黒白の闇:03

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    …口惜しいと思うのは、送ると言ってくれた人の横について歩いている事。
「迎えにくるから」
そんな言葉に、また黙って頷いている自分自身。

    その背中を、少しばかり見送ってから。

    ドアチャイムに呼ばれた玄関先に、テレサが居て。 その事自体はさほど珍しくも無くて、驚く事では無い。
「…あら…」
ぽろぽろ…と泣いてさえ居なければ。
    黙って、何も言わないで、ただ…泣いていて。 開かれたドアの内側に、招かれるままに1歩踏み込んではきたけれども…それだけで。
    だから、スターシャは同じようにそこに立ったまま、黙ってテレサの泣き止むのを待っていた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    傍に居たい…と願ったのは確かだが、その為に島にどうしてくれ…とは望まなかった。 実際に、一緒に暮らしていられる現在(いま)は嬉しい。 けれども、その為に島が「家族を捨てた」結果になってしまっている事も、充分に分かっている。
    それはずっと負い目となっていた、口にする事は無かったとしても。 ずっと。
    島は家族の話をしない、逢いに行く事も無い。 だから、テレサも話をした事が無い、逢った事も未だに無い。 折々やってくる次郎だけが、その例外。
    今は一緒に居ない兄に、わざわざ知らせるかのように近況を話してみせて、笑って。 だから…きっと逆に、こちらの事もあちらに話しているのだろう。
    きっと…良くは思われていないだろうけれども、それでも。 ひどく間接的であっても、自分は「紹介」はされているんだ…と思ってこられた。
    …それなのに、島は次郎に何も話してくれない。 この胎内(なか)に居るはずの生命の事を、何も言ってくれない。

    だから、ああ…やっぱり、とそう思った。
    やっぱり…この子は、私から産まれてきてはいけないんだわ…と。 少なくとも、島さんは…それと望んでいないのね…とも。

「…では、死なせるの?」
    私には、そんな事を思い悩むような時間さえ無かった。
    誰が教えてくれるでもない2人きりの惑星(ほし)で、自分の変調に気付いた時には…もう、あの子は生まれてくる直前だったのだから。
「いいえ…違うわね。 貴女は、その子を『殺して』しまうの?」
    優しくない言い方だとは、自分でも承知していながら口にした。 そんな言葉が想像した以上に今、テレサをひどく困惑させているのが見て取れる。
「現在(いま)、もう…既に存在(い)るのよ? 物体(もの)じゃないわ、何も無かった事にするというなら…そういう事でしょう?」
    蒼白な面(おもて)は俯いて、握り締めた両の手はその分だけの裾をたくし上げながら膝の上。 視線は…うろうろとしながらもやっぱり、膝の上。
    少し考えれば言われずとも分かるだろう事も、思考の中からすっかりと今は抜け落ちていたんだろう。
    ほう…と、とても控え目な溜息。 但し、それは目の前に居る女性に対して…では無く、今はここに居ない夫に対して。
    最初に「2人」がここに来た時、守も後から…だが確かにここに居た。 2人ともが、少し途惑っているらしい事には気付いていたが、知らされたばかりだから…だと思っていた。
    自身がそう…と気付いた時のように、夫にそう…と告げた時のように。
    それがそうでなかったのだとしたら、あれから今までの何処かできっと知っているわね…と。 だから、分かっていたなら私に話しておいてくれれば良かったのに…と、守に対して。

    だが…テレサには、自分に対する呆れた吐息だとしか思えなかった。

    本当に理解(わか)っての説得は出来ない、同じ経験は無いから。
「…私にも、似たような事が無かったではないのよ」
    けれども、想像は出来る。 もしも同じ状況に置かれたなら、自分ならどうするのだろう…と。 しかも、現実ではないから…とても冷静に。
    表情変える事無く、嘘だって口にする。 それが悪い事では無い…と信じられるなら。
「ええ、分かるでしょう? 守の事よ」
如何にも以前(むかし)を思い出したように、くすくす…と笑ってもみせて。
    言ってくれなかった貴方が悪いのよ? だから、悪者になってもらいます。
    今は失い惑星の「歴史」を共有する者は、私にも彼女にも居ない。 それでも、こうやって「生活」を共にしてくれる人が確かに居る。
    その事を、今の彼女が思い出すまで。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    一般事務だが、勤務先は防衛軍である。 シフトの中に夜勤は無いが、カレンダー通りの週末も無い。
「ただいま〜」
…という訳で、土曜の今日もいつもの時刻に戻って来たサーシャだ。
「…うわ」
    いつものように、玄関からそのままリビングに入ってきて。 テレサの居る事に気付いて、こっそり…小声で。
    いらっしゃい…と口と顔だけはにこやかに、だが目は室内をぐるり…と一廻り。 島が見えないのを確認して、内心は舌打ち。
    島が迎えに来るというのなら、それで良いのだが。 そうで無ければ、自分がテレサを送っていく事になるから…である。 往復でたった10分ばかりも、仕事から戻ってきたばかりでまた…と思えば気分的に嫌だ。
    迷うような距離じゃない、幼い子供でも無い、だからサーシャにしてみれば別に…送り迎えするような必要も無いんじゃないか…と思うのだが。 そういう点、妙に小煩い島…と守だ。
    2人とも、どうやら「外出」を嫌うというよりは「他人に逢わせる」事を嫌っているようにも思えて。
「お帰りなさい、サーシャ」
    優雅に、にこやかに。いつも通りの言葉。
「戻ったばかりで悪いけれども、テレサさんを送ってあげてね」
その後に続いた言葉にやっぱり…と、正直うんざり。
「え〜?島さんに、迎えに来てもらえば〜?」
    その正直な所を、正直に口にしてみれば。 さっきまでと変わらない笑顔のまま、それなら私が送っていきます…と言われて言葉に詰まる。
    スターシャがテレサを送っていく…という事は、その帰りは島が送ってくるか自分が迎えに行くか。 どっちにしても、誰かが二度手間なのは一緒だ。
「…分かったわよ、も〜」
    渋々と承知、その代わりに着替えてくるまで待て…とも断って。

「あの子は…『地球人』だわ」
    一旦リビングから出て行った、その後姿が見えなくなってからスターシャが。
「でも、私の娘よ? だから『イスカンダルの人間』でもあるの」
半分だけ…だけれども。 そう言って、微笑いながら。
    その子も同じよ? きっと地球人として生まれてくるけれども、テレザートの人間としても生まれてくるの。
「もう…現在(いま)は失い惑星(ほし)の『最後の人間』では無くなるわ。 この『血』は薄まりながらでも、また…『数』は増えていくのよ」
    お互い、1度は「自分以外に誰も居ない」世界を、哀しく口惜しく眺めた事も在るけれども。 それで終わらなかったのは、それを承知の上でも愛してくれる人が存在(い)たから。
「この地球(ほし)で混ざり合いながら、それでも続いていくわ」
    自分の生命が終われば、何もかも…途切れたままで終わると思っていたのに。
「挽回の機会を与えられたわ。 失くした惑星(ほし)を…その国民(ひと)たちを取り戻せるのよ、私自身で」
    貴女が願わないまま、その能力(ちから)でどれだけの血を流した事が罪ならば。 望んで、血を繋いでいくのは償いにはならないか?

    ぱたぱたとした軽い足音に続いて、サーシャの姿が現れた。
「じゃあ、行こっか」
着替えている間に、何で私が…という不満は何処かに飛んだらしい。 機嫌が良い…とまでは言わないが、少なくとも悪くは無い。
「も〜絶っ対、島さんに何かおごってもらうっ」
    …そういう理由だったようだが。
    一時より確かに暮れやすくなったとは言え、それでもまだまだ秋の初め。 この時間でも日没までには時間有って、空は充分に明るい。
「どちらを選ぶのも、貴方の勝手よ」
    サーシャの言葉に立ち上がったテレサの後ろから、声が追い掛けてきて。
「でも、『誰』を信じてきたのか…を見失ったら、現在(いま)地球(ここ)に暮らしている意味が無くなるわ」
「ちょっとー、ねえっ。何してんの〜?」
続いた言葉に動けないでいる腕を、玄関からの声が引っ張っていく。
「では…次回(つぎ)は、他の話題にしましょうね?」
    最後は、スターシャの笑顔がテレサの背を押した。

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Last Update:20060126
Tatsuki Mima