黒白の闇:04

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    出立しようとした地上に、その手を掴んだ…はずの人の姿を見た。

「少しだけ…出てきますから」
    今にも泣き出してしまいそうに、それでも微笑いながらそう言って戸口の向こうに消えようとした人に、その時の記憶が重なって見えて。
    …きっと、君は知らない。
    外廊下に君を捕まえられて、自分が…どれだけ安堵したか…なんて。 問うた事に、途惑いながらでも答えてくれた事が…一体、どれだけ。
「…送っていくから」
    行って欲しくない…なんて、素直に言えない。 あの時の君は微笑って自分について来てくれて、そうして…居なくなったから。
    だけど、やっぱり…ここに居て欲しい。

    記憶は…消せない。

    …きっと、君は知らない。 君の戻ってくるまでの独りがどれだけ永かったか…なんて。
    何処に居るのか分かっていた、事の片付いた後には迎えにも行けると思っていた。 それでも見失ったいつか…が繰り返されそうで、拡がっていくその不安に塗り潰されそうで。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…俺は、そんな事言った憶えは無いっ」
    帰宅して話を聞かされて、わざとらしくむ…っとした顔を見せながら守が。
「あら…どうだったかしら?」
テレサの為の嘘だったと了解していながら知らぬ顔で、くすくす…とスターシャが。
    世間一般的にも夕食の時刻。
    ここしばらくは戻ってくるのが早いから、守も官舎(いえ)で食事も出来る訳だが。 この時間まで、テレサを送っていっただけ…のはずのサーシャが戻ってこないのは、リビングと廊下の境で「おごってもらう」と宣言した通り…にしたんだろう。
    ご苦労な事だな…と、島には多少悪いと思いつつ。 ものすごく久し振りな「2人きりの夕食」の時間は、しっかりと楽しんでいたりする守である。
    だから…正直言えば、こういう話題じゃない方がもっと楽しかった訳だが。 話をし始めたスターシャの口を、無理矢理に押さえるつもりも無いからこの状態だ。
「言ってねえよ」
「…でも、状況が違っていたならどうなの?」
    場所があの惑星ではなく、地球(ここ)だったなら。 2人きりではなく、それと告げてくれるような医師が居たなら。 その期間が、お互いに途惑う暇も与えないほど短くは無かったなら。
    そして、何よりも…もしもサーシャが無事に生まれる事無かったなら。
「貴方は、何も途惑わなかった…と言えるの?」

    食欲が無くなった。 もっとも、食事はほぼ終わり掛けていたから今更食欲の一つや二つ失せた所で、栄養学上の問題は無い。
「…嫌な事、言うなよ」
「…という事は、その自信は無い…という事ね」
    今現在、当たり前の事として同じ官舎(へや)に暮らしている娘が居なかったら…なんて、考えられない。 考えたくも無い。
「私たちは、偶然に運が良かっただけよ」
    だから、全くの他人事だとは言えない。 思えない。
「でも…俺には、何にも言えねえよ」
それでも、結果的に状況が違う。 その為に、同じ経験が無い。
    想像力の無い訳じゃない、理解しようとしていない訳でもない。 だから、全く分かってやれない訳では無い…とは思う。 けれども、きっと。 本当には、何も分かるはずは無い。
    俺たちには過去の事だが、あの2人には現在(いま)で未来だ。
「ええ…そうね。 私にも、嘘…しか言えないわ」
    それならば、知らぬ事として関わらずにいるか?
「…何とか、はするさ。 放っとく訳にもいかないだろ」
    運の良い偶然が無ければ、我が身に降り掛かっていただろう事。 最悪の結果にさえ終わっていたかも知れない事…なのだから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「ただいま〜っ」
    何故か、この官舎(へや)に住んでいないサーシャの声で、帰宅のご挨拶。
「送ってきたわよ」
玄関に出てみれば、本来帰ってくる人の両肩にそれぞれ手を置いて。 こちらに押し出すようにして。
「…お帰り」
「あの…はい、ただいま…帰りました」
    近い距離と、足下の差で普段以上の身長差に、今更のやり取り。
「ね?島さんっ」
    手を貸して、テレサを一段引き上げてやるのと入れ替わるように、空いている方の腕を一段下から思いっきり引っ張られて。 前屈みに、危なく…踏み外しそうなほど。
「何か、おごって?」
「…はい?」
    サーシャの曰く。
    だって…居ないならともかく、居るんだから。 テレサさんの送り迎えは、島さんの役目でしょ? 代わりにやってあげたんだから、何か見返りの1つくらい有って良いじゃない。
    …子供のような、可愛らしい妙な理屈に苦笑しながら。 取り敢えずは、上がっておいで…と招いた。

    私が…と言うのを抑えるようにして島が飲み物の用意をしているのを、居心地悪く見てしまいながら。 隣からサーシャが話し掛けてくるのを、半分近く頭に入っていないながら当たり障り無く受け答えして。
「あ、えーと…何でも良いかな」
    カップを手渡されながら何が良いのか…と問われて、サーシャがちょっと考える。
「何でも…じゃ、困るよ」
島は苦笑しながら、その視線はそちらに向けたまま。 2つ目のカップをやっぱり手渡してくるのを、テレサは黙って受け取って。
    …何も…言ってくれないのかしら?
    何処へ…とは問われて答えたし、実際にそこまで送られもしたのだから必要無いとしても。 どうして、何をする為に…を問われないまま今が、ひどく居心地が悪い。
    それが嬉しい訳では無いが、怒られてしまった方が余程楽なのに…。

    迎えに行くから…とは言ったが、正直…そこに行くのは有難くなかった。
    スターシャが、どうにも苦手な島である。 情けないが、その前で醜態を晒している記憶が一つ。 その後ろに、守が控えている事が一つ。 それから…その背景からどうしても、テレサを思い出してしまう事が一つ。
    だから、連絡無くサーシャが連れて戻ってきてくれた事は、本気で有難かった。
    何を言ったか分からない、何も言わなかった…かも知れない。 それでも…多分、俺はテレサを…怒らせたと思うから。 そうでなければ…悲しませたと思うから。
    だから、顔を合わせたくなかった。 何も言われたくなかった、何を言われるかも知れない…と思いながら目の前に立ちたくなど無かった。
    …だから。
「じゃあ、ね…」
あれが良いかな、これも良いな…というサーシャのわがままの何処かに決着するのを待っている今が、ものすごく楽で。
    逃げている、分かってる。 だけど、向き合いたくないものからこうやって逃げているのは…楽だから。 何処まで臆病でも、どれだけ卑怯でも。

    自分は…そんなに強くも無い。

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Last Update:20060126
Tatsuki Mima