…本当に、そこに居るの?
居る…のよね?
それと意識しているからこそ気付いたような、本当にわずかな違和感。
着替えようとしていて窮屈に感じてしまう服も有って、その事に自分の変化を知る。
いや…自分ではなく、自分の胎内(なか)の。
生きて、成長(そだ)っている。
その証明。
こうやって途惑っている間にも、止(とど)まる事無く。
ねえ…聞こえてる?
それならば、教えて。
私は…貴方を産んで、育てて…良いの?
貴方は、どうしたいの?
私は、どうすれば良いの?
流れる血と、消えていく生命が見える…この手のひらの上に。
だって…私は現実に、硝煙の廃墟の中に立っていた事がある。
折り重なって腐れていく、多数の屍の上にも立っていた事があるから。
場所を違えて現在(いま)は足下に見えなくとも、そんなものを踏みしだくようにして私は…今ここに居るから。
誰かの胎内(うち)に居ただろう、胎児(あなた)までを…きっと同じように。
…それでも私は、このまま貴方を産んで、育てて良いの…?
◇
◇
◇
◇
本気だったんだな…と、今更。
半月も経った今になって、しみじみそう思う次郎である。
「…あれ?兄さんは?」
毎週末必ず…だった以前ほど頻繁ではないが、やっぱり相当にここを繰り返し訪ねてきている。
だから、数日前が島の帰還の予定だった事も知っていたし、その通りなら今日辺りはもう休暇に入っているはずだとも分かっていた。
それが官舎(へや)に居なかったから、そう訊いた訳だ。
「あの…」
そこで初めて次郎は、兄がその次の航海を捨てるつもりで居る事を知った。
…だが、何処かでそれは無いんじゃないか…と思っていた。
何故なら、我が兄ながら「仕事をしていない」ところなどろくに見た事が無い…ような気がするから。
だからこそ、今更。
前週は友人に付き合ったから、2週間振り。
当たり前ならまた航海に出ていて官舎(ここ)に居ないはずの、島の顔を間近に見てからようやく。
ああ…本当に、本気だったんだな…と、今更。
「何で、休もうなんて思ったのさ?」
…何となく。
司令本部から戻ってきた島を捕まえて訊いたこの間と、全く同じ言葉が返ってくる。
そして、嘘だろう…と次郎の思うのも、この間と同じ。
そんな言葉を信じられるようなら、2週間前にそう訊いた時に疾(と)うに納得している。
…それは、在り得ない。
嘘も吐くのなら、せめてもう少し自分の行動パターンに似合った嘘にしておけば良いのに…と。
むしろ呆れて、黙り込む。
訊いても無駄だな…と、ちょうど空いたカップを手に席を立つ。
それを言い訳にキッチンに居るテレサの方を追い掛けて、兄からは死角になっている事を見て取ってから、同じ事を。
「え…あの、良く…分からないんです」
次郎に問われて、テレサははっきり途惑いながら。
実は、これも同じ日に問うたその答えと、ほぼ同じ。
「…訊いてみたんですけど」
続いた言葉が、この間には無かっただけ。
「…ホントに?」
先々週ならテレサもまだ、聞かされたばかりでその理由までは訊いていなかったかも知れない。
だが、幾ら何でもそれから2週間。
今までには無かったような事の理由を、テレサが一度も問わなかった…というのも考えにくければ、島が一度も全く説明しなかった…というのはそれ以上。
島の言うのは、とても白々しくて分かりやすい嘘だった。
だけど。
「ええ…あの、はい…」
次郎の知っている限り、テレサはいつも…微笑う時でさえ少しばかり困ったような顔をして、おどおど…と呟くように話してしまうから。
嘘なのか本当の事なのか、いつでもとても分かりにくくて。
…まあ、良いや。
あっさり…では無いが、諦める事にした。
これ以上を繰り返して訊いても、きっとどちらも同じ事を重ねて答えるだけだろう…と思ったから。
当の本人ですら、違和感…程度のわずかな変化だ。
触れられたとしても、きっとまだ分からない。
着衣の上から見て気付けるような、はっきりした変化じゃない。
だから、それと知っている訳でもない次郎が気付けなくとも無理は無い。
離れていく背中を見ながら、ほ…っとテレサは息を吐く。
…嘘と言えば、嘘。
けれども、何も言わなかっただけ…と言えば、それもその通り。
何と言って良いのか分からなかった、それが本当のところ。
だって…何も言えない、私からは。
島さんが、何も言わないでいるのに。
誰に何を、言ってくれないのに。
私に、どうして欲しいとも言ってくれないのに…。
◇
◇
◇
◇
「あの…話していないんです、よね?」
見送った玄関に、そのドアの閉ざされるまでを待ってから。
そこから離れる事を促す言葉と、肩に触れていった手のひらに振り返って見上げながら。
キッチンの方に離れていたから、その辺りの兄弟のやり取りは聞こえていない。
ああやって次郎に訊かれたくらいだから、きっとそうだろうとは思いながらも。
見上げてくる瞳と、言葉にまた振り返った顔が自然向かい合う。
そのまま、幾呼吸。
「…話してないよ」
言葉の途切れたままの無言に…耐えられずに、先に視線を外したのは島の方。
その前に自分の言った言葉の通りに、リビングの方に戻っていこうと…背を向けて。
「…ですか?」
既に数歩進んでいた後ろから、ひどく小さな声。
何かを訊ねてきたらしい語尾だけしか、聞き取れないようなほどの。
それから、ドアの静かに開く音。
「少しだけ…出てきますから」
振り返ったら、開かれたドアとその前の…泣き出しそうな表情(かお)。
それでも微笑いながら、そう言って…出て行くところで。
慌てて追って、ようやく捕まえたのは外廊下。
「え…あの…古代さんの所、です」
まだその腕を捕まえたままで、何処へ…と問えば途惑うように、そう。
この場合の「古代さん」は、守の方だ。
ゆっくり歩いても5分程度の距離で、今までにだってテレサ1人で行き来した事もある。
その弟の方の官舎(いえ)を訪ねた事は有るが、多分…そこまでの道は憶えていないだろう。
「…送っていくから」
困ったような表情(かお)に何か言おうとして…だが、何も思い浮かばなくて。
諦めたようにそれだけを言って島は、やっと…手を離した。
▲ |
<前頁
Last Update:20060126
Tatsuki Mima