「…む〜」
不機嫌なまま帰宅(もど)ってきたら、娘も。
父親の帰宅にも気付いてないで、ソファの上に狭っ苦しく膝を引き寄せて抱えて、眉間にシワ寄せて唸っていた。
「…何してるんだ?」
「あ、お父さま。お帰り〜」
その真ん前、目の前から見下ろしながら声掛けてみれば、今更気付いたようにふ…と顔を上げてご挨拶。
釣られたようにただいま…と返しておいてから、さっきと同じ問いをもう一度。
「考え事してんの」
「…それは、見りゃ分かる」
◇
◇
◇
◇
「南部に?
えーと…何にも聞いてないけど?」
「あ、そう?」
昼休み…と言っても、相原の方はまだ少し仕事が残っていたりするのだが。
その横にサーシャがやってきて、何か変わった事聞いてないか…と。
「…って、南部なら夕方に帰還(もど)ってくる予定だから、話有るんなら直接訊けば?」
そう返されて、きょとん…と。
「え…?
何で?早くない?」
他人の航海予定など、基本的には興味は無い。
司令本部で実際に見掛けたり、見掛けた…という誰かの話から「今、地上に居るんだな」…と分かる、そんな程度。
そこから計算すれば、南部は出航して10日経っていないはず。
帰還までにはまだ4、5日は有るはずじゃないかなあ…と考えて、だから。
「何で…って内惑星(うち)側だもん、今回」
「いや…そんな大きな計画(プロジェクト)無いはず…ですよ?」
訊けば、即答。
「古代参謀が関わってくるようなら、新施設建設…ってレベルの話ですし。
真田さんが関わる…って言ったら、もう…新造艦くらいでしょ?
それなら、とっくに噂にはなってますよ」
言われてみれば、なるほど…である。
「有ったとしても『南部(うち)』は関係してませんね。
俺のところに、何にも聞こえてきませんもん」
全く関わっていないようで、実家の動向はしっかり分かってるらしい。
「『南部』以外でも、多分…無いでしょうね」
夕方の帰還だと、それから司令本部に廻っても定時を過ぎるだろう。
航行管理部の事務もやっぱり定時で終わるから、書類を受け付けてはもらえても処理は翌日だ。
こういう場合、無駄に司令本部と官舎の往復になるから南部は来ない。
それを、宙港に降りた頃を見計らって携帯に連絡を入れて、わざわざ呼び付けたサーシャだ。
「お父さまたちの『内緒話』なら、噂にはなってるわよ?」
「…『友人』同士が話してるだけで噂されるのも、可哀想なもんですねえ」
サーシャの問いを、苦笑で否定する。
本当に役職絡みで「密談」の必要が有るなら、もう少し上手く、噂に上らないように立ち廻るはずでしょ…と。
ただ…口ではそうも言いつつ、頭の中では。
「内緒話」の中身は多分、島さんの関係なんだろうな…と思ってはいたが。
「ああ…それもそっか」
納得したらしいセリフに、納得し切れてなさそうな表情。
「何を、そんなに気にしてるんですよ?」
サーシャに…地球人ではない女性から生まれてきた者に…ましてやそれが我が娘だ、守が詳細な話をしているはずが無い。
同じく詳細が聞こえてきていない南部がそう思うくらいだ、他の誰もサーシャには聞こえないようにしているだろう。
だから、そういう話ではない…はずだ。
「…良く分かんないんのよ、自分でも」
そう言ってからサーシャは、いつかの玄関先を話した。
「ああ…あの時、ですか?」
あの時なら、南部だってその場に居た。
言われて思い出せないほど、遠い話でも無い。
忙しげな朝の出勤時に、他人の邪魔をしながら立ち尽くしていた。
誰かに呼ばれたように振り返って、視線はうろうろ…とその先を探すようにして。
「考えたんだけど…心当たり無いのよね、私は」
無いのではなくて、本当は気付いていないだけだ。
憧れていたはずが、いつの間にか嫉妬にすり替わっていくような事も。
単なる嫉妬だったはずのものが、害意や敵意…果ては殺意にまで育っていく場合を。
実年齢でなら、3倍以上。
南部にはその辺りが分かる分だけ、まだ随分と素直なサーシャに苦笑してみせるしかない。
その時、サーシャを通り越した後ろに在ったのは司令本部。
それから…隣に、科学局。
「だから、お父さまたちのどっちかなのかな〜、と思ったの」
「直接、訊けばどうです?そう思うんなら」
「ホントにそうだったとして、素直に話すと思う?2人とも」
「…話さない、でしょうねえ。多分」
◇
◇
◇
◇
宙港から呼び付けられた南部が、司令本部まで戻ってきたのは定時過ぎ。
それから、待っていたサーシャと話していたので、相原はとっくにご帰宅だ。
「何で、僕を巻き込むんだよ〜」
…などと言いつつも。
前触れ無くやってきた2人を室内(なか)に入れて、南部に言われた通りにキーボードは叩いていたりする。
「…やっぱ、無いよ?」
かなりの長時間、客のはずの2人をそこに放ったらかしにしておいて画面と向き合っていた後に、そう。
「スケジュール見た範囲…だけどね。
真田さんは、自分の研究(しごと)しかしてないみたいだし。
参謀は言ってる通り、システムの改変作業にしか関わってないみたい」
「え〜?じゃあ、何なんだろ?」
南部にも一度、推察の範囲内だが否定された後だ。
一応は「きちんと調べた」相原に反論する気は起こらなくて、サーシャは首を捻(ひね)る。
「まさか…ですけど、それって『大気圏外から』とか言いませんよね?」
「違う…と思う。
そんなに遠かったら気付かないもん、きっと」
南部の問いを否定する返答に、訊いた南部だけじゃなく相原までが思わずほ…っと息を吐く。
嬉しくないが、他星(ほか)との交戦状態の記憶が有り過ぎる。
身近なちょっとしたトラブルよりも、それを数段通り越した極限状況の方が余程想像しやすくて。
「あの時は、ねえ。
何か…すっごく近いような気がしたのよ」
だから、もしかしたら見付けられるかな…と思って。
立ち止まって、振り返って探していた。
「それなのに、2人が邪魔するし〜」
「…話し掛けなかったら、遅刻だったくせに…」
相原が、画面の方に向かってぼそ…っと呟いたが。
それは、まだぶつぶつと文句を言っているサーシャの耳にまでは届かずに終わった。
「でも…何で、今なんです?」
その時も、南部は地上に戻ってきていたのだ。
気になって調べてみよう…というなら、その日のうちでもその翌日でも良かったはず。
何も、半月近く過ぎた今になって…と思うのも、当然。
「だって…ずっとなんだもん。あれから」
最初は「ちょっと、やな感じ」くらいで済んだが、最近はそれ以上。
「何か、こう…苛々してるって感じ?」
「…って、お嬢さんが?」
「私じゃなくて、向こうが」
一瞬の間を置いてから、南部が相原を軽く手招く。
「…どう思います?」
2人、額突き合わせての「密談」に。
その内容が気にはなるが、追い払われてサーシャは不服ながらそのまま座っていた。
「どう…って言われても、困るんだけど」
根本的な部分を言えば、サーシャの感じた事が実際かどうか…という問題が有るのだが、その辺りはあまり疑っていない2人だ。
こういう事で、サーシャが嘘や冗談を言うとは思っていない。
他人より勘の良い事も、先刻承知。
目の前に話していて、その表情や口調から真剣だ…という事も分かる。
結局は大した事無く終わるかも知れないが、何も無いままでは終わらないだろう…とも。
「参謀や真田さんじゃなくて、サーシャ自身じゃないかな…って思うんだけど」
相手が何者なのか…も分からないなら、その目的も狙いも分かっていないのだが。
取り敢えず、現在「何も起こって」いない…という事は、その目的の適っていないという事。
サーシャが信じられるなら、善後策を論じて当然。
「あの2人が目的でも、娘(サーシャ)狙った方が話早いよ。
僕なら、多分そうする…と思う」
「まあ…弱い所から切り崩していくのも、セオリーですよね」
振り返ったら、サーシャはやっぱり座り込んだまま。
気になる分だけ無理に無視するように、こちらに背も向けていて。
「どちらにしても一応、耳には入れときましょうか?」
「…真田さんだけね」
守が知ったら…確実に仕事を放り投げてしまうだろうから。
「迷惑するの、僕…と晶子さんだもん。
それは、やだっ」
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Last Update:20060126
Tatsuki Mima