黒白の闇:05

NovelTop | 第三艦橋Top

    そうと告げられたのは、本当は…二度目だった。
「…え?」
見上げながら問い返した、最初の時。 だけど、変わらない言葉が繰り返されて降ってきただけ。
「え、いや…突然だったから、びっくりして…」
    それは、本当。
「でも…良かったね」
    これは…嘘。
    理解も納得もし切れていないで、思考はぐるぐると。 嬉しくないの…と少しばかり困ったような顔で問われて、慌ててそうじゃない…と口先だけの。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「真田さん?」
    携帯を鳴らしてきたのは、少し珍しい人だった。 どうしたんですか…と問えば、出て来られないか…という言葉が戻ってきて。
「…お兄さん、ですか?」
    真田の口調に、切迫したものは全く感じられない。 だから、何か事が起こった訳では無いだろう。 もしそうだったとすれば、そもそも科学局からではなく司令本部の方から連絡有るはずだ。
    …となると、真田に呼び出される理由が無い。
「分かってるんなら、とっとと来いっ!」
    横から、真田の携帯を引っ手繰(たく)ったんだろう。 それらしい雑音の後に、そんな守の声が。
「そっちに押し掛けられたいか?」
こちらに、この官舎(へや)に…という事は、テレサが傍に居る所で話しても…という意味だ。
    つまりは…島にとってもあまり面白くない話だろうが、それをもっと面白くないだろうテレサに聞こえても良いのか…と訊かれているのと、同じ。
    どういう話なのか、おおよそ予測が付くから嬉しくも無い。
「…分かりました、行きます」
それでも、そう答えて。

    良し…と呟きつつ、通話を終わらせて。
「じゃ、真田。 お前もたまには、書き仕事やって来いな」
「何で俺が、俺の研究室(へや)から追い出されなきゃならん」
    携帯を持ち主に返しながら、当たり前のような顔をしてそう言い放つ守に。 真田が至極当然な反論を、多少…呆れながら言ってみる。
「細かい事気にしてると、早死にするぞ?」
    だが生憎と、そんな言葉が簡単に突き刺さるような可愛らしい性格はしていない。
「…書き仕事してる方が、要らんストレスが溜まりそうな気もするんだがな」
「その意味でなら、お前より俺の方が蓄積多いぞ」
但し、それは守に限った話では無く、真田の方も十二分に…である。
「でも。 俺が精神疲労で死ぬよりは、お前が過労死する方が絶っ対早いような気がするけどな」
「勝手に、俺を殺すな」
    周囲が、何事なんだろう…と噂している「参謀職」と「科学局局長」の密談…も。 内容(なかみ)はこの程度の、ただの掛け合い漫才である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「弟…って、可愛いですか?」
「…は?」
    それは…守でなくとも訊き返すだろう。 問うた事に、全く関係無さそうな事を問い返されたのだから。
「以前(まえ)にも訊いたでしょう? 忘れました?」
「…いや、憶えてなくは無いが…いつの話してるんだ?」
    島も…進も、訓練学校に入学(はい)ってさほどでは無く…だから、本当に10年も前。
    友人だ…と進からは紹介されたが、それから何度目。 島本人からは大した自己紹介も無いまま…だから、その家族構成もろくに知らないままで、あの問い。
「何なんだよ?今更…?」
    その時にも、何なんだ…とは思った。 こいつにも弟が居るんだろうな…とは何と無く気付いたが、その時はそれまで。 自分たち以上に、島とその弟に大きな年齢差が有るなんて知ったのは、随分と後の事。
「…可愛い、と思った事無かったんですよ、俺。 あの頃は、全然」
    だから、訊いたんです…と。 とても当たり前の、何でも無い事のように抑揚無く、島はそう言った。

    頭で、それと理解していなかった訳じゃない。
「お兄ちゃんになるのよ」
だけど、ある日言われた言葉で、それをはっきりと実感した。
    両親は、自分の「親」である以前に「夫婦」で、突き詰めれば…単に「男女」なんだ…という事を。
    それまでは自分の「名前」を呼ばれる事が当たり前だったのが、いつの間にか「お兄ちゃん」とばかり呼ばれるようにもなって。
    …だから、僕は。 その時から、自宅(いえ)の中では名前を失くした。

「…子供(ガキ)か、お前は?」
「そうですよ。 その頃は、もっと…ですけどね」
    率直な意見に、素直な回答。
「それが有るから進路決めたんですよ、俺。 まあ…別に訓練学校じゃなくても良かったんですけど、全寮制だったら何処でも」
「…あ?」
    数少ない…と言うより、1つしかない椅子を守が占領してしまっているので、ここに来た時には良くやるように、壁を背にして座り込んだ状態で。 だから、守からはどうしても島を見下ろす事になってしまう。
「顔合わせなくて済むでしょう? 全寮制なら」
    何か…見た事有るぞ、こういうの。
「…訓練学校の志望理由としては、あんまり聞かない理由だな?」
「そう分かっているから、今まで話した事有りません」
座り込んで、今ひとつ脈略の掴めない事…と言っても、恐らくは自分の思っている事を勝手に喋って。
    これは…イスカンダルからの帰路(かえり)だ。 あの時の島と一緒だ。
「これから生まれてくるのは、お前の『弟』じゃないぞ?」
「分かってますよ」
違うのは、あまりは俯いていない事。 だから、表情のもっと読みやすい事。
「…でも、自信有りません」
    同じ事を繰り返さない…という自信は。

    自分1人に集中していたはずの愛情の分散する事を嫌って、それを疎まない…という自信は。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    真田が研究室(ラボ)の方に戻って来た時、守はこれ以上無いくらいの仏頂面で居た。 椅子を逆に跨ぐようにして、背の上に組んだ腕を乗せて、そのまた上に自分の顎を。 そうして…其方(そっぽ)睨んで。
「…すごい表情(かお)だな」
    見たままを直裁に口にすれば、その声でやっと真田の入室(はい)ってきた事に気付いたらしい。
「いつ入って来たんだ?」
「さっきだ」
帰ります…と執務室の方に島が顔を出して、だから来たんだ…と言えば。 返事は愛想無く、ああ…そう、とそれだけで。
    考え込んでいるのも本当だろうが、これは…不機嫌の方だな。 守の顔を見ていて、そう分かってしまう辺りは付き合いの長さだ。
    こういう時は突付かないに限る、それも付き合いの中で憶えた対処法だ。
    突付いても突付かなくても、どうせ途中からこっちを巻き込んでこようとするのだから。 自分の時間を失くされてしまうそれを少しでも遅らせて、なるべくこちらのペースを狂わせないのが利口である。
    そうは使わない椅子なんか、守にくれてやって。 真田は、さっさと自分の仕事に戻っていった。

    …確かに、不機嫌な守だった。
    こっちが折角、すくい上げてやろう…という気になってるのに、島は今まで以上に掴み所が無い。 守の思考や思惑を外れた方向に、ふらふら…と逃げていってしまう。
    手間掛けさせるんじゃねえ。 早い話が、そういう事だ。
    以前から、思ってなくは無かったが。 今回また強く感じたのは、島は…自分とは感覚が違う…という事。 あれもこれも、ものすごく似たような経験値を持っているようで…実は、全く違った方向に決着を持っていこうとしている…という事。
    違う個人なんだから、性格が違う…と言えばそれまで。
    …だが、自分が既に知っているような状況に在って、それなのに…言動が読め無さ過ぎる。
「真田」
「…どうした?」
    腹が立つ。 黙っていると、余計に。
「ぶん殴って良いか?島を」
俺は…そんな事、考えた事も無い。
「…壊さなきゃな」

<< PREVIEW | NEXT >>

| <前頁
Last Update:20060126
Tatsuki Mima