『…俺は、どうすれば良い…?』
思っている事が、言葉になっただけ。
恐らく…当人は、そうと呟いてしまった意識さえ無く。
そ…っと覗き込むように見下ろす瞳(め)にも、その人は…私の身体を支えるように捕まえたまま、視線が合う事も無かったから。
言った事に気付いていれば、途惑ったような表情(かお)をしてみせて、きっと…また「ごめん」と謝してくるような気がしたから。
だから…きっと。
…私こそ、どうすれば良いんですか…?
◇
◇
◇
◇
元から友人なんだから、逢うな…とまでは言わないが。
防衛軍の参謀職と、科学局の局長が連日「会談」しているという状態に、周囲(まわり)がどれだけその事を噂にするか…という事くらいは考えた方が良ろしいと思われる。
「おーい、真田。
何か…廊下が騒がしかったぞ?」
「そうか?」
それぞれ自身と友人の肩書きと、それに付いてくる権限や影響力を充分承知している割には。
「何かあったのか?」
「さあ…別に、報告は無いが…」
2人揃った場合にはそれが、倍増どころか二乗…以上されるだろうという事が、どちらの思考の外にも追い出されているのは、何故だろう?
ここのところ少しばかりお暇な参謀は、本日は科学局(こちら)に出向く事にしたようで。
だから、今日はその所為で科学局の受付から廊下までのあちこちで、こそこそ…と憶測が飛び交っていたりして。
「何か有ったとしても局長(おれ)の所まで聞こえてこないんだから、大した事は無いんじゃないのか?」
「そう言や、そうだな」
…それでも、やっぱり自覚の無い2人である。
別に、真田が呼び付けた訳では無い。
守が、勝手に押し掛けて来ただけだ。
「仕事してえよなあ」
書き仕事しかない愚痴なら、余所でやってくれ…とは、正直なところ。
もっとも、守相手にそんな事を黙っている真田では無い。
ついでに、製図机にもたれるな…と釘も刺しておく。
「ここで時間を潰すくらいなら、帰れば良いだろう?」
今現在、守がこんなにのんびりと仕事している状態になっているのは、単にシステムを切り替えている最中だから。
司令本部が全体として、ろくに仕事が無く有閑を託(かこ)っている訳では無い。
こんなに連続して早い時刻に帰宅出来る…なんて、参謀職ではまず在り得ない。
二度と有るかどうか、分からない。
これ幸いと、いそいそ…と奥方の元に帰れば良いだろうに…と思う真田だ。
「いや…早く帰り過ぎても、やる事に困るんだよな」
釘の一つや二つ刺されたところでちっとも堪(こた)えない守は、垂直に近く起き上がった製図机の面にやっぱりもたれたまま。
自覚の無いワーカホリックは、知らずそれをさらけ出すセリフを吐いてしまっていた。
「…他にやる事は無いのか?お前には」
仕事以外に趣味が有るようで無いのは、真田も同じである。
他人の…守の事など言えない。
「やりたい事が無い訳じゃないんだけどな。
今回、あんまり強い事言えないんだよな〜。俺は」
脚は最初っから組んだまま、今更思い出したように腕の方も組んでしまいながら。
今まで以上に深く、製図机に背を預けて。
「…島か?」
「他に有るかよ、現在(いま)」
余所の夫婦を暇潰しに使うな…と、真田が溜息を吐いた。
「いや…サーシャだからな」
今更改めて言われなくとも、守の娘はサーシャ以外に居ない。
事情有って、そのサーシャを預かって育てた真田には尚更、説明の要らない事である。
「俺が気付いた時には、生まれてたんだよな」
「…は?」
一応訊き返しはした真田だが、取り敢えず分かっている事は一つ。
誕生以降、尋常でない速度で成長した人間は、胎内でも「地球人の常識」からは外れた成長をみせていた…らしいという事だ。
「だから、生まれるまで…の『父親』としての経験値なんざ、俺には無いんだよ」
他に誰も居なかった惑星(ほし)で、それと告げられた経験も無く。
生まれるまでのそこそこ永いはずの時間に、期待も不安も抱いた事も無く。
…だから。
現在、娘の居る身である事は間違い無くても、何も知らないから。
「正直…現在(いま)の島の気持ちも、考えてる事も何もかも、俺にはさっぱりだ」
口惜しいけどな…と。
◇
◇
◇
◇
『泣いてたら、頭でも撫でて慰めてやってくれ』
そう言って守が出て行くのを見送ってから、そう間を置かずに古代は戻ってきた。
もっとも、泣いてはいなかった。
島には、言い負かされたのかも知れないけれども。
「何でも無い」
…と言いながらも、はっきり眉間にシワを寄せた不機嫌。
正確に言えば、不機嫌なのでは無くて考え込んでいるだけだったのだが。
それが翌日、雪が出勤してまた戻るまで…続いて。
「…ちょっと、進さん?」
言いながら、両手で古代の頬を押さえるように。
こちらを向かせたところに、思いっきり顔を近寄せて…まるで、キスの数秒前。
「麗しの奥さまが帰ってきたってのに、そんな表情(かお)でお出迎え?」
自身で口にしながら何だが、「麗しの」は無かったかしら…と思いつつ、それでもそう言ってのけた。
「もう…何、考えてるのよ?」
いきなりさに目を丸くしている古代を放して、手荷物を置きにその場を離れながら。
何を…は、島の事だ。
戻って来てから、何処に行ってたのか…とはわざわざ古代に訊かなかったが。
流れからして、それ以外には在り得ない。
「だ〜っ、もう…止めたっ!」
突然の大きな声に、驚かされて振り返れば。
古代はソファから立ち上がっていて、床をわざとらしく踏み鳴らしながらキッチンの方へ。
「何で…俺が、島の事なんか考えててやらなきゃいけないんだよっ。
馬鹿馬鹿しいっ」
…他人の事を無駄なくらいに考え込んだりするからこそ、進さんじゃない。
開きっ放しにしているドアの向こうから聞こえてくる声に、そんな事も思いながら荷物を離して出て来てみれば。
まだぶつぶつ…と言いながら、遅い夕食の準備をしていて。
考え事してても、夕食を用意してはいたのね…と。
むしろ、その事の方に呆れた雪だった。
腹立たしいが、似たような記憶が在る。
最初の航海、とんでもなく苛々としながら嵐の治まるのを待っていた頃。
一番関わっていて、一番落ち着いていられなかったはずの島より。
同じ艦の中、待ち疲れる事は同じでも、その判断には直接関わり無かったはずの古代の方が先に痺れを切らして。
今度も…それと同じ事。
当事者の島は島で、何を何処まで考えている事が有るんだろう。
だが、関係無いはずの古代もこうやってやたらと首を捻っていて…もしかしたら、島とそう大差無いかも知れないほど。
また…何か、無駄に考えてるな。
それは分かる。
あの時も今も、何について…考えているのかも分かっている。
だけど、何も出来ない。
同じ事を、ひたすらに考えてやっている…という事が、その精一杯。
そうして、煮詰まって。
事態の打破…のつもりで動いた事が裏目にも出て、結局歯噛みする。
だから、今度は。
一度、とっとと忘れてしまって…知らぬ顔してみせて。
…だけど、ここに居るから。
俺はずっと、ここに居てやるから。
今までのように1人で考えて何とかなるなら、それはそれで良い。
でも、もし…どうにもならないと思うようなら、その時は。
だから…やっぱり、俺はここに居るから。
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Last Update:20060113
Tatsuki Mima