は、お前じゃなくて『当人』に広めさせとけ…って」
娘が嫌がると分かって、改めて髪も引っ張る「やな父親」だったりする。
「何でよ〜っ!?」
「めでたいのは、お前じゃなくてあの2人なんだから、それを嬉しがって吹聴するのもあの2人の権利だ」
但し、言ってる事はあんまり間違っているようではなかった。
「司令本部(ここ)で親子喧嘩してると、夕方までに広まり切っちゃうと思うけどなあ…」
そう言いながら相原は、すっかり忘れていた昼食を、一口。
◇
◇
◇
◇
実は朝、既に。
出勤前に、科学局の真田にご注進に上がっていたサーシャだった。
「どうもこうも…向こうから言ってきただけだ、こっちから訊いた訳じゃない」
娘には、思いっきりな嫌がらせとともに、口論だか説得だか。
弟とその元・同僚には、階級と腕力を背景にしっかりと黙らせてきて。
「お前が、そんな…俗な事に興味持ってたとは、最初っから思ってねえよ。
ついでに言えば、お前が触れ廻って歩くほど暇を持て余してるとも思ってない」
科学局(ここ)には、あくまでも「念の為」にやってきた守である。
真田の性格として…は、勿論なのだが。
そもそも、真田が広めて廻らなければならないほど、無口な人間は揃っていない。
その話題にもよるが、相原か雪に伝えておけば旧・ヤマト乗員の間には。
サーシャに伝えておけば司令本部…と科学局中に、3日後くらいまでにはしっかり広がっているのが普通である。
「…そう言えば、雪は?」
今までの会話の中に、雪の名前が出てこなかったな…と真田が気付いて問えば。
「休み。
進が帰還(もど)ってくる当日だぞ?
万障繰り合わせて、休暇を奪取してるに決まってるだろうが」
なるほど…と納得するしかない回答が、守の口から出た。
「それはそうと、一つ…訊いて良いか?」
守が科学局に来られるのは、仕事で…もしくは仕事にかこつけて…か。
その日の仕事を無理矢理にでもあらかた終わらせた、定時をはるかに過ぎた時刻に…かの、どちらか。
今日の場合は後者だが、無理矢理に…ではなく。
完全に書き仕事ばかりのこの頃、定時を1時間ばかり過ぎた時刻には、本日の仕事が無くなった。
なので、夏の昼の長い季節ではまだ西の空の低い所に、ギリギリ濃い紫の見える頃。
「何故、止める?」
続きを促せば、そうと真田が問うてくる。
「…サーシャに言ったのと、同じ理由だが?」
つまり、吹聴する権利は当人たちにしかない…と。
だが、それであっさりと騙されてくれるような真田でもなかった。
「誰より…澪より相原より、お前の方が真っ先に広めて廻りそうなもんだがな。
澪の言う通り、誰も迷惑しない『めでたい事』なんだから」
そう言われた途端に、苦虫を噛み潰したような不機嫌さを面(おもて)に。
「俺よか利口な奴なんざ、嫌いだ」
「お前に、頭脳(あたま)以外の何で勝て…と言うんだ」
その不機嫌さを取り持とうとしない辺り、永い付き合いだ。
守が本気で、本心から拗ねていない事など真田には分かり切っているのである。
それでも、多少は不機嫌だった…のも間違いではなかったようで。
それからほんの少しの間、守は面白く無さそうに黙ったままでいて。
「何か…妙な表情(かお)してたんでな、島が」
「…妙?」
現在(いま)のお前の表情(かお)だって、滅多に見られない顔してるぞ…とは思いつつ、そんな事は言わずに済ませる真田だ。
「変に冷静…って言うか、『無表情』一歩手前?」
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Last Update:20051007
Tatsuki Mima