影を引く落日:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    さて、出勤…とドアを開いた所で…固まった。
「おはよ、相原君」
ドアを開いたその真ん前、外廊下の手摺りを背にもたれるようにして南部が立っていたからである。
「…おはよ…って、何してるんだよ?」
    いや…驚いたのは、南部がそこに立っていた事ではなく、この時刻に…だ。 相原が仕事に出ようと玄関を出る…という事は、朝もそれなりに早い時刻という事で。
「君に、朝のご挨拶してますが」
「…そういう返答する訳?」
書類を片付けて全部提出して終わって、休暇に入ったはずの南部が出歩くような…もっとはっきり言えば、目を覚ましているような時刻じゃない。
    間に合うのかどうか、そんなギリギリの時刻に家を出るような相原じゃない。 だが…今回、南部が「何を言いに来たのか」分かったような気がするから、取り敢えず。
「えーと…帰って来てからじゃ、駄目?」
遅刻を言い訳にこの場を逃れようとしてみたが、それはあっさりと。
「ご心配無く。 車で、送ったげます」
    相原の目の前にキーホルダーを鳴らして見せる南部の言葉に、却下された。

「何で、そんな面白そうな事黙ってるんですよっ」
「…ったい、痛いってばっ!」
    これも「実害」と言えば実害で、迷惑な事には変わりないが。 それでも、相手が守だった場合を考えればマシな方だ。 その場合、痛いと騒いで終わり…とならない可能性があるのだから。 襟首押さえられて小突かれたくらいで済めば、むしろお安いものである。
「も〜…」
    頭を押さえて…だけが、その名残。 エレベーターの中から、肩を並べて降りてきて。
「南部の『判断基準』って、面白いかどうか…だけな訳?」
「そんな訳無いじゃないですか」
心外だとばかりに、呆れた様子を見せてはくれる南部だが。 全部じゃなくても、殆どはそれだけじゃない…と思う相原だ。 ただ…今度は思うだけにして、言わないで済ませる。

    エントランスを出たすぐ脇がここの、外来者の為の駐車スペースで。 昼や夕方には埋まっているそこも、流石に朝のこんな時間には南部の車の他には使われていなかった。
「大体…誰から聞いたんだよ?」
    サーシャなら、南部の口に乗せられて…って事は大いに在り得る事だし、今までにも在った事だが、それもサーシャが知ってる…と南部が分かっていての事。
    島は…話すつもりは無いんだろうな、とは少し前から思っていた。
    そのつもりが有るなら、最初に南部と行き合わせた時に自分から言ってしまってそうなものだし。 その後からでも口にしてるなら、そろそろ余所から聞こえてきても良い頃だったから。
「アナライザーから聞いたんですよ」
    運転席の方に乗り込んでしまいながら、南部がそう。 それを聞いている相原だって、助手席に潜り込みながら…だったが。
「…って、何処に情報源求めてるんだよ〜?」
    冷静に考えてみれば、それと診察した医師が居るはずである。 それが佐渡だったら、当たり前のようにアナライザーが知っている事も確かに在り得る。
「細かい事聞くんなら、アナライザーほど正確に思い出す人居ませんもん」
    …アナライザーは「人」じゃないと思う。 内心、そう突っ込んでおいた相原だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    数段の途中で振り返る。 そして、自然…足が止まる。
    段の途中で立ち止まってしまったサーシャを不思議そうに、それから邪魔そうに。 訝(いぶか)しげに横目に見ながら、人の流れは左右に分かれて通り過ぎていく。
「うーん…」
    わずかに数段。 ほんの少ししか高さの無い位置からの眺めは、その下と殆ど変わらない。 そうで無くても、通り過ぎる人の姿に邪魔されて、遠くまで…なんて見通せない。
    …何か、ちょっと…やな感じ。
    ものすごく集中して、初めて。 さほど遠くも無い闇を見透かせる程度の能力なんて、有って無いようなものだ。 普段のサーシャはせいぜい、他人よりも…ちょっと勘の良い程度でしかない。

    他人の考えている事なんて、読めない。 強い好意や悪意が、それと無く知れるだけ。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…あれって、お嬢さんじゃないです?」
    出勤する人たちの流れに逆らって、司令本部の入口前に立ち止まっているサーシャは、その髪の色も有って遠くからでもかなり目立って見えた。
「…だね」
    相原の官舎から司令本部までは、徒歩でも車でもそれほどの差は無い。 流石に車だと少しばかり早いかな…という、その程度。
    この辺りはいわゆる官庁街に当たる為に、浅い地下も含めて道路や連絡線(シャトル)の軌道が立体的に交差しているから。 高低差を無視して最短距離を選べる徒歩とは違って、車だとどうしても無駄な遠回りが出てくる為だ。
    だから、出しなに南部に引っ掛かったのと、その車で送ってもらったのと…では、差し引きいつもより少し遅いくらいだった。 だから…いつもと違って相原より先に、サーシャがそこに辿り着いている訳だ。
「誰かと、待ち合わせてるんですかね?」
「違うんじゃない? こんな…始業間際だもん」
    どちらも、ドアを閉ざしながら。 相原は、言葉の途中で腕時計を確認しながら…でもあったが。
「…って。 何で、南部まで降りてくる訳?」
「食事」
    全く食事を作らないから、毎食毎食何処かで外食…の南部なので、ある意味とても当たり前な回答。
「…休みの間くらい、余所で食べれば?」
「今から余所行くの、面倒ですもん」

    振り返ったままのサーシャの、視界の真ん中から近付いたはずなのに。
「…って、びっくりさせないでよ〜っ」
声を掛けてみれば、ものすごく驚いた表情(かお)…を見せただけじゃなく、一歩後退(ずさ)ってもみせて。
    気付いてなかったのか…と声を掛けた2人こそ、それぞれにちょっと意外にも思いながら。
「お嬢さんが、勝手に驚いただけでしょ」
「何してんの? 時間、ギリギリだよ?」
南部が言い返して、相原がそれに頷きもしながら。
「えっ?嘘〜っ!?」
    言われて、その腕ごと相原の腕時計を引っ手繰(たく)るようにして、時間を確認するサーシャだ。
「嘘言って、どうするの」
    そう言ってる割に相原に今ひとつ慌てた様子が無いのは、出勤からそのまま制服だから仕事の前に着替える必要が無いから。 反して、サーシャはまだ私服のままで。
    遅刻するじゃない…と慌てて、話し掛けてきた2人をそこに放ったらかしてサーシャが屋内(なか)に駆け込んでいった。
「何、やってるんですかねえ」
    南部が苦笑しながら、それを見送っている横で。 相原は、さっきまでのサーシャがそうしていたように、その場から振り返って…眺めていた。

    …何を見ていたんだろう?
    何が在るようにも見えない、相原には毎日見慣れた風景に、少しだけ首を捻った後。 南部の声に、自分だってそう大して時間の余裕が無い事を思い出して、そこで別れた。

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Last Update:20060113
Tatsuki Mima